幕間 愛の軌跡のその先は

 昔々、ある所に1人の少女がいました。
 その少女は、海沿いの街の裕福な家庭で生まれ、両親からの愛情を一身に受けて、健やかに育ちました。
 彼女は植物の世話をするのが大好きで、特に、街中に咲き誇るオリーブの花が一番好きでした。
 やがて妹も生まれ、益々賑やかになった一家は幸せな生活を送っていました。
 しかし、少女が12歳の誕生日を迎えようという頃、彼女は家の外の異変に気づいたのです。
 学校の友達も、先生も、街を行き交う人々も。みんな一様に生気のない顔をしているのです。
 街を彩る植物たちも、茎はこうべを垂れて元気をなくしているように見えました。
 近頃、行方不明事件が増えてきていることもあり、途端に怖くなった少女は、急いでお家に帰り、両親に街の様子を話そうとしました。
 ですが両親は、
「今日は疲れているから、また後でね」
 と言って取り合ってくれませんでした。
 次の日も、その次の日も──
 両親が家に帰ってくる度にその話をしようとしましたが、毎日同じような返事が帰ってくるだけでした。
 元気で優しかった両親が、死んだように生気をなくしていく様子を見て心配になった少女は、寝る前にベッドの中で祈るようになりました。
『2人が元気になりますように』
『ずっと元気でいられますように』
 そう何度も何度も心の中で唱えながら、眠りにつく日々が続くのでした⋯

 それから一週間ほど経ったある日──
 少女の祈りが届いたのか。両親は家に帰ってきても、以前よりも疲れた様子を見せなくなりました。
 満を持して、少女は両親に街の話をしました。
 その話を聞いて両親も、少し前からあった街の違和感に納得がいった様子でした。
「パパもママも、同じような顔をしてたんだよ?」
 少女は涙をにじませながら両親に飛びつきました。
 怖かった。
 自分と妹だけがこの世界に取り残されてしまったのではないかと。
 大好きな両親まで街の人たちみたいになって、その内目の前から居なくなってしまうのではないかと。
 そう思い、必死で祈り続けた胸の内を、少女は両親の温かい腕の中で涙ながらに打ち明けたのでした。
 緊張の糸が解けたことで、その後も少女の涙はしばらく止まることはありませんでした。
 少女の母親は、少女の頭を優しく撫でて言います。
「それはきっと、あなたのおかげよ」
「あなたの愛が私たちを元気にしてくれたのよ」
 母親のその言葉は、少女に一筋の光明をもたらすのでした。

 次の日から少女は、友達や先生だけでなく、街ですれ違う元気をなくした人たちにも接するようにしました。
 戸惑って怖がられてしまうこともありましたが、街の人々を元に戻すため、少女が諦めることはありませんでした。
 しかし、その成果が実ることもありましたが、少女1人の力では限界がありました。
 そこで少女は、自分と同じように街の異変に気がついている仲間たち集め、協力して、何がみんなの元気を奪っているのか⋯その原因を探し始めました。
 そしてついに、少女たちは元凶である魔女の存在を知るのでし⋯

「って⋯あら?」
「寝ちまった、みたいだね⋯」
 正座をしている鳥部きょうこの太腿ふとももにもたれかかるようにして、幼い少女がスゥスゥと寝息を立てている。
 その側には、携帯端末を片手に、椅子に腰掛けている観音寺のあの姿もあった。
 ここはかつて、のあが育った孤児院だ。
 今日、きょうこはボランティア活動の一環でここを訪れており、時折様子を見に来ているのあとたまたま居合せることになったのだ。
「そりゃあ小さい子に導入が長い話は、ね」
「うふふ⋯そうね」
 午後の昼下がり。幼少の子の世話をしていたきょうこは、いくつか物語を聞かせていたのだが、先程話していた内容は、話が盛り上がるまでの尺が長すぎたようだ。
「何も考えず、つい長い話をしちゃったわ」
「⋯で?結局最後はどうなるんだ?」
「あら、のあちゃん。聞きたいの?」
 存外なのあの反応に、きょうこは少し嬉しくなった。
「なんやかんや耳に入ってきてたからね。少し気になっちまったんだよ」
 『じゃあつまんで⋯』と前置きをして、きょうこは物語の結末を話し出した。
「⋯成長した少女は仲間たちと共に戦い、街の中心に巣食う悪い魔女を倒すことに成功しました」
「そして、世界のどこかで同じように苦しむ人たちを救うために、また新たな旅へと出るのでした。おしまい」
「⋯⋯って感じよ」
「一応ハッピーエンドっぽい終わり方だけど、少女の戦い自体は終わらないんだな」
「そうね。きっとこれから別の的とも戦うことになるでしょうし、終わる保証のない旅よね」
「でもその少女は決して不幸ってわけじゃないのよ?」
「だって、それは自分の意志で決めたことだもの」
 のあは、物語の少女について語るきょうこの様子に、普段とは違う種類の熱がこもっているのを感じた。
「ふ、そうだな⋯⋯っと!」
 返事をしつつ、のあは椅子から立ち上がる。
「急に立ち上がって⋯どうしたの?のあちゃん」
「なぁに、いつも通りさ。一発打ってくるだけだよ」
 そう言って、のあは何かを握っているかのように、右手をくいくいとひねる仕草を見せる。
「もう!のあちゃんたら⋯貴女はここの子どもたちの憧れなのよ?少しはそういうの・・・・・を自重しないと」
「アハハ!それなら心配いらないさ」
「え?」
「魔女を倒した少女ってのは世界を周ってるんだろ?」
「なら案外、今近くに居たりするんじゃないかなって⋯なんでか知らないけど、ふと今そう思ったんだよ」
「それなら心配は要らないだろ?アタシみたいなアウトローが側にいてもそいつがしっかり正してくれるだろうからね」
「え?それはどういう⋯」
 のあはそれだけ言い残して、きょうこの反応を待たずに後ろ手を振りながら部屋を出ていった。
 のあが出ていった後、きょうこはのあの言葉の意味を考え、そして1つの結論に至った。
「あら!のあちゃんたら⋯!」
 きょうこは両の手のひらをそれぞれ両の頬に当てて満面の笑みを浮かべた。
「きょうこ。のあちゃんのこと、すっごく好きになっちゃったかも⋯うふふふ」
 太正101年9月3日。21歳の誕生日を迎えるこの日⋯
 誕生日という節目であることもあって、いつものように運命的なものを一方的に感じてしまったきょうこは、華撃団の推しメンリストに観音寺のあの名前をソッと加えたのだった。

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