幕間 対岸に想いを馳せる

 火花を立ててぶつかり合うやいば
 飛びう光の弾丸。
 不思議なよろいまとって、異形の化け物や機械と戦う少女たち。
 少女たちが何者で、何故なぜ戦っているのか。
 能島のしまゆめには、その理由は分からない。
 もちろん、その中に彼女自身が居ることさえも──。

 太正100年4月19日。
 カーテンのすきから差し込む陽光に当てられ、ゆめはそんな不思議な夢から目を覚ました。
 ゆめは眠気とダルさの残る身体からだを起こし、とりあえず枕元に置いていたヘアゴムを手に取って、長い髪を左右にまとめてバンダナを巻いた。
 ベッドから立ち上がって伸びをすると、ゆめのお腹の中から小さく音が鳴った。ゆめは空腹を満たすべく、食べ物を取りにリビングへと向かった。
 リビングへ着くと、そこに両親の姿はなく、テーブルにはフードカバーを被せたサンドイッチが置いてあるのみだった。
 今日は平日であるため、ゆめの両親は当然仕事で家に居ないわけだが、それでもここ最近は家を出る時刻が早くなっていた。
 今や四国しこくは、“四国よんごく”などと揶揄やゆされるほどに荒れた時代だ。音に聞こえし村上水軍むらかみすいぐんの家系の1つである能島家が、そんな時代にただジッとしているわけはない。
(きっと色々な話に行ってるんだろうな⋯)
 ゆめはそんな事を思いながら、冷蔵庫からペットボトルを取って左脇に抱え、サンドイッチを皿ごと持って自室に戻った。
 ゆめは昨日まで風邪をひいていたため、今日は学校を休んでいた。
 昨日の夜にはほぼ全快し、今となってはもう熱もないが、大事を取ってもう1日休むことにしたのだ。
 ゆめはサンドイッチの最後のひとれを口の中に押し込み、しゃくしながら寝間着ねまきいで、いつもの私服に着替えた。
 それから歯磨きをして、その他諸々もろもろの準備を整えると、ゆめは家を出た。

 愛媛県今治いまばり市は瀬戸内海沿いの港町。
 当然、海に近づけば近づくほど潮風しおかぜは強くなる。
 潮風によって湿気を多く含んだ大気は、昨日までせきをして枯れ気味だったゆめののどに心地良く染み渡った。
 とりあえず海に向かって歩き出したゆめだったが、そもそも目的を持って家を出た訳ではないため、行ってどうするかも決めておらず、行く当てもなかった。
 それでも外へ出たのは、元気な身体を持て余して家で大人しくしているのは彼女のしょうに合わなかったからだ。
 しばらく歩いて今治港いまばりこうに着いたゆめは、コンクリートブロックの上に座って海をながめていた。
 海鳥うみどりたちの鳴く声と、穏やかな波音なみおとが耳の中に優しく反響し、ゆるやかに時間が過ぎていく。
「結局アレ・・、どう返事しよっかなー⋯」
 その中でゆめは、ある事について考えていた。
『ゆめさんっ!能島家のあなたが加わってくれれば百人力なんです。是非、あなたの力をお貸しください!』
 ゆめは1週間ほど前に、愛媛県内で急速に拡大している勢力のリーダーである、どうみつに声をかけられていた。
 物事に対するきゅうかくが鋭いゆめは、みつからあふれ出る常人に無いオーラもを感じ取っていたが、ふと感じた違和感から、加入に対する返事を保留していた。
「スゴい子なのはなんとなーく分かるんだけど、なんかオイラの求めてるものは少し違うような感じがするんだよなぁ⋯」
「なんていうか、もっとこう⋯なんかこう、スケールがデッカくないとあんま燃えないっていうか⋯」
「あぁ〜もう!上手く言葉にできないけど、とにかくなんかちょっと物足りないんだよね」
 16歳の漠然ばくぜんとした、具体性に欠ける何とも甘い考え。
 と言ってしまえばそれまでだが、いずれ世界に出て何か大きな事を成し遂げたいと考えているゆめにとって愛媛、いや四国全体にとっての一大事に関わる事だと理解していても、それは少し刺激が足りないものだった。
グウウゥウゥゥ〜⋯
 そうこう悩んでいる内に、再びゆめのおなかが鳴った。
 手元の時計を見ると、既に12時を過ぎている。
「とりあえず、どこかでお昼ご飯でも食べますか」
 ゆめは立ち上がって街中へと歩き出した。

 お財布事情がそれほど良いわけでもないため、ゆめはごろなファーストフード店に入ることにした。
 ゆめはセットにプラスしてハンバーガーを1つ頼み、番号札を貰って適当な席に座った。
 お昼時で混雑する店内の席がまたたく間に埋まっていく。
 その様子を見て、席が埋まる前に座れた事に安堵あんどしていたゆめの前に、1人の少女が声をかけた。
「あのぉ〜⋯ココ、相席してもいいニャ?」
「ん?あぁ、別に良いけど」
「た、助かったニャ~」
 不思議な語尾にちょっとだけ戸惑ったゆめだったが、それを特に断る理由がなかったため、少女の申し出をこころよ了承りょうしょうした。
「ごめんね。周りが大人の人ばっかりだったから、他に声をかけやすそうな人が居なくて声をかけてしまったニャ」
 対面の席に腰かけながら、少女はゆめに声をかけた理由を説明した。
「別に構わないさ。今日は平日だし、仕方ないよ」
 大学生を除くほとんどの未成年は今、学校に居るのが自然な状態。
 だから、少女がゆめに声をかける理由は何も不思議な事ではない。ゆめ自身も声をかけられた時点で大体察していたため、相席を求められて不快になる要素はなく、むしろ大人ばかりが目に映る景色に新鮮さをもたらしてくれた分、ありがたいとすら感じた。
(多分同い年くらい⋯なのかな、この子)
 少女の服装は全体的に海兵の着るセーラー服に似ていたが、どこかの海軍に所属しているわけではなく、ただ海兵風の私服を着ているという感じだった。
 その後2人は特に会話をわす事はなく、注文した食べ物が届いた後も黙々と食べるだけだった。

 飲み物をちびちび飲みながら食休みをしていると、少女が船が特集されている雑誌を開いて読んでいるのがゆめの視界に入った。
「船、好きなんだ」
 会話のきっかけを探っていたわけではないが、自分と興味の方向性が合いそうな雰囲気を感じて、ゆめは少女に声をかけた。
「ニャ?あぁ、うん。まあ戦艦の方だけど。ホラ」
 そう言って少女は、表紙がゆめによく見えるように、見ていた雑誌をテーブルの上に立てた。表紙には日本の戦艦らしき絵が描かれていた。
「へぇ〜、ずいぶんマニアックだねぇ」
「ニャハハ!よく言われるニャ」
 船に興味がある女性自体それほど多くないし、その中でも戦艦が好きとなれば間違いなく珍しい部類だ。
「キミもこういうの好きニャ?」
「オイラの興味はどっちかって言うとクルーザーとか漁船とか、戦わない方の船かな。免許もその内取る予定だし」
「じゃあ将来は、船を操縦する仕事にくニャ?」
「う〜ん、それなんだけどね。自分でも何がやりたいのかはまだ決めかねてるんだよね。海は大好きだけど、中々具体的にコレだっていうのが見つかんなくてさ」
 ゆめは実のところ、海賊になりたいという密かな夢を持っている。
 だがそれを、赤の他人に話すのは流石に心象が悪すぎると思ったゆめは、具体的な職業名こそ出さなかったが、自分がやりたいことを決めかねているのは本当で、この発言は半分嘘ではなかった。
「なるほどね⋯でもかしえさんも決まってないから安心するニャ!」
(安心できるのか、ソレ。いや、それよりも)
「かしえさん?」
 聞き慣れない音の並びに、ゆめは思わず聞き返した。
「ん?ああ、“江田えだじまかしえ”。アタシの名前ニャ」
「ああ、そういうことか。オイラは能島ゆめ。よろしくな!」
 もう二度と会う事はないかもしれないが、名乗られたからには返さなければ村上水軍の末裔まつえいの名がすたる。
 そう思い、ゆめもすかさず名乗り返した。
 
 それから2人は、お互いに過度かどに踏み込まない範囲で色々な事を話した。
「ふーん。じゃあかしえは体調が悪いとか、そういう理由じゃないんだ」
「そうニャ」
「ならなんで、こんなとこにいるのさ」
「う〜ん⋯あんまり細かい事は言えないけど、今は学校よりも、日本を救うお手伝いを優先して活動してるって感じニャ」
「だからここ数日は、四国が大変だって話を聞いて見に来ているのニャ」
「へぇ〜」
(予想以上にスゴい理由だった⋯)
(でも、曖昧あいまいなオイラよりも、ちゃんと自分のやる事を見つけてやってるなんてスゴいなぁ⋯)
 海が好きで、海賊になりたいということ以外は全然決まっていない自分とくらべて、目の前に座っているほぼ同い年の少女は、しっかりと自分のやるべき事を見据みすえている。
 ゆめは自分の無計画さが少し恥ずかしくなった。
「あ!もうこんな時間ニャ!?」
 かしえは何かを思い出したように席を立った。
「え?!ど、どうしたの?」
「アタシ、そろそろ行かないとマズいニャ」
 かしえの言葉に釣られて、ゆめは手元の時計を見た。
 時刻は2時14分。その事実は、ゆめたちが1時間以上喋っていたことを示していた。
「相席ありがとうニャ。楽しかったニャ」
 かしえが荷物をまとめてトレーを両手に持ったところで、ゆめは制止の手を出した。
「あ、あの⋯!」
「また、会えるかな?」
 かしえの出身は広島県だと聞いた。このまま別れてしまえば、ほぼ間違いなく二度と会うことはないだろう。
 折角話が弾んだのに、それはなんか少し寂しい。
 ゆめはそう感じて、かしえに声をかけた。
「そうだニャあ⋯」
「いつになるかは分からないけど、アタシたちの活動がもっと本格的になったら仲間が四国に来るはずニャ。その時に居るかは分からないけど、ゆめとアタシたちの志が交わるなら、また会う機会はあると思うニャ」
「そっか⋯でもその時、どうやってかしえたちを見つければ良いんだ?」
 かしえは少し悩んだが、少しだけ自分たちについての情報を開示することにした。
「“帝国華撃団”って名乗ってたら、多分それニャ」
「帝国華撃団?大帝國華撃団じゃなくて?」
「そうニャ。じゃあもう本当に行かないとだから⋯」
「ああ、引き止めてゴメン。それと、ありがとな」
「それはどういたしましてニャ。じゃあ行くニャ」
「うん」
 かしえはトレーを返却場所へ持って行き、備え付けのゴミ箱にゴミを捨ててると、急ぎ足で店外へと出て行った。
 かしえが出て行ったあと、お昼時を過ぎた店内を見回すと辺りはすっかり静かになっていて、数人の客がまばらに座っているだけだった。
 ゆめは、僅かに残っていた飲み物を飲み干して席を立ち上がり、先ほどのかしえと同様に返却場所にトレーを返し、ゴミを捨てて店外へと出た。
っつ⋯」
 春の陽気に包まれた昼下がりの屋外おくがいは、港町特有の湿気をはらんだ空気も相まって、少し日に当たっているだけで汗がジワッとにじむくらいの暑さになっていた。
(きっと、もっと色んな事をやらないとダメだ。頭の中であーでもないこーでもないって考えてるだけじゃダメなんだ)
 今の自分には余計なことをしたり、ボーッとほうけている時間などないことを確信したゆめは、寄り道をせずにそのまま家に帰ることにした。
(まずは、オイラに何が足りていないかを見つめ直さないとな)
 必要な資格。知っておくべきルール。それらにかかるおおよその費用。その他にもきっとまだまだ自分の知らない事が沢山あるはずだ。それらをある程度ちゃんと調べて、あくした上でどうしたいのかを考え始めないと、自分が思い描く理想の海賊像になど、到底辿とうていたどり着くことなどできない。
 それだけは確かなことだと、ゆめはかしえとの会話を通して気づかされたからだ。
 今はまだ中途半端で未熟な自分だけど、次彼女かしえに会う時までには、少なくとも自分の夢くらいは堂々と胸を張って語れるようになっておきたい。ゆめはそう心に強く誓っていえに着いた。

「なんか今日は、不思議な一日だったなー」
 夜、布団の中でゆめは一日を振り返った。
 不思議な夢。アレは何だったんだろう。
 不思議な語尾の少女。日本を救う活動をしてるとか。
 変な夢を見ることも、新たな出会いがあることも、1つ1つは特別なことではないが、それが同じ日に起こることはそうそうない。
 何かを暗示しているのだろうかとも考えたが、いくら考えても推測の域を出ることはなかったため、ゆめは、これ以上深く考えるのをめた。
「あっ!」
「すっかり忘れてたけど、みつへの返事どうしよう」
(でも⋯)
「ふわぁああぁ〜!⋯ふぅ」
 みつの件を思い出したゆめだったが、家に帰ってから溜まっている宿題に調べものにと、病み上がりの身体で張り切り過ぎた反動が来たのだろう。
 晩ご飯を食べてお風呂にも入ったゆめの身体は、すっかり心地良い疲労感と眠気に包まれていた。
(でも流石に今日は疲れたよ。スゴく眠い。明日起きた時また考えよう)
 まだまだやるべき事は沢山あるが、自分の夢との向き合い方が見えただけでも、今日のゆめにとっては大きな収穫であり、それは深い霧の中を抜けたような感覚に近かった。
 将来への不安が消えたわけではない。
 だが、胸の内から湧き上がるこの感情は前向きなものだ。
 間違いなく、不安よりも期待の方がまさっている。
 だからきっと、私は大丈夫だ。
 嘘偽りなく自然とそう思えたゆめは、安心してそのまま眠気に身を任せて目を閉じた。

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