幕間 親友とあたしと新友と
未だ復興の真っ只中にある帝都では、茹だるような猛暑日が続いていた。
倒壊した建物の再建や瓦礫の撤去はもちろんだが、帝都タワーの停止を始め、ミライエネルギーの供給が途絶えた帝都では、早急なライフラインの見直しと再構築が切望されていた。
そのため最近では、日々のエネルギー消費を抑えるべく、夜が深くなる頃には帝都中の明かりがほとんど消えるという光景も珍しくなくなってきていた。
1日でも早く、皆が気兼ねすることなくエネルギーを使えるようにしたい。その思いを胸に、2人の天才は今日も帝都タワーに篭って、毎晩夜中まで霊力循環システム“Blue-Sky”の完成に向けて勤しんでいた。
「何回かシミュレーションしてみたんだけど、ここの出力を上げると、どうしてもこっちが下がっちゃうみたいなんだよなー。むつは、どうしたら良いと思う?」
「ふむ。そうなれば流石にプログラムか回路自体を見直すしかないだろうな。より霊力の伝導効率が良い物質が見つかれば問題はないが、あるかどうかも分からない物を座して待つのは非現実的だからな」
「だよなー」
“Blue-Sky”をエネルギー供給プラントとして運用させるのと、1人用の四式ドレスとして運用させるのとでは訳が違う。
出力の問題、運転プログラムの構築、エネルギー供給時のロスをいかに抑えるか等、様々な課題をクリアしなければ実用段階に漕ぎ着けることはできない。
ここ2ヶ月ほど、青島ふうかと最上むつはは他の専門家たちの意見も取り入れながら、悪戦苦闘の日々を送っていた。
「ふみゃ?」
「ん?キミカゲ、どうかしたか?」
ふと、先ほどまで寝ていたキミカゲが目を覚ましたことに気づいたふうかは、キミカゲの方に目をやった。
「ふみゃみゃ!」
ふうかはキミカゲに促されるように、キミカゲが向いている方向に視線を向けた。
「ほらね、ここにいたでしょ?」
「さっすがだね、あせびちゃん」
するとそこには、自分たちのいる部屋に入ってくる2人の少女の姿があった。
「しの、あせび⋯」
その2人は、青ヶ島にいた頃からの幼馴染であり親友でもある、咲良しのと神子浜あせびだった。
「こんな時間にどうしたんだよ、2人とも」
「それはこっちの台詞よ、ふうか。こんな暗い部屋で、夜遅くまで根を詰めてやってたら身体がもたないわよ?ちゃんと休んでるの?」
「外で体動かして活動してる皆に比べたら、涼しい室内で頭こねくり回してる時間がほとんどだからさ、あせびが思ってるよりは楽なもんだよ」
「ふうかちゃんてば、機械のことになるとすぐのめり込んじゃうんだから、あんまり無茶はしないでよね」
「はいはい、わかってるって」
青ヶ島に居た頃から散々聞いてきた注意を受けて、ふうかはやれやれといった様子で答えた。
「ふぅ⋯どうやらこの様子では、今日の作業はお開きのようだな」
「あ、むつはちゃん」
傍からやり取りを聞いていたむつはだったが、疲労の蓄積に加えて場の空気がそういう雰囲気ではなくなったために、今日の作業を終了することに決めたのだった。
「先程ふうかも言っていた通り、キミたちは復興支援に舞台の稽古にと、肉体的に連日かなり疲労しているはずだ。キミたちの方こそちゃんと休んでいるのかね?」
「大丈夫よ。私たちだって常に全員で動いてるわけじゃないし、交代でちゃんと休みは取っているわ」
「心配してくれてありがとね、むつはちゃん」
「ふむ、心配は無用だったか」
2人の言葉を聞いて安心したむつはは、近くの椅子の上に飛び乗って両手を頭の後ろに回し、胡座をかきながら背もたれに背中を預けた。
「ところで話を戻すけどさ、2人はここに何しに来たんだ?」
ふうかの発言に、しのとあせびは顔を見合わせる。
「何しにって、今日はふうかの誕生日でしょ?」
「そうだよ。誕生日おめでとう、ふうかちゃん!」
「なんだふうか。今日はキミの誕生日だったのか。一言言ってくれれば今日は早めに切り上げたのだが」
「いやーそりゃそうなんだけど、みんなに気ぃ遣わせちゃうのもアレだったし、何より今はBlue-Skyの開発以外にやりたいこと見つかんなくてさ⋯」
「ふふふ⋯そういうところ、全く変わってないのね」
「あ、そうそう。プレゼントは時間が取れなくて用意できなかったけど、ケーキはちゃんと持ってきたわよ」
「もちろん、あせびちゃんの手作りだよ!」
あせびは、右手に持っているホールケーキが入った紙製の箱を、ふうかに見えるよう軽く持ち上げた。
「むつはさんも一緒にどう?」
「ワタシも食べていいのか?そのケーキ、恐らくは3人分を想定して作ったのだろう?」
「こういう時しのは1人分じゃ絶対に満足しないから、かなり大きめに作ってるの。だから気にしないで大丈夫よ」
「そうか。ならお言葉に甘えようか」
「あせびちゃんの作ったお菓子、すっごく久しぶりだからワクワクしちゃうなぁ〜」
「しの⋯あたしの誕生日よりも絶対そっちがメインで来ただろ⋯」
「そんなことないよ!私はふうかちゃんのことを⋯」
グウウウゥウウゥ⋯⋯
弁明をしようとしたしのだったが、それを遮るかのように、しのの腹の音が室内に響き渡った。
「⋯えへへ〜」
あまりにもお約束な展開に、その場にいた全員は思わず吹き出してしまった。
「そんなに長い時間が経ったってわけでもないのに、なんだか久しぶりだなぁ、この感覚」
「そうね⋯青ヶ島にいた時は毎年のようにこんな感じだったのに、随分前のように感じるわ」
「でも今、私たちはまたこうして一緒になれた」
「そうだな。それにしても、本当に色々なことがあったよなぁ⋯」
ふうか、しの、あせびは、今までの道程を思い返す。
それらは全て、1年にも満たない間の出来事ばかりだったが、それ以前の思い出を遠くに追いやるほどに濃密なものであっあのだと、3人はしみじみと感じていた。
感慨に耽る3人の様子を見て、むつはもまた、北方連合花組として戦った日々の記憶を反芻していた。
数分の静寂の後、それを破るようにあせびは両手を合わせてポンと叩いて、3人の注意を引いた。
ドライアイスである程度の冷気が保たれているとはいえ、夏の外気に晒された上に室内に長く放置していてはケーキのような生ものは当然腐ってしまうからだ。
「さて!そろそろケーキを食べましょう」
「しの、お皿とフォークを出して」
「うん!」
「じゃああたしたちは散らかったデスクの上を片付けないとな」
「ああ」
「適当に重ねないで、資料はセクション毎に分けといてくれよ、むつは」
「心配せずとも、それくらいわかっているさ」
かくして4人は、ケーキを食べるための準備に取りかかった。
「にしし⋯ふうかちゃんとむつはちゃん。すっかり仲良しだね」
「尊敬すべき先人は多くいれども、同世代でワタシと対等に語りあえる存在は貴重だからな。ふうかのことは信頼している」
「それに専門分野が違うってのも大きいかな。なんて言うか、“相棒でありライバルでもある”って感じだなー」
「あ、相棒だと?!⋯」
ふうかからの思わぬ言葉に、不意に、資料を片付けるむつはの手が止まった。
北方連合の一員として表に出てくるまで、あまり他人と直接的なコミュニケーションを取ってこなかった彼女にとって、そういう言葉を面と向かって言われるのは未だ慣れていないことだった。
「なんだよ、照れてんのか?」
「て、照れてなどいない!ただその、アレだ⋯ちょっとむず痒いというかなんというか⋯」
「例えだよ、た・と・え。それにあながち間違ってるわけでもないだろ?」
「まあ言われて悪い気はしないが⋯⋯と、兎に角だ!人前で言われると流石のワタシでも恥ずかしいぞ!」
ふうかとむつはのやり取りを横目に見ながら、あせびはどことなく安堵していた。
(そうか。私にとってのしのがそうであるように⋯ふうかもやっと⋯)
「なんか⋯すごく嬉しそうだね、あせびちゃん」
「え、そう?別に、いつも通りだと思うけど」
あせびは咄嗟にはぐらかしたが、ふうかとむつはに向けるあせびの眼差しを見て、しのもなんとなく、あせびの本当の答えを感じ取っていた。
大型Blue-Skyの開発はまだ始まったばかり。課題も多く、その道のりは未だ険しい。だが、青島ふうかが立ち止まり、諦めるようなことは決してないだろう。
なぜなら今の彼女には、気の置けない幼馴染だけでなく、自分の本領をぶつけ、高め合うことのできる存在がいるのだから。
太正100年8月7日。彼女が発明王と呼ばれる日はまだもう少し、先の話。