浅利慶太氏といえばの話

 変なタイミングで浅利慶太氏の思い出話である。
 なお、私は普通にプロのモブ観客なので浅利慶太氏との接点は全くない。ただ、物心ついた頃から劇団四季を摂取して生きてきたので氏はもう私の血潮だし私の体である。明日からもワインとパンとで氏のことを思い出し続けるだろう。「違うよ?やめな?」ってあの世から言われるわ。

 まぁ冗談はさておき、そんなふうなので氏は私にとっては人生の道標みたいな存在である。

 浅利慶太氏といえば思い出すのは白スーツで劇場ロビーにいる姿だ。
 カメラやマイクを持ったマスコミに絶対に偉い人だと一目で分かるスーツの人たち、その中心に談笑する氏がいた。初演や千秋楽、節目の時にも見かけたが、いつ見てもスーツは白だったように記憶している。
 よく「有名人にはオーラがある」と言われるが、私にはいつもスポットライトが当たっているように光って見えた。輝いているのだ。濃い色の集団の中に白スーツでいるせいもあると思うが、だとしたら自己演出が上手い。さすが演出家である。いやでも、あれは自ら発光していたと思う。
 何度か思い切って握手を求めようと思ったのだが、普通に無視されそうで怖くてできなかった。

 何でもない時に抜き打ちで舞台を視察に来ることもしばしばあったようで、そんな時に観客側に「浅利さんが来てる…」「浅利慶太がいる…」とそこかしこで声がして緊張が走るのが面白かった。別に観客がダメ出しされることはないんだからいつも通り見ればいいのに何となく客席がピリッとするのでそれだけでその日の舞台が面白かった。これも氏のいた劇団四季での思い出である。

 劇団四季を長いこと好きでいる中でネガティブな噂もたくさん聞いたし、私自身「これは良くないな」と距離を置いた時期もあったけれど、それでも劇団四季が掲げる「作品主義」、「人生は素晴らしい、生きるに値する」という言葉、そしてあの有名な「一音落とすものは、去れ!」の考えは、舞台だけでなく何か作品に触れるときの私の指針になり続けている。

 そして中から見れば色々あっただろうがあくまでも舞台の上の作品を見せ、舞台芸術を日本に根付かせるための環境を整えるためにシステムを構築し、ちょっと浮世離れした職種である「劇団」というものの足を地につけさせた、その思想と手腕に私は本当に惚れ込んでいる。

 怖い怖いと言われているが、漏れ聞こえる話を聞けば愛情深く、理想家でロマンチストな人柄が見える。「舞台は麻薬じゃない。そんなに舞台ばかり見てないで自分の人生を大事にしなさい」と客に言い放つし、チケットの転売ヤーが問題になり始めればガチギレで素早い対策をするし(この時期、すごくチケットの取り扱いが面倒になったので私は一生転売ヤーを許さない)、「所属俳優のプライベートは嫌なんで出しません」と正直に会報で言い切る。頑固かと思いきや再度のアタックに弱かったり、率直で少し子供っぽいところが垣間見える時もある。劇団四季という組織にはなんとなくお人好しで人誑しな印象があるのだがおそらくは氏の人となりなのであろう。私はそういう劇団四季が好きなのだ。

 氏の訃報から6年が経つ。そちらの世界へ旅立っていったあの頃の劇団員も少なくない。昨日またひとり、そちらに旅立ったとの報せがあった。

 そちらじゃみなさんどうです?舞台芸術を愛した氏のことだからきっとまたみんなで作品を作っていることだろう。私はまだそちらに行く予定はないがその時は氏と同じ場所に行けるパスポートを持っていたいと思う。
 そして今度こそ握手してもらおうと思う。

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高矢 色
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