幕間 Nextage
太正101年3月9日(金)
今日は、学校が終わってから新帝国劇場で皆との合同練習だったので、とても疲れました。
帝国歌劇団のお稽古はとってもハードだけど、スゴい人たちと一緒に居ると、それに負けないようにと自然とやる気が湧いてきます。
それと、B.L.A.C.K.の皆さんともだいぶ話せるようになりました。話せるようになって感じたのは、私と同じ“女の子”なんだなっていうことでした。
女優としての実力に差はあっても、全く違う世界の人じゃないんだっていうのがわかって、ちょっと嬉しくなりました。
そして今日は、私の17歳の誕生日でもありました。
しのちゃんたちと出会って、帝国華撃団に入ったあの日から結構時間が過ぎて、もうすぐ1年が経つところまで来たけど、なんだか今でも夢を見ているような感覚です。
だから今、私が帝都で舞台の練習をしているのは少し不思議な気分です。
あの戦いが終わった後、復興作業を手伝う中で帝都に⋯皆と一緒に居たいっていう思いが強くなるに連れて、いつの間にか私は、自然と帝都に移住することを決めました。
地元に帰りたくなかったっていうのも大きかったのかもしれません。馴染めなかったあの高校にも、きっと今の私なら居場所ができるのかもしれないけど、私には、それが素直に喜べることだとは思えなかったから。
私は別に、あの人たちを憎んでいるわけでも、見返してやりたいわけでもありません。
でも⋯そんな私でも、“有名人の友達”というステータスが欲しくて態度を変えたのかなって考えがよぎっちゃうのは嫌だったし、実際にそうだった場合はもっと嫌な気持ちなってしまうんだろうなと思ったんです。
あはは⋯私ってばほんとネガティブだな。
そういう方向に考えるのは良くないって分かってても、それが抜けるまでにはもう少し時間がかかりそうです。
なにはともあれ、春先にはいよいよ新生・帝国歌劇団の出発公演も控えてるし、お稽古をするために新帝国劇場へ足を運ぶ必要がある関係上、それも併せて編入の選択は正解だったと思っています。
もちろん、編入・移住手続きの時にはお父さんに連絡をして、ちゃんと承諾してもらいました。
お父さんからは今も、仕送りと一緒に羊羹が送られてきます。なんなら前よりも多く送られてきていて、1人だとなかなか食べ切れないほどです。
おかげでしのちゃんが私の家に食べにくることもしばしばです。きっと、そういうのを見越して多く送ってくれているんだと思う。
本当にありがとう、お父さん。
誰かに近況報告をしてるわけじゃないのに、なんか帝都にお引越ししたばかりの時のような内容になっちゃった。
前にも同じようなことを一度書いてるのに。
誕生日だから、ちょっと感傷的になっちゃったのかも⋯
でも今の学校は、今のところ嫌な感じの人はほとんど居ないので、楽しく学校生活が送れています。
それに(まだ少ないけど)仲の良い友達もできたし、今日はその友達から誕生日のお祝いとプレゼントをもらって、思わず泣きそうになってしまいました。
影の薄かった私にとって、存在だけじゃなくて、誕生日も覚えてもらえるようになったことは、とっても嬉しかったです。
公演まであと約1ヶ月。
伊万里くすの、頑張ります!
明日も楽しい1日になりますように。
「よし、今日の日記はこれで終わりです」
新帝国劇場の楽屋の一室で、今日の分の日記を書き終えた私は、静かにペンを置いた。
持ってきた水筒の中のお茶を飲んで一息をついていたら、カチャッ⋯と部屋のドアが開く音が聞こえた。
「あれ、くすのちゃんまだ残ってたの?」
「あ、クレアちゃん!」
入ってきたのはクレアちゃんだった。
私とは対照的な性格のクレアちゃんだけど、それがうまくかみ合ったのかな、顔を合わせてからすぐに打ち解けた私たちは、自然とよく話すようになった。
多分、私がB.L.A.C.K.の中で一番話してるのはクレアちゃんだと思う。ミヤビさんも話しやすい人だけど、話す時は人生相談をするみたいな感じだし、年上ってこともあって、友達と話すような感覚とは少し違う。
「うん。帰る前に今日の日記を書いちゃおうと思って」
「へぇ〜、日記つけてるんだ」
「クレアちゃんはこういうの書かないの?」
「アタシそーゆーの絶っ対続かないタイプ。文字書くのはサインが限界」
クレアちゃんは顔の前で右手を軽く振って「アタシそういうの無理無理」とでも言いたげな意思表示をした。
『あ、くすの君!ここに居たんだね』
クレアちゃんに続いて、また部屋の入り口の方から音が、いや今回は声がした。
「司令?」
「お、司令ちゃんじゃん」
声のした方向に顔を向けると、そこには司令の姿があった。
『クレア君も居たんだね。なんかこの2人の組み合わせは新鮮だね』
「そんなことないよ。司令ちゃんは忙しくて知らないだろうけど、アタシたち結構仲良いんだよ!ね?」
そう言ってクレアちゃんは、屈託のない顔をこちらに向けた。
実際私たちは仲が良いとは思うけど、私って単純なのかな。口に出してそう言ってもらえると、より実感が湧いて温かい気持ちになる。
でも、クレアちゃんの立ち振る舞いや言葉は、裏表のない正直なものだと感じさせる力がある。だからいつも私は、安心してその言葉を受け取ることができる。
「⋯うん!」
きっとそれは、クレアちゃんのファンの人たち皆が感じてることで、クレアちゃんがN12で居続けられる理由なんだと思う。
『そうなんだ。それは知らなかったよ』
「ところで司令ちゃん。なんでここに?」
クレアちゃんに来た理由を聞かれた司令は、『それはね⋯』とクレアちゃんに前置きをしてから、急に私の方に向き直った。
『お誕生日、おめでとう!』
「⋯え?」
突然のことに、私は一瞬頭が真っ白になった。
『今日、くすの君の誕生日でしょ?』
「お、覚えていてくれたんですか?」
『もちろん!』
結構前に、キャンプしてる時に軽くポロッて言ったくらいだったはずなのに、司令は私の誕生日をちゃんと覚えていてくれた。
(⋯嬉しいな)
と、私は素直にそう思った。
今日は平日で、その上週末で疲れてる人も多いだろうから、私の誕生日を覚えていても、お祝いをしてくれる人はそう多くないと思ってた。
だから、覚えていてくれたのはもちろんだけど、そんな中で私のために時間を取ってくれたんだっていう事実が何よりも嬉しかった。私は心の奥に込み上げてくるものを感じた。
「えへへ、嬉しすぎて⋯泣いてしまいそうです⋯」
私は思わず目元がジワっとなる感覚に襲われ、涙が溢れ出しそうになるのをなんとかこらえた。
それでも少し流れてしまった分は、目元に軽く手を当てて拭った。
「あー!司令ちゃん泣かしたー」
『えぇっ!?そ、そんなこと言われても⋯』
「あはは、大丈夫だよクレアちゃん」
『あ、そうそう。今日はね、これを渡しに来たんだ』
『ささやかな物だけど⋯はい、誕生日プレゼント』
そう言って司令は、手に持っていた取っ手のついた小さな紙袋を私に手渡した。
「わ⋯ありがとうございます。これ、何が入ってるんですか?」
『中身は開けてからのお楽しみ!ってことで』
『それと、こっちはしの君から』
司令はもう一つ、大きな紙袋を私に渡した。
「しのちゃんから?」
『うん。“いつも羊羹もらってるから、そのお返し!”だそうだよ』
紙袋の中を見ると、包装紙に包まれた箱が入っていた。
きっと、何かのお菓子が入ってるんだと思う。しのちゃんのことだから、多分和菓子かな。
『じゃあ⋯ちょっと早いけど、失礼させてもらうよ』
「いえ、そんな⋯私のためにお忙しいところをありがとうございます」
「司令ちゃん。そんなこと言わずもうちょっとくらいゆっくりしていけば良いじゃん!なんか忙しないよ?」
『アハハ⋯そうしたいのはやまやまなんだけど、今溜まってる仕事を今日中に片付けないと、ミヤビ君に怒られちゃうからね⋯』
司令のその言葉を聞いた途端、クレアちゃんの表情が急に険しくなった。
「あー⋯それじゃあ仕方ないか」
私にはよく分からないけど、きっと、ミヤビさんを怒らせるということは、相当恐ろしいことなんだろう。
『そうだ、最後にひとつだけ⋯』
『これからもよろしくね、くすの君』
「⋯⋯っはい!こちらこそ⋯よ、よろしくお願いします!」
きっと今の自分はまた泣きそうになってる。だから私は顔を見られたくなくて、深く頭を下げて返事をした。
そして、『それじゃあね、2人とも』と言って去っていく司令を視界の端で見届けてから、顔を上げた。
「行っちゃったね⋯司令ちゃん」
「うん」
「でも忙しいなら仕方ないよね。それにミヤビさん怒らせると怖いし」
「うん」
「それに女の子を2回も泣かせる」
「うん⋯え?」
目元を拭いながらクレアちゃんの言葉に返事をしていたら、唐突にクレアちゃんの様子が変わった。
「あーゆーのほんっとズルいよねー。スーッと来てバパーッと言いたいことだけ言って帰っちゃうの」
「で、でも私。司令が来てくれたの嬉しかったし⋯」
「だーかーら、よ!あんなの⋯勝ち逃げも良いとこじゃない、ホント」
口でこそ文句を言ってるけど、クレアちゃんは本気で怒っている様子ではなかった。
「くすのちゃん!」
「な、なに?クレアちゃん」
「なんか美味しいもの食べに行くわよ!奢るわ」
「え、えぇっ!?い、いきなりどうしたの?」
クレアちゃんの突然の提案に、意図が読めなかった私は混乱した。
「これがアタシからの誕生日プレゼントよ。アタシ、物選んで人に贈るの苦手だから。基本こういう時は奢るようにしてるの」
なるほど。クレアちゃんらしい。
「そうなんだ」
「あ、お金とかの心配はしなくていいよ?これでもアタシはN12。それなりに持つもの持ってるから」
とは言われたものの、高級なお店に行って食べた経験がない私には、お店の名前も知らなければ、何が美味しいのかもイマイチ分からなかった。
とりあえず私たちは、帰り支度を整えて、街中へ繰り出すことにした。
3月になったといっても、まだ夜はそこそこ冷える。
外に出た瞬間に、自然と温かい物が食べたくなった。
だから私はクレアちゃんに美味しいお鍋を出してくれるお店を教えてもらって、そこに行くことにした。
1年前まで日陰者の高校生だった私が、降鬼や機兵と戦い、女優として人前に立つまでになった。
それだけでもとんでもなく凄いことだったのに、今私は、N12の石匠クレアと並んで帝都の街を歩いている。
本当に、去年の今頃からは想像もできない日々を私は過ごしている。
けれど今、私の目に映っている光景は夢じゃない。
踏み出す勇気があれば、自分を取り巻く世界を変えることができる。
それはまるで、魔法にかかったかのように。
だから私は、この素敵な魔法が解けないように、これからも全力で生きていく。
大好きな皆と一緒に。