梅林編 第二章第一話

第二章第一話 曇りなき眼


 あれから結局俺たちは、富山県を出ずに孤児院に留まっていた。
 リヴァイアサンのエネルギー補充、かしえの霊子ドレスの修理、そしてうちかの霊子ドレスの調整と、次の地へ向かう前にやらねばならない事が多かったからだ。
 またそれに加え、降鬼から戻った人たちを院内に運び、安静にさせる必要もあった。
 人間に戻るということは、外的要因であっさりと死ねてしまう体に戻るということだ。
 降鬼に襲われる。栄養失調による餓死がし。場所によっては低体温症などにおちいる場合もありる。
 気絶から回復するまでにかかる時間は人によって違うが、前述の可能性を考慮すると、屋外にそのまま放置しておくのは間違いなく危険だ。
 例の大型降鬼を祓ってから今日で3日目。
 青島モーターズから人員を派遣してもらえたお陰で、大体のことは彼らがやってくれた。
 俺がやったのは、せいぜい孤児院の施設長にうちかの連れ出し許可を貰いに行ったことくらいだ。
 それについても、特に反対を受けることもなく了承してもらえたため、俺たちはこの2日間、ほぼ丸々自分たちのために時間を使うことができた。
 そして今日、いよいよ富山県を発つ。
 必要な荷物を積み終え、後は施設長に挨拶あいさつを済ませるのみとなった。
 院内へ向かおうとした矢先、院の玄関から初老しょろうの男性がこちらへ向かってくるのが見えた。
「この度は誠にありがとうございました」
 男性は俺の前まで来て立ち止まると、白髪しらが混じりの頭を深々と下げた。
「私たちの方こそこの2日間、今日を含めれば3日間ですね。大変お世話になりました」
 男性の対応に返すように、俺も頭を下げた。
「困った時はお互い様というものです。だからどうか頭を上げてください、“施設長”殿」
「いいえ私は、私たちは⋯孤児院を救っていただいたことだけに感謝しているのではありません」
 頭をゆっくりと上げながら、施設長は話を続ける。
「私たちはずっと、あの子に本当の意味での居場所を与えてあげることができませんでした」
「⋯いえ、語弊ごへいですね。正確には向き合おうとしていなかった。上辺うわべだけ取りつくろって、その場しのぎの優しさだけを振りいて、あの子が求めていたものを正面から見ようとしなかった」
 俺は施設長の話を黙って聞いていた。
 兄貴や兄貴の弟子たちの事を思い浮かべると、かつての俺にも、少し重なる部分があったから。
「この2日間、あの子の表情が以前とは見違えるほど力強いものになっていたのがよく分かりました」
「だから貴方たちにはとても感謝しているのです」
「本当に⋯ありがとうございます。梅林殿」
 施設長は再び、頭を下げた。
 その肩はわずかばかり震えていた。
「俺は、俺がしたことなんてほとんどないですよ。彼女が自ら選び、羽化する時が来た。それがこの前の戦いだった。ただそれだけのことなんだと思います」
「それに⋯本人が望んだこととはいえ、俺は貴方たちが大切に育ててきた子を、途方もない戦いに送り出そうとしている男だ。批難ひなんこそされても、められる資格なんてないですよ」
コッコッ⋯
 俺は、後ろの方で小さな足音がしたことに気づいた。
 多分その足音の主は正門の裏で、俺の話が終わるのを待っている。
 俺は音の方を向くことなく、そのまま話を続けた。
「それに、貴方たちのやってきたことはきっと無駄なんかじゃない。だから顔を上げて、胸を張ってください」
「彼女にとって孤児院ここは、紛れもなく大切な“ばしょ”で、貴方たちは“家族”なんですから」
 では⋯と、軽く一礼をして、俺はやや足早あしばや青雷号しょうらいごうの方へと歩き出した。
 自分で言っておいてなんだが、少し臭い台詞を言ってしまい、少し恥ずかしくなったからだ。
 そして孤児院の正門に差し掛かると、俺と入れ替わるように、桃色の髪の少女が歩いていくのが見えた。
 俺はすれ違いざまに『時間は気にするな』とだけ一言ひとことつぶやいて、そのまま青雷号の運転席に乗った。


「さて、しばらく暇になりそうだな」
 うちかが戻るまでの間、俺とかしえは車内で待機することになった。
 物心ついた時からずっと過ごしてきた家。
 そこから初めて旅立つのだ。
 今生こんじょうの別れになると決まったわけではないが、それでも別れの挨拶あいさつにはそれなりに時間はかかるだろう。
「バイリン、どうするニャ?」
 暇を持て余したかしえが後部座席から身を乗り出して聞いてくる。
「特に何もしない」
 それに対して、俺は至ってシンプルな回答をした。
 それ以外言うことがなかったからだ。
「えー、意外」
「俺だって何もしたくない時くらいある。それに、長野で行くところは1ヶ所しかないからな。単純にそれほどやる事がないのさ」
「⋯じゃあ、お菓子でも食べる?」
「いただこう。温かいコーヒーも頼む」
(ガチでお茶にする気だニャ。てか、いつの間にか給仕きゅうじがかりにされてるニャ⋯)


 それからしばらくして、別れの挨拶を済ませて戻ってきたうちかを乗せ、梅林たちは長野県へと出発した。
「長野で訪ねる方ってどんな人でありますか?」
「なんでも天才画家、らしい」
「らしい?」
 梅林がバックミラー越しにうちかを見ると、頭上に?が浮かんでいるような表情を浮かべていた。
「メディアへの露出がまったくなくて情報が少ないんだ」
「2,3年前から、『学校の夏休み課題で、著名ちょめい画家顔負けの絵画かいがを毎年出してくる子がいる』と、コンクール審査員たちの間でそういううわさささやかれ出したんだ」
「ひと昔前なら単なる与太よたばなしたぐいとして処理されて終わっただろうが、情報化社会となった昨今だ。その人物がどうやら、長野県在住の中学生2年生、“霧ヶ峰きりがみねあお”であるということがここ最近判ったそうだ」
「でも、絵が上手いというだけで霊力が高いと推測して良いものなのでありますか?」
「もちろん確定というわけではないが、若くして突出した才能を持っている人間は霊力が高い傾向にある。中学生レベルの金賞を連発しているだけだったら候補にはならなかったが、著名画家顔負けの画力というのが本当であれば可能性は充分。行く価値はある」
「はぇー」
「でも、誰かが漏らすと一気にそういう情報が広がっちゃうなんて、ほんと怖い時代になったニャ」
「そうだな。だがそのおかげで俺たちは彼女を見つけることができた。悪いことばかりじゃないさ」
 ネット上に個人情報を流した人物の行為は決して褒められたものではないが、そのおかげで今こうして彼女の元に向かうことができている。
 むつはとの関係もしかり、いつどこで何が、誰がどう繋がるのか。世の中本当に分からないものだなと、自分で話していて不思議な感覚を覚えた梅林は、ふとそう思った。
「ところでバイリン殿。これまた疑問なのですが、どうして長野でスカウトする子がその子“1人”しかいないのでありますか?」
 梅林は出発前に、事前にうちかとかしえに長野県での活動内容についての概要を説明していた。その内容は至ってシンプルで、霧ヶ峰あおのスカウトのみというものだった。
「⋯⋯これは長野に限った話ではないが、ここ数年の傾向として、B.L.A.C.K.を目指して養成学校に行ったり、それに関わる仕事に就きたくて専門学校に行ったりする子どもが非常に多い」
「B.L.A.C.K.自身の魅力と、それ以外の芸能活動禁止という情勢が相まって、その傾向は年々強くなっている。だからB.L.A.C.K.に憧れを抱く人物以外で、かつ霊力が高い乙女となると、そもそものスカウト対象自体限られてしまうのさ」
「ふむふむ。なるほど」
(だが裏を返せば、B.L.A.C.K.以外で活躍できる才を持つ者にとって、今の日本は不満がつのるものとなっている場合も多いはず。そういった者たちからならば、助力を得られる見込みは充分にある)
 孤児院を出発してから約3時間弱。
 梅林たちは霧ヶ峰あおが住む長野県木曽町に到着した。


「なんていうか⋯凄く良い雰囲気のところニャ」
 そこには、木曽駒ヶ岳きそこまがたけをバックに広がる色鮮やかな風景と、のどかな町並みが広がっていた。
「木曽町は日本で最も美しい村の1つと言われる地域だからな。人口はそれほどだが、観光で訪れる人も多い」
「“町”なのに美しい“村”なのでありますか?」
「ああ。木曽町は複数の町と村が合併してできた町だからな。町であると同時に、村の側面も持っているんだ」
「ほんと、バイリンは物知りだニャー」
「そんなことはないさ。この知識だって、調べればすぐに出てくる」
「『気になったらこまめに調べる』。それを繰り返していれば自然と知識は増えていくものさ」
 梅林たちは他愛もない話をしながら町中を抜け、やがて畑道へと出た。
(カーナビに示された地点が間違ってなければそろそろ到着するはずだ。とはいえカーナビはたまに到着地点がズレたりするから信用しすぎるのもな⋯一応、近くを通りかかる人に霧ヶ峰家の所在を確認するか)
 梅林がそう思いながら車を走らせていると、デニムのオーバーオールに身を包んだ、薄い青色の髪のお団子ヘアーの少女がこちらへやってくるのが見えた。
(丁度いい。彼女にでも聞こう⋯⋯⋯え、馬?)
 梅林は少女の腰から下を二度見した。
 少女はなんと、馬にまたがって移動していた。
 別に田舎の道路に馬が居てダメな理由はないが、居る理由もない。
 長野の農村地域ではどうあっても目立つ存在である。
「俺の目が腐ってなければだが⋯⋯」
「馬ですね」「馬だニャ」
(やはり⋯⋯そうか)
「かしえ。済まないが彼女に霧ヶ峰家の所在を聞いてきてくれないか?俺が行くと⋯流石にづらがヤバいだろうからな」
「わかったニャ」


 梅林は少女の近くで車を止め、かしえを降ろす。
 かしえと少女の目が合い、一瞬の間ができる。
「こ⋯」
「こんにちはー」
 かしえよりも一瞬早く、少女が話を切り出した。
「こ、こんにちは」
 テンポを崩されたかしえは、それに対して少しぎこちなく挨拶を返した。
「スゴい車だねー。おねーさん、“あお”に何か用ー?」
(ん?今、“あお”って⋯⋯)
 かしえは目的の人物の名前を思い出す。
 目的の人物の名は⋯霧ヶ峰“あお”。
「ねぇ⋯」
「なぁにー?」
「あなたの名字って、もしかして“霧ヶ峰”かニャ?」
「うん、そうだけど⋯」
(ま、まさかの一発ニャ?アタシってばえてるニャー!)
 内心得意気とくいげな気持ちになるかしえ。
「でもなんで知ってるのー?」
「ゔっ!⋯」
 だが、当然の質問があおから飛んできて、その気持ちは一瞬で吹き飛んでしまった。
 なぜ見ず知らずの赤の他人が自分の名前を知っているのか。それだけで充分に怪しまれることは間違いなかったからである。
「んーと⋯それを話すとちょっと難しくなるというか、なんというか⋯うーん⋯」
 かしえは数分ほど悩んだが、あおに不審に思われないように事情を伝えられるような言葉が浮かばなかった。
「バイリンッ!⋯ヘ、ヘルプニャー!」


「⋯⋯というわけだ」
 それから梅林はあおに粗方の事情を説明した。
「ふーん、そうなんだ。あおが知らない内に、日本って大変なことになってたんだねー」
「自分で言うのもなんだが、こんな突拍子もないように感じても仕方のない話を信じてくれるのか?」
 いきなり反政府的な内容をアレコレ聞かされても、ただの陰謀論だと一蹴する人が一定数いてもなんら不思議ではない内容。
 梅林とかしえは、富山でのスカウトでそれを既に何件か経験済みだった。
 それ故、特に疑う様子もなく、すんなりと受け止めるあおの姿勢には驚きを隠せなかった。
「うん。だってばいちゃん、悪い人じゃないもん。うーちゃんもかっしーも」
「ばいちゃん?!」
「うーちゃん?!」
「かっしー?!」
(てかなんでアタシだけかっしーなのぉ?!)
 3人とも自己紹介はしたが、思いもよらぬ呼称が飛んできたのは流石に予想の斜め上だった。
「だってこっちの方が呼びやすいし、かわいいからー」
 不思議な子だ⋯⋯3人は一様にそう思った。
「ところで、こんな日中から何をしてたのでありますか?まあ、自分も人の事はあまり言えませんが」
「お散歩と畑のお手伝いをしてたんだー」
「学校の方は大丈夫なのか?」
 梅林の質問に、あおの表情が少し曇った。
「学校は今、休校なんだ⋯⋯」
「それまたどうして」
「学校の先生たちがたくさん倒れちゃったから。あおは元気だけど、同じように休んでる子も結構居るし、まともに授業を進めることができなくなっちゃったんだ」
 梅林の脳裏に、ある1つの可能性が浮かんだ。
「霊力塔の影響だろうな。感染力の強いやまい流行はやっているわけでないのなら、それくらいしか考えられん」
「そうニャね⋯⋯」「でしょうね⋯⋯」
 それは、かしえとうちかも同じ考えだったようで、2人は梅林の言葉に相槌あいづちを打った。
「⋯ここでこれ以上話していても進展はないだろう。とりあえずは霧ヶ峰家に行って、あおの両親と話をするところからだ」
 そして梅林はあおの方を向く。
「君の家まで案内を頼めるか?もちろん君が嫌だと言えば、俺に強制する権利はないが」
 あおは梅林の目をジッと見つめたのち、ゆっくりと、だが力強くうなずいた。
 あおと彼女の愛馬を乗せ、青雷号は霧ヶ峰家へ向かって再び走り出した。


「“ろしなんて”は馬じゃなくてロバだよー?」
「ロバ?!まさかのロバでありますか?」
「確かにちょっと普通の馬とは違う感じがするニャ」
 うちかとかしえは、すっかりあおと打ち解けていた。
 “ろしなんて”とは、あおが乗っていたロバの名前である。
 そしてその名前の由来となるロシナンテは、かの有名な小説『ドン・キホーテ』に出てくる馬の名前である。
(恐らくそれにちなんでつけた名前なのだろうが、当の“ろしなんて”が馬ではなくロバだったとは⋯⋯まあ近縁種きんえんしゅだから、馬もロバも似たようなものと言えばそうではあるのだが⋯⋯)
 そんなことを頭の中で思っていると、梅林の視線の先に一軒の民家が目に入った。
「そろそろ着くぞ」
 畑道の先の高台になっている場所。
 そこに霧ヶ峰家はあった。
 程なくして梅林たちは霧ヶ峰家に到着した。
 敷地内に青雷号を停め、ろしなんてをコンテナから降ろすと、あおはろしなんてを馬小屋に入れて、小走りで玄関の中へ入っていった。
(やっぱりこういう地域では、玄関は開けっぱなしにするのは、特別珍しいことではないんだろうな)
 隣接する家屋かおくが少ない地域特有の光景。
 知識として知ってはいても、実際に見ると梅林には新鮮な感覚だった。
 待つこと十数分。
 あおが縁側えんがわ障子しょうじから顔を出した。
「入って良いってー」
 どうやら訪問の許可が出たらしい。
 あおは両手で丸を作って梅林たちに合図を出した。
 田舎では他所者よそものへの警戒意識が強いという話を聞いたことがあったため、梅林は断られても仕方ないとたかくくっていたのだが、霧ヶ峰家はそうでなかったのは嬉しい誤算だった。
 各々のタイミングで「お邪魔します⋯」と一言ひとこと断りの挨拶あいさつを入れてから、梅林たちは家の中に入った。
 靴を脱いで居間に足を運ぶと、そこにはあおとその両親の姿があった。
「あおから用件は聞きました。遠路遥々えんろはるばる、ようこそおいでくださいました。あおの父、“そう”でございます」
「同じく母の“あい”でございます」
 そう言って、あおの両親は座った姿勢から深々とお辞儀じぎをした。
「時田梅林と申します。この度は急なご訪問をお許しいただき、ありがとうございます」
 それに対し梅林も正座になり、お辞儀を返した。
 梅林は後ろに立つうちかとかしえに目配せをして、2人を隣に座らせた。
「こちらの2人は、向かって右から順に⋯」
立山たてやまうちかであります」
江田島えだじまかしえだニャ」
「なんでも、うちのあおをスカウトしたいとか」
「はい。この度は、あおさんをたぐまれなる霊力の持ち主であるとお見受けしまして、その力をお借りしたく、ご訪問をさせていただきました」
「ふむ。あおの力を借りたい理由は何でしょうか?」
 梅林は少し考え、そうの質問に対して直接的な答えから入ることを避け、外堀から埋めていくことに決めた。
「⋯ここ数年、体調不良が続いていたりしませんか?酷い倦怠感けんたいかんに襲われたり、風邪を引きやすかったり⋯」
「⋯⋯そうですね。それは大いに心当たりはあります」
 だろうな。
 彼らの顔は疲労が蓄積しているのは、誰の目にも明らかだった。
 降鬼化はしていないものの、目の下に軽くくまができており、言葉にも覇気がない。
「その原因はミライエネルギー。もっと端的に言いますと、霊力塔の存在によるものなのです。ここに来る前にあおさんの口から聞きましたが、中学校が休校となっているのも恐らく同様の理由であると思われます」
「なんと⋯⋯!」
 その言葉に、あおの両親は驚きを隠せなかった。
 至極当然の反応だ。
「信じられないでしょうが、まぎれもない事実です」
「霊力塔は人々の持つ霊力を、生命維持が可能な範囲で断続的だんぞくてきに収集し、それをミライとして変換する装置。死なない程度とはいえ、霊力を吸われ続ければ体調は不安定になりますし、一度崩してしまうと復調するのに長い時間がかかります⋯そして、人によっては降鬼になる」
(内容が事実とはいえ、ここまで言えば疑われるのは必至。だが、人様の一人娘を親の前でスカウトする以上、話さねばならない事だ)
 だが驚いたことに、あおの両親が梅林の言葉に対して最初に取った行動は、あおの方を向くことだった。
「あお」
 あおの父は、慣れた様子であおに問いかける。
「うん、変な感じはしないよー。多分、全部本当」
「そうか⋯にわかには信じ難いが、お前が言うならそうなんだろうな」
 一体どういうことだ?
 何故、娘の言葉ひとつでそんなにもすんなりと納得するのだ。
 自身の理解を超えたやり取りに、梅林の中でいくつもの疑問が湧き上がった。
「あおさんには、特別な何かがあるのですか?」
 だから梅林は、聞かずにはいられなかった。
「ええ。あおは“心の色”を見ることができるのです」
「色?」
「あおは、人の心の色とその揺らぎを見れば、その人がどんな人間なのか⋯嘘を言ってるかどうかが、おおよそ分かってしまうらしいのです」
(最初会った時も俺の顔をジッと見つめる瞬間があったが、そういうことだったのか)
 あおの不可思議な行動に合点がいった梅林は、同時に彼女が霊子ドレスを扱える人材であることを確信した。
 霊力と密接な関係にある魂を視覚情報として感じ取れるほどの才能。霊力量が人並みであるはずがない。
「ちなみにお2人は?」
「いえいえ、私たち夫婦は至って普通の農家ですよ。私たちのご先祖さまでも、そういった特殊な力の話は聞いたことはありません。だからこれは、この子だけに発現した力なのです」
「なるほど、そうですか⋯失礼、話がれましたね」
 そして梅林は、いよいよ本題の話に入った。
「先ほど話した内容から、大体の検討は薄々察しはついているかと思いますが⋯我々の目的は霊力塔の停止。つまりミライエネルギーからの脱却を図ることです」
「そのためには当然、立ちはだかる政府と相対しなければなりません。そうなれば機兵はもとより、大帝國華撃団B.L.A.C.K.をも相手にすることになります。その道中で降鬼に遭遇そうぐうすることもあるでしょう」
「つまり、反政府組織テロリストの戦力として、うちのあおが欲しいと。そういうことですね?」
「っ!?あなた⋯」
「そうです。その通りです」
 あおがこの場に居る以上、誤魔化しの言葉は意味を成さない。梅林はただ事実をそのまま、一切のオブラートに包むことなく伝えた。
「子を持つ1人の親として、娘を戦場へ送り出すことには当然反対です。それがテロリストともなれば尚更」
「しかし、あなた方の話した内容が真実である以上、立場上テロリストであると言っても、その行いは成就じょうじゅされるべきだとも同様に思っています」
「そしてそれが、あおが居なければ成り立たないというのであれば、道理の上では送り出すべきなのでしょう」
「ですが⋯⋯」
 当然の葛藤かっとうである。
 捕まれば娘に犯罪者の烙印らくいんが押され、最悪の場合死んでしまうかもしれない。
 地方によっては家族が犯した罪から村八分にするような扱いを受けるような所もある。
 そういった背景も含め、嬉々ききとして娘を戦場に送り出す親がどこにいようか。
「私は⋯絶対に反対です。あおをそのような苛烈な環境に送り出すことなど、できません」
 あおの母は、絞り出すような声で言った。
「かー⋯⋯」


「ねぇ、バイリン。もう少し強気に押しても良かったんじゃないかニャ」
「それも一理あったが、あれ以上食い下がるのはマズいと思ったんだ。特に母親のあの様子を見たらな⋯」
「それもそうかぁ⋯予想以上に凄い子だったから、どうにか入って欲しいニャー」
 霧ヶ峰家を後にした梅林たちは、近くのキャンプ地に移動して、少し早めに夕食の準備をしていた。
 彼らを急かすのは得策ではないと判断した梅林は、5日後に最終的な回答をもらうとだけ伝えて、速やかに引き下がることを選択したのだ。
「ところでバイリン殿。気になっていたのですが、長野県の霊力塔ってどこにあるのですか?この辺りはどこを見ても見当たりませんが」
「都市部では地上にあるだろうが、大きな農村地域や森林地帯が多い道県では霊力塔は地下にあることも多い。町民が影響を受けているにも関わらず見当たらないということは、この辺りも恐らくそうなっているはずだ」
「はえ〜色々あるんすねぇ」
ピー、ガガッ⋯⋯
『バイリン。今時間はあるか?』
 無線機にノイズが走り、モニターにむつはの姿が映し出された。
「ああ、大丈夫だ。何かあったのか?」
『いや、特に急ぎということではないんだが、面白いものを作ったんでな。機会があれば試して欲しいと思って連絡した』
「そうか。それで、何を作ったんだ?」
『ちょっとした命令プログラムだ。今からキミのPCに送るから、確認してくれ』
「わかった」
「こんばんはー」
 梅林がPCを取りに青雷号へ戻ろうとした時だった。
 つい数時間前に聞いた声が近くから聞こえた。
「ニャ!?」
「あお氏!?」
 声のする方を向くと、そこにはろしなんてに乗ってやってくるあおの姿があった。
 近くのキャンプ場に泊まることは言っておいたため、ここにやって来たこと自体は不思議ではない。
(だが回答は5日後で良いと伝えた。即日でここに来る理由とは一体何だ?)
「⋯どうしてここに?」
 梅林の側まで来ると、あおはろしなんてから降りて言った。
「“かー”⋯えぇと、お母さんはああ言ってたけど、あおはばいちゃんたちと行っても良いよ?」
「そんな簡単に決めてしまって良いのか?君の父親が言っていた通り、俺たちは立場上テロリスト。しくじればもれなく犯罪者として捕まってしまうんだぞ?」
「うん、わかってるよー」
 あおは、梅林の忠告などまるで意に介さないように、あっさりと答えた。
「あおはね、この町が大好きなんだー」
「都会と違って空気は澄んでるし、景色も綺麗で、おうちで採れるお野菜も美味しくて、“とー”も“かー”も友達も、みんな優しくて⋯」
「そんな中でお絵描きをするのが最高に楽しいんだー」
「でもね⋯ちょっとずつちょっとずつだけど、みんなが元気じゃなくなっていくし、大好きな青空が見える日も少なくなっていくのも分かってた」
「でもね⋯⋯それが分かっててもどうすれば良いか分からないのが、あおは凄く辛かったんだ⋯」
 人一倍。いや、人の何十倍も目が肥えている彼女だからこその苦悩と葛藤があったのだろう。
 今までののほほんとした雰囲気ふんいきは、今の彼女には一切なく、その表情は暗かった。
「だからね、ばいちゃんたちに説明された時、何かが変わると思ったんだ。本当に⋯本当にあおの中に凄い力があるなら、みんなと一緒に戦いたいんだ!」
『ふむ。その様子からして、キミが長野での乙女候補者なのだな?』
 突如、今まで静観していたむつはが口を開いた。
「あなたは誰ー?」
『ワタシの名前は最上むつはだ。今は遠い地にいるゆえ通信越しではあるが、ワタシもバイリンたちの仲間だ』
「あおのフルネームはね、霧ヶ峰あおって言うんだー。よろしくね、むっちゃん・・・・・
『む、むっちゃんだと!?』
「うん。むつはだからむっちゃんだよ!」
 むつはは、確かにそれはそうだが⋯と言いたそうな、なんともいえない表情をしている。
(まあ、そうなるよな。俺たちもそうだったし)
「俺たちも似たような愛称を付けられた。諦めろ。これはそういう・・・・たぐいのやつだ」
『うぬぬ⋯⋯まぁいい。話を戻すぞ』
『あお。キミのその強い思いに応えてあげられる方法が今、ひとつだけある』
「ほんとー?むっちゃん」
『むっ⋯⋯ゴホン!本当だ。バイリン、さっきの話の続きだ。PCを持ってきてくれ』
 梅林はむつはに言われた通り、青雷号の中に置いておいたノートパソコンを持ってきて開いた。
「これか⋯」
 メールボックスを開くと、プログラムが入ったファイルが添付された新規メールが1件入っていた。
『ファイルは開かないでくれ。開くと全て自動で展開されるようになっているから、そのPCがお釈迦しゃかになる可能性がある』
「わかった。使うならこのままコピーして使えということだな?」
『ああ』
「それで、このプログラムは一体何なんだ?」
 むつはは待ってましたと言わんばかりのしたり顔で、意気揚々と答えた。
『それは、“霊力塔半無力化プログラム”だ』


第二章第二話へつづく。


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