幕間 “ハッピー”バースデー

*今回は想像の余地を残す部分を意図的に多くした構成となっています。
 それを前提とした上でお読みください。

 太正101年10月20日。帝都にて。
流石さすがまと君。早いね」
「い、いえ。私もここに来てそれほど時間は経っていませんので」
(まと君、なんか今日は妙にそわそわしているような気がする。どうしたのだろうか?)
「まと君。もしかして体調が良くなかったりする?」
「だ、大丈夫です。ただちょっとその⋯落ち着かないといいますか⋯」
「まぁ、まと君は帝都慣れしてないからそれも当然っちゃ当然か」
「そ、そうです。そうなんです」
 大石の勘違いに乗っかってなんとか誤魔化すことに成功し、まとは内心ホッと胸を撫で下ろした。
(ふぅ⋯なんとか司令殿に気取けどられずに済みました)
 帝都・渋谷にある、とある公園の前で待ち合わせをしていたまとと大石。
 まとは誕生日周りでまとまった休暇きゅうかを取り、帝都旅行に行くことは前々から決めていたのだが、ちょうど大石の休日とも重なったため、久々の再会も兼ねて誕生日を一緒に過ごすことになったのだ。
「それにしても久しぶりだね、まと君。もえみ君たちと元気でやっているかい?」
「はい。それはもう相変わらず」
「それは良かった」
 昨年から今年にかけて、色々な面で激動の1年を過ごした大石にとって、地方へ戻った乙女たちの近況を聞けるのは嬉しいことだった。
「それに今日は、燕尾服えんびふく以外の服を着ているまと君が見れたから、それだけでも大収穫だね!」
 そしてなによりも、普段とは違う姿のまとを見られたことが大石は嬉しかった。
「なっ⋯⋯!?」
「いやーこうして見ると、改めてまと君も女の子なんだなーって感じるよ。燕尾服もカッコよくて良いけど、私服も凄く似合ってるね」
 今日のまとは、七分丈しちぶたけのゆったりとしたカットソーのシャツにミディスカート、両肩には薄めのストールを羽織はおっている。靴は少しヒールの高いものを履いている。
 燕尾服を着ているまとしか見たことがなかった大石にとって、今日のまとはとても新鮮だったのだ。
「そっ、そっ、そうでしょうか⋯なにぶんこういう服は着る機会がそれほど多くないので」
 まとは顔を赤面させ、謙遜けんそんの言葉でお茶を濁しつつも、内心は喜びと安堵あんどの気持ちであふれていた。
 まとは普段、日中は常に燕尾服などのフォーマルな服装で仕事し、夜は私室でラフな格好に着替えて過ごすことが多い。
 休日でも、誰かと会ったり遠出する予定がなければ、服までめかし込むことはしない。
 それに加えて、使用人という仕事の性質上、まとの休日は他の人と較べて少ないため、まとは、自分のプライベートな部分を褒められることに慣れていないのだ。
 大石と顔を合わせた際にそわそわしていたのも、こういった側面から来る焦燥感しょうそうかん故のものだった。
「と、とりあえず昼食にしませんか?司令殿」
 とはいえそんな内情は読まれたくはない。
 落ち着かない心臓と闘いながら、まとは大石に行動をうながすための言葉をつむぐ。
「そうだね。早めに行かないと混むだろうし、そろそろ行こうか」

「司令殿はもっとお高いところでお食事をされているかと思ったのですが、意外ですね」
「去年B.L.A.C.K.の司令に任命されるまでただの一般警官だったからね。1年でそうそう舌は変わらないよ」
 公園から少し歩き、昼時が近くなったため、2人は近くにあったファミリーレストランに入っていた。
「司令殿はよくこういう所で外食をされることが多いのですか?」
「そうだねぇ⋯なるべく自炊するべきなのは分かってるんだけど、忙しいとどうしてもコンビニか外食になっちゃうね」
「成り行きで入っちゃったけど、まと君の方こそココで大丈夫だった?もえみ君の家に仕えてるなら毎日良いものが出てくるでしょ?口に合わなかったりしない?」
「料理に使わせていただくものは多少上等なものではありますが、それでも一般的な家庭と出すものは大きく変わりませんよ」
「それに、奥方様が手料理を振る舞われることもありますし、もえみ殿に至っては、ここ最近ジャンクフードを好んで食べていることが多いですね」
「ははは、もえみ君らしいね」
 まったく困ったものです、と言わんばかり表情のまととは対照的に、大石は脳裏には、彼女たちの微笑ほほえましい日常が鮮明に浮かんだ。
「流石に少し食べ過ぎなきらいがあるので、自重して欲しいところなのですが⋯」
 はぁ⋯と、軽く溜め息をつきつつ、まとはドリンクバーの飲み物を取りに行くために席を立つ。
「司令殿。何かご希望はありますか?」
 まとは、自分の分ついでに大石の分の飲み物も持ってこようと、2人分のグラスを手に取る。
「うーん、そうだね⋯じゃあアイスコーヒーをお願いしようかな。あとガムシロップ1つね」

 昼食を済ませ、2人は再び街中へと繰り出した。
 会う約束をしていたと言っても、日中の間のプランは特に決めていなかったため、とりあえず2人は適当なアミューズメント複合施設で時間を潰すことにした。
「こ、こういう場所って⋯恋人同士で来る場所ではないのですか?」
 週末ということもあって、周りを見渡すと仲の良さそうなカップルが結構な割合で見受けられた。
「じゃあ、まと君と一緒なら不自然じゃないね」
「ええっ!?し、司令殿。それはどういう⋯」
「ふふふ。さて、どういう意味でしょう」
「それとね、まと君。ここに溶け込むためにも、司令殿ではなく“名前で”読んで欲しいところなんだけど?」
「え、え、ええーっ!?」
 まとが顔を真っ赤にしているのを知りつつ、大石は続けて言葉をかける。
「ほらほら、試しに1回呼んでみて!」
「お、お⋯お⋯⋯大石⋯さ、ん⋯」
 恥ずかしさで胸が張り裂けそうなまとだったが、期待に目を輝かせる大石の目に応えようと、必死で声を絞り出す。
「うぅ⋯む、無理です。勘弁してください、司令殿!」
 だが、呼び慣れていないしょうで大石の名前を口に出すことには抵抗があり、場の雰囲気も相まって、やはり一度が限界だったようだ。
(今日のまと君の反応は新鮮で“良い”なぁ⋯)
 などと、心の中でうんうんと満足げに頷き、味を占めた大石は、その後も事あるごとに戸惑うまとの初々ういういしい反応を存分に楽しんだのだった。

 陽も落ちかけてきた頃、2人は夕食を予約したレストランの入っている大型百貨店の中を、入店の時間まで見て回ることにした。
 大石が昨年、まとにティーカップを贈ったということもあり、2人は特に考えるわけでもなく、自然な流れで調度品を販売している階へと足を進めていた。
「そうだ。去年はティーカップだったけど、今年は何が良いかな?まと君」
「お、お気遣いなく。貴重な休暇きゅうかを私にいてくださっただけでもありがたいので」
「そんなにかしこまらなくたって大丈夫だよ。大石さんに素直に言ってご覧なさい!」
「⋯⋯では、少し考えさせてください」
 そこまで言うならばと、まとは今年欲しいものを考えながら、階にある品々をひと通り見て回ることにした。
 しかし、お洒落しゃれな調度品の数々に少し目移りしそうになる時こそあるものの、なかなかコレといったものが見つからない。
(良いものは沢山ありますが、私の心に刺さるものは見当たらないですね。どうしたものでしょうか⋯)
「どう?まと君。何か欲しいものはあった?」
 階を一周し終えて、大石は改めてまとに欲しいものを聞いた。
 そんな大石の顔を見て、まとは1つの答えを思いつく。
(そうだ。欲しいがないならば⋯)
なんでも・・・・⋯お願いしてしまって良いんですよね?」
「うん。まあよっぽどのものでなければだけど」
 今の大石は、それなりのものを買ってもふところがあまり痛まないくらいの収入を得ている。
 それ故に、金額を気にしないで良いというむねの発言であったのだが、まとの思惑おもわくはそれとは方向性が違っていた。
「そうですね⋯⋯それでは」

 翌日の昼過ぎ。
 まとは岡山へと戻るため、新幹線の中に居た。
 昨日さくじつ夕食を済ませ、都内のホテルで一夜を過ごしたまとは、午前中に大石と共に新帝国劇場へ足を運んだ後、早々に西日本行きの新幹線に乗り込んだ。
 もう少しゆっくりしていたい気持ちは山々だったが、自宅に着く時刻を考えると、そうも言ってはいられなかったのだ。
(なんとか一矢報いる場面はあったものの、昨日は司令殿に振り回されっぱなしで本当に大変でした)
(でも⋯なんだかんだこの2日間は、とても楽しかったですね)
 久々に大石や帝都に滞在している歌劇団の面々と再会でき、まとの心は充実していた。
「さてと⋯⋯」
 もえみたちへのお土産を含め、荷物をまとめたまとは、リクライニングシートを少し後ろに倒し、そのまま背中を預けるように座席に着いた。
「ここからまた長いですし、少し眠りましょうか」
 色々あった一泊二日の帝都旅行を思い返しながら、まとはしばしの間目を閉じて、眠りに落ちるのだった。




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