鳥散歩 ハシビロガモのもぐもぐタイム

 お風呂場、不動のNo1マスコットアイテム。アヒルのおもちゃ。むずがる赤ちゃんも、あの引力には逆らえません。ムギュッとニギニギしたい。ちょっと怖いお湯の中にも、手を伸ばしてザブン。魔法のおもちゃだよね。今や世界に誇る多機能番組へと成長した「鉄腕ダッシュ」のアヒル隊長の影響もあってか、最近はあれを風呂の友としている大人も少なくないらしい。孤独な入浴タイム。疲れた体を浴槽に沈めると、黄色いぽっこりお腹にどうしたの?と問いかけているような丸い目。「聞いてくれる?今日ねえ。・・・」などと話しかけたくなる気持ち、わかるなあ。
 今日はそんなアヒルのご先祖様、堰に集うカモ達のお話です。

 
 冬。団地の堰には、カモの群れがやってくる。
日没後、頭上の空から「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ…」と、超音波のようなかすかな羽音がしたら、カモが渡っているのだ。

 この冬は南の堰が大盛況だ。
 10月初旬、先発隊がやってきた。到着したばかりの巨大なカルガモは、バシャバシャと派手に水浴びし、ゆったりと岸辺の枝に陣取って羽繕いに余念がない。
 2日後に3羽、次の週には数十羽の仲間が飛来した。

 中旬になると、黒い体に白い嘴のオオバンが姿を見せた。真っ黒な頭部と比べると胴はちょっと灰色がかっていて、白い嘴の上部が額の方にせり上がっている。正確にはカモの仲間ではないようで、彼らは潜水の達人だ。一度潜ると20秒以上たってからとんでもない場所に浮かんできたりして驚かされる。彼らは夕方になると、みんなでえっちらおっちら土手を登っていく。水辺の茂みで夜を明かすカモたちとは、ねぐらの場所が違うらしい。
 一度、仲間からはぐれた若いオオバンと柵越しに対面してしまったことがあった。人間と超至近距離で目があってしまった彼はその場に固まった。見つめ合うこと数秒。我にかえるや、盛大におしりを振りながらスタコラ土手の葭原へ逃げていく。脅かしてごめんね。

 10月下旬、50羽を超えるコガモの群れが一気に飛来。堰に集うカモ達は100羽を超えた。
 コガモは名前の通り小柄で、灰白色の体に頭部は茶色。目の周りから首に向かって太い弧を描く緑色の羽根は、光の加減で紫に見えたりする。灰白色の背中に控えめな飾り羽があって、翼の側面には白いラインと鮮やかなブルーのワンポイント。黒い尾部の脇にクリーム色の三角模様。一見地味だが独特のカラーリングがキュートだ。
 この時に一緒に渡ってきたと思われるのが、年末にフィーバーを巻き起こしたオシドリたちだが、暮れに加わった首の白いカワウが派手な捕食を繰り返すようになってから、全く姿を見ない。寂しいなあ。引っ越しちゃったのかなあ。

 コガモの大群が飛来した翌日、一羽が猛禽類にさらわれるのを目撃してしまった。数日後、遊歩道の脇でカラスが大騒ぎ。輪の中央には腐乱した遺体。上空には50羽近いカラスがギャアギャア啼き交わして凄まじい。
 この影響もあってか、コガモは徐々に減っていき、入れ替わるようにハシビロガモが一気に増えた。こちらの首は緑色で胸は白、胴の側面が茶色い。小さな体の割に広い嘴が重そうだ。

 日本人がカモと言えばこの配色、というのがおなじみ、黄色いくちばしに緑の首のマガモ。体は淡い灰色で胸はくすんだ茶色。翼の脇と尾部の黒いラインがシャープだ。紅葉が始まる頃からちらほら姿を見せていたが、寒さが厳しくなるにつれてじわじわと増えて、ついに17羽の青首が並んだ。パートナーと一緒に、大きく張り出した枝陰の一番いい場所に陣取っている。なんたってでかいからねえ。
 体の大きさでは負けていないのが、ホシハジロと思しきカモ。何故か1羽だけ住みついている。時折聞こえる「ピュー ピューッ」というカモらしからぬ鳴き声はこの子らしい。去年も来ていたので常連なのだろう。

 年が明けると、南の堰からカルガモが姿を消していた。堰に常住してきたカルガモもいなくなってしまい、どうしちゃったのと思っていたら、なんと一族郎党引き連れて東の堰に引っ越していた。仲間と一緒に水辺の灌木の下に丸くなって集っている。オレンジ色の足が生えた味噌饅頭がゴロゴロ転がっているような姿でなんか笑っちゃう。
 カルガモの楽園となったこの堰に、ある朝、バシャバシャと凄い水音を立てて何者かが飛び込んできた。危険を察知して、慌てて漕ぎ出す数十羽のカルガモ。と、その奥からコガモたちがゾロゾロゾロゾロ。どこに隠れていたのか、120羽を超える大群だ。オオバンやカイツブリも混ざっている。あっという間に湖面は200羽を超える水鳥の群れに埋め尽くされた。
 初冬に南の堰からいなくなったコガモ達、どうやらここに移住していたようだ。
 東の堰では、カワセミ君も、ほぼ毎日同じ枝先に出勤してくれる。農道脇で色々騒がしかろうに、いつでも好きなときに綺麗な翡翠色を鑑賞させてもらえて実にありがたい。
 普段は穏やかに見えていた東の堰だが、こっそり大盛況だったのだ。

 冬と言えばからっ風。丘の上の団地には、連日、強烈な北西風が吹く。
一時的に風の収まる夕方が、つかの間のお食事タイムだ。カモたちは嘴を水面に固定して滑るように泳ぐ。時々餌に夢中になりすぎておしりが持ち上がり、橙色のアンヨで空を掻いては慌てて体勢を立て直している姿が、ユーモラスで可愛い。
 しばらくすると、ハシビロガモが集まってとぐろを巻き始める。雌雄入り乱れ、先が大きく広がった黒い嘴を水面につけて、グルグルグルグル回転しながら一斉に餌を取る様子は見ものだ。この渦、誰でも参加できるわけではなく、家族単位で集うらしい。よその鳥が間違って寄っていくと、「ガーガーガーガーガアー」と、すごい剣幕で怒られて、手荒に追い払われる。女の子たちは皆同じような焦げ茶のマーブル模様で、嘴をよくよく観察しないと鳥種の判別がつかないのに。身を寄せ合って暮らしていても、縄張り意識はすごいのだ。
 この姿、写真マニアには応えられないごちそうらしい。お腹を好かせたカモたちは、岸の直ぐ側でもお構いなしにこんなもぐもぐタイムをやってくれる。最近劇的に参加者が増え、四十羽近いカモたちが作る巨大な渦巻きが次々と形を変えていく様子はもはや芸術だ。
 見たいでしょう。
 おっ。もう陽が西に傾いてきた。そろそろ出かけよう。行ってきまーす。

 小袋に分かれた「でん六豆」で、少々せこい豆撒きをした2日後。大寒波の襲来の中、日本のデベソのような千葉県だけは久々に風が止んで、穏やかな午後を迎えていた。
 最近の散歩は強風を避けて、窪地にある蓮池からスタートしている。
 華麗な弧を描いて湖面を渡るカワセミ。東の堰の子たちより一回り大きく、たくましい成鳥だ。並木の樹木が蕾を付け始め、メジロが飛び交う「春の道」を通り、大回りして南の堰へ。流石に少し疲れて、ぼんやりもぐもぐタイムを眺める。小競り合いに入れ替わり、刻々と姿を変えていくハシビロガモの渦はいつまで見ていても飽きない。すぐ脇を白い首輪のマガモがツーっと滑っていく。
 と、視野の奥を何かが横切った。対岸の隠れ家から出てきたそのカモは、灰色の大きな体でゆったりと中央へ泳ぎだす。この色は…! 奥さんが出てきたということは、必ず旦那が後を追って出てくる!
 果たして、数秒も待たずして彼は現れた。なんてったって「オシドリ夫婦」だもの。
 久々に姿を現してくれたオシドリくんは、一段と華やかに色男オーラを放っていた。ハッとする白さの眦。椿の蕾のように紅を帯びた嘴。瑠璃色の冠羽が美しく夕日に映える。
 それにしても、奥さん、なんて大胆なんでしょう。あっという間に中央まで出てきたかと思ったら、いきなり翼を広げて激しく水を打ち、水面を蹴るや、こちらに向かってまっしぐらに飛んできた。即座に後を追う旦那。正面から見た飛翔の艶やかなことと言ったら!
 羽ばたき煌めく黄土色。白、瑠璃、緑、茶の目まぐるしい点滅・・・。もうたまりません。

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