梅林編 第二章第二話

第二章第二話 ただ、今できることを


「“半”無力化?」
 完全な無力化ではないことに、梅林は疑問を抱いた。
『うむ。このプログラムは霊力塔をただ無力化するのではなく、運転自体は止めずに・・・・・・・・・無力化をするものなのだ』
「そんなことができるニャ?」
 ワタシを誰だと思っている?と言わんばかりの表情でむつは答える。
『バイリンがきりんさんに提供した霊力塔の構造図の中に、緊急時の霊力放出機構があるのを発見してな』
『ワタシが作ったプログラムはそれを常時稼働に変更させ、計測上では何事もなく収集が行われているように誤認させるものなのさ』
「なるほど、そういうことか。考えたな」
「えぇと⋯⋯つまりどういうことでありますか?」
 梅林が得心とくしんする一方、うちかはいまいち要領を掴めていない様子だった。
「霊力塔には緊急時に霊力を放出し、オーバーフローなどによる爆発事故を避ける機能が備わっている。それを平常運転に組み込むことで収集と放出を同時に行わせるんだ」
「ということは、出したものをそのまま吸って、それを繰り返すから、実質的に霊力を収集できていないことになる⋯⋯ってことでありますか?」
「ああそうだ。その上、表向きには収集が進んでいることになっているから、政府側としても問題なく稼働し続けているように見える、というわけだ」
「ス、スゴいであります!そのプログラム、全然“半”どころじゃないでありますよ!」
『いや、このプログラムは現状、“半”の域を出ることはない』
「なんでニャ?」
『確かに収集量と放出量を同等以上にさせることで実質的な無力化は可能だ。インフラや帝都へ回す分はもちろん、霊力塔自体の稼働にもミライを使っているから、そのうち塔内のエネルギーが枯渇こかつして停止するだろう。故に理論上無力化は可能だ。だからこそ、それではダメなんだ』
「どうしてー?」
『霊力塔が停止すれば地域一帯の設備に大きな影響が出てしまうからだ。人々の心身に悪影響を与えるものとはいえ、今の社会はそれで成り立っている。早急な無力化は混乱や崩壊を招くだけだ』
『それに、稼働が停止してしまうと我々の存在を察知されるリスクが上がってしまう。だから霊力塔が停止しないよう、放出量は収集量を上回らないようにしなければならないのだ』
 だからむつはは半無力化と言ったのである。
 “可能であること”と“実現できること”は似て非なるなの。必ずしも一致するとは限らない。
 それは経済的な理由であったり社会的な理由であったり様々だが、そういったハードルをクリアないし許容できるレベルに昇華できて初めて物事は実現するのだ。
 梅林たちの戦力はいま心許こころもとない。まともな戦闘経験を積んでいるのは現状かしえのみ。梅林のリヴァイアサンも強力な機体であるとはいえ、N12が1人投入されるだけで厳しい戦いになることは必至だ。
 そんな戦力状況で目につく行動を起こすのは致命傷になりかねない。
「とはいえ、完全な無力化こそできなくとも人々にいる負担が今よりも軽くなることには違いない。可能ならばやった方が良いのは確かだ」
 むつはの現実的な見解を聞いて若干気落ちしているうちかとあおを見て、梅林はむつはの言葉に付け足した。
 そして、あおの方に体を向けた。
「無論、程度は人によるだろうが、少なくとも体調に余裕は出てくるはずだ」
「⋯⋯うん!」
 あおは梅林の言葉に光明を見出したあおは力強くうなずき、その目の奥に静かな決意の光を宿した。


「まあ何はともあれだ。今ある材料を整理しよう。話はそれからだ」
 梅林はノートパソコンを立ち上げ、総督時代に手に入れた情報の中から、霊力塔の所在地が記されたファイルを開く。
「どうやらこの辺り一帯は、隣の上伊那かみいな郡にある地下タワーの管轄かんかつらしい」
「入口は経ヶ岳きょうがたけ⋯ここからそれほど遠くないな」
 経ヶ岳は木曽町から北東に行ったところにある、標高2000mを超える、日本でも高い部類に入る山である。
 地下への入り口は、その山の登山道から少し外れた立ち入り禁止区域にある。
「はーい」
 ふと疑問が浮かんだあおは、話に割り込むように手を挙げた。
「なんだ?」
「霊力塔に入る時に、警備の人とかに見つかったりはしないのー?」
「あ、それは自分も思ったであります」
「霊力塔は基本的に機兵のみで警備されているんだ。霊力塔の性質上、人間が常駐していては危険だからな」
「霊力塔に常駐するということは、霊力塔の影響を最も受けるということでもある。そうなれば必然的に、そこに勤める職員が降鬼化する可能性が高くなる」
「だから基本的に定期点検以外ではほぼほぼ無人。機兵や内部プログラムによって自動管理されているんだ」
「故に直接俺たちの顔が割れることはない。機兵や監視カメラなども霊力塔内のローカルネットワークで完結しているから、外部への通報を避けられれば大丈夫だ」
「なるほど。でも、通報されずに外部プログラムを仕込むところまで行けるのでありますか?」
 梅林はうちかとかしえに目をやりながら話を続ける。
「孤立している機兵から各個撃破していけば問題ないだろう。シューターが2人もいれば比較的簡単なはずだ」
「無論、状況がかんばしくないと判断したらそこで撤退する。無理に強行はしないから安心しろ」
 その言葉に、うちかはホッと胸を撫で下ろす。
「よーし、そうと決まれば⋯⋯!」
 かしえは側に置いていたメカキミカゲ(仮)を起動し、あおの方に向けた。
「なぁに、それー?」
「乙女の霊力量や属性を検知する優れモノ。メカキミカゲ(仮)ニャ!」
「ほぇー」
 “なんだかよくわからないがスゴそう”と、あおが思っている中、かしえはメカキミカゲ(仮)を起動させた。
 フミャフミャフミャー!!フミャミャー!!
 メカキミカゲ(仮)は大きな鳴き声をあげながら、両目を青く明滅させた。
「梅林、あおは水ニャ」
「わかった。ありがとう」
 かしえの声を聞いて、トレーラー内の梅林は並べられている霊子ドレスに目をやった。
「水属性ならば⋯あおの適正ドレスは[優海ゆうかい]か」
 梅林の視線の先には、薄暗いトレーラーの中で一際存在感を放っている重量級霊子ドレス[優海]があった。
「え"っ!?使えるドレスって人によって決まっているでありますか?」
 梅林から“適正ドレス”という初耳の単語が出てきたことでうちかは不安になり、思わず声に出してしまった。
「決まっているわけではないが、霊子ドレスはコンセプトに適した属性の霊力を出力するように作られているからな。なら、装備者の属性傾向と合致するドレスを使う方が好ましいだろう?」
「じゃ、じゃあ自分のドレスは⋯」
「安心しろ、お前のドレスは大丈夫だ」
「ホッ⋯良かったであります」
 うちかの主属性は火であり、今使っているドレスも火属性の二式[恋光れんこう]である。
 きりんから支給された5機の霊子ドレスの属性は全てバラバラであったため、確率は純粋に5分の1だったのだが、うちかはあの危機的状況において、自分の適正ドレスを選び出すことに成功していた。
「それよりもだ⋯⋯」
「あお!」
 梅林は、かしえと話しているあおに声を掛けた。
「なーに?ばいちゃん」
「時に、棒状の物を振り回すことには慣れているか?」
「⋯?そういうの自体やったことないよー」
 梅林からの突然の質問に首を傾げつつも、あおはそれに素直に答えた。
「武道や武術とかそういうのは?」
「んーん」
「⋯⋯まあ、そうなるか」
「それが何か問題なのでありますか?バイリン殿」
「お前の[恋光]に弓が付いていたように、[優海]に付いているのは棍棒こんぼうなんだ」
「これから潜入ミッションをする以上、拙い戦闘技術では駄目だ。それが近接戦となれば尚の事だ」
 通報を避けるためには、機兵を迅速に処理できなくてはいけない。故に、限られた時間、少ない攻撃チャンスで確実に機能停止へ追い込む手段と技術は必須となる。
(それを戦闘経験がゼロの者に数日程度の修行で要求するのは流石に酷だ)
「さて、どうしたものか⋯⋯」
 大方予想通りだったとはいえ、あおを戦力へ組み込むことが難しくなったことに梅林は頭を抱えた。
 あおには戦闘をさせず、今回は素直にバックアップへ回ってもらう方が無難だろうか。そう悩む梅林の様子を見ながら、うちかの頭にふと、ある考えが浮かんだ。
「あのー⋯バイリン殿」
「なんだ?うちか」
「ドレスの武器って、武器らしい武器じゃないとダメでありますか?」
「⋯それはどういう意味だ?」
「なんていうか、その⋯その人にとって馴染なじみのある物を武器にしたら良いんじゃないかって思いまして。あお氏なら“ふで”とか」
「ふむ⋯⋯」
 梅林はかつて中国花組と戦った時の事を思い返す。
(注射器型のハンマー、針を模したアンカー、経典きょうてん型の操作デバイス⋯⋯どれも本人のイメージを反映はんえいしたものを得物えものとしていた)
(霊力は魂や意志の強さに由来する力。当然感情の起伏によってパフォーマンスが大きく変化する。ならば武器は性能よりも装着者との親和性を重視し、た方が良いのかも⋯⋯)
 少し思案した後、梅林は決断した。
「うちか、お前の案を採用しよう」
「おおっ!マジでありますか?」
「ああ」
「でも、どうやって用意するでありますか?」
「長野にも青島モーターズの整備工場がある。そこと連絡を取れば製作に必要な物資と人材は揃うはずだ」
「なるほど」
「それは俺がやっておくとして、後はどういったデザインにするかだが⋯」
 そこまで言いかけて、梅林はうちかに視線を向けた。
「えっ?」


 それから程なくしてうちかは、あおの意見を聞きながら[優海]に装備する武器のデザインを描き始めた。
「あお氏も絵をけるんですし、あお氏が自分で描いた方が良かったのではありませんか?」
「んーん。あおはこういう物のデザインは苦手ー。ていうか描いたことないんだよねー。だからうっちゃんの方が上手いと思うよー」
「うへへへ⋯そう言われると照れるでありますな」
 うちかは頭の後ろに手を回しながら、分かりやすく喜びの表情を表した。
「うちか」
 うちかとあおが談笑をしているところに、梅林は声を掛けた。
「はい、なんでありましょう」
「青島モーターズと話がついた。明日の午前中にここへ来てくれるそうだ」
「そうでありますか。では今日中に仕上げねばなりませんな」
 梅林がうちかのスケッチブックに視線を落とすと、そこには既におおよそのコンセプトとラフデザインが描き起こされており、完成にはそう長くはかからなそうな様子であった。
(俺はこういうのについては深く知らないが、流石漫画家と言うべきか⋯)
 この作業スピードならと、梅林はうちかにある提案を切り出した。
「時にだがうちか⋯作業量は増えてしまうがこの際だ、ついでにお前の弓も作り直してもらってはどうだ?」
「えっ!?良いんでありますかっ!?」
 梅林が言葉を結んだ瞬間とほぼ同じくらいのタイミングで、うちかは食い気味に反応した。
「す、凄い食いつきようだn⋯」
「いやぁーあの弓。別に悪くはなかったのですが、いまいちパンチに欠けるデザインというか、恋の守護者たる自分のイメージには合わないなと思っていたのでありますよ。もっとこうファンタジーしょくの強い⋯」
「わかったわかった!コホン⋯まあ兎に角だ」
 うちかの勢いに若干気圧けおされたが、梅林は気を取り直して話を続ける。
「この先、新たな乙女が加入する時に同じ問題が起きる可能性がある。そうなれば、その度にお前を頼ることになるだろう。だったらせめてお前には、少しくらい“ご褒美”があっても良いんじゃないかと思ってな」
「うおおおぉおおーーー!それはモチベーション爆上がりでございますぞーーー!!」
 自分の理想の武器が作れると分かり、厨二心をくすぐられたうちかはそれまでとは比べ物にならないテンションで作業に取り掛かった。
「意外⋯そういうタイプじゃないと思ってたニャ」
 少し離れた位置から梅林たちのやり取りを見ていたかしえが口を開く。
「どういう意味だ?」
「なんていうか梅林はリアリストで几帳面な人ってイメージだったから⋯」
 その時の気分で物事に融通を利かせるようなタイプではないと、かしえはそう思っていた。
「そのイメージは正しいと思う。昔の俺だったらまず間違いなくな。まあ、今も多分にそうだろうが⋯」
「じゃあ、さっきうちかに言ってたアレは⋯」
 かしえの言葉に答える代わりに、梅林は少し照れ臭そうな表情で近くに置いてあった本を手に取り、かしえに見せた。それはどこの書店にも置いてあるようなありふれた参考書で、表紙には『良きリーダーの在り方』と書かれていた。
「なるほど⋯⋯目下勉強中と」


 翌日、午前9時過ぎ頃。
 予定通りに青島モーターズの技術者が梅林たちのいるキャンプ地へと到着し、うちかの描き起こしたデザインを元に、早々に[恋光]と[優海]の新装備の製作を始めた。
「こちらのカートリッジシステムは工場でしか加工できないので本日中にはお渡しできませんが、それ以外は日中に終わるかと思います」
「わかった。ではよろしく頼む」
 技術者とのやり取りを終えた梅林は、作業音の漏れるトレーラーを横目に、少し遅めの朝食を摂っている乙女たちの方へ
「うちか、あお⋯⋯」
「はい?」
「なーにー?」
「2人には今日から3日間。かしえの指導の下、霊力コントロール修行に入ってもらう」
「ふえ?」
「うえっ!?自分もでありますか?」
「当たり前だ。今のお前は霊力を飛ばすことはできても収束や精度に関してはまだまだだろうからな」
「それにうちか。今回は同属性同タイプの先駆者が直々じきじきに指導してくれるまたとない機会だ。今後二度とないと思った方が良い」
「そ、それはどういう意味でありますか?」
 今後二度とない──
 うちかはその言葉が引っかかった。
「理由は大きく分けて2つ。1つは他に人材が居ないという事だ。霊子ドレスという物自体、誕生してから日が浅い代物だ。だから使い手も少なければ研究も進んでいない。同属性、同戦闘スタイルの者となれば尚更なおさらだ」
 事実、現時点で花組と宙組を合わせて20人ほどが居るが、その内シューターはうちかを除きわずか5人。
 その上で火属性となると、江田島かしえをおいて他にない。つまり、うちかが戦い方を学ぶ上でこれ以上の人材は存在しないのだ。
「そしてもう1つは、かしえとは長野で別れることになるからだ」
「えぇっ!?」
「そうなの?かっしー」
「ニャハハ⋯どの道遅かれ早かれだったから、隠してたわけじゃないんだけど、実はそうなんだニャ」
 かしえは若干バツが悪そうな笑いをしながら、梅林の言葉を肯定こうていした。
「それまたどうして⋯」
「昨晩遅くに、きりんさんから連絡があってな」
『ふあぁ⋯早速四国の方に動きがあったから⋯だな?』
 通信越しに、眠たげに目を擦りながらむつはが会話に入ってくる。
「ああ⋯だから華撃団本隊が近畿へ進行するまでに、余裕を持ってかしえを近畿に戻しておこうという話になったんだ」
「ちなみにアタシの出身は兵庫ひょうごニャ」
 なるほど。と、うちかは右拳を左の手のひらにポンと乗せて納得した。
「とまあ、そういう訳だ。だからこの機会に盗めるものはなるべく盗んでおけ」
「⋯⋯了解であります!」
 まだまだ続くと思っていたかしえとの旅の終わりが早くも近いことを知らされたうちかは、若干の寂しさを感じつつも、それを飲み込んで力強く答えた。


 朝食を済ませて食休みを挟んだ後、うちかとあおは早速修行へと取りかかった。
(さて、この3日間で2人がどこまで伸びるか⋯)
 梅林が修行のリミットを3日間としたのには2つの理由があった。
 1つはかしえを近畿へ戻す観点から、拘束時間が限られていること。そしてもう1つは、あおの入団に対して彼女の両親から結論が出るのが4日後だからである。
 特に後者の期限に関しては梅林側が決めたもの。それを自ら破り、期限を引き延ばしてあおを連れ回すのは心象が悪いことこの上ない。まず了承を得られないであろうことは誰の想像にもかたくない。
『何余裕を気取っているのだ。キミも要修行だぞ』
 むつはは、うちかたちの修行を見守りながら眉間みけんに若干のしわを寄せながらプランを思索している梅林をいさめるように声を掛けた。
「何っ!?」
『「何っ!?」ではない!うちかやあおだけではない。キミのハッキング技術も、ワタシから言わせればまだまだだ。霊力塔の管理システムに潜り込むにも、恐らく今の実力ではいささか足りないだろう。正確に言えばスピードが、と言ったところか』
「ぐ⋯⋯」
 梅林は知識の蓄積こそそれなりにあるが、それを脳から指に伝達し、切迫した際に素早く状況を処理する能力がついてきて来ていないのが欠点だった。それは、かつてむつはに師事を仰いだ時にも指摘されたことだった。
 そしてその点は、現在いまも大きくは変わっていない。
 そもそもハッキング技術は元々政府のサーバーに潜り込むためだけに覚えたものだっただけに、梅林自身がそれ以外に対して汎用的に使えるようにする必要性を感じていなかったからだ。
 故に梅林には、むつはに返す言葉がなかった。
『警報システムの解除やゲートの開放、その他戦闘以外の問題が発生したら片付けるのは基本キミなのだぞ?』
『だからキミには、自動管理オートの迎撃システム程度は難なく破れるようになって貰わねば困るのだよ』
 霊力塔の内部構造に精通している人間など、政府関係者を含めごく一握り。
 その内の数少ない1人である以上、今回の作戦における梅林の役割が大きいのは彼自身も理解していた。
(⋯⋯何事も、投げっぱなしは良くないということか)
 梅林は一度目を閉じてから、ゆっくりと開き直す。
 それに伴う表情の変化をカメラを通して見ていたむつはは、誰にも気づかれないくらい程度に少しだけ口角を上げてから言い放った。
『まあ安心したまえ。キミのことは、くくく⋯ワタシが直々にみっちり叩き込んでやろうではないか』


 3日後──
 時刻は深夜1時を回った頃。
 両親が寝静まるのを待って家を抜け出したあおを拾って、梅林たちは上伊那タワーの物資はんにゅうぐちの近くまで来ていた。
「かしえ、うちか。位置についたな?」
 梅林は無線のイヤホンマイク越しに、少し離れた場所にいる2人へ確認の連絡を飛ばす。
「OKニャ」
「いつでも行けるであります」
「よし、ではやってくれ。タイミングは2人に任せる」
 梅林が無線を切ってから程なくして、ほぼ同じタイミングで別々の場所から赤みを帯びた光が2つ、搬入口方向に向かって放たれた。
「機兵の沈黙を確認」
「同じくであります」
「了解した。搬入口で合流しよう」
 梅林は機材類を詰め込んだリュックを背負い、自身の側にいる、[優海]に搭乗したあおに顔を向けた。
 うちかの提案によって改修された[優海]は、右腕うわんには筆型の武器をたずさえ、腰には絵の具のチューブのようなものが取り付けられていた。
「行くぞ、あお」
 あおは無言でうなずき、梅林を護衛するように随行した。
 搬入口が近くなると、先行していたかしえとうちか、そして頭部がスパークして地面に転がっている2体のオオカミ型機兵の姿が見えた。
 見張りの機兵が排除できたことを確認した梅林は、リュックからノートパソコンとコードを取り出し、搬入口横に取り付けられたコントロールパネルに接続した。
 梅林が流れるように指を滑らせると、間もなく搬入口の厚い扉が開いた。
「むつは、聞こえているか?」
 扉が開くと同時に、梅林はむつはへ無線を飛ばした。
 内部侵入から脱出までの間は、通信を傍受されるリスクを避けるために外部との連絡を遮断することを事前に決めていたため、遮断開始のタイミングを知らせる必要があっあからだ。
『ああ』
「今、搬入口の扉を開けることができた」
『当然だ。僅かな期間とはいえ、ワタシのノウハウを叩き込んだのだ。それくらい簡単にできて貰わねばワタシのけんに関わるというものだ』
「ふっ、そうだな」
 梅林は極力物音を立てないよう気をつかいつつ、小さく笑った。
「これから内部に侵入する」
『うむ。では健闘を祈るぞ』
 梅林たちには時間もリソースも限られている。
 それはむつはも重々承知している。だから言葉は短めに、むつはは自分の方から通信を切った。
 通信が完全に切れたことを確認した梅林は、3人の方へも視線を移した。
「⋯⋯行くぞ」
 3人と目を合わせた後、梅林は搬入口へ向き直り、小さく、だが気迫のこもった声で侵入の口火を切った。
 そして一同は上伊那タワーへと足を踏み入れる。
 後に北方連合花組と呼ばれる者たちの、日本奪還に向けた最初の戦いが、始まった。


第二章第三話へつづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?