梅林編 序章第一話(前編)

第一話(前編) 芽吹きを照らすは星の輝き

 帝国華撃団に敗れた俺は、その後間もなく総督を辞職した。空席となった総督の座は、暫定処置としてはつかへ渡すことになった。俺が総督だった頃から民衆の支持が厚かった彼女だ。いずれ正式な総督となり、中国地方はまたかつての活気を取り戻していくことだろう。

 そうして、一介の士になり下がった俺に声をかけたのは、帝国華撃団伝説のトップスタァであり、現帝国華撃団最大の支援者でもある、青島きりんだった。
 大方、総督権限で手に入れた政府の内部情報を持っていること、そして俺が時田松林の弟ということから、声を掛ける価値があると踏んだのだろう。なんとも抜け目のない御仁だ。

 彼女に依頼されたことは2つ。1つは予想通り、持っている内部情報を提供すること。そしてもう1つは、東日本側から団員をスカウトすることだった。何故俺が?という気持ちはあったが、何も失うものがない今の俺には特に断る理由もなかった。俺は二つ返事で承諾した。

 俺は大義を見失い、志を忘れ、自身のためだけに多くの人々を利用し、果てには総督の地位も、尊敬する兄も喪ってしまった。当然の"報い"だと頭では分かっていても、後悔と罪悪感は絶えることなく渦巻いていて、心はずっと宙ぶらりんなままだ。

『ひとりの士となって 兄の遺志を継ぐ者となる』

 そう告げてあの場を去ったくせに、進むべき道を見つけるどころか、未だに俺は自分の心に踏ん切りをつけることすらできずにいる。だから、青島きりんの依頼は渡りに船だった。確信などではなく、とにかく今は空っぽな自分を少しでも埋められる何かが欲しかったんだ。だから俺は依頼を引き受けた。つくづく情けないものだ。

 これから俺に、どれだけのことができるのだろうか…今の俺にはわからない。だが、このまま何もせず腐っているよりは余程良い。今はできるだけのことを精一杯やろう。たとえ道半ばでこの命尽きることになろうとも、それがこの国の未来の礎の一部となるのなら…

 それが、俺にできるせめてもの贖罪となるのなら…

〜数日後〜
 鳥取県境港市、境港。自動車航送船内・船倉。
 総督権限で知り得た情報を全て青島きりんに渡し、身辺の整理を終えた俺は、今日この境港から東日本へと旅立つ。
 かつて咲良なでしこと活動を共にした反逆者、時田松林の弟であり、内部情報を知る地位に居た俺を、政府が野放しにするはずがない。
 そのため移動速度は落ちるが、人目に付く陸上移動よりも海上移動の方がリスクが少ないと判断し、青島モーターズの製品を海上輸送するという名目で自動車航送船を隠れ蓑に西日本を脱することとなったのだ。
 そしてその出発を目前に、俺は帝国華撃団・宙組、星原そうかと密会していた。彼女の側には折り畳み式の簡易テーブルが置かれており、その上には青島きりんからの伝令を聞くための一台のモニターと、スピーカー付きの通信機が乗っていた。
 モニターと通信機から若干のノイズ音がプツプツと鳴ると、青島きりんの姿がモニターに映し出された。

「では改めて、お主に依頼内容の詳細を伝えよう・・・」
 数拍の間を置いて、青島きりんは再び話し始める。
「お主には、東日本から5人の乙女を探してきてもらいたい」
 5人か。多いのか少ないのか。いや、それよりも…
「随分と具体的な数字だな。何か理由が?」
「大石司令もキミカゲもおらぬ状態で、霊子ドレスを十全に扱える乙女を見つけるのは、そう容易いことではないのじゃ」
「それに・・・」
「それに?」
「霊子ドレスを開発できる人材も限られておる。その上実戦に足るレベルにまで調整するともなると、1機仕上げるにもそれなりの時間が必要なのじゃ」
「なるほど。それで現状ロールアウト可能なものが5機しかないから、探す乙女も必然的に5人というわけか」
「ご明察」
「もし5人以上になった場合は?」
「もちろん多く見つかるに越したことはない。故に、途中で目標数を達成しても北海道まで北上し、可能な限り戦力の増強に努めてもらいたい。こちらもそれに対応できるよう、引き続き霊子ドレスの製造を進めておく」
「また、こちらで既にある程度目星をつけている者たちをリストアップしておいた。この後そうかから渡されるリストを見て、その者たちを中心にスカウトに当たって欲しい」
「了解した」
「私からの説明は以上じゃ。何か質問はあるか?」
「いや、今は大丈夫だ。後で何かあったらこちらから連絡する」
「うむ。ではお主の武運を祈っておるぞ、時田梅林」
「こちらもできるだけのバックアップはする。お主は1人ではない。くれぐれも自棄になるでないぞ。よいな」
 そう青島きりんは言い残し、プツンとノイズ音が鳴ると、モニターの画面が暗転した。通信は終了した。
「自棄になるな・・・か」
 
「それではバイリンさん。先程きりんさんがおっしゃっていたリストの方をお渡ししますね」
「ああ、頼む」
「これです。どうぞ」
 星原そうかはポケットから1本のUSBメモリを取り出し、俺に差し出した。
「それと、このメモリの中には支給物資の詳細に関するデータや、細かい連絡事項なども入っていますので、そちらも目を通しておいてくださいね」
「わかった」
 データにまとめる程の『支給物資の詳細』とは一体なんなのだろうかと俺は一瞬考えたが、この船倉にあるものを見て、その答えはすぐに出た。ああ…
「そうか・・・」
 そういうことか。こんなものまで用意してくれるとはな。そう感慨に耽っていると、不意に、船倉内に快活な声が響いた。
「はい!なんでしょう?」
「え?」
「え?」
 一瞬、時が止まったかのように場が静まりかえった後、星原そうかの顔が瞬く間に真っ赤になった。
 そうか…『そうか』…そういうことか…多分、まあ…"そういうこと"だろう。
「う・・・またやってしまった・・・」
「いや、こちらこそ紛らわしいことを言ってすまなかったな」
「だ、大丈夫です・・・もう人生で1000回くらいやってますので・・・」
 そう言いながら、通信のために持ってきた機材をいそいそと片付けている星原そうかの顔は相変わらず真っ赤なままで、全然大丈夫そうではなかった。色々と名前で難儀をしているのだろう。今後また彼女に会う機会があったなら、気をつけるとしよう…

 その後程なくして、俺を乗せた船は境港を出港した。
 星原そうかは霊子ドレスの能力で滞空しながら、船が出港した後もしばらく手を振ってくれていた。こんな霊子ドレスもあるのかと感心しつつ、久方ぶりに温かな気持ちになり、自然と笑みがこぼれた。
 しかし、最後の方は不可解な動きをしていたように見えたのだが、果たして彼女は大丈夫だったのだろうか…
「アババババババババババ!!!!!!」

序章第二話へ続く。

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