幕間 Wings Rest

──ダンッ!
 地面を噛むように力強く踏み込み、高千穂ゆうは跳躍する。
 優雅に宙を舞い、華麗に着地を決める姿は見る者を常に圧倒する。
 大帝國歌劇団B.L.A.C.K.と併合し、新生・帝国歌劇団という大所帯となっても、高千穂ゆうを高千穂ゆうたらしめる強力な個性である。
 時は太正100年12月22日。
 ゆうは翌年の春に予定されている出発公演に向けて、その跳躍力を活かした演技の練習に打ち込んでいた。
ダンッ!ダダンッ!ダンッ!
「きゃっ?!」
 コンビネーションジャンプの最後に、右脚に突然違和感を感じたゆうは、思わず尻もちをついてしまった。
「痛たたた⋯⋯」
 じんわりとした痛みがひりつくお尻をさすりながら、ゆうは立ち上がろうと両脚に力を入れた。
「んっ⋯!って、あれ!?」

「あちゃ〜こりゃダメだ」
「中のパーツが所々イっちゃってるね」
 転倒から数十分後、ゆうは再建中の帝都タワーに足を運んでいた。
「直すのに、どれくらいかかりそう?」
「まあ一日二日いちにちふつかってとこかなー」
 帝国華撃団に入った時から、ゆうは義足とシューズの調整をふうかに一任している。
 他の義肢装具士でも義足の修理自体は可能だが、それに合わせたシューズの製作から調整までおこなってくれるのは、ふうかをおいて他には居ないからだ。
 ここに来るまで、義足はギリギリ歩行ができる程度には大丈夫だったものの、どう考えても激しい運動をこなすなっていた。
「Blue-Skyの開発で忙しいのにゴメンね、ふうか」
「別にいいって。後は組み上げ作業が大部分だからやることも決まってるし、何より良い気分転換になるよ」
「なんだったらワタシにも触らせてくれないか?」
 面白そうな匂いを感じ取ったのか、そばで話を聞いていたむつはが会話に入ってきた。
「くくく⋯⋯修理ついでに強力なパワーアシスト機構も組み込んで、異次元のジャンプを可能にしてやろう」
 両手の指をワキワキさせながら、むつはは楽しそうに改造案を提示した。
「む、むつはちゃん、異次元って⋯どれくらい?」
 嫌な予感を感じ取ったゆうは、恐る恐るむつはへ尋ねた。
「そうだな⋯とりあえず10mくらいからどうだ?」
「じゅ、10m!?」
(着地間違えたら、下手すると死ぬ⋯よね?)
 10mは一般的な建物で言うと約4階分の高さである。
 着地時の衝撃を考えるとおおよそ無事では済まない高さである。
「おいおい、霊子ドレス用の義足じゃないんだから。そういうのはナシ!」
「むぅ⋯それは残念だ」
「あはは⋯ゴメンね、ゆうさん。アイツ、すぐ新機能付けたりスペック上げたがるから」
「ふふ⋯別に気にしてないわよ」
「というわけで、修理が終わるまではこのスペア用のやつで我慢しててね」
 そう言ってふうかは、取り出したスペア用の義足を手際よくゆうの右脚に取り付けた。
「ちょっと試しに立ってみて」
「ええ」
 ゆうは少しはずみをつけて椅子から立ち上がった。
 軽くその場で足踏みもしてみたが、特に問題は見当たらないようだった。
「大丈夫そうね」
「だな。でもこれは運動用じゃないから、これ使って練習とかしないでよ?」
「ええ、わかってるわ」
 その後、重量などのバランスを軽く整え、ゆうたちは部屋を出た。
 ふうかとむつはは、ゆうを見送るためにそのままエントランスまで同行した。
「新機能を付けたかったらワタシに言ってくれ。いつでも歓迎するぞ!」
「まだ言うか。てかただむつはが改造したいだけだろ」
「うふふ、考えとくわ」
 そして、ふうかとむつはのやり取りを微笑ほほえましく思いながら、ゆうは帝都タワーを後にした。

「さてと、急に暇になっちゃったなぁ⋯⋯」
 練習ができない以上、今日きょう明日あすは大人しくしているしかない。
 かといって暇を持て余して何もしないのも勿体無い。
 帝都タワー近くの公園のベンチで数分悩んだ後、とりあえずゆうは街中へり出すことにした。
 クリスマスが目前に迫り、市街の中心が近づくにつれて、街は比例して活気溢れる様相をていしていく。
 建物やインフラ設備の修繕もほとんどが終わり、帝都決戦時の跡はすっかり見当たらなくなっており、後はいよいよ、Blue-Skyの完成を待つのみという感じだった。
 復興支援に舞台の練習にと、ゆっくりと帝都の街を見るタイミングが多くなかったゆうにとって、突如できたこの余暇よかは存外に嬉しいものだった。
「うわぁ⋯素敵なお店がいっぱい」
 新帝国劇場の周辺はランニングコースとして走ることが多かったが、そこから離れた地区はゆうにとって新鮮なものに映った。
 歩き始めてからしばらく経ち、気がつくと日は少し傾いて、昼下がりになっていた。
「こんなに“歩く”のは久々ね」
 普段から走り込みをしているゆうがこのような感想を漏らしたのは、こと歩いて見て回ることに関しては、帝国華撃団に入ってから今に至るまで、なかなかその機会がなかったからだった。
 歩きながら、少し先に目線を向けると、小洒落こじゃれた感じの喫茶店が目に入った。
 店の前の看板に載っているメニューはどれも美味しそうな上に、窓越しに見える店内スタッフの制服は、現代風のアレンジが効いたがらの着物にたすき掛けをしているスタイルで、ゆうはその雰囲気の良さに入店意欲をそそられてしまった。
カランカラン⋯
 店のドアに付けられたベルが小さくなり、静かに開いたドアから店員が顔を出してきた。
「あのー⋯もしかしてお客様ですか?」
「え?あ⋯はい」
(あ、思わず「はい」って言っちゃった)
 店の前で立ち止まっているゆうを見かねて声をかけた店員の問いに、ゆうは反射的に答えてしまった。
「外は寒いですし、とりあえず中に入ってからゆっくりご注文を決めていただいて大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
 ゆうはこの流れには逆らえないと悟り、左手で素早く自分のわき腹をつまんだ。
(うん、大丈夫)
 お腹のぷにぷに具合は許容範囲内。
 一日暴食したところで大丈夫。問題ないとゆうは判断した。
(たまになら、良いよね?)
 『それに今日は誕生日だし』と、高カロリーな食べ物を入れる口実もバッチリである。
 ゆうは、久々にカロリーを気にせず好きに食べられる喜びを感じながら、内心意気揚々いきようようと入店した。
「1名様ご来店でーす」
「いらっしゃいませー」
 店のスタッフたちの声が店内に心地良い音量で響く。
「あ、ゆうちゃんだ!」
 入店してすぐに、近くの客席から聞き馴染みのある声がした。
「おーい、ゆうさん!こっちこっち」
「しの、まみや!?」
「なんだ、ゆうもスイーツを食べに来たのか?」
「りんまで!?」

「ココね、りんちゃんが紹介してくれたとこなんだ」
「へぇ〜そうなのね」
 ゆうはしのたちと相席にしてもらい、注文した料理が届くのを待ちながら談笑していた。
「美味しいスイーツを出すお店は余すことなくチェックしているからな。ここはつい最近できたばかりで、少し前から気になっていたんだ」
「で、あたしとしのはその付き添いってわけ」
「まあ、しのの場合は食べ物があれば誰にでもついて行くだろうけど」
「ふぉんなころないお!ひろいおまみあひゃん!」
(そんなことないよ!酷いよまみやちゃん!)
 口いっぱいにパフェをほおりながら答えるしのだったが、普段の彼女の様子を知っている者からすれば、リスのように膨らんだ今の頬の状態と相まって、説得力はないに等しかった。
「お待たせいたしました」
「こちらホットの紅茶とチョコチップスコーン⋯」
「そして抹茶とラズベリーのタルトでございます」
(うわぁ⋯こういうの・・・・・久々だぁ〜)
 普段のカロリー計算された食事が嫌いというわけではないが、たまにはそれを気にせず食べたい時もある。
 ゆうは内心、歓喜の渦に包まれていた。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい」
「ではごゆっくりどうぞー」
 注文の確認を終え、店員は伝票をテーブルの脇に置いて持ち場へと戻っていった。
「ゆうさん、本当にこんなに食べて大丈夫なの?」
 よく一緒にトレーニングをしたりするまみやは、ゆうの頼んだメニューを実際に見て、改めて驚いた。
「今日は私の誕生日なのよ?今日くらいは贅沢しちゃうんだから!」
 今年で22歳を迎えるゆう。
 新生・帝国歌劇団全体の中でも年上の部類に入るゆうだが、老成し、落ち着いてしまうような年齢ではない。
 彼女もまぎれもなく、心も身体からだもうら若き乙女なのだ。
「そうだ。そういえばそうだった」
「じゃあこの後、ゆうちゃんに何かプレゼント買わなきゃね!」
「そ、そこまで気は遣わなくても良いのよ?」
「年末だし、ほら、皆色々入り用とかあると思うし⋯」
 贅沢すると言って、今日を気兼ねなく過ごすことをアピールした手前、相手に気遣いをしてしまうゆう。
 そのゆうの様子を見て、3人は顔を見合わせてクスッと笑った。
 ああ、そうだ。
 これが、こういう所で出てしまう人の良さが、私たちが高千穂ゆうを好きな理由の1つなんだ、と。
「誕生日の主役が遠慮することはないんだぞ?」
「そうそう。それにいつもゆうさんにはお世話になってるし、それくらいさせてよ」
「みんな⋯」
 つい年長者意識みたいなものが出てしまう自分だが、帝国歌劇団の皆はそれを強制しているわけじゃない。
(いけないな、私。ここではもっと自由に羽を広げても良いのに、ついついいつもの癖が出ちゃった)
 そう思って、思い出して。
 だからゆうは素直に、前言を撤回した。
「そうね⋯じゃあお言葉に甘えようかな」
「よし、じゃあ決まりだな!」
「うん!でもここを出る前にこの“お団子盛り盛り3種のアイスクリームパフェ〜みたらしソース掛け〜”っていうの食べても良い?」
「うえぇ!?しの、さっきまで結構デカいの食ってたのに、まだ食べるのかよ」
 先ほどまで三色団子とアイスクリームが積まれたパフェを食べていたしのだが、いつの間にかそれが入っていたガラスの器はからになっていた。
 どうやら限界がないらしい彼女の胃袋は、今からそれ以上のものを食べる気でいた。
「ならばオレももう一品頼みたいのだが⋯」
「いやいや、りんはまず目の前の特大パフェを片づけてからにしてくれよ」
 どうやら今日の保護者ポジションは、自分ではなくまみやらしい。
「うふふ⋯」
 そんな事を思いながら、ゆうはこの穏やかに流れる時間を満喫するのだった。

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