梅林編 第一章第二話
第二話 躍動
「かしえは弾幕を張り続けろ!」
「俺は隙間が出来たところから敵の中に突っ込む!」
「了解ニャ!」
降鬼から逃げてきた人のほとんどが青雷号より後方へ下がったのを見て、俺たちは戦闘を開始した。
降鬼の数は十数体といったところか。
上位個体は見当たらないが、それでも数は多い。
特に筒持ちの遠距離型を取り逃してしまっては、民間人や周囲の設備への被害が甚大になりかねない。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
かしえの砲撃によって敵の間隔に隙間が出来た瞬間を見計らって、俺は素早く敵の真っ只中へと切り込んだ。
体力の多い近接型は極力無視し、遠距離型に照準を絞る。リヴァイアサンとの属性相性も考慮し、まずは土属性以外を優先して狙う。
近接型の接近は尾で牽制し、霊力を纏った爪で近場にいる遠距離型を切り裂く。
このタイプの降鬼は、火力に特化していたり小型だったりと、総じて低体力であるため、こちらの一撃一撃が決定打となりやすい。
とはいえ、必ず一撃で仕留められるわけではない。
だから俺は一つの場に留まることなく、降鬼の群れの中をかき乱すように駆け抜けながら攻撃を加え続ける。
“適度に損害を与えつつ、こちらに注意を向けさせる”
それこそが本懐。
自分たちに迫る脅威の差を認識させ、意識づけさせることで、対処の優先度を明確化させるのだ。
人間が相手であればそう上手く事は運ばないが、今俺たちが相対しているのは降鬼だ。
元が人間とはいえ、基本的に彼らの行動は極めて本能的で単純だ。少なくとも、複雑な思考をしているようには見受けられない。
そしてその狙いは成功し、横に広がっていた降鬼たちが徐々に俺の居る方に向かって集結し始める。
かしえと降鬼、そして俺がほぼ直線上に並んだ瞬間を見計らい、リヴァイアサンの出力を最大に上げる。
(今こそ好機!)
「抗い難き霊力の奔流を味わうがいい!」
「フラッドリヴァイアサンッ!!」
リヴァイアサンから放たれた霊力の津波は、降鬼たちを飲み込み、勢いよく前方へと押し出す。そして、押し出されたその先には江田島かしえがいる。
「かしえっ!」
「任せるニャ!」
俺の意図を汲み取ったかしえは、右腕部に装着された大型の砲身を開き、降鬼へと向ける。
「我が艦必殺の最大火力をとくと見よ!」
かしえは砲身が臨界点を超えるギリギリまで霊力を圧縮し、迫り来る降鬼に向けて一気に解き放った。
「全力全開、砲撃ぇーーーーー!!!」
放たれた高密度・高質量の波動は地面を抉りながら進み、それは減衰することなく降鬼たちに直撃した。
波動と津波の間で板挟みとなった降鬼たちは、抗う暇もなく次々と浄化されていく。
そうして間もなく、戦場には静寂が訪れた。
降鬼と化していた人々は元の姿に戻り、うつ伏せないし横向きに、その場に力なく倒れた。
俺たちが戦っていた場所は車道のど真ん中。
彼らの安全を確保するために、俺とかしえは分担して、気絶している人たちを歩道へと運んだ。
(ス、スゴいであります⋯⋯)
(あれだけ居た降鬼をものの数分で倒してしまうなんて、まるでB.L.A.C.K.の皆さんのようであります)
あれから結局、うちかは逃げていなかった。
バス停の時刻表の裏から、梅林とかしえの戦いをずっと見ていたのだ。
バタンッ!
時刻表が根本から折れて勢いよく倒れる。
衝撃の余波を近い距離で受けていた時刻表は、根本の金属部分が経年劣化と相まって折れてしまったのだ。
「あっ⋯」
突然の衝撃音に、気を緩めかけていた梅林とかしえに再び緊張が走った。
音のした方向に一人、棒立ちしている少女がいる。
一般人は降鬼を見て退避したはず。だが、ここに残っているということはその手の者である可能性が高い。
頭数が整っていない2人からすれば、そう仮定して警戒するのはごく自然なことだ。
「いやっ、えっとあっとその⋯えーなんといいますか」
だが、しどろもどろしているその様子は、明らかに強者の放つソレを感じさせるものではなく、少なくとも、今この場で梅林たちに食ってかかるような印象は見受けられなかった。
「俺たちから危害は加えない。まずは落ち着け」
その様子を見て、梅林は肘を曲げた状態で軽く両手を挙げ、敵意がないことをうちかに示す。
それを見たうちかは、何度か深呼吸をして息を整え、落ち着きを取り戻す。
「じ、自分の名前は“立山うちか”であります」
「お二人のことがつい気になってしまいまして、結局逃げずにずっと見入ってしまっていたのであります」
あはははは⋯と乾いた笑いをしながら、うちかは恥ずかしそうに後頭部をかく。
「花⋯園⋯栞⋯⋯“花園栞”!?」
うちかの着ているパーカーの胸元にプリントされた文字を見て、かしえは大きな声を出した。
「うちかってもしかして、あの花園栞先生ニャ?!」
「知ってるのか?かしえ」
「知ってるもなにも、ここ数年で台頭してきた新進気鋭の同人漫画家の先生ニャ。少女漫画をこよなく愛する乙女たちの味方ニャ」
「ぐふふ⋯そこまで言われると、なんだか少し照れ臭いでありますな」
「そうであります。何を隠そう自分のペンネームは花園栞。漫画家であります。まあ今はまだ同人誌だけで、商業誌デビューはしてないでありますが」
梅林は携帯端末を使い、“花園栞”で検索をかけた。
すると早速、同人誌を取り扱っているサイトが多数引っかかる。覗いてみるとレビューの評価も高く、ほぼほぼかしえの言っている通りだった。
「ふむ⋯大体のことは分かった。だがまずはここから離れるぞ、かしえ」
「そうだね。政府側の人間に見つかると面倒だニャ」
霊子ドレスとリヴァイアサンを格納し、青雷号に乗り込もうとする2人を見て、うちかは声をかけた。
「ま、待ってください!」
「自分も乗せていってもらえないでありますか?」
「それは⋯」
「バイリン、ちょっと良いニャ?」
「?」
梅林の言葉を遮るようにかしえが割り込む。
かしえは梅林の耳元に顔を寄せ、小声で語りかける。
「この場に1人残しておくと、彼女が政府に追求されて、そこから私たちの動向がバレる可能性があるニャ」
「確かに⋯それもそうだな」
「それなら一緒に乗せてあげて、彼女が素早くここから離れられるようにしてあげた方がいいニャ」
「一理ある」
「あと栞先生のサインも貰えるかもしれないニャ」
「なるほど、よく分かった。お前の魂胆はそれか」
梅林は1分ほど思考した後、結論を出した。
「俺たちのことを口外しないと約束できるか?」
「も、もちろんであります!」
うちかの表情が目に見えて明るくなる。
梅林とかしえは、うちかを加えてその場を立ち去ることにした。
うちかを乗せて、梅林たちは再び青島モーターズへと戻ることにした。
「じゃあなんでバイリン殿とかしえ殿はあの場所に来たでありますか?」
「俺たちには優秀な情報屋がいてな。こういった情報を素早く察知しては教えてくれるんだ」
「無論、B.L.A.C.K.が近くに滞留していれば彼女たちに任せたが、どうやらそうではなかったみたいなのでな。“仕方なく”というやつだ」
「その割にはバイリン、ノリノリだったニャ」
「ぐっ⋯!」
痛いところを突かれ、梅林は少し顔を赤らめた。
どうやらかしえにはフラッドリヴァイアサンを放った際の前口上を聞こえていたらしい。
「ところでお二人はどんな関係なのでありますか?もしかして歳の差カップルというやつでありますか?」
うちかは、梅林とかしえを見かけた時からしたかった質問を投げかけ、ウキウキと胸を躍らせる。
「いやいやいや、そんなんじゃないニャ!」
「そうだ。詳細は明かせないが、俺たちは同じ目的のために動く同志。それ以上の深い関係はないさ」
その後もうちかの質問は続いた。
好きな食べ物だったり趣味だったり他愛のないものから、恋愛観や哲学についてなどの思想的なものまで。
沢山のことを聞かれたが、どれも梅林たちの素性に関わるものではなかった。その様子から梅林は、
(明確な根拠はないが、この子はただただ自分の描きたいもののために、まっすぐなだけなのだろう)
と、暫定的に結論づけた。
探りを入れているわけではなく、作品の材料となるものが欲しいだけなのだ、と。
うちかとの問答を繰り返している間に、梅林たちは青島モーターズに着いた。
政府側の動向が分かるまで、梅林たちはうちかに一緒に行動してもらうことになり、今夜は青島モーターズの宿舎で一夜を明かすことにした。
梅林は1人で。かしえには万が一の場合に備えて、うちかと一緒の部屋に入ってもらうことになった。
夜の11時頃を過ぎると、隣の部屋から時々漏れ聞こえていた会話もなくなり、2人が寝静まったか、少なくとも消灯したのだろうということが窺えた。
そのタイミングで俺はパソコンの音声チャットをオンにした。
「意外と早かったな」
「そうだな。どうやら彼女らは健全な昼型人間らしい」
チャットの相手はむつはだ。
「まあそれよりもだ。つまるところ政府側の動向はどうなったか分かったか?」
「N12にはどのような密命が出ているかは分からないが、それ以外の者には特に何か出されているわけではないようだ」
「ただ、先程戦闘となった区域の周辺には警戒が敷かれるようだから、それだけは注意した方が良い」
「まあ明日は富山市を離れるし、今後該当区域を通らなければ特に問題はないだろう」
「そうだな。後で警戒区域のマップデータをあげておくから、明日の出発までに確認しておいてくれ」
「助かる。お前も早く寝た方がいい。今日は大分疲れただろう?」
「夜型のワタシにとって『夜はこれからだ!』と言いたいところだが⋯⋯ん、ふわああぁ〜⋯⋯ふぅ。朝から作業をしていたせいで流石に眠いな」
「仕方あるまい。今日のところは素直に寝るとしようではないか」
「あまり夜更かしばかりしていると体に良くないぞ?女性ならば尚のことだ。肌や髪をもっと大事にしてやれ」
「お?ワタシのことを気遣ってくれているのか?」
「当然だ。団員に無理を強いて倒れさせてしまうようでは、仮にも指揮官をやっていく身として失格だからな」
何故だろうか。むつはは、はぁ⋯とため息をついた。
「やれやれ⋯どうやらキミは良くも悪くも、天然系主人公みたいなタイプなのだな」
「どういう意味だ?」
「くくく⋯そういうところだよ、キミ」
「まあ今回はトータルで好感度+5といったところだな」
「では寝るとしようか。おやすみ、バイリン」
「ああ、おやすみ」
むつはとのチャットを終え、PCを閉じる。
「ぼちぼち俺も寝るか」
トレーラーを運転する以上、寝不足で事故を起こすなど以ての外だ。
俺は早々に部屋の電気を切ってベッドに潜った。
今日一日でこなした案件の数は、総督であった頃に比べたら全然少ないものだが、その分肉体的な疲労はそれなりに大きかった。
最近まで自分で運転することも少なかったし、恐らく自分で感じている以上に神経も使ったのだろう。
宿舎に備え付けで置かれていたベッドは特別寝心地の良いものではなかったが、それでも今の俺の身体が眠りに落ちるには充分だった。
翌朝。
セットしていた携帯のアラーム音で目を覚ます。
寝覚めは悪くない。むしろ久々にスッキリとした朝を迎えられたような気さえした。
総督でなくなったこともそうだが、中国地方を離れたことで、あまり人目を気にしなくて良くなったというのも大きいのかもしれない。
冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、封を開け、渇いた身体に勢いよく流し込む。
「ふぅ⋯」
寝ている間に失った水分が身体に染み渡る感覚を感じながら、椅子に座って一息つく。
そのまま俺はデスクの上のノートパソコンを開いて電源を点けた。
昨晩の間にむつはが送ってくれたデータが届いているはずだ。
案の定、メールボックスにはデータファイルが添付されたメールが一件届いていた。
ファイルを開くと、今日敷かれる予定の警戒区域が赤く色付けされたマップデータが出てきた。
「ふむ、やはり富山市内のみか。ならば砺波市にうちかを届けてそのまま南下すれば、特に問題はないだろう」
心配する事が特にないと判断した俺は、とりあえず電源はそのままにしてパソコンを閉じた。
兎にも角にもお腹が空いた。
「あ、バイリン。やっと起きたニャ?」
梅林が宿舎の1階に降りると、そこには既にかしえとうちかの姿があった。
宿舎は三階構造になっており、2階と3階は個室。1階は炊事や洗濯などができる共有スペースになっている。
かしえとうちかは梅林よりも一足早く起きて、朝食の用意をしていた。
「随分早いじゃないか。ちゃんと眠れたのか?」
「昨日は結構霊力を使って疲れてたから、目を閉じたら割とすぐに寝られたニャ」
「自分も久しぶりにぐっすり眠れたであります」
「“久しぶり”って、うちか。お前、普段どれだけ寝てないんだ?」
「いや〜いつも“他の皆”が寝てから漫画を描いておりますから、お恥ずかしながらどうしても夜更かし気味になってしまうのですよ」
「他の皆?」
梅林はうちかが“家族”や“両親”などの表現を使わなかったことが気になった。
うちかは一瞬口籠ったが、
「実は自分、孤児院で生活しておりまして、その⋯」
「すまない。余計なことを聞いてしまったな」
「いえ、別に良いのであります。自分が堂々と漫画を描いているのを公言していないのが原因でありますから」
「漫画って一口に言っても、内容によっては好き嫌いがすごく分かれてしまうものニャ」
「だからうちかが言い出せないのも仕方ないニャ」
「かしえ殿⋯」
そう語るかしえの顔は、いつになく真面目だった。
だが、その顔を見せたのも一瞬⋯
「まあ何はともあれ⋯」
「出来たニャーッ!」
かしえは朝食ができたことを高らかに宣言した。
「かしえさん特製、“シーフード海軍カレー”ニャ!」
『具材がシーフードなら、それは“海軍カレー”ではないのでは?』と一瞬ツッコミたくなった梅林だったが、とりあえず空腹を満たすことを優先し、カレーを口へと運んだ。
「美味いな⋯」
いざ食べてみると、明らかに作り慣れた者が作ったことを感じられる確かな美味しさがあった。
「ニャハハ!それなら良かった。作ったかいがあるというものニャ」
「朝からシーフードカレーは結構重たいと思ってましたが、コレはパクパクいけるであります!」
途中、付け合わせのサラダを挟みながら口の中をリセットしつつ、梅林とうちかがカレーを平らげるまでに、そう時間はかからなかった。
朝食の後、ひと通り出発の準備が整った梅林たちは、1階の談話室に移動した。
「では、今日の予定を説明する」
「昨日むつはが調べてくれた(ハッキングした)情報によると、富山市内は警察を中心に警戒態勢が敷かれているようだ」
「だから俺たちは可能な限り最短距離で砺波市に移動してうちかを孤児院に送り届けた後、このまま富山県を離脱する」
「残りの候補者たちには声をかけないニャ?」
「ああ。警戒区域が富山市内のみとはいえ、このタイミングで行動を起こすと、声をかけた者から政府へ垂れ込まれるリスクが高いと判断した。かしえが気になる人物が残っているようなら多少時間を割いても良いが」
梅林の考えを受け、かしえは手元の携帯端末で富山県内で残っている乙女候補者のリストを開いた。
「うーん⋯」
「この子たちには申し訳ないけど、パッと見昨日声をかけた子たちと大差はなさそうな感じがするニャ」
「うん。このまま富山県を出て良いと思うニャ」
「決まりだな」
かしえと話が着いた梅林は、うちかの方を向いた。
「うちか。俺たちには重ねてお願いをすることしかできないし、何かをしてやれるわけでもないが、どうか俺たちのことは口外しないで欲しい。頼む」
梅林は誤魔化しや脅迫をするわけでもなく、ただありのままのを伝え、そして深々と頭を下げた。
「⋯それは大丈夫であります」
それに対するうちかの返答は穏やかものだった。
「お二人がなにをしようとしているのかはよく分からないけど、本気で口止めをしたいなら、今頃自分はもっと酷い目にあっているはずであります」
「だから自分には、お二人が悪い人にはどうしても思えないのであります。政府を気にして活動しているのも、きっとちゃんとした理由があると思っているのであります」
「とまあ⋯1日一緒に過ごしただけの浅ーい判断基準でありますが。アハハハハ⋯」
自分たちの内情を話していないのにも関わらず、寛容かつ前向きに捉えてくれるうちかの心遣いに、梅林は心から感謝した。
「ありがとう⋯恩に着る」
青島モーターズを離れ、孤児院まで向かう道中。
車内では平和な時間が続いた。
検問も敷かれておらず、何事もなく、砺波市の郊外にあるうちかの住んでいる孤児院に到着した。
「おー結構大きいとこなんだねぇ」
「見た目はまるで豪邸だな」
建物自体の大きさに加え、囲う柵や門も凝った意匠が施されており、その上周囲には林が広がっていたりと、一般的な孤児院に較べ豪勢な造りになっていた。
「実際ここは元々とある華族の邸宅だったらしいので、見ての通り設備は凄いのでありますよ」
「ただ郊外にあるので、市街地や富山市まで行くのがちょっと大変なことは玉に傷なのであります」
3人はとりあえず青雷号を降り、うちかは正門を開くための鍵をポケットから出した。
その鍵を門に付いている鍵穴に通すと、見た目に反して門の扉が左右の外壁の中に格納される形で開いた。
ズン───ッ!
物理的に耳に聞こえたものではなかったが、あえて文字で表すなら、そんな音だった。
身体が地面に抑えつけられるような、そんな感覚が突然梅林たちを襲った。
「な、なんだ?身体が急に重くなったような⋯」
「アタシもなんだか頭がフワフワするニャ」
その感覚を覚えてそれほど経たない内に、通信機から音声通信が入った。
『バイリン!大丈夫か!?』
「むつはか」
『身体に何か異変はないか?』
「先ほどから急に身体が重くなったような感覚が続いている。かしえも若干だが同様の感覚になっているようだ。何か知っているのか?」
『富山県と石川県の霊力塔が異常な出力で稼働し始めたんだ。富山市よりも西側の地域は2つの霊力塔の影響が重複する地域だからな。それで心配になって連絡した』
「つまり、霊力や抵抗力の低い者たちが一気に降鬼化する可能性がある⋯」
『ああ。そう踏んでキミに連絡した。キミにも影響が出ているなら今すぐリヴァイアサンに搭乗し身を守りたまえ。それで霊力の漏出を抑えられるはずだ』
「わかった」
梅林は重く気怠い身体に鞭を打ち、今出せる限りの速さでリヴァイアサンに搭乗した。
搭乗口を閉じ、梅林は外界と遮断された状態になる。
搭乗して数分経つと、梅林は身体にあった倦怠感《けんたいかん》が徐々に解消されていくの感じた。
『かしえも霊子ドレスを着ていた方が良いぞ。機兵より身体を覆う装甲が少ない分効果は低いが、ある程度はドレスが防いでくれるからな』
「了解ニャ」
「ところでうちかは大丈夫ニャ?」
かしえはドレスを装着しながら、ふと頭に湧いた疑問をうちかにぶつけた。
「じ、自分ですか?自分は何ともないでありますが⋯」
──ッ!?
「まさかお前⋯」
2人はうちかの思わぬ返答に驚きを隠せなかった。
平時以上に霊力が奪われやすくなっているこの状況において、考えられることは必然的にひとつ。
「バイリン。もしかしてうちか、霊子ドレスを使えるんじゃないかニャ?」
「ああ、そうだろうな⋯」
かしえ以上に影響を受けていない様子を鑑みると、間違いなくその素質はある。
それは当然梅林も思った。
「ならうちかを仲間にするニャ!」
「うちか、私たちと一緒に吉良と戦って欲しいニャ」
「え、え、ええっ!?どういうことでありますか?それに吉良って、あの吉良首相でありますか?」
「そう逸るなかしえ。彼女を無理に誘うべきじゃない」
「ど、どうしてニャッ!?折角見つかった乙女候補なんだよ?バイリン」
思わぬ収穫に湧き立つかしえを制するように、梅林は言葉を挟んだ。
「うちかは立派な漫画家だ。俺たちと共に戦うということは、長くその活動が制限されるということでもある」
「それにこの戦いは文字通り命懸けだ。失敗すれば社会的地位はもちろん、最悪の場合、死ぬことになる」
「今の生き方が確立している者に俺たちの都合や理想を押しつけるなら、俺たちも吉良と同じになってしまう」
「贅沢を言ってられる状況ではないのは分かっている。だが、誰かの“今”を無理矢理奪うことだけは⋯なるべくならばしたくない」
吉良だけでなく、かつての自分がそうであったから。
そんな自分とは決別したい。
そのための一歩を踏み出したいという梅林の強い気持ちが、言葉となって突いて出たものだった。
「⋯わかったニャ。軽く説明だけしたら、後はうちかの意志に任せるニャ」
「すまないな、わがままを言って」
ドンッ!⋯ドンッ!⋯ドンッ!⋯
不意に、大きな音が聞こえた。
孤児院の本館。その入口である木製の玄関が何者かに内側から激しく殴打されているような音だった。
一同はその音の方向に目をやる。
ドンッ!⋯ドンッ!⋯ドンッ!⋯
音は鳴り止むことなく続く。
「うちか。孤児院には職員も含めて何人居る?」
「う〜ん⋯人の出入りで前後しますが、大体30人以上は常に居る印象でありますね」
「30か⋯」
そして間もなく、
バキッッ!!!⋯⋯
破られた玄関の奥に降鬼たちの姿が見えた。
「そ、そんな⋯もしかして皆⋯」
受け入れがたい状況を目の前にし、うちかは青ざめて立ちすくんでしまった。
その様子を見て、うちかの視界を遮るように前に出たかしえは、砲口を降鬼たちに向け、臨戦態勢に入った。
それと同時に、梅林の脳裏に浮かぶ思考。
眼前に見える降鬼の集団。そして周辺でも同様の現象が起きているであろうことを考慮する。
事態が深刻な状況に突入したであろうことは想像に難くなかった──
「⋯⋯さて、どうしたものかな」
第一章第三話へつづく。