メグ・ジリーとマダム・ジリーの話
4K映画のオペラ座の怪人が盛り上がっていて何よりである。
私も見たくて戯れに休みを取ったがその日の上演時間が全然スケジュールに合わなくてぐんにゃり萎れている最中である。
ところで冒頭のオークションのシーンでラウルのそばにいるのがマダム・ジリーだという話を耳にして驚いている。
あれ、記憶違いじゃなければメグだったはずなのだけど、と思い、昔のあれこれを引っ張り出して確認したところ、やはり冒頭のオークションにいたのはラウルとメグであった。
映画版ではマダム・ジリーの役者さんがそのまま老いたメグをやっていらっしゃるようで、そういう話が出てきたらしい。
良かった。ミュージカル版はあの事件から半世紀経っている、という台詞があるので、ラウルとマダム・ジリーだったとしたらマダム・ジリーが魔女くらい長生きしていることになってしまう。一緒に行きましょう、エメラルドシティへ。
それはさておき、メグ・ジリーである。
私がオペラ座の怪人を初観劇したのは小3の小童の頃だったのだが、その頃からメグには違和感があって、メグ・ジリーはなんでああもファントムを追うのだろうか?という気持ちが拭い切れずにいた。
私はそこまで上品な子供ではなかった。好奇心は止められないし超常現象は大好物だし親に止められそうな予感があれば素知らぬふりでなんの相談もなく実行するというライフハックを発動するタイプである。
だからファントムを追いかけたいメグの気持ちはとても分かる。怪人の隠れ家?そりゃ行くよね!くらいの気持ちである。
だが、メグはもう危険の度合いをある程度察することができる年齢だ。有望なバレリーナだと評されているので怪我をするようなことがあったら困ることも、みんなに迷惑をかけることも分かっているはず。
しかもファントムは自称「音楽の天使」なんていう明らかに関わらない方がいいタイプの大人である。それを裏付けるかのように親友は青ざめた顔でそいつに拉致され、シャンデリアは落下し、道具係とテノールが殺されている。
さらにメグは冒頭のオークションシーンでも分かる通り、年老いてなおファントムを追っているのだ。最初はラウルにちょっと気があるのかと思っていたがそんな感じではなさそうなので、これはさすがにファントムに固執しすぎじゃない?と思ったわけである。
しかし更に年を経て、今の私は「メグはマダム・ジリーに構ってほしかったのかな?」と思うに至った。
マダム・ジリーはファントムに対して色恋や親の愛のような親密なものとはまた違った想いを抱いているように思う。舞台芸術を愛する者同士の友情、というか、同志、同胞、戦友…そんな関係だ。
まだ幼い頃、見世物小屋の檻に入っている同じ年頃の男の子として出会ったファントムにきっと衝撃を受けただろうし、その見世物小屋が火事になったと聞いた時、おそらく彼が火を放っただろうことを分かりながらも彼をオペラ座に匿ったのは保護しなくてはならないという人としての道理もあっただろうが「この人とずっと関係のある立場でいたい」という気持ちも少なからずあったのだと思う。なんなら見世物小屋から解放されたことにホッとしたかもしれない。幼さゆえの視野の広さというか思考の浅さというか、そういうものが働いたのだろう。
その理由が類稀な芸術への才能と、本人が意識しているかしていないか分からないが、それに対する「愛」をマダム・ジリーがファントムの中に見つけたからだと思っている。
マダム・ジリーはその後も人目につかぬようファントムと関わっていたのだと思うが、娘であるメグが「なんかうちのママこそこそやってんな?」と勘づくのは彼女自身もオペラ座にいるので時間の問題だっただろう。
マダム・ジリーは指導者としてメグをその他の踊り子と平等の扱いをしている。
指導者としては正しい姿勢だと思うが、メグとしては母親としての愛を感じるような特別扱いをしてほしい気持ちはあるだろう。
それもあってダンスが抜きん出て上手くなったり、なんとなくポヤポヤしているクリスティーヌの世話をやいているうちに親友ポジションにおさまったり、ということなのかなと思う。母親から一目置かれたい、という感情と誰かの特別になりたい、という気持ちがないまぜになったのかなぁと。
しかしどうやら母親には目をかけている他人がいることに気づく。娘の私よりも大事にしているように見えるし、どうやらそれはこのオペラ座を牛耳っている正体不明の男性らしい。
そして親友のクリスティーヌもその男に歌の稽古をつけてもらって歌姫になり、連れ去られた。
知らないところで母も、親友も、その男の特別になっている。メグから見たら自分の大事な人が次々にファントムに奪われているのだ。
そうとあれば自分もファントムに関わりたいと思うのは自然の摂理だろう。メグがファントムを追う理由はおそらく「マダム・ジリーの中でファントムと同じ、特別な人になりたい」なのだと思う。
こう書くとマダム・ジリーが薄情そうに思われてしまいそうだがそんなことはないと思う。愛情をかけて接していたけれど、でも、娘には届いていなかったのだろう。
そう考えると、父親の影をファントムに見たクリスティーヌと母親の気持ちを追いかけてファントムを追ったメグは対比になっているし、愛する人の気持ちを攫って消えたファントムに囚われたラウルとメグ、という冒頭はとても味わい深いな、と思う。
オペラ座の怪人が愛の物語というのはよく言ったものである。
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