幕間 吉兆、春風に乗って

「で、どうなんだよ?結果は」
 四万十しまんとゆすらはテーブルの上に軽く上半身を乗り出し、かすように問い詰めた。
「まあまあ、落ち着いてよ」
 ゆすらとは対照的に、対面に座っている仙頭せんどうしゅうこは、落ち着いた様子で言葉を返した。
 常日頃から花嫁修行に余念のないゆすらにとって、恋愛運は非常に重要な要素。ゆすらはそれを定期的に確かめるために、約月1のペースでしゅうこの元に通っている彼女の常連客の1人だった。
「近々大きなチャンスがあるって出てるね。それも今回は特に大きな」
「ホントか?!」
 しゅうこのその言葉に、ゆすらは目を輝かせた。
「うん。ホラこれを見て!」
 しゅうこはテーブルの上に並べられたタロットカードの中の、ある1枚を指差した。
 しゅうこは基本的に、祖母から継承した“泰山たいざんりゅう”のまじない術を使うが、ここ最近は、占いやおまじないに対する理解をより深めるために、他のやり方をよく試すようにしていた。
「これは“ケルト十字展開法”ってやり方なんだけど⋯ここ、“恋人”のカードが正位置になってるでしょ?」
 しゅうこは十字状に配置されたカードの内、右側にある“恋人”のカードを指差した。
「この位置に置かれたカードは将来を表しているんだ。ここに“恋人”が正位置で置かれるのは、恋愛に関してはこれ以上ない結果が出ている証拠だね」
「っしゃあ!やったぜ!」
 それはゆすらにとって1番聞きたかった言葉だった。自然とゆすらの顔には満面の笑みがこぼれ、力強くガッツポーズをした。
「ただ気をつけなくちゃいけないのは、真ん中に2つ重ねたカードの内の上にあるカードと、十字の右脇に縦に並べた4枚の内の1番上のカード」
 喜びを爆発させているゆすらをいさめるように、しゅうこは注意すべきカードを指し示し、真ん中のカードから解説を始めた。
「これはこの結果全体に関するキーカードだね。“運命の輪”の逆位置が表すのはまあ⋯平たく言えば早とちりで事を進めようとすると失敗するって感じかな」
 そして次に、右脇に縦に並べられた4枚のカードの内から、1番上のカードを指差した。
「で、これは本人にそれを成就するかどうかを決める基準になるものなんだけど⋯」
 しゅうこの指差したカードは、“星”の逆位置だった。
「ゲッ!?また逆位置ってことは、ダメって事か?」
 ゆすらは占い自体をした事はないし、細かいやり方を調べた事もないが、しゅうこの占いを何度も受けている内に、なんとなく何が良さそうで何が悪そうなのかを察せるくらいにはなっていた。
「いやいや、別に逆位置だからって完全にダメってワケじゃないよ?」
「ホ、ホントか?」
「逆位置はね、さっきの“運命の輪”もそうだけど、失敗しないためのアドバイスを教えてくれているって考え方もできるんだよ」
 占いは人の運命を確定させるものではない。
 提示された結果が良い内容でなかったとしても、それを元に相談者へ指針を与え、きたるべき時へ向けて心の準備ができるようにするためのものでもあるのだ。
「“星”の逆位置はひとりよがりになったり、理想が高過ぎたりすると失敗してしまうことを暗示してるんだ。だから逆に、そうしないよう心掛ければ失敗を回避できるはずだよ」
 だから占い師は、ネガティブな結果が出たとしても、相談者にとってマイナスとなるような内容をそのまま伝えるような事は極力しないようにする。
 もしそのまま伝えるならば、その結果が今後に対してポジティブな影響を与えるものだという事も同時に伝えるようにするなど、相談者へのケアは絶対である。むしろそれこそが占い師の最大の役目であり、腕の見せ所と言っていいだろう。
「なるほどなぁ⋯」
「つまり、えーと⋯近い内に大きな出会いがあるから、そん時は焦らずじっくり行けってことか?」
「そうそう。恋愛は自分の気持ちだけの問題じゃないからね。相手の気持ちもんで、じっくり進めるのが大切だよ」
「確かに。この結果じゃなくてもそういうのは大事だよな。でも⋯」
 ゆすらは言葉を詰まらせて、少しうつむいた。
「どうしたの?」
「今やこくは“四国よんごく”なんて言われる殺伐さつばつとした時代になっちまった。こんなご時世にすげぇ出会いがあるとしら、それこそ白馬に乗った王子様のような、救世主みたいな奴が来るくらいじゃないと、まず出会いすらないんじゃないか?」
 先ほどまでの、占いの結果にいっ一憂いちゆうしていた時とは違い、ゆすらの表情は真剣で、暗くこわっていた。
 あるすじの情報から、他県の裏切りをさっしていたからとはいえ、この時代の口火を切ったのは自分の一言。
 ゆすらはその事に、少し罪悪感のようなものを感じていた。
「だったらさ、それを期待しても良いんじゃない?そう思ってた方が楽しいし、それにそれくらい大物じゃないと、高知暴走族連合“つら刃舞はま”総長、四万十ゆすらのお眼鏡にかなわないんじゃない?」
「⋯⋯へへ、そうだな。ウチもそっちの方が良い」
 少し考えこんだゆすらだったが、すぐに『過去を気にしてウジウジしているのは自分らしくない』という結論に至り、しゅうこの提案に素直に従うことにした。
りぃ⋯らしくないとこ見せちまったな」
「謝らなくて良いよ。ここはそういうのを吐き出して、前を向くための場所なんだからさ」
 しゅうこは嫌な顔ひとつせずに、自身へのしゃ以外のゆすらの感情を全て肯定こうていした。

「今回もサンキューな、しゅうこ」
「なにさ、急に改まって」
「いやまあ、なんだその⋯いつも世話んなってるし、今日はオマエの誕生日だろ?」
「まぁ、そうだけど⋯」
「だからコレ、受け取ってくれ」
 ゆすらは事前に持参していた大きめのトートバッグをしゅうこに渡した。
「これはまた⋯随分ずいぶんとたくさん入ってるね」
 中にはタッパーに入った大量のお惣菜そうざいに加えケーキが1ホール、保冷剤と一緒に入っていた。
「見ての通り、お店のやつじゃなくてウチの手作りだからさ、不味まずかったら無理して食わなくていいからな?」
「いやいや折角せっかく作ってくれたんだし、ちゃんと全部いただくよ。ただ、1人じゃ食べ切れないと思うから、たぶん家族と分けて食べることになるとは思うけど」
 ゆすらが料理上手であることは華面刃舞のメンバー内だけでなく、彼女を知る者の間では周知の事実であり、しゅうこも当然それを知っている。
(だから、よっぽど口合わない味付けじゃない限りは不味いということはないだろうね)
「んじゃまた来るわ。もしかしたらその内すぐ来ることになるかもしんねぇが、その時はよろしくな」
「はいよ。いつでもどうぞ」
 玄関で軽く別れの言葉を交わし、ゆすらはしゅうこの家を出た。程なくして、外から景気の良いバイクのエンジン音が鳴り響き、そしてそれは次第に遠く小さくなっていった。

「ふぅ⋯やれることはやれた、かな?」
 占い師は、相談者が直面している問題の解決に物理的な影響を与える存在ではない。
 だが相談をしてくる以上は、相談者には大抵何かしらの悩みがあり、正常な精神状態でないこともしばしばだ。
 だからこそ占いというものは、相談者の心をよりネガティブにするものであってはならない。
 ゆすらの胸の内に抱えた感情をはかることはできても、真に共有することはできないし、問題を解決できるわけでもない。
 それでも、彼女が持つ辛さを少しでも柔らげ、来た時よりも明るい気持ちで帰ってもらえたのであれば、それを1つの指標として、しゅうこは占い師としての責務をまっとうできたと言って良いだろう。
「さて、と⋯」
 しゅうこは並べたタロットカードを片付けて1つの山にまとめ、カーテンの方に目をやった。
「窓、開けますか」
 室内は完全に閉め切っており、頭上の電球のうすかりが直下のテーブルを照らしているのみだが、時刻はまだ午後の2時を回ったばかりで、外はいまだ明るい時間帯である。
「占い部屋のふん囲気いきを作るのは好きなんだけど、やっぱり閉め切ってると空気がよどんじゃうねー」
 しゅうこは部屋の明かりを消し、カーテンを開けた。
 シャアアアァー⋯とカーテンを引く音と共に陽光が差し込み、室内が一気に明るくなる。続けて窓を開ける。
「うわぁっ!?」
 たん、急な突風が吹き、しゅうこは驚いて思わず目をつぶった。
 風が吹いたのはわずかなあいだだけだったが、振り返って部屋の中を見ると、先ほど1つにまとめたタロットカードが、数枚床に散らばっていた。
「あーあ、もう」
 しゅうこは散らばったカードを拾い上げていくと、ある事に気が付いた。
「また、か⋯」
 唯一ゆいいつおもてめんを上にして落ちていた最後の1枚を拾ったしゅうこは、そのカードから強いメッセージを感じ取っていた。
 そのカードは“運命の輪”のカードだった。
5回連続・・・は⋯流石にスゴい何かを感じるね」
 しゅうこはゆすらを占う直前に、他県の女性を3占っていた。
 今のこくの状況と、彼女たちが持つ他県への影響力を考え、それぞれ日をズラして、ゆすらと同じ占法で占いを行なったのだが、その全てで“運命の輪”が重要なキーとなる結果が出ていたのだ。
 そして今、再び“運命の輪”はしゅうこの前にその姿を現した。
 これを5回目とカウントしなくても、少なくとも4回は連続で“運命の輪”が出ていることは間違いない。
 流石にここまで来ると、しゅうこはただの偶然では片付けられない、何かの強い力が働いているように感じざるを得なかった。
「これは本当に来るかもね」
「近々、今のこくを変えるような救世主様が」
 時は太正100年4月15日。
 帝国華撃団がこくの地を踏むのは、もう少しだけ先のお話。

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