幕間 忍べぬは誠実であるが故に
「うぅ⋯今日は拙者の誕生日だというのに、何故こんなことをする羽目に」
太正101年10月12日。京都市内某所。
比叡しゃなは、かつて撰新組が拠点としていた施設のひとつにやって来ていた。
というのも、土方べにしに施設の後片付けの手伝いを頼まれたからである。
降鬼が消え、打倒すべき政府も居なくなった以上、今や反政府組織としての撰新組の存在意義はないと言っても過言ではなかった。
撰新組が利用していた拠点は、那智家を始め、彼らに出資していた豪族や企業から借りていた場所がほとんどである。
昨年は全国の霊力塔が停止した影響に加え、復興作業に公演練習にと手が回らなかったが、今春にBlue-Skyが完成し、ある程度世の中が落ち着きを取り戻しつつある今、ついにそれらの施設を返却する時が来たのだ。
「まあそう言わずに。後でちゃんとお礼はするからさ」
中でもここはべにしが幹部たちとの会合でよく使っていた場所であり、通信設備のみならず、膨大な数の資料がファイリングされて本棚に並んでいる。
それに加え、別室には隊員の私物が入ったロッカーまであるのだから大変だ。
「でもどうして拙者だけ呼んだでござるか?他の皆も一緒に呼べばよかったでござろう?」
「一見そう思うかもしれないけど、適役がしゃなくらいしかいないんだよ」
「お嬢やのぎくにこういうことさせると周りの大人たちが黙ってないだろうし、くりんは交友関係が広すぎて、援軍と称した友人たちを呼ばれでもしたら、どんな奴がここの極秘資料を目にするか分からないからね」
「ならばやえ殿は大丈夫な⋯」
「やえはダメ!一番ダメ!絶対にダメ!」
べにしは「それだけはあってはならない」と言わんばかりの強めの語気で、しゃなの言葉を遮った。
物が掃け始め、物足りなさを感じる空間に少しの間静寂が訪れた。
「⋯とまあ、そうなると消去法でしゃな。アンタしかいないんだよ」
「一番フィジカルが強い上に、分身もできて文字通り百人力。なにより深く考えずに作業してくれるからね」
「拙者、今馬鹿にされたでござるか?」
しゃなは、べにしの言葉に若干の違和感を感じた。
「いいや、褒めてるんだよ。さ、無駄話はここら辺にして手を動かすよ」
だがべにしは、特段変なことなど何もなかったかのような調子で、サラリとしゃなの疑問を流した。
「紙の資料はスキャンしたら片っ端からシュレッダーにかけて処分しな。ハードディスクも全部抜いて割っとくんだよ!」
「はい!」
「男の隊員は重い物を中心に運び出しを頼む」
「了解しました」
べにしの指示の下、隊員たちはテキパキと撤収作業を進めていく。
「しゃなさん、ロッカールーム空きましたので、今度はこっちの清掃をよろしくお願いします」
「合点承知でござる!」
しゃなは、隊員たちが物品を処分して空になったスペースの清掃を中心に行なう係を任されていた。
通常ならばそれなりの人数で行なう作業だが、しゃなの機動力の高さは清掃においても遺憾なく発揮され、しゃなに数人を加えた程度の人員で、部屋の汚れは瞬く間に消えていった。
そうして午前中から始めた後片付けは、しゃなの多大な貢献により、陽が落ちるのを待たずに終わった。
「お疲れ。随分張り切ってやってくれたじゃないか」
べにしは、疲れ果てて床に大の字で寝転がって放心気味のしゃなに労いの言葉をかける。
「緑茶しかないけど、飲むかい?」
そう言って、べにしは500mlペットボトルの緑茶を1本差し出した。
「か、かたじけないでござる」
寝たままの体勢で緑茶を受け取ったしゃなは、疲れた身体をなんとか起こし、ペットボトルの封を切って、飲み干すような勢いでゴクゴクとお茶を飲み下していく。
「ぷあぁ〜生き返ったでござるぅ〜」
汗をかいて失った水分が染み込むように行き渡るのを感じ、しゃなは少し元気を取り戻した。
部屋を見渡すと、備えつけの設備以外はすっかりなくなった空虚な空間が広がっている。
「本当に良かったのでござるか?べにし殿」
それを見て、ふとしゃなはある事を思った。
「何がだい?」
「あれだけあった資料を、綺麗さっぱり処分してしまったことでござるよ」
もう必要ないものがほとんどだったのかもしれない。
だがあの資料たちは撰新組の戦いの証。その結晶とも言えるものだ。
隊員たちが奔走して集めた情報の中には、危険を冒して撮影した写真や動画、手書きの文面も数多くあった。
それが今となっては、それらを全てデータ化して納めたものがべにしの手元に残っているのみで、元の資料はもうこの世に存在していない。
しゃなは撰新組ではないが、その事実に思いを馳せると、なんとなく淋しい気持ちになった。
「これからは今までの撰新組じゃいられないのさ。少なくとも反政府組織としての側面を持ったままじゃ、ね」
「もちろん隊員のほとんどはもう反政府意識なんてないだろうけどさ、形として残っているとこういうのは後々面倒になるんだよ。皆の今後の安全を考える上でも、ここの処分はどの道必要だったのさ」
「それに、アタシたち撰新組の絆や実績まで消えるわけじゃない。京の街のためにできることがある限り、今後も活動は続けていくつもりさ」
「なるほど、そういう意図でござったか」
「それならば、拙者が言うことは何もないでござるな」
1,2分ほど感慨に耽った後、べにしはスッと立ち上がった。
「さて、湿っぽい話はこの程度にして、そろそろ今日のメインディッシュと行こうじゃないか」
「メインディッシュ?」
「今日は甲賀流忍者、比叡しゃなの誕生日⋯だろ?」
撰新組の拠点から歩くこと十数分。
目的地はそれなりに値の張りそうな雰囲気のある和食料理店だった。
そこで2人を待っていたのは、他の近畿花組の面々だった。
「「「しゃな、誕生日おめでとう」」」
パン!パン!パン!
水無瀬くりん、淡路のぎく、生駒やえの3人がクラッカーを鳴らしながら、笑顔でしゃなを出迎えた。
「ふん、みうがわざわざ和歌山から京都まで出向いてあげたんだから、感謝しなさいよね!」
そして那智みうめはいつも通り、毒舌気味に照れ隠しをしながら意を伝える。
「それにしても存外に早かったですね、べにし」
「もう少しかかると思ったんだけど、流石は忍者だね。予想以上に早く片付いてほんと助かったよ」
「いやぁ〜、そ、それほどでもないでござる」
「というわけでしゃな、はい。コレあげる」
むず痒そうな表情で照れるしゃなに、べにしはショルダーバックの中から紙袋を1つ、軽くひょいと手渡した。
「え?コレはなんでござるか?」
「まあ、とりあえず開けてみなよ」
べにしに促され、しゃなは紙袋の中を確認する。
中には直方体の箱のような形のものが、誕生日仕様のカラフルな包装紙で包まれていた。
しゃなは早速、その包みを留めているテープを剥がして中身を確認する。
包装紙に包まれていたそれはただの箱ではなく、三方背の収納ケースだった。
ケースの背表紙にはゴーニンジャーのロゴが描かれており、その中には隙間なくDVDの入ったトールケースが収められていた。
「コ、コレは⋯ゴーニンジャーのDVDBOXッ!?」
「ああ、前にこの作品が好きだって言ってただろ?」
「今日は大分頑張ってくれたし、そのお礼も兼ねての誕生日プレゼントってやつさ」
「べ、べにし殿。本当にコレ、貰っていいでござるか?確かこの商品は結晶なプレミア価格がついてて高かったはずでござるが⋯」
「誕生日の主役が細かいことは気にするんじゃないよ。それにアタシだって今や女優の端くれ。コレを買ったところで貧窮するような生活はしてないつもりさ」
「ひ、土方⋯⋯」
しゃなとべにしのやり取りを見て、みうめは思わず困惑の言葉をこぼした。
「ん?なんだい、お嬢」
「アンタ、頭でも打ったわけ?」
「へ?」
みうめの口から出た言葉は、べにしでも予想できないほど予想外のものだった。
「せや。そんなキャラちゃうやろ、べにし」
「確かに、べにしさんらしくありませんわね」
「何かの凶兆の前触れかもしれないですね」
そして、みうめの言葉に追随するように、しゃな以外の他の3人も、同様の意を示す言葉を口にする。
「み、皆⋯⋯アタシを一体なんだと思ってるんだい?」
頬を軽くピクピクとさせながら、べにしはしゃな以外の4人に対して問いただした。
その問いに、4人は当然のように即答した。
「なにって⋯⋯」
「そんなんわかるやろ」
「まあ⋯⋯」
「言うまでもなく」
「「「「嘘つき」」」」
「でしょ」「やろ」「ですわ」「です」
帝国華撃団として深い部分で繋がってはいても、べにしの行いや言動に対しては常に裏があるものと疑ってかかる癖が、ここ1年で皆すっかりついてしまっていた。
当然べにしも、大方そう言われるであろうことには分かっていたが、まさか誕生日プレゼントにまでその目が向けられることになるとは思っていなかった。
「はぁ⋯全く、こういうのくらいは皆もう少し素直な目で見て欲しいところなんだけどねぇ」
「普段の素行が悪いからそう思われるのですよ。自業自得というものです」
「はいはい、アタシが悪うござんした」
「ふふふ⋯⋯べにし殿。本当に、本当にありがとうでござる!」
もはや夫婦漫才のような安心感すら感じるべにしとやえのやり取りを見て、しゃなは軽く笑みを零しながら、べにしにお礼を言った。
そして翌日以降、しゃなのゴーニンジャー熱が再燃し、闇に忍ぶ存在から遠くなることに更に拍車がかかったのは言うまでもなかった。