幕間 Found-link

 私は地元、山口県美祢みね市にある化石採集場で、今日も今日とて、いつものように化石を掘っていた。
 『しずる、今日はあなたの誕生日よ?今日くらいは行かなくてもいいじゃない』と、お母さんからげんな顔で言われたけれど、今欲しい物は特にないし、平日で夜まで時間を潰すのに、私は他にちょうど良いものを知らないし、思いつかなかった。化石を堀りに来た理由は、ただそれだけのことだった。
 こんなやり取りはもう何年も繰り返してるから、もう今さら気にすることじゃないけど、それでも自分が好きなものを理解されないというのは、いつまで経っても良い気はしない。
 まるで自分自身が否定されてしまったような、そんな気持ちになる。
 見返してやろうとか、好きになってもらおうとか、そこまでは思ってないけど、せめて少しくらいは理解して欲しいという気持ちはある。
 でも、そのために自分に何ができるのか⋯その答えはまだ、私の中で形を成さない。ここ最近は特に、その事で悶々もんもんとする時間が増えた。
 一種の“逃げ”だっていうのはわかってるけど、そういう理由もあって、何も考えないで居られる時間が欲しくて、私はついつい化石採集に足を運んでしまう。

 目ぼしそうな石を拾って来て、採集場に併設へいせつされた作業台の上でハンマーとタガネを使って化石を取り出す。
 化石採集というのはただそれだけなんだけど⋯それがただただ楽しい。
 中身が判るまで何が出てくるかわからない。常に新たな出会いに巡り合う可能性がある。それが私の心をドキドキワクワクさせてくれる⋯その高揚感がとても良い。
 今日、私以外に化石採集に来ている人は、平日だから当然少ない。同年代の人なら尚更なおさら⋯と思ったけど、珍しいな⋯1人だけ居た。しかも女の子だ。
 まあでも、だからといって私には何も関係はないこと⋯関係はないことだけど⋯私はその人がちょっと気になってしまった。
 というのも、その人が化石採集場の雰囲気には似つかわしくない⋯なんていうかキラキラしたオーラを放つ人だったから⋯
「あぁ〜もうっ!また割れたわ。コレ、ちょーっと油断するとダメねー」
 気になって少し見ていたら、その子は苛立ちの声を上げた。化石を割ってしまったみたい⋯
 多分初めてなんだろうな⋯私も最初の内はそうだったから、よく分かる。
「もう少し⋯化石から離れたところを打った方が上手くいくと思う」
 気づいたら私は、彼女に話しかけていた。
「あら、そうなの?」
「うん⋯化石に衝撃が伝わると割れやすくなるし、石によっても割れやすい場所が違うから」
「なるほどね⋯アドバイスありがとう。それでやってみるわ」
 そして私は、少しの間彼女の様子を見守った。
 手先が器用なんだろうな⋯要領を掴むのが上手い。
 それに、綺麗な手⋯
 私は思わず見とれてしまった。
 マゼンタのネイルが映える白くて細い指先。
 そして、薬指のネイルにだけあしらわれた花のシールが良いアクセントになっていて、すごくオシャレ⋯
 昨今のオシャレに関する知識が深くない私でも、指先を見ただけで彼女のセンスの良さがわかった。
 きっとお母さんも、こういう事に興味を持つ子に育って欲しかったんだろうなって⋯ちょっとだけ、そう思ってしまった。

 それからは⋯お互いに黙々とハンマーを振り続け、それは石がなくなるまで続いた。
 全ての石を割り終え、荷物をまとめて帰ろうとしていた私に、さっきの女の子が声をかけてきた。
「ねぇ貴女あなた!」
「さっきはありがとね。おかげであれからほとんど化石を割らずに済んだわ」
「そう⋯それなら良かった」
「それにしても、出てくるのは牙や骨ばっかりなのね。もっと色んなものが出てくると思ってたんだけど」
 彼女が作業していた台に近寄って見ると、彼女の言う通り、動物の化石が大部分の割合をめていて、植物の化石はほとんど見られなかった。
「それは多分⋯たまたま。化石って、地層や場所によって偏りがあるから、そういう時もあるよ」
「ふ〜ん、そういうもんなのね」
「うん⋯でもこの牙や骨たち、パッと見は同じように見えるけど、みんな違う生き物のものだから、結構いろんな種類が出てるんじゃないかな」
「こっちは海棲かいせいちゅうるいの牙で⋯こっちは多分にゅうるいに近い生き物の肋骨じゃないかな。少なくとも、全く違うのは確か」
「凄いわね貴女。私には同じようにしか見えないんだけど⋯随分ずいぶんと詳しいのね。ここにはよく来るの?」
「うん⋯地元だから」
「なるほどね」
「そういうアナタは?」
「私はたまたまよ。遠出したついでにたまたまここを見かけて、完全に気分で立ち寄っただけ。化石採集なんて今まで一度もやったことなかったし、興味もなかったくらいだもの」
「そうなんだ⋯」
 そうだよね⋯“フツウ”はそう。でも、久々に「凄い」って言われて、私はちょっと嬉しかった。
「でも思ってたより楽しめたし、思わぬ収穫もあったから、ここに来た甲斐かいがあったわ」
「収⋯穫?」
 何のことだろう。特別何かをしてたようには見えなかったけど⋯
「そ!ちょっと良いかしら?」
「え⋯な、なに?」
 私の答えを待たずに、彼女は私のことを色々な角度から観察し始めた。
「心配しないで。ちょっと貴女のことを見るだけよ」
 別に変な格好はしていないつもりだけど、ジロジロと見られるのは流石さすがにちょっと落ち着かない。
ばつなリュックに相反あいはんするような清楚ないでち。一見ミスマッチにも見える組み合わせだけど、それを完璧に着こなしているし、容姿も申し分ない。加えて古生物趣味と意外性も充分⋯」
 うぅ⋯この人、一体何を言ってるんだろう⋯
「うん⋯うん⋯良いじゃない」
 色々な角度から見回されては、なんか勝手に納得されてる⋯どう反応すれば良いか、私にはわからなかった。
「でもやっぱり少し主張が足りないわ。まあそこは伸びしろの裏返しか⋯」
 そんなことを思っている間にも、小声で内容は聞き取れないけれど、彼女はひとつひとつ確認するように喋り続けていた。
 そして私の正面に戻ってくると、真っ直ぐに私の目を見ながら言った。
「ねぇ貴女、私の服のモデルになってみない?」
 え?
「えぇっ!?」
 私の口は心の中とリンクして、突いたように声が出た。
「私の見立てが正しければ貴女、結構な逸材いつざいよ?こんな所でくすぶってるのは勿体もったいないわ!」
 わ、私がモデル?
 オシャレに大して興味を持ったこともない私が?
「で、でも私⋯オシャレに詳しくないし⋯」
「そこんとこは私が全面プロデュースするから、コーディネートの心配はしなくて良いわよ」
「モデルの仕事についても何も知らないし⋯」
「大丈夫。私が手取り足取り教えてあげるわ」
「趣味も独特だし⋯」
「それが良いのよ。普通じゃつまらないもの」
 私がいくら遠慮しても、彼女の勢いは止まることはなかった。
「それに⋯いきなりそんな事言われても⋯困るよ」
 彼女がいくら私を肯定しようとも、私はそれに応える勇気がなかった。
 それは、他人ひとに期待されることに慣れていない、私の自信の無さの表れだった。
「う〜ん⋯まぁそれもそうか。じゃあ⋯はいコレ!」
 私のかたくなな様子を見て、彼女は私に長方形の小さな紙を差し出した。
「これは⋯」
「私の名刺。ちょっとでも気が向いたら、ココに連絡をちょうだい」
「じゃあね!良い返事が聞けるのを期待してるわよ」
 そう言って彼女は去って行った。
「なんか⋯嵐のような人だったな⋯」
 でもあの人⋯どこかで見たことがあるような気がするんだけど⋯気のせいかな⋯
 私は、さっき渡された名刺に目を落とした。
 その名刺には“IROHA MIYAZONO”と書かれていた。
うそ⋯」
 IROHA MIYAZONO⋯
 宮園みやぞのいろはって、テレビでも取り上げられるほど、世界的に有名なファッションデザイナーだよね⋯
 最近は大帝國歌劇団B.L.A.C.K.の衣装デザインを依頼されたとかで、テレビでも話題になってたっけ⋯
 私と3つしか歳が違わないのに⋯本当に凄いと思う。
 だから、私なんかがモデルをやったら、もしかしたらこの人の評判を落としちゃうかもしれない。
「でも⋯」
 さっき、“普通じゃつまらない”という言葉を受けた時⋯胸の鼓動が一気に速くなって、何かが変わりそうな、そんな大きな予感を、私は胸の奥で確かに感じていた。
 今まで、他人の言う“フツウ”と自分とを見比べ続けてきた反動なのかもしれない。
 自分が“フツウ”じゃないことにばかり目を向けていたから、誰かに共感されることはほとんどなかったし⋯“フツウ”じゃない私に何かを期待する人なんていなかった。
 だから、誰かに期待されることが嬉しいものだということが、本当の意味では理解できていなかったんだと思う⋯
 間違いなく今の私は、降って湧いたチャンスにワクワクしている。
 “フツウ”に興味を持ってこなかった私が、それを一気に飛び越えて、“フツウ”のその先に行く⋯
 私は⋯そんな未来を想像した。

 それ、スゴく良いかもしれない⋯

「やっても良い、かな⋯私」

 太正100年5月4日。
 この日は秋吉あきよししずるにとって大きな転機となった。
 そして彼女は、程なくして帝国華撃団の存在を知ることとなり、新たな進化の道へと歩み出すのだった。

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