幕間 のぎく vs. 誕プレラッシュ
「のぎくちゃん、誕生日おめでとう。はいコレ!」
「渡し方が雑!」
ふうかのツッコミをまるで意に介さず、しのはのぎくにプレゼントを渡した。
「しのさん、ありがとうございます」
のぎくは、しのから手渡された紙袋を軽く開いて中身を確認する。
中には菓子の詰め合わせによく使われる、平べったい直方体の箱が入っており、それはピンクと深緑の包装紙で包まれ、チラッと餅という文字が垣間見えた。
(箱の中身は恐らく桜餅⋯しのさんらしいですわね)
「それね、最近お気に入りのお店の桜餅なんだ。甘さがちょうど良くて、すっごくもちもちしてて、すっっっごく美味しいんだよ」
包装紙のカラーリングと書かれている文字からのぎくが予想した通り、しののプレゼントは桜餅だった。
「ふふふ⋯それはいただくのが楽しみですわ」
「あたしからは食べ物じゃないし、普段とあんま変わり映えしないかもしれないけど、霊子ドレスの出力アップと機能の改修をしておいたから、後で確認してみてね」
「そんなことありませんわ。ふうかさんの日々の弛まぬドレスの調整には頭が上がりません。ありがとうございます」
そう言ってのぎくは、ふうかに向けて丁寧にお辞儀をした。その気品ある立ち振る舞いは、のぎくの実直な性格も相まって、それがお世辞ではなく心からの感謝の意を込めたものであることを嫌味なく相手に伝えさせる。
「ふひひ、そう言ってくれると職人冥利に尽きるってもんだね」
2人と別れた後、のぎくは桜餅の入っている箱の裏を確認した。
(甘い物は私も大好きですが、やはり気になるものは気になるというものです)
女優たる者、体型維持のためのカロリーコントロールは切っても切れない関係にある。
糖分や塩分、脂質、コレステロールが多く含まれているものにはどうしても敏感にならざるを得ない。
『本商品は食品添加物・防腐剤等を一切使用しておりません。お早めにお召し上がりください。
消費期限 07.07 20:00』
(まあ、こればかりは致し方ありませんわね⋯)
栄養成分表示(1個あたり)
熱 量 230kcal
たんぱく質 4.5g
脂 質 0.4g
炭 水 化 物 55g
(ぐ⋯やはりカロリーは高めですわね⋯今晩は近畿の皆と夕食会もありますのに⋯どうしたものでしょうか⋯)
(ま、まあ個数が少なければなんとか⋯)
『内容量:12個』
「ぶッ!!!」
“あ、いたいた。おーい、のぎく君!”
しのから渡された桜餅をなんとか平らげ、新帝国劇場のベンチでひと息ついているのぎくの元に、大石がやってきた。
「あら司令。いかがされましたか?」
“昨日自室を整理してたらね、去年B.L.A.C.K.の司令に就任が決まった時に貰ってたものが出てきたから、のぎく君が良ければコレをあげようかと⋯”
そう言いかけてから、司令はのぎくの顔色が若干悪いことに気づいた。
”って大丈夫かい?のぎく君。なんか苦しそうだけど⋯”
「し、心配には及びませんわ司令」
(さすがに桜餅の食べ過ぎで辛いとは言えませんわ⋯)
食べ切れなければ、最悪捨ててしまってもしのは怒らなかったろうが、真面目な性格ののぎくは、しのの好意を裏切りたくない一心で桜餅を食べ切ったのだった。
”それなら良いんだけど⋯あまり無理はしないでね”
「司令のお気遣い、感謝致しますわ」
“じゃあ話を戻すけど、のぎく君が良ければコレをあげようかと思って持ってきたんだ”
「まあ!封筒の中身は⋯カードでしょうか」
“朝方にもう1回言っちゃったけど、改めて誕生日おめでとう、のぎく君!”
そう言って大石は、大帝國華撃団B.L.A.C.K.のロゴがあしらわれた黒色の封筒をのぎくに渡した。
「素敵な誕生日プレゼント。感謝致しますわ、司令」
そしてのぎくは、早速封筒の中身を確認した。
「こ、これは⋯!」
(去年予約開始1分で完売した、各10000枚限定豪華箔押し加工フレーム仕様N12サインブロマイドッ!)
のぎくは急いで中に何枚入っているかを確認する。
──スッ⋯
カードを指で軽くズラすと、中には12枚入っていることが確認できた。
「はうっ!」
(しかも12枚フルセットだなんて⋯)
「はぁ⋯はぁ⋯」
(な、なんてものを渡してくるんですの、司令⋯)
”の、のぎく君!?⋯息が上がってるし、それに手も震えてるけど大丈夫かい?”
「え、えぇ。だ、だだだだ大丈夫ですわ」
「ちなみにシ、シリアルナンバーは⋯」
シリアルナンバーが1200番までのものは、複製ではなく直筆のサインとなっており、ただでさえ希少価値の高いアイテムであるにも関わらず、1201番以降とは市場価値が雲泥の差となっているほどの代物。そして当然、ナンバーは若ければ若いほど良い。
のぎくが恐る恐るそれぞれのカードの裏面を確認すると、そこには『No.00000』と記載されていた。
「ピェッ⋯!」
今自分が手に持っているものの正体に戦慄を覚えると同時に、天にも昇るような昂揚感を感じ、のぎくはカードを握りしめたまま気絶してしまった。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯)
“のぎく君!しっかりしろ、のぎく君!”
最明クルミの場合
(しのさんと司令のプレゼント⋯別々の意味でかなり効きましたわ・・・)
「やっと見つけたわ。淡路のぎく!」
「は、はいっ!なんでしょうか!」
考え事をしている最中に、急に現れたクルミに自分の名を呼ばれ驚いたのぎくは、反射的に返事をした。
「今日誕生日のヤツがいるから祝ってやってくれって、咲良しのにしつこくお願いされたから、忙しいところを"仕方なく"来てあげたんだけれど⋯」
と前置きをし、嫌々来たアピールをするクルミだったが、その顔は満更でもない様子だった。
(しのさんグッジョブですわ!)
のぎくは内心、しののファインプレーに沸き立った。
その一方で、クルミにはひとつ気になる点があった。
「ところでアンタ、鼻血出てるわよ。大丈夫なわけ?」
そう言ってクルミはのぎくの鼻を指差す。
「えっ!?」
クルミの指摘通り、のぎくの鼻の両穴からは血が滴っていた。
桜餅の過剰摂取による一時的な血糖値の上昇、司令から貰ったブロマイドセット、そしてしののお願いとはいえ、N12が自分のために来てくれた事実が重なり、のぎくの血圧は本人の知らぬ間に限界に達していたのだ。
(なんてこと⋯クルミ様の前で醜態を晒してしまうなんて。私ったら⋯ギルティですわ)
のぎくは素早くちり紙を鼻に詰め、止血をする。
「は、はい!大変失礼致しました。もう、大丈夫です」
「はぁ⋯スゴい絵面になってるわよ、アンタ」
「まあいいわ。で、何が望みなわけ?言ってごらんなさい」
「きょ、恐縮ながら⋯⋯その⋯私と、あ、握手をしていただけると⋯」
「全くその通りね。トップスタァたるクルミが握手する機会なんて滅多にない事よ?女、光栄に思いなさい?」
相も変わらず、傲岸不遜な言い回しをするクルミだが、言い終わるや否や、すぐさまに柔らかな表情を作ると、優しくのぎくの手を取った。
(生クルミ様!生クルミ様が私の目の前にッ!!)
そしてのぎくの視線を両の目でしっかりと捉え、優しく語りかける。
「その代わり⋯これからはクルミのことだけを見ているのよ?いいわね?」
ギュ⋯と、のぎくの手を握る力は優しく繊細で、包む温度は温かく心地良い。
突如発生した普段の言動とのギャップ。そこに畳み掛けるような握手による二重の衝撃。
いついかなる時でも最高のパフォーマンスを発揮することを怠らないトップスタァ、最明クルミの気概。その一流のファンサービスを一身に受けたのぎくは⋯
「あ"ッッッッッッ!!!!!!!」
スポンッ!!ジュッ(何かが穴から抜けて何かが蒸発する音)
この後、のぎくの誕生日パーティーとして開かれた近畿花組の夕食会でののぎくの様子はどこか上の空といった感じで、べにしの意地悪も、みうめの罵倒も、くりんのツッコミも無力なほどだったという。