梅林編 第一章第一話
第一話 始動
富山港に着いた俺と江田島かしえは、船倉内で出発の準備を進めていた。
先刻、協力を取りつけたm.m.こと最上むつはには、彼女のいる山形に着くまでの間は、通信を介した遠隔サポートに回ってもらうことになった。
現状孤立している状態に等しい俺たちにとって、どのようなアクションを起こすにしても、鮮度の高い情報が手に入ることは何よりも重要だ。
彼女が加入したおかげで、情報網の広がりと伝達速度の向上がより見込めることだろう。ありがたいことだ。
「しかしコレは⋯本当に使えるのか?」
「大丈夫、だと思うニャ。多分⋯」
俺たちの目の前には、ある機械が1つ鎮座していた。
その名も“メカ・キミカゲ(仮)”。霊力を探知する特殊な猫、キミカゲを模して作られた機械だ。
キミカゲのような高精度・広範囲とまではいかないが、半径約30mほどであれば反応を示すとのことだ。
キミカゲの抜け毛を集めて作ったモフ玉をセンサーの核としているらしい。
カチッ!
「フミャッ!!フミャミャッ!!フミャミャッ!!フミャミャッ!!」
試しに背中のスイッチを押して起動させてみたが、かしえの方に首を回してしっかりと反応している辺り、精度はそれほど悪くはなさそうだ。
「それでも何もないよりはましニャ」
「それもそうだな」
だがコレを成人男性が持ち歩くのはちょっと恥ずかしい、と思ってしまうのは俺だけだろうか。別にフォルムをオリジナルに似せる必要はなかったんじゃないか。
しかし、今あるものでやって行くしかないという現実が変わることはない。
(く⋯背に腹は代えられないか)
俺たちが使うトレーラーは桜風号と同様、霊子ドレスの保管所と整備場を兼ねた作りになっている。
唯一違うのは、劇場としての展開機構を積んでいない分、より多くのフリースペースが確保されている点だ。
俺たちの目的はあくまで新たな戦力を見つけること。
例えこちらで公演を行なう人材が揃ったとしても、神器の浄化が2ヶ所で並行して始まろうものなら、政府の警戒度は即座に最上位まで上がってしまうだろう。
一刻も早く全ての神器を浄化し、降鬼が生まれない状況としたいのは山々だが、大局を見据えねば、結局は悲惨な末路を辿ってしまう。
故に、俺たちはできるだけ気取られないように動かなければならない。だからそういった面でも、このトレーラーには搭載する理由がなかったと言えよう。
船に乗っている間に見たデータでは、トレーラーの名前は“青雷号”と記載されていた。桜風号と対になるよう名付けられたそうだ。
つまりは“風”神に対しての“雷”神というわけだ。
1時間ほど経ち、必要な荷物を積み終え、一息ついた俺たちは青雷号に乗って港内を出た。
青島きりんから貰ったリストに記載されていた半数以上は富山市内に集中している。早ければ数日ほどで、声をかけ終えることができるだろう。
もっとも、内容が内容だ。該当者のほとんどから良い返事を期待することはあまりできないだろうし、すぐに貰えるとも思ってはいないが。
トレーラーを走らせること十数分。
俺たちは青島モーターズ・富山支社に到着した。
霊子ドレスなどを運ぶ関係上、俺たちは大型トレーラーを使って移動せざるを得ないわけだが、それを停める場所となると、自ずと限定されてしまうのも確かだ。
故に、青島モーターズがある近辺を行動範囲とする場合は、各地の支社を利用することになるだろう。
海沿いの県は輸出入に適しているため、青島モーターズがあることが多い。この富山県もそうだ。
今日は富山市内の候補者を回っていくため、市内の移動には同社の乗用車を一台借りることにした。
青島モーターズの全支社には、既に青島きりんからの通達が出されているようで、俺から特に細かい説明をすることはなく、スムーズな対応をしてもらえた。
「それでは、ご武運をお祈りします」
「ああ。ありがとう」
俺とかしえを見送りに来た社員が車のサイドガラス越しに軽く一礼をする。それに対し俺は返事を、かしえは軽く会釈を返した。
キーを差し込み、捻り、エンジンをかける。
近年ではスイッチでかかるタイプも多くなってきているが、俺の世代的にはこちらの方がしっくりくる。
それに、最新の車種に乗っていて目を惹いてしまっても面倒だ。ならばある程度古い車種の方が良いだろう。
などとそんなことを思いながら、俺はアクセルを踏んで市街地へと走り出した。
その頃、富山市内のとある公園のベンチでは、一人食い入るように本に目を通す少女がいた。
名を“立山うちか”と言う。
うちかは、近々行われる即売会の新刊として頒布する本の仕上がりを確かめるために、地元、砺波市からやって来ていたのだ。
「今回は新しい印刷所にお願いしたので少し不安でありましたが⋯表紙のカラーも綺麗に出力されていて、問題なさそうでありますな!ホッとしたであります」
彼女は“花園栞”というペンネームで活動している同人漫画家であり、その筋では高い知名度を誇っている。
印刷の良し悪しを確認したいだけなら、献本や色校正として刷ったページなどを送ってもらえば済む話で、わざわざ富山市まで来る理由はない。
だが彼女には別の意図があった。
チラッ⋯
チラッ⋯
うちかは公園とその近辺の方々に目線を向ける。
その先には、仲睦まじいカップルや親子、好きな子の話で盛り上がっている若者の姿があった。
(どぅふふ⋯溢れてくる⋯溢れてきますぞー!)
うちかはの創作のタネとなるのは、街行く人々の様子⋯特に恋路を見守ることである。
幸せな時を過ごす人々の様子を見て、そこからインスピレーションを受けて、次の作品の糧とする。
そうした見聞や実体験に基づいて作られた作品たちは、確かな説得力と熱量をもって読者を魅力するのだ。
だから、人通りの多い場所に出向く理由を見つけては人間観察に勤しむことが、彼女にとって半ば日課のようなものになっている。
15時を回り、献本の出来の確認と人間観察で気を充実させたうちかは、近場のファーストフード店に入り、昼食を取ることにした。
注文したメニューを受け取り、2階の飲食スペースへと上がる。
飲食スペースの奥。窓際の隅の席が空いているのを見つけ、着席する。
「やはり隅の席は落ち着きますなぁ⋯」
立山うちかは陰の者である。
よほど混んでいて座らざるを得ない状況でない限り、中央付近や両サイドから挟まれるような席には座らない。場合によっては、混み具合を見て別の店に変えることすらある。
故に、混みやすい時間帯に隅の席を確保できたことで、うちかはご満悦だった。
ハンバーガーを頬張りながら室内を見渡すと、向かいの隅の席に、気になる一組の男女が目に入った。
そこに座っていたのは、眉目秀麗な成人男性と、本来の意味でのセーラー服を着た10代の少女だった。
たくさんのカップルを見てきたうちかにとっても、それは異色の組み合わせだった。
「結局、今日は成果なしか⋯」
「まあ、仕方ないニャ。分かっていたことニャ」
「そうだな。それに見知らぬ人間に声を掛けられたら、その時点で不審に思ってしまうのも無理はない。いずれにせよ、やはり団員集めは難航しそうだな」
「でもメカ・キミカゲ(仮)がちゃんと反応するのが分かったし、声をかけた子たちはみんな霊力が高めだったから、今後もリストに沿っていけば良さそうニャ」
「ああ。流石は伝説のトップスタァといったところか。霊力を多く持つ者の傾向というものが直感的に分かっているんだろうな」
(い、一体なんの話をしているのでありますか?!)
(人探しをしているようでありますが、それにしては何やら深い事情がありそうな臭いがするであります!)
(というかナチュラルに語尾を『ニャ』にしている女子を現実で見られるとは⋯自分、感動であります)
(どぅふふ⋯非常に“良い”であります。創作意欲がビンビンに刺激されるでありますよ!)
うちかはその男女が無性に気になってしまい、昼食を済ませた後も飲み物をちびちびと飲んでは、微かに聞こえてくる会話の内容に聞き耳を立て、最終的には尾行を始めるのであった。
昼食を済ませ、今後の日程を決めた俺たちは、車を停めているパーキングエリアまでの道のりを歩いていた。
「かしえ。青島モーターズに着いたら、近辺で夕食の買い出しを頼めるか?」
「別にいいけど、バイリンはその間どうするニャ?」
「富山県とその周辺の県の状況を、より正確に把握しておこうと思ってな」
「それって1日で終わることニャ?」
「むつはと連携して行なえれば、そう時間はかからないはずだ」
「あの子、そんなに凄いんだニャ?」
「ああ。インターネットの世界で彼女を上回れる存在は世界でもそう多くはないだろう」
「そう断言しても過言ではないレベルのやり手だ」
「え、そんな凄い子だったの?!じゃあバイリン早速大手柄だったってことだニャ?」
「まあ結果的にはそうだな。偶然が重なっただけでほとんど俺の力ではないが、なんにせよありがたいことだ」
そうこう話している内に、俺たちはパーキングエリアに着いた。
駐車料金を支払ってロック板を外して車に乗り込む。
そして青島モーターズへと戻るべく、俺たちは一路、車を走らせるのだった。
「ぐぬぬ⋯車に乗られてはお手上げであります」
うちかは1人、砺波市行きのバスが出る停留所へ向かって歩いていた。
梅林とかしえを尾行していた彼女だが、車で走り去られてしまっては、流石に続行することはできなかった。
「しかしこれでまた新たなインスピレーションが湧いたであります。恋愛モノだけでなく、ミステリーやSFに挑戦してみるのもアリでありますな」
遠巻きから様子を見ていたため、会話の内容や2人の関係性は非常に断片的なものしか分からなかったが、うちかの創作意欲を刺激するには充分だった。
今後描く作品の構想をアレやコレやと頭の中で膨らませながら、鼻息荒く、そして力強く歩を進めるうちか。
「キャアアァアァアアァーーーーー!!!」
「こ、降鬼だあぁーーーーー!!!」
「逃げろ、早く逃げるんだ!」
そうして歩くこと数分。
間もなく停留所が見えてこようかというところで、そのさらに奥の方から叫び声が聞こえてきた。
うちかが目を凝らすと、押し寄せる人々の向こう側に、禍々しい炎気を纏った異形の群れが見えた。
脅威が現実のものとして迫っていることを実感したうちかは『自分も逃げなければ』と、そう思って後ろを振り返った。
と、その時⋯人々の流れと逆行する一台の大型トレーラーが彼女の視界に入った。
「あ、あれは⋯!」
運転席に目を移すと、先ほどまでうちかが尾行していた男性の姿がそこにはあった。
そして、トレーラーを停めるや否や、素早くドアを開けて道路へ降り立つと、向き直ることなく片手でバン!とドアを閉めながら、トレーラー後方部に向かって走り出した。
「かしえ。政府の目に付く前に手早く片付けるぞ!」
「オッケー!かしえさんにお任せあれ!だニャ」
梅林の声に応じ、トレーラー後方部の大型コンテナの中から江田島かしえが出てくる。
その身は真っ赤な装甲を纏っている。
その左腕部はまるで、戦艦の砲塔を思わせるような形状をしており、右腕部には大型の砲台のようなものが取り付けられている。
その後間もなく蛇⋯いや、龍と言った方が正しいだろうか。大型の機兵が1機、彼女の後方から姿を現す。
搭乗者は他でもない、時田梅林である。
梅林は走る勢いそのままに、開けたコクピット部へと飛び乗った。
この機兵は、完全自動で動く通常のものとは異なり、内部から手動で操作することで、リアルタイムで戦況に対応することが可能となっている。
(事前にスペックの確認はしていたが、やはり内部構造は以前のものを踏襲した造りになっているな⋯)
「これならば操作で迷うことはないか」
(それにこの出力ならば、余程強力な個体やN12でもない限りは、戦闘において遅れを取ることはないだろう)
梅林はシステムチェックを行ないながら、以前搭乗していた海神リヴァイアサンよりも格段に性能が向上していることを実感し、柄にもなく士気が高揚していた。
(しかしこうも早くお披露目することになるとはな⋯)
「いいだろう、見せてやるさ。新たなる我が機体⋯」
「“龍神リヴァイアサン”の力をな!」
(な、なんかいきなりテンション上がったニャ!?なんなの、この人!)
第一章第二話へつづく。