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「歌うショートケーキ」(ショートショートストーリーを作ってみた)

「歌うショートケーキ」

歌うショートケーキは、もともとはカップルをターゲットに商品化された。

恋人の誕生日を家で祝う、下心はあるけれど恥ずかしがりの若者のために、ケーキ自らがバースデーソングを歌って盛り上げてくれるという画期的な商品だった。

恥ずかしがりやでないカップルも、2人きりでバースデーを祝うときに、一緒に歌ってくれる人(ケーキ)がいると、さらに盛り上がるというわけだ。

仕掛けは、ショートケーキにふんだんに散りばめられた食用の銀粉に、声優が歌う「ハッピー・バースデイ」を記憶させたことにある。
銀紛同士が共鳴し合い、ハーモニーもうまれて、比べるもののない特別なバースデイソング・タイムを演出した。

最初の商品は、ケーキの近くで「歌って」と言うと、埋め込まれた一曲が歌われるだけだったが、すぐに数曲から選べる仕組みができた。

バースデー・ケーキだけではもったいないと、クリスマス・バージョンも売り出された。

カップルのために生まれた商品だったが、実はこのケーキが最も効果を発揮するのは、一人で祝うバースデイやクリスマスで、その需要は当初から購買数の半数以上を占めたと言われる。


誰かが一緒にいなくても、1人ぼっちでも、ケーキがあなたのために歌ってくれる。
もう寂しい誕生日やクリスマスを過ごす必要がないと、恋人のいない若者だけでなく、配偶者を亡くした高齢者にも、圧倒的な人気を集めた。

その意外性から、家族や友人たち大勢で祝うときでも人気が出て、しだいに大きいサイズは歌う長さも長くなり、さらに盛り上げてくれるように発展していった。

歌の時間は、サイズによるのだが、特大サイズだとなんと6時間。
誰も食べなければ、6時間歌い続けてくれるのだ。
もちろん大抵は30分も待たずにケーキは切り分けられ、お腹におさまった。

ケーキの歌を止めることはできないのだが、切り分けて参加者の別々のお腹に入ると自然にとまった。誰かが食べ始め、銀紛のうちの一つが誰かのお腹におさまれば、歌は止まるのだ。

高郷悟朗が「歌うショートケーキ」を口にしたのは、ケーキが売り出されて2年目のことだった。

発売のキャンペーンが大々的に行われた際に、街で目にしてはいたのだが、歌うケーキなんて体に害はないのだろうかと、最初は怪しんだ。


テレビでも特集され、「歌は人が歌うからこそ価値がある」という反対派から、「お祝いなんだから、楽しければいい」という肯定派、「おひとりさまの救世主」という推奨派まで、コメンテーターたちが繰り広げる議論のための議論を冷めた目でみていた。


悟朗の心に焦りのようなものが生まれたのは、「歌うショート・ケーキ」が、イベント好きの一部の人から、一般の人にまで浸透してきたころからだった。
「歌うショート・ケーキを食べたことがないなんて」という風潮が生まれたからだ。
数か月はバイト先でいくらでも機会があるだろうと高をくくっていたのだが、バイト先で「歌うショート・ケーキ」が登場したのは、たまたま悟朗が休みの日だった。

悟朗は彼女も彼氏もいなければ、誕生日を祝うほどの友達もいない。
実家では、妹の誕生日に悟朗不在のままとっくに、年老いた祖母までもが「歌うショーショートケーキ」を目にして、食べていた。

なぜ、こんなにも気になりながら、買うことができないのか。
誰も自分のことなど気にしていないし、一人分のケーキを買っても恥ずかしいことではない。
そんなことはわかっているのに、悟朗は「歌うショートケーキ」が「幸せ」と「それを手に入れることのできない自分のダメさ」の象徴のようにさえ思え、思うだけで動悸がするほどになっていった。

一年気になって手を出せない挙句、11月の誕生日も、12月のクリスマスも、苦しい思いを抱えて過ごすことになった。

31日の夕方、年末の特番がきらいでテレビをつけられない悟朗は、自分の心と向き合っていた。
こんな思いを抱えたまま、年を越してしまっていいものだろうか。
最近では、「歌うショートケーキ」なんていうものができたせいで、自分の不幸が際立った気さえしている。
こんなこと、いつまでも続いていいはずはない。

そこで、悟朗は決心した。

今年のうちに、なんとしても、「歌うショートケーキ」を食べてしまおう!
新しい年は、すでに「歌うショートケーキ」を食べた男として、心晴れ晴れと迎えようではないか。

幸い、大晦日はいつも以上に誰も他人に注意を向けないだろう。ケーキを買う悟朗のことなど、誰も気に留めないだろうと思うと、心が少し軽くなった。

決心がついた以上、すぐ行動にうつそう。
あんなに気になっていた「歌うショートケーキ」をはじめて口にするのだ。
思い出に残る場所で、そのケーキを買って来たい。

そこで、電車に乗って1時間もかかる大きな駅の百貨店に向かうことんいした。
クリスマスが終った途端、「歌うショートケーキ」を近くの店では見かけなくなったのも理由の一つだったのだが、それには気づかないふりをして、「はじめての経験を大事にしよう」と、文字通り胸をときめかせながら、電車に乗った。

こんなにわくわくして電車に乗ったのは、いつ以来だろう。

胸をさらにときめかせて、駅を降りた。

大晦日の百貨店は賑わいを見せたものの、洋菓子のコーナーにはそれほど人はいなかった。
そして、ある角を曲がった途端、特大の、夢にまでみたあの赤い箱が、悟朗の目に飛び込んできた。

たった一つ。その赤い箱はカウンターに乗っていた。最後の1個らしい。
「ああ、この特大のケーキは、ここで僕を待ってくれていたのだ」。

このケーキに会うために、ぼくは1時間もかけて来たのだ。

悟朗は焦る気持ちをおさえ、なるべく余裕があるように見せながら、そのケーキの前に立った。
「いらっしゃいませ」と笑顔を向けて来る店員に、こちらもできるだけ自然な笑顔で話し掛ける。
「このケーキ、年越しのパーティにちょうどよさそうですね」
「はい、この商品は『究極の歌うショートケーキ』と言いまして、年末パーティ用の特別バージョンでございます。銀だけでなく金のチップも使われ、大きいながらたいへんな人気をいただきました。これは最後の一つなんです。閉店の30分前になりますと3割引きになりますので、それを待っていらっしゃるお客様はいらっしゃるのですが、定価でよろしければ今すぐ求めいただけます」
「僕、時間がないから、定価でいいですよ」
「ありがとうございます。36000円になります」

36000円?それはあまりにも高くないか?一人で食べるケーキに36000円とは、あまりにも高い。3割どころか半額でも高い。でも、パーティ用だと言った手前、36000円が高いとは、歌うショートケーキに対する無知を示すようで、素振りにも出すわけにはいかない。
よし、買おう。

こんなことでケチってどうする、悟朗。
今年最後の大決断なのだ。自分は運命のケーキを手に入れようとしているのだ。

この機会を逃しては、来年の運勢まで逃げていく気がした。

あくまで余裕を装い、カードで支払った。

20人分はありそうなケーキは、かさばる上に、重かった。
悟朗は人にぶつかってつぶされないように気をつけながら、自分の決意に大枚をはたけたことに満足を覚え、清々しい気持ちで帰りの電車に乗った。

「俺は、これからパーティをして、仲間と盛り上がる男なのだ」
普段は味わえない、さびしさのない、家への帰り道だった。

いつも通り、誰にも気づかれない道中ではあったが、悟朗は自分が世界の主役であるかのように感じた。

家に入るとすぐ、ケーキをテーブルの上にうやうやしく起き、コートを脱いで手を洗った。
「歌うショートケーキ」にふさわしい飲み物はなんだろう?
シャンパンでも買って来ればよかったのだろうか。
ケーキが主役なのだから、普通にコーヒーにしようか。
いや、ブランデーがある。大人ぶって買ったものの、一口だけ飲んだままになっていた。
今の自分には、あのブランデーもふさわしくなっているだろう。

はやる心を抑え、ブランデーと共に買ったグラスに少しだけ注ぎ、箱の前に座る。
ブランデーを一口飲む。
時は訪れた。悟朗ひとりのための、大切な存在。
ケーキに敬意をはらうべく、ていねいに箱に手をのばす。
開けた途端、息を呑む。
銀だけでなく金も散りばめられた、白い華麗なケーキがそこにあった。イチゴもとりわけ赤々と美味しそうだ。

ケーキよ。今こそぼくのために歌ってくれ。今日は、これまでうじうじと生きてきた自分が、大きな決意ができるようになった、新しい自分の誕生日だ。
優しく、でも少し威厳もこめて、ケーキに話しかける。
「ハッピーバースデイを歌って」

永遠とも思える一瞬のあと、「Happy birthday to you…」ケーキは、美しい声で歌いはじめた。
ああ、これが夢にまでみた「歌うショートケーキ」なのだ。自分は夢を実現したのだ。
悟朗は自分が涙を流していることに気づいたが、その涙もケーキの崇高さに相応しい気がした。
来年はきっと、今までとは違う日々が待っているに違いない。
一回分のバースデーソングを聞くと、悟朗は心から満足して、ケーキに「ありがとう」と礼を言い、食べ始めた。
歌って悟朗の心を満たしてくれたバースデーケーキは、味も素晴らしく、今度は舌と胃袋を満たすべく、悟朗の口に次々に入って行った。

ところが食べながら、おかしなことに気づいた。ケーキが歌いやまないのだ。
特別仕様ということだったから、少し食べたくらいでは、歌がとまらないのかもしれない。
あせって次々にケーキを口に運ぶ。
心なしか、歌う声がだんだん大きくなっていく気さえする。

悟朗の心に、この数時間消えていた不安な気持ちが、すっと戻ってきた。
「この歌が、隣人に聞こえているとしたら、こんなに長く続くバースデイソングを、隣人たちはなんと思うだろう」
「歌うショートケーキ」は知らないものがいない有名商品なのだ。
長く歌い続けるということは、特大サイズのケーキということだ。
1人暮らしの悟朗が、大晦日の晩に、特大のショートケーキを1人で食べていることが隣人にばれてしまう。なんてさびしい男なのだろうと思うに違いない。


なんで1人分のケーキにしなかったのだろう。
せめて4人くらいにしておくのだった。
大勢の仲間なんて望まなくてもよかったのだ。少人数の友だちくらいでよかったのに。
とにかく、歌を止めなければ。
食べても食べても歌がやむことがないため、お腹がいっぱいになったから休むということもできない。

ケーキを食べるためでなく、ただ歌を止めたい一心で、悟朗はケーキを食べ続けた。
歌がやっとやんだのは、ケーキを8割がた食べ終わったときだったが、念には念を入れようと、最後まできっちり腹におさめた。

歌がやんでからは、お腹はいっぱいながらも、さらにひと仕事終えた気持ちで、ケーキをまた味わうことができた。ブランデーのおかげで、お腹の苦しさもやわらいだ。
「俺は、夢をかなえたばかりでなく、困難にも打ち勝つこともできたのだ」。
ところが、すべてを食べ終わって、眠りにつこうとした瞬間、異変がおこる。
悟朗のお腹の中から歌が聞こえてきたのだ。

一瞬、空耳かとも思ったが、体に歌の振動も感じられる。

「歌をやめて」と一応話し掛けてみたが、歌はとまらない。
悟朗は「歌うショートケーキ」に関して語られてきたことを一つ一つ思い出した。

歌は止めることができない。
特大サイズだと6時間。
切り分けて別々の腹におさまると歌はとまる。
とすると、特大サイズのため切り分けてもはじめは歌が続いたが、食べている最中は体の中と外でケーキが分かれていたため歌がとまった。
ところがすべてを一人で食べ終わった途端、ケーキが腹のなかで再び一体となり、お腹の中で再び歌がはじまったということだろうか。


もともとカップル仕様以上を想定しているのだから、ケーキは複数で食べられることが前提となっている。
切り分けて、別々の人のお腹におさまる分には、歌うのをやめてと言わなくても自然に歌はとまったのだが、一人で全部食べてしまった場合は想定されていなかったのかもしれない。

小さいサイズだと歌は一曲分だから、体の中におさまってまで歌が続くことはなかったのだろう。

自分は、特大のケーキを一人で食べきってお腹の中のバースデイソングを聞く、はじめての男になったということだろうか。なんという間抜けぶりだろう。
どうして途中で食べやめなかったのか。余計な達成感などいらなかったのだ。
それにしても、この声は、隣人までは聞こえないだろうか。

声が外に漏れてもいいように、テレビをつけた。
悟朗が嫌いな、カウントダウンのにぎやかな様子が流れ不快だったが、それが一番外への音がまぎれそうだった。
とはいえ体の中の声は、外からは聞こえなくても、悟朗にはよく聞こえる。
自分の新年は、止まらないバースデイソングと共にはじまるのだろうか。

いや、これはバースデイソングじゃない。他の曲もはじまったぞ。

ああ、悟朗はうめいた。『究極の歌うショートケーキ』と言っていたっけ。

究極とは、とにかく高いことだけある特別バージョンということなのだろう。
そうだ、「歌うショートケーキ」は、普通の誕生日ケーキとくらべて少し高いということだったけれど、本来そんなに高いはずはなかったのだ。

これは、特別に金も銀も使用され、特別に歌も盛大に盛り上がるように作られた、「究極」バージョンなのだ。
それを自分がいい気になって買って一人で食べてしまったのだ。

まったく、慣れないことをするものだから。

いや、この歌は新しい俺を、特別に讃えてくれているのかもしれない。

もはや情けないのか、誇るべきなのかもわからなかったが、とにかく音が外に漏れないようにと、悟朗は布団にくるまり腹を抱えて歌がやむのを待つことにした。

『究極のショートケーキ』は、その名に違わず究極に長く、華やかに、盛大に、朝まで歌い続けた。


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