幕間 一気投銭、終読至極、我心昇天
太正101年10月4日。
今日は私の16度目の誕生日です。
昨年、梅林さんから引き継いだ中国地方総督の仕事にもだいぶ慣れてきました。
巫女として総督府に居た時よりも忙しくなってしまったけど、日々実践の中で学べることも多く、とても充実した日々を送れていると思っています。
今日は私の誕生日ですし、喫緊に迫った案件もないので、久しぶりにお休みをいただきました。
日中は、もえみやありのさんたち中国地方の面々を始め、その日来れた帝国華撃団の皆と一緒にお昼ご飯を食べたり、他愛もない話に花を咲かせたり、プレゼントを貰ったりして⋯⋯
久々に心置きなく素の自分を晒け出すことができてとても楽しかったし、何より大所帯で集まれたことが嬉しかったです。
ですが、今日私が一番楽しみにしている事は、実はまた別にありまして──
昼下がりになって、皆と別れてから一息ついた私は買い物をするべく家を出た。
そして辿り着いた場所はここ、“ANIMART”。
忙しくて買えなかったライトノベルが最近溜まりに溜まっているから、今日一気に買ってしまおう。
そう思って、私はここに足を運んだ。
世の中はどんどん便利になってきているので、今日買う予定の物も通販で買えば済む話ではあるのですが、実際に手に取って、本の質感や重みを感じながら買う方が私は好きなのです。
それに、新たな作品との出会いもあったりするので、一概に利点がないというわけでもありません。
え?
『総督が一人でフラフラと出歩いて大丈夫なのか?』
ですか?
それはバッチリ対策済みです!
今の私は普段の巫女服ではありませんし、サングラスにマスクにニット帽にと、顔をしっかりと隠していますから、私が現中国地方総督・墨之宮はつかだと気付く人は居ないハズですので、ご心配なく。
私は、今まで買いそびれていた本たちを片っ端からカゴの中に入れてレジに向かった。
「いらっしゃいませー」
「ポイントカードはお持ちですか?」
女性の店員さんが、お決まりの言葉で私に声を掛けてくる。それがマニュアル通りのものと知っていても、店員の柔和な表情を見ていると、心なしか気分が良い。
まあ、普段私が面と向かって話をする人たちの表情が険しく、もれなく堅苦しい言葉がセットで付いてくるから、会話というものにポジティブな感情を抱きにくいから、というのもあるのでしょうが。
「はい⋯あっ!」
財布からポイントカードを見つけて出そうとしたところで、私はある事に気づいた。
「いかがされましたか?」
「すみません、カードの再発行をお願いします」
使わなすぎて、有効期限が切れていたのです。
お陰様で、今は物を買うお金にあまり困っていませんが、それでも今まで溜めたポイントが無駄になってしまったのは少ししょんぼりです。
「かしこまりました」
店員さんは、レジ下からすぐに新しいカードを出してバーコードを通すと、そのまま私に渡してくれた。
私はカードを受け取って何気なしに裏面を見ると、カードの有効期限が切れていて寧ろ良かったと感じた。
何故ならカードの裏面には署名欄があったからだ。
危ない危ない。今まで使ってたカードの裏面には名前を書いていたので、危うくバレてしまうところでした。
「20点のお買い上げで16,632円となります」
「はい」
私は財布から20,632円を出し、4000円のお釣りをもらった。現金を使う機会が少なくなってから、財布の中で持て余していた大量の硬貨を処分できてちょうど良かったです。
「ありがとうございましたー」
本の入った紙袋を受け取って店を出た私は、早々にリュックの中に仕舞って、次の目的地へと向かった。
そうして歩くこと20分程。
私は“MARRONBOOKS”へとやって来た。
ここはANIMARTとはちょっと毛色が違っていて、同人誌の委託販売を精力的に行なっているお店です。
精査されて出される完成度の高い商業作品も良いのですが、個人製作にしか出せない魅力もあって、どちらも甲乙つけ難いものです。
「うわぁ〜、目移りしちゃうなぁ⋯」
先日の日曜日に即売会イベントが行われていたこともあって、新刊の同人誌が所狭しと並ぶその光景に、思わず顔が緩みそうになってしまいます。
まあ、気が付いた時には大量の本と一緒にレジまで来てたんで、自制ができてたは怪しいんですけどね⋯
「14点で11,340円のお買い上げです」
「は、はい」
(予想外の出費です。でも同人誌を買うの久々だし、欲しいものがいっぱいあっても仕方ないよね?)
私は心の中で爆買いの建前をしながら、会計を済ませて足早に店を後にした。
なぜならばあと一件。私は“もぐらのあな”に行かなければならないからです。
ここもMARRONBOOKSと同様、同人誌を委託販売してるお店なんだけど、花園栞先生⋯うちかちゃんの今回の新刊はそこの専売なんですよね。
うちかちゃん、MARRONにも委託してくんないかなぁ⋯いや、しないか。
『専売の方が特別感あって良くないですか?』
とか言ってたし。
結局もぐらで私は、栞先生の新刊を含めて追加で計8冊の本を買ってしまった。
同人誌には、商業誌以上にジャケット買いをさせる魔力があって、ついつい買いすぎてしまうのが本当に恐ろしいです。
かくして私は、ようやく帰路に着いたのでした──
「今日は久々に沢山歩いたから疲れたなぁ⋯」
大量の本を買ったせいで、リュックを経由して肩にかかる重さが凄かったし、なにより足の裏が痛い⋯本当に痛い。
家に帰ってからすぐお風呂に入って、軽くマッサージもしたけど、脹ら脛も若干筋肉痛っぽい感じだなぁ⋯
うぅ⋯これからはもう少し運動するとしましょう。
「とはいえ、今日は実りある一日でした」
今私はベッドの上に転がりながら、側に置いた“戦利品”たちを品定めしている。
さて、どれから読むのが良いでしょうか。
SFやミステリも良いけど、身体も疲れてるし、今はあんまり頭を使わずに読めるものが良いかな。
あ、でもその前に夕食をたべなくちゃ。
一度本を読み始めると止まらなくなって、私はついつい食事を疎かにしてしまうことがあるので、事前に食べておかないと大変です。
それと、飲み物とお菓子もベッド脇に持ってきておくとしましょう。
ああもう、ぐだぐだだなぁ私。
「うーわ、エッッッッッモッ⋯⋯⋯!」
「尊すぎ⋯死ぬ、無理」
「さすが栞先生。今回もなんて破壊力の高いものを⋯」
戦利品たちを読み始めてから数時間。
私は久しぶりに感情を爆発させていた。
私は胸元とベッドの間にクッションを挟んで、うつ伏せの状態で読んでいる。
時折身体を揺らしたり、脚をバタバタさせながら、感情をそのまま口にする。
あぁ、今の私⋯
人前では絶対に見せない姿と言動をしてるなぁ⋯
皆と一緒に居るときも本当の自分だけど、一人で本を読んでは感情を爆発させている今の自分も、紛れもなく本当の自分だ。
集団でいる時と一人でいる時では、感じる楽しさも立ち振る舞いも、自ずと変わるものだと私は思うんです。
どちらにもそれぞれ良いところがあって、そこに真偽や優劣は存在しない。
そして今ここにいるのは私一人。誰にも迷惑をかけることなどありません。
ならば何に気を遣う必要がありましょう。
思ったことをそのまま口に出しては、ベッドの上で悶えて情緒の波に身を任せる⋯それで良いのです。
女優と総督の掛け持ちは大変だけど、かけがえのない仲間たちと大好きな本があれば、きっとどんな事でも頑張れる。心からそう思える。
心の栄養をたっぷりと補充して、英気を養う。それが明日へのなによりの活力となるのです。
「あ"っ⋯⋯⋯これもすっっっっっごい良い⋯」
特に内容を調べずにジャケ買いしたやつだったけど、内容が凄く良い。
特筆すべきは葛藤描写。登場人物の立場になって読むと、シンクロするように違和感なく心にクる感じが堪らない。
知らない作者さんだったけど、今日買わなかった他の作品にも期待できそうです。
「ポリポリ⋯後でこの人の既刊を⋯ゴク⋯ポチっておくとしましょう」
本を片手に読んではクッキーを頬張り、ジュースを飲むという至高のルーティン。
ああ、今すっごい幸せだなぁ⋯⋯
明日からまたお仕事だけど、今夜は寝落ちするまで本の世界に浸るとしましょう。
確かに今の私は中国総督という肩書きを持っていて、自分勝手な振る舞いはそうそうできないし、体調管理には人一倍気を遣わねばならない身分ではあります。
でも今日は誕生日なのです。
好きなことを好きなように、好きなだけすると決めたのです。
だから今日だけは、順番とか効率とか、明日の心配とか⋯そういうのを考えるのはやめにして、ただの女の子に戻っても良い⋯⋯ですよね?