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【ショートショート】屋根裏の夜行列車
その列車は、後にオリエント急行と呼ばれる列車の、鉄道会社が秘密裏に作らせていた1/20の本物そっくりの模型の、そのまたそっくり半分に作られた偽物だった。
技術者の作業場で働く若者の1人が、自分の方が親方よりすごいものが作れるという思いがありながら、進行中の模型作りには手を出させてもらえなかったので、家に帰ってこっそり作っていたのだ。
若者は、いつか自分の作品が出来上がったら親方に見せてびっくりさせるつもりだったが、列車が形を成していくにしたがって、あまりにも美しい出来栄えが予想され、かえっておそろしくなり、誰にも見つからないようにと、作業するとき以外は、毎日こっそり屋根裏の板をはずして隠していた。
材料は本物を使うと高価だったので(もちろん最高級のものを使わなければ!)、若者には買うことができず、森に自分で木を拾いに行って削ったりもしたし、鉄や布の切れ端などは親方の作業場で余りが出来たときなどに、こっそり盗んで持ち帰ったりした。
それで本物に比べると継ぎはぎだらけだったのだが、若者はていねいにていねいにその継ぎはぎが感じられないように作っていった。
若者は、自分の才能を信じていた。
なかなか作業は進まなかったのだが、若者は時間をかけて、ていねいにていねいに自分のための列車を作っていった。
若者は毎日列車に話しかけた。
どんなに美しく仕上がるか、細かい部分などは本物の模型よりも美しいし、評判になるだろう実物の列車よりもていねいに磨かれ光っているのだということを、列車に向かって自慢した。
完成までもう少しというとき、若者はもうすぐ列車が完成すると思うと嬉しくて誇らしくて、その模型のことばかり頭に浮かび、仕事中に周りが見えなくなって、親方から何度も怒られた。
親方は若者がたびたびうわの空になるので怒りはしたけれど、若者の腕前には目をかけていたので、もうすぐ模型を作る作業に加えてやってもいいなと思っていた。
ところが若者は自分の列車を完成させることにどんどん夢中になり、本物の模型よりも先に完成させることができるかもしれないと、そのことばかり考えるようになった。
そしてある日、その日はたまたまいつもより多くの鉄や布が工場の床に落ちていたので、それらをこっそり袋に入れ、家路についた。歩きながらも若者は、列車のことばかり考えていて、完成した自分の美しい列車を、親方やみんなに見せる様子を頭にうかべ幸せな気分になりながら、馬車をよけられず馬に蹴られて亡くなった。
若者の亡骸は地方の両親に引き取られ、若者の部屋は違う人間が住むことになったけれど、天井裏のその模型は、誰にも気づかれることはなかった。
屋根裏の列車は、待っていた。
若者が自分を完成させ、多くの人に見せてくれることを。
世界中で評判になっている夜行列車より、自分は美しいのだ。
世界中の人が見てくれたら、どんなに自分は人気が出ることだろう。
完成したら、若者に感謝の言葉を言ってやろうと思っていた。
どんな列車よりも美しい自分を作ってくれたことを。
実は、もう何か月も前から、列車は人間の言葉が話せるようになっていた。
一人の時は、若者に話しかける練習さえした。
列車の声は低温で、小さく話しても屋根裏に響いた。
列車は考えた。無暗に話しかけて、若者をびっくりさせてはいけない。
完成前に話しかけて、若者が自分を完成させることをあきらめたらどうする。
それで、完成の日を待ったのだけれど、ある日を境に、屋根裏から降ろされることは無くなった。
屋根裏の列車は待った。
誰か見つけてくれ!
わたしを外の世界へ出してくれ!
みんなの賞賛を浴びさせてくれ!
列車はひたすら外に出る日を待っていた。
亡くなった若者の隣の家には、魔女が住んでいた。
魔女はあるとき偶然に、若者が列車を作っている様子を見かけた。
なんとも楽しそうで、列車はまだ一部しかできていなかったけれど美しかった。それで、あるときからは毎晩、若者が列車を作っている様子を見に行った。
一部しかできていなかったけれど、それはそれは美しい列車だった。人を乗せて走っている本物の列車より、ずっと美しい。ツヤツヤとひかり、まぶしいほどだった。
でも、若者が材料を手に入れられないと、何日も作業が進まないようだった。
そんなときも若者はただただ列車を磨いたり、話しかけたりしていて幸せそうではあったけれど、魔女は一日も早く完成した列車が見たかった。
そこで、魔女は若者を手伝うことにした。
昼間出かけることはあまり好ましくないのだが、若者の仕事場まで行って、おあつらえ向きの鉄や、布があまるように小細工をした。
若者が家で作業するときは、音が外に漏れないように魔法もかけた。
できることなら若者のかわりに列車を作りたいほどだったが、魔女は残念ながら不器用だった。
魔女は考えていた。
あの列車が完成したとして、乗るのにふさわしいのは、わたしではないかしら。
あの列車に乗ったら、わたしは座ったまま、夜空を飛んで世界中に行くことができるわ。
ほうきに乗っても、行けるところには限界がある。でも、列車なら座っているだけで、どこへでも運んでくれるに違いない。
それで、列車が完成するのを楽しみに楽しみに待っていた。
ところが、ある日事件が起こる。
その日、魔女は若者をずっと見守っていた。列車の完成は近い。
その日はとりわけたくさんの鉄や余り布や木切れを若者のために用意した。
これでだいぶ作業がはかどるだろう。
完成は近い。
若者がいつもよりたくさんの物を盗んだのを、誰にも気づかれないように見守りながら、一緒に帰ることにした。
魔女も浮かれていた。
自分を乗せた列車が、夜空をどこまでも駆けていく様子を思い浮かべて空を見上げた瞬間、ほうきから落ちそうになって、慌てて体を立て直した。
ふー、あぶなかったわと若者に視線を戻すと、若者はなんと、地面に倒れていた。
ちょっと目を話した隙に、馬車に轢かれたのだ。
魔女は地面に落ちるように降りた。
わたしのせいだ。いつもよりたくさんの材料を持たせて、若者の動きを鈍らせた。完成間近だとぬか喜びさせて、若者を浮かれさせてしまった。
なにより自分が浮かれていて、若者を守ることができなかった。
わたしの列車はもう完成することはない。
魔女はあまりの出来事に呆然となった。どこをどう歩いたのか、ほうきを杖代わりに前に進み、やっとのことで家にたどり着くと、寝ついてしまった。
魔女は毎日ベッドの中で、泣いて悔やんだ。
わたしが浮かれたばっかりに若者を死なせてしまい、列車はもう完成することはないのだと。
来る日も来る日も嘆き、月日は経った。
嘆きは深かったはずだけれど、さすがに魔女も、毎日嘆き暮らすことに飽きてきた。
そんなとき、魔女は、列車の声を聞くことになる。
「外に出たいなあ」「世界中の人にみてもらいたいなあ」
魔女にはすぐにわかった。あの列車の声だと。
あの列車は生きているのだ。
完成していないと嘆いていたけれど、列車はすぐ隣にいる。
隣でわたしを待っているのだ。
魔女は、生きる力が湧いてきた。
わたしの列車に会いに行こう。
列車に乗って、どこまでも行こう。
遠くに、遠くに行きたいと思った。
遠い遠い東の方には、日が昇る国があると言う。
その国まで行こうじゃないか。
明日、列車を迎えに行こう。
明日から、列車と自分の冒険の日々がはじまるのだ。
そう思うと、幸せでたまらなかった。
魔女は明日からの冒険の日を思って、慎重に旅の準備をした。
魔女と列車の出会いと冒険の物語は、この夜にはじまったのだった。