梅林編 第一章第三話

第一章第三話 情動

(ここは住宅地からも近い。近くにも降鬼化した者が相当数いるはずだ)
(リヴァイアサンとかしえ、それにうちかの霊力に釣られて、それらが寄ってくる可能性もある。ここに長く留まるほどに状況は悪化するだろう)
(⋯ベストな選択肢はもちろん一刻も早くこの場を離脱することだ)
(だが今リヴァイアサンから出たら、また霊力塔に当てられて運転などままならないだろう⋯)
「バイリン!」
 脳内思考に多くのリソースを使っていた梅林は、かしえのひと声で目の前の現実に引き戻された。
「降鬼が来るニャ⋯!」
 孤児院の玄関を破壊した降鬼たちが梅林たちの方へゆっくりと前進してくる。
「くっ⋯⋯!」
(動かせる人員が足りてない以上、やはりこの場をなんとかしのぎ切るしか方法はないか⋯)
 青雷号を運転できるのが梅林のみである以上、3人は実質この場から動けないも同然だった。
 このままこの場から避難という選択肢もなくはないが、その先で降鬼と出くわす可能性は捨てきれないし、残した青雷号が破壊もしくは接収されてしまった場合、5機の霊子ドレスを失ってしまう。
(結局は無策に等しい状態、というわけだ⋯)
(となれば⋯)
「作戦⋯と呼べるほどのものではないがこの後の方針を伝える!」
「目標は殲滅ではなく撤退だ。霊力塔の出力が下がり、俺が運転可能な状況になり次第、ここから離脱する!」
「故にそれまでは持久戦になる」
「むつは。お前は引き続き霊力塔の稼働状況の監視だ。何か変化があったら逐一ちくいち知らせろ」
『わかった』
「かしえと俺は降鬼を片っ端から祓って退路の確保し、その維持に努める」
「ただし、必殺攻撃を含め高出力の攻撃は使用しない」
「孤児院内で降鬼化せずにいる人間がいるかもしれない以上、可能な限り建物には被害が出ないようにしたい」
「了解ニャ!」
「最後にうちか。君は近くの林の中に身を隠していろ。降鬼が近づいてきたらとにかく逃げろ。林の中なら幾分いくぶんかは奴らをきやすいはずだ」
「わ、わかったであります!」
 うちかは周囲に広がる林に向かって走り出す。
「グオオォオォッ!」
「行かせないニャ!」
ドン!ドン!ドン!
 それを見てうちかに接近しようとする降鬼たち。
 だがそれに対し、かしえはすかさず足止めの砲撃を入れた。
 同時に梅林も、うちかが逃げた先に進めないよう、降鬼たちの進行方向を遮るように素早く回りこんだ。
 幸い、降鬼たちの属性はそれなりにバラけていた。
 梅林とかしえでお互いの弱点属性をカバーし合えば対処は困難な話ではない。
(ただそれはあくまで“現状”での話だ)
 梅林は降鬼たちを捌きながら今後の展開を考える。
(ただでさえ大きく数的不利を強いられている状況で、多方向からの増援はシンプルにマズい)
 故に敵を迅速に処理する必要がある。だが高出力の攻撃を使うことはできない。
 この矛盾を抱えながら、ただひたすらに、可能な限り迅速に降鬼を祓い続けるしかない。
 梅林は今まで、その頭脳をもって多くの局面を乗り越えてきた。
 驕りは少なからずあっただろうが、それでも常人より優れた才能と知識を持っているのは紛れもない事実。
 しかし今は、それらがほとんどと言っていいほどに機能しない状況──
 純粋な物量差に対応を余儀なくされている。
 だから梅林はこの状況がとても歯痒かった。
 そして尚も、降鬼の出現が止まる様子はない。
「バイリン。本当にコレ30体で済むの?!もう結構な数を倒してる気がするニャ」
「知らん!うちかが言っていたのはあくまで目安だ。今はとにかく目の前の敵に集中しろ!」
「わ、わかったニャ」
(初動で霊力塔に当てられた影響もあって、かしえに も既に疲労の色が見え始めている)
(クッ⋯いつまでこの状況は続く?いつまで持ち堪えられる?このままでは⋯)

 梅林とかしえが降鬼たちと戦い始めてから、うちかは梅林の指示通り、林の中に身を隠し続けていた。
(あれから結構時間ぎ経ちましたが⋯)
(バイリン殿とかしえ殿は大丈夫でありましょうか⋯)
(いやいや、それよりもまずは自分の心配であります。事態が落ち着くまではなんとかやり過ごすしか⋯⋯)
 思いかけて、うちかの中でかしえが言っていた言葉が頭をよぎった。

『もしかしてうちか、霊子ドレスを使えるんじゃないかニャ?』

(霊子ドレスって、かしえ殿が着ていた鎧みたいなアレのことっすよね?)
(本当に⋯本当に自分はこのままここに居るだけで良いでありますか?)
(自分ももし、かしえ殿のように戦えるなら⋯)
ガサガサッ!
 静寂を保っていた林の中が急に騒がしくなる。
「グギャアァアァーーーーー!!!」
 そしてどこから、いつの間に近づかれたのか。
 茂みの中から降鬼が姿を現した。
「ひ、ひえぇええぇぇえぇーーーーー!!!」
 うちかは叫びながら、無我夢中で走り出した。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い⋯!)
(痛いのは嫌だ!死にたくない!誰か助けて!)
 心の中で様々な思いが攪拌かくはんされて、恐怖で思考がぐちゃぐちゃになる。
 うちかには振り返って降鬼との距離を確認する余裕などなく、ただひたすらに林の中を、生い茂る草木を掻き分けながら走った。
 やがてその進行方向に光が差し、林の終わりまで来ると、林と道路を隔てる網状の金属フェンスが見えた。
 うちかはそれをがむしゃらによじ登り、頂点から一気に道路側へと飛び降りた。
 だが、道路側にも降鬼の姿が見受けられ、危機を脱したわけではないという現実がそこにはあった。
「どどどどど、どうしたらいいでありますか?!」
 何処か安全そうな場所はないかと辺りを見回すと、視界の端に青雷号の姿が目に入った。
 リヴァイアサンと霊子ドレスを出したきり、放置されていた青雷号の後方部は開いたままだった。
 うちかは全速力でそこへと飛び込み、素早くドアを閉めた。
「ふぅ⋯」
 絶対に安全とまでは言えないが、身体に溜まった疲労と緊張をほぐすだけの猶予ゆうよが生まれたことで、うちかの心臓の鼓動は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 それから数分経って、冷静になったうちかは、コンテナの内部を見渡した。
 外はまだ日中だが、コンテナ内は明かり取り用の小窓から差し込む光のみで、やや薄暗い。
 様々な工具類や備蓄されている物資が置かれており、壁際には5つの霊子ドレスが綺麗に並べられていた。

『もしかしてうちか、霊子ドレスを使えるんじゃないかニャ?』
 
 再びうちかの中でかしえの言葉が反響する。
 しかし今度は同時に、梅林の言葉も聞こえてくる。

『この戦いは文字通り命懸けだ』
『最悪の場合、死ぬことになる』

 現実とフィクションは別物であると頭では理解していても、自らがその場に立たなければ感じることのできない感覚というものがある。
 何事においても、当事者から距離を置いて生活をしている限り、想像することはできても、第三者が真に同じ感覚を共有することはできない。
 しかしうちかは先ほどの逃走劇の中で、命を取りに来る者と対峙する恐怖が如何程いかほどのものなのか。その片鱗へんりんを身をもって実感したのだ。
(思い出すと、また身体が震えそうであります⋯)
(でもそれはきっと皆同じで⋯)
 自分は梅林とかしえに指示をもらったから、やるべき事が明確だった。
 彼らが降鬼と戦うための知識と力を持っている存在ということも手伝って、自然とその言葉を受け入れることができた。
 たったひとつ。シンプルな指示だとしても、それがあるのとないのとでは安心感に大きな差が出る。
 自分の判断に自信がなかったり、事象に対しての知識が不足している者ならば尚の事。
 孤児院の同世代とはあまり馴染めなかったうちかだが、顔も名前も知っている人物が危険に晒されているのはやはり気がかりだった。
 また、同世代に馴染めない一方で自分に良くしてくれていた職員も何人か居たため、尚更気が気でなかった。
 うちかは生まれてこの方、物事の中心に立ったことがない。自分がそういうの・・・・・に向いている性格ではないと思っていたからだ。
 興味があるものに積極的になることはあっても、それ以外では特別前へ出ることもなく、波風が立たぬよう、表向きには平凡な日々を送るようにしていた。
(それに、ズブの素人の自分が行ったところで、何かできることがあるのでありましょうか⋯⋯)
 だから自分なんて⋯という気持ちが、うちかの心と身体にストップをかけようとする。
 うちかには当然、降鬼との戦闘経験などない。
 霊力の使い方を習ったこともない。
 でも、自分の中で少しずつ、でも確かに湧き上がってくる気持ちと、胸の高鳴りには嘘をつきたくなかった。
「違うっ!!!」
 だから気づいた時には、大きな声で否定していた。
 外にいる降鬼に感づかれてしまうとか、そんな思考はもううちかの中にはなかった。
 今まで日陰者として生きてきた。
 だがそれでもただ1つ、うちかが生き方の指針にしてきたものがある。
 ──“情動じょうどう
 自分の内にある大きな感情に逆らわないこと。
 何故ならその感情の“熱”こそが、本当に望むものや為すべきことを教えてくれるのだから。
 それすらも押し殺してしまうなら、そんな空虚な人生は、生きていてもなんの意味もないのだと。
 立山うちかが立山うちかであり続けられる理由。
 それを裏切ることはすなわち、自分が自分でなくなってしまうこと。
 それだけはあってはならないこと。
「“できる”か“できない”かじゃないであります!」
 うちかは自分の中に芽生えた決意がくすぶりで終わらぬよう、思いを言語化して現実に吐き出す。
「“やる”か!⋯“やらない”かであります!」
(だから自分は⋯⋯!)
 うちかは霊子ドレスに目を向けた。
 恐怖が完全になくなったわけではない。意識してしまえばきっと、また身体は震えてしまうだろう。
 それでももう、うちかの中に“逃げる”という選択肢は存在していなかった。

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「うっ!⋯ぅぐっ!⋯くふっ!⋯⋯くぅ〜」
 梅林がカバーし切れなかった方角からの接近を許してしまったかしえは、降鬼の振り回す大槌の猛攻を受けていた。
「調子に⋯⋯乗らないで欲しいニャ⋯!」
ドドドドドドドッ!!!
「グガアァアアァ⋯⋯」
 ゼロ距離からの連射による反撃を受け、降鬼はその場に崩れ落ちた。
 かしえの霊子ドレス“光華三式[砲光ほうこう]”は重量級かつシュータータイプのドレスである。
 中・遠距離を間合いを得意とする一方、小回りが効きにくく、近接戦に持ち込まれた時の立ち回りに関しては滅法弱い。
 故にその際はノーガードでの火力の押し付け合いになり、目の前の1体を倒せたとしても、消耗しょうもうは凄まじいものになってしまう。
「大丈夫か?!かしえ」
「はあ、はあ、はあ⋯な、なんとか生きてるニャ⋯⋯」
「うぅ、でも⋯もう結構キツいニャ⋯⋯」
 戦闘が始まってから、間もなく1時間が経過しようとしていた。
 少し前から降鬼の増援は止まっていたものの、ひと時たりとも気の休まらない時間が続いていたことで、2人は肉体的にも精神的にも限界が近かった。
『無事か?バイリン、かしえ』
 これ以上は持ち堪えられそうにないと思ったその時、むつはからの通信が入った。
「どちらかといえば無事ではないが」
「なんとか生きてるニャ⋯」
『ふふ⋯それだけ喋れれば大丈夫そうだな』
『たった今霊力塔の稼働出力が下がった。過剰運転の反動か、平時の70%ほどまで落ちているようだ。引くなら今だぞ!』
 むつはの連絡を聞いて、表情にこそ出さなかったものの、梅林は内心ホッと胸を撫で下ろした。
「聞いたなかしえ。周りの奴を片付けてうちかを拾ったら離脱するぞ」
「た、助かったニャー」
『離脱ルートはこちらからカーナビに入力しておこう』
『ワタシは霊力塔と県境付近の監視を継続する。何かあったらまた連絡する』
「頼む!」
 むつはから通信が切れる。
(活路は開けた。ならばもう、エネルギーを温存する理由はない!)
「一気に道を開けさせてもらう!」
 梅林はリヴァイアサンの爪に大量の霊力を流し、高速回転しながら降鬼たちへ猛攻を仕掛ける。
 ズババババババッと連続で体を切り刻まれ、降鬼たちは次々と地面に倒れ伏していく。
 かしえも最後の力を振り絞り、なんとか周囲の降鬼を討ち祓う。
「よし!」
(後はうちかを呼ぶだけだな⋯)
 梅林が敷地内の林の方へ機体を向けようとした、その時だった。
ズシンッ⋯ズシンッ⋯
 と、遠くから地響きのような足音が響いてくる。
「なんだ、アイツは⋯」
 孤児院の正門の方。つまりは市街地の方から来たと思われるその降鬼は、他の降鬼とは明らかに違っていた。
(兄貴が降鬼化した時のものとはまた違う。なんだこの違和感は⋯)
 見た目はかつて兄・松林が降鬼化した際と酷似しており、所持している獲物も同じく大剣。
 属性が水という違いくらいなのだが、本能が訴えかけるのか、梅林は謎の違和感を感じ取っていた。
(だがリヴァイアサンの稼働限界も近づいている。相手がなんであろうと、一気に畳む他あるまい!)
 梅林はリヴァイアサンの出力を最大に上げて一気に接近し、爪による斬撃をお見舞いした。
 リヴァイアサンの攻撃は、間違いなく大型降鬼の胴体を袈裟けさ斬りをするように切り裂いた、はずだった。
 だが大型降鬼は軽くのけぞったのみで、その攻撃をものともしていない様子だった。
「何だと!?」
「ど、どういう事ニャ!?まともに喰らったはずなのに、全然効いてないみたいニャ」
「グオオォオオオォッ!」
 大型降鬼は唸りを上げて、右手に握りしめた大剣を振り下ろした。
「甘い!」
 梅林はその攻撃を難なく回避し、返し手で再び霊力を帯びた爪の一撃を大型降鬼に喰らわせた。
 だがやはり、大型降鬼には大して効果がないように見受けられた。
「何故だっ!?何故ダメージが通らない?」
 梅林はひとまず状況を整理するべく、大型降鬼から距離を取った。
 そして、攻撃を喰らわせた胴体部分をリヴァイアサンのカメラを通して注視する。
(爪痕は確かに付いている。攻撃が当たっていなかったわけではない⋯)
 深くえぐれてこそいないが、降鬼の岩のような胴体には細く直線的な溝が走っていた。それは紛れもなくリヴァイアサンの爪がヒットしていた証拠である。
「バイリン、気のせいかもしれないけど⋯」
「なんだ?」
「あの降鬼の炎⋯なんだか大きくなってない?」
(まさか⋯)
 梅林は大型降鬼から立ち昇る炎に目を向ける。
 その炎は最初に見た時よりも明らかに大きく、轟々と燃え盛っていた。
「持っているというのか、“属性吸収能力”を⋯」
 限界が近い今の状況。最悪のタイプの敵と相対してしまったことに、梅林は戦慄を隠せなかった。
「う、嘘でしょ!?そんな降鬼、聞いたことないニャ」
「俺だってそうだ。だがそう言わざるを得ない⋯!」
「⋯かしえ。アイツに向けて一発打ってみてくれ」
「わ、わかったニャ」
ドンッ!
 火の霊力の砲弾が大型降鬼に向かって飛んでいく。
ガキンッ⋯
 大型降鬼はそれを手にした大剣の腹を前に出し、刀身に手を添えて盾を構えるような体勢で防御に成功した。
「まあこんな砲撃じゃ、流石に防がれちゃうよね」
「そうだな」
「だが不幸中の幸いと言うべきか。奴が吸収できる属性は限定されているらしい」
「え!?」
「属性相性的に、奴に安定してダメージが通るのは俺のリヴァイアサンの水属性だ。それをノーガードで受けたにも関わらず、有効打になり得ていなかった」
「それに対してダメージの通りにくい火属性の攻撃は律儀にガードした。つまり少なくとも奴は、水属性は吸収できても火属性は吸収できないということだ」
「なるほど。確かにそうだニャ」
(胴体に爪痕が残っている点から見て、純粋な物理攻撃も多少通るのだろうが、流石にジリ貧だろうな⋯)
(リヴァイアサンの攻撃が効かない以上、一番の問題はかしえが持つかどうかだ。果たして今の彼女に、こいつを倒せるだけの霊力が残っているか⋯)
 本来ならば相手にせず即時撤退をしたいところだが、孤児院の正門、青雷号の周辺に陣取っている以上は倒さなければならない。
「かしえ、いける・・・か?」
 半ば無茶だという事は承知の上で梅林は問いかける。
いくしかない・・・・・・⋯の間違いでしょ?バイリン」
 梅林の発言の意図を理解し、かしえも腹を括る。
「可能な限り俺が盾になる。お前は残った霊力をありったけ奴にぶち込め!」
「わかったニャ⋯!」
 梅林はリヴァイアサンでの攻撃は最小限にし、かしえまで距離を詰められないよう防御に専念する。
 そしてかしえは距離を取りつつ、リヴァイアサンが射線に入らない位置から砲撃を打ち込んでいく。
(一撃一撃のダメージは大きくないが、確実にダメージは入っている)
(リヴァイアサンのエネルギーももうすぐ10%を切る。かしえもそうだが、こっちも相当ギリだな)
 かしえからの攻撃に業を煮やした大型降鬼は、梅林の脇を抜けるべく全速力で走り出した。
「行かせない!」
 それに対し梅林は、機体をぶつけてのブロックだけでは足りないと踏み、リヴァイアサンの周囲にシールドを展開しながら大型降鬼の前進を止めに入る。
「グオォオオォオオオォッ!!!」
 梅林の張ったシールドを見て、大型降鬼は無理な前進を止めると、今度はシールドの霊力を吸い始めた。
「ちっ!シールドすらも吸ってくるとは⋯」
 吸収能力の発動に対応し、梅林は即座にシールドをオフにする。
「ガオォッ!」「ギャオォ!」「グオォ⋯」
 突如、かしえの左後方で唸り声がした。
「ちょっ?嘘⋯こんな時に」
「ちぃっ!まだ残っていたのか!」
 完全に意識の外だった。振り向くとそこには3体の土竜もぐら型降鬼の姿があった。
(だが今はこいつの攻撃を防御するので手一杯だ。かしえのカバーには回れない!)
ズボッ!ズボッ!ズボッ!ボボボボボボボボボボボッ!
 土竜型は地中に潜り、かしえに向かってくる。
 線上に盛り上がっていく地面の様子から、その速度が凄まじいものだとハッキリと見て取れる。
 そしてそれは同時に、かしえにとって死へのカウントダウンと同義だった。
(今のドレスの状態じゃ回避は間に合わない!)
 降鬼によって損傷したドレスの状態をかんがみ、かしえは回避を諦め迎撃をする方針に切り替える。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
(動きが不規則な上に、速過ぎて当たらない!)
 しかし、規則性のない高速移動に照準を定めるのは難しく、蓄積された疲労も相まって、かしえの放った弾はことごとく当たらなかった。
 そして遂にかしえの足元近くまでたどり着いた3体の土竜型が、地中から勢いよく飛び出してきた。
(ダ、ダメ⋯やられるニャ⋯⋯)
パシュッ!パシュッ!パシュッ!⋯⋯
「グギャッ!」「グェッ!」「グワッ!」
 どこかから飛んで来た霊力の矢に射抜かれ、かしえに飛びかかった3体の土竜型は瞬時に祓われた。

「おぉ⋯それっぽく打ってみましたが、結構当たるものでありますね」
 孤児院の敷地を取り囲むようそびえ立つ外壁。
 その上にくだんの主はいた。
「「うちかっ!?」」
 うちかは霊子ドレスに身を包んでいた。
 その上、手に携えた弓からは赤い霊力がくすぶっている。
 それは、先ほどの土竜型降鬼を祓った人物が彼女だということを示していた。
「どうして⋯それにその姿は⋯」
「もう少し早く来たかったのですが、なにぶん説明書を読むのに時間がかかってしまいました。ははは⋯」
「まあとりあえず、その話は後であります」
 うちかは外壁の上から飛び降りると、大型降鬼に向かって挨拶代わりと言わんばかりに、矢の一撃をお見舞いした。
ズガンッ!ズザザザザ⋯!
 うちかの一撃に、大型降鬼の体が大きくのけぞる。
 その隙に梅林は大型降鬼から離れ、距離を取った。
「今はこいつを倒すのが先、であります!」
(うちかの属性は見たところ火だ。それで水属性を相手にこれだけの威力が出せるというのか⋯)
(これならば充分に勝機はある!)
「かしえもリヴァイアサンも既に限界が近い。だからもう、君だけが頼りだ」
「頼めるか?うちか」
「っ!?」
 他人から頼りされることにあまり慣れていないうちかは、その言葉に一瞬驚いてしまった。
「⋯もちろんでありますっ!」
 だがその期待に応えるべく、うちかは力強く答えた。
「かしえ。まだ行けそうか?」
「残念だけど、ドレスの損傷が激しくて、多分もう満足に動けないニャ⋯」
「わかった。ならば無理はするな。可能な範囲でいい。先ほどみたいなことになりそうな時は避難を優先しろ」
「わかったニャ」
 戦闘の基本方針は変わらず、梅林は他の2人に大型降鬼を近寄らせないための壁役に徹し、うちかは攻撃に専念する。
 かしえのドレスは度重なる降鬼の攻撃によって駆動系統が損傷してしまったため、ほぼ固定砲台としてバックアップに入る。
 うちかの矢はかしえの砲弾に比べ連射性が低い分、細く鋭い。こと防御の隙を突くという点では圧倒的な利点であり、敵が大型であればあるほど効力を発揮する。
 梅林の妨害とかしえの牽制射撃を隠れ蓑に、うちかは一発一発を確実に打ち込んでいく。
 うちかの参入から数分後。状況は梅林たちへと傾きつつあったが、かしえには1つだけ不安材料があった。
「バイリン!ちょっといいニャ!?」
 かしえの表情から察した梅林は、リヴァイアサンをかしえの側まで後退させた。
「このままじゃうちか、すぐに力尽きてしまうニャ」
 うちかに聞こえないよう、かしえは小声で梅林に話しかけた。
「だろうな。威力は充分だが、その分大気中に発散して浪費している量も多い」
「だがこれは彼女にとって初めての戦闘。いきなり霊力のコントロールを求めるのは酷な話だ」
「でも⋯⋯」
「分かっている。だからこの戦いを長引かせるつもりはない。次の一手で決着をつける!」
 シュータータイプかつ二式の霊子ドレスは、機動性に特化している分、一式よりもさらに装甲が薄い。
 その上うちかは、普段から運動をしているわけでもないため、体力も持久力もそう多くはない。
(その上自分にはお2人のような戦闘経験も知識もないですし⋯かといって適当に数を打っても決定打は与えられそうにないでありますな⋯)
「はあ⋯はあ⋯どうすれば⋯」
「うちか!」
 疲労が見え始めたうちかに対し、梅林が声をかける。
「リヴァイアサンのエネルギーも残り僅か。故にチャンスは一度きりだが、今から俺が隙を作る」
「バイリン殿⋯!」
(今この場でうちかに霊力コントロールの習得を要求するのは現実的じゃない)
(それよりも、最大出力を出すことだけを考えてもらった方が結果的に狙った威力を出しやすいはずだ)
 梅林は現実主義者リアリストである。
 状況を整理・確認し、今使えるものを可能な限り効率的に運用する形で思考を組み立てる。
 土壇場になったからといって、都合の良い進化や成長を期待し、それに賭けるような事はしない。
「俺が合図をしたら、奴に“全力の”一撃を叩き込め!」
 うちかは梅林の提案に対し、無言で頷く。
 それを確認した梅林は、大型降鬼へ向かってリヴァイアサンを全速前進させる。
「さあ、これがお前の最後の晩餐だ。存分に味わえ!」
 梅林はリヴァイアサンに残った霊力のほぼ全てを両方の爪に集中させ、交差するように勢いよく振り下ろす。
 纏っていた霊力が爪から離れ、格子状の衝撃波となって大型降鬼へと飛んでいく。
 無論、大型降鬼はそれを防御することなく、吸収体勢で構える。
 ギュギュギュギュギュギュと音を立てながら衝撃波は降鬼の体に吸い込まれていく。だがその霊力の密度の高さから、吸収には時間を要している。
「これだけ戦って、気付かれてないとでも思ったか?」
「お前⋯吸収している間は動けない・・・・・・・・・・・・んだろう?」
「俺が霊力を展開しながらシールドを張りながら接触しても、かしえやうちかからの攻撃が同時に入った時は吸収能力を発動していなかった。つまり吸収は常時ではなく任意」
(ぜ、全然気付かなかったニャアーーーーー!!!)
 内心ショックを受けて固まっているかしえを他所よそに、梅林は叫んだ。
「今だうちか、やれ!」
「了解であります!」
 梅林の合図を受け取ったうちかは、孤児院の正門横の外壁の上に飛び乗り、そこから中空へと跳躍した。
(バイリン殿が作ってくれた絶好のチャンス⋯無駄にはできないであります!)
 降鬼の頭上近くまで来たところで弓を構え、残った霊力の全てを一本の矢に集約させる。
 その切先きっさきは、個体として存在してるかと見紛みまごうほどの大きなハート型の矢じりを形作っていく。
 矢じりは高温で熱せられた鉄のように赤みを帯び、やがて白い輝きを放ち出す。
「うあああぁああぁぁあぁーーーーーーー!!!!!」
 音も無く高速で放たれた矢は、一瞬、大型降鬼の頭部を貫いたかのように見えたが、降鬼は命中する寸前のところで大剣での防御を間に合わせていた。
ガガガガガガガガガガガガガガ⋯⋯⋯!
 矢と大剣が摩擦し、拮抗する音が響き続ける。
 間もなく着地したうちかは、そのまま力なく地面に膝をついた。
「はあ⋯はあ⋯はあ⋯はあ⋯はあ⋯はあ⋯⋯」
 うちかの呼吸は荒く、玉のような汗が額から頰を伝って何滴も零れ落ち、気を抜けばそのまま地面に突っ伏してしまいそうなほどの疲労感。
 霊力の使い方に関して、当然の事ながらうちかは素人である。ペース配分はもちろん、生命や体調の維持に影響が出ないラインはどこまでなのか。そういった経験で身につく部分はうちかの中にはまだない。
 故に、彼女が放った一矢はまさに全身全霊。霊力はおろか、立ち上がる体力すらも残っていないだろう。
 だから当然、二の矢などは存在しない。

(自分はいんものでありますから、ずっと見守る側で良いと思っていました)
(誰かの物語に想いを馳せて、妄想の世界に浸っているだけで幸せだと、そう思っていたのであります)
(それから少しずつ、自分の中にあるものを漫画にして描き始めて、それを見て同じ気持ちを共有して喜んでくれる人が増えて、それはそれで嬉しかったけれど⋯)
(でもきっと本当は、それと同時に心のどこかでずっと求め続けていたのであります)

(本当は自分も、物語の当事者になりたいんだって)

(だから今こそ⋯今が“その時”なんだ!)

「いっけぇええぇえぇえぇーーーーーーー!!!!!」
 うちかの叫びに呼応するかのように、徐々に、ピシピシと小さな音を立てて大剣に亀裂が入り始める。
 降鬼が大剣の腹を前にし、面で受けているのに対し、一点突破を狙う矢の圧力が勝り始めたのだ。
 そして間もなく、その時は訪れた。
バキッ!バシュンッ!⋯
 刀身を砕いた後は一瞬だった。
ズガッ!ズガガガッ!!ズガガガガガッ!!!
ドシンッ!⋯⋯
 降鬼は頭部から股下までを一直線に貫かれ、そのまま地面に倒れ伏した。
「やった⋯⋯やったであります⋯」
「よ、良かったぁ〜」
 降鬼が無事人へと戻ったのを見届け、安堵したうちかは、仰向けに大の字でゴロンとその場に寝転がった。
だだだだだだっ!!!」
 そしてホッとしたのもつかの間。
 突如、うちかの身体を激痛が襲った。
「うぉ、おおぉ⋯か、身体中がバキバキであります⋯」
「霊子ドレスの補正があったとはいえ、普段運動をしていないであろう身体であれだけの動きをしたんだ。全身が筋肉痛になるのは当然だろう」
「ニャハハ!うちか、もっと運動しないとダメニャ〜」
 リヴァイアサンから降りてきた梅林、霊子ドレスを脱いだかしえがうちかの元へとやってくる。
「うへぇ⋯⋯」
「それよりも、どうしてここに戻ってきた?戦場に命の保証なんてないんだぞ?怖くなかったのか?」
「あはは⋯それはもちろん、怖かったでありますよ」
「ならば何故⋯」
「理由なんて大したものじゃなかったのであります。他の人が聞いたら、きっと鼻で笑っちゃうようなレベルのものでありますよ⋯」
「でも、自分にとってはそれが何よりも大切だった・・・・・・・・・・・・のであります」
「それすら諦めてしまったら⋯きっと自分は、自分で居られなくなってしまうと思ったから。だから⋯」
「そうか⋯ああ、そうだな。その通りだ」
 うちかの答えに、梅林は昔の自分の面影おもかげを感じた。
(俺は、自分よりも優秀だった兄貴を越えたくて、いつも必死でもがいていた)
(『あなたも充分優秀だ』『あなたにはあなたの良さがある』などと他人にいくら諭されようと、俺の中では決して納得することはなかった)
(あらゆる知識や技術。その他、自分のキャパシティの中でできる限りの事は何でもやった。何か1つだけでも、兄貴に勝っているという確かな証明が欲しかった)
(他人から見たらそれは、出来もしない事に対してつまらない意地を張っているだけに見えたかもしれない)
(けれどその思いこそが、あの時の自分を動かす原動力で、その先にある何かこそが、自分の存在証明に繋がると信じていたんだ)
(そうして総督になって、俺は兄貴とは違う道で政府を打倒する道を選んだ)
(いつの間にかそれは目的から手段になってしまって、結果として俺は大きな過ちを犯してしまったが、そこにかける“熱”があったことだけは確かだった)
 梅林は、寝転がっているうちかへと目を向ける。
(この子は、その“熱”を正しく使うことのできる子だ)
「バイリン殿」
 不意に、うちかは梅林に声をかけた。
「なんだ?」
「バイリン殿たちの事、もっと・・・教えてくれませんか?」
「良いのか?知ったらいよいよ後戻りはできなくなるぞ?」
 うちかのその発言が意味するのはつまり、梅林たちと共に戦う意思表示に他ならなかった。
 梅林もそれを理解し、再度警告の言葉を口にする。
「それでも⋯」
「それでも!であります」
 梅林の心配を他所に、うちかは一切の迷いもなくハッキリと言い切った。
 その様子を見ていたかしえは、無言で梅林の左肩に軽くポンと手を乗せた。
「⋯ああ、わかった」
 うちかの言葉とかしえの表情を見て、梅林はこれ以上の心配は野暮なのだと悟り、喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、うちかの申し出をこころよく承諾した。

入団者 立山たてやまうちか
所属 北陸花組
霊子ドレス 光華二式[恋光れんこう]Type-C8B7
ドレスタイプ シューター(遠距離・攻撃型)
属性 火

現戦力(梅林含む) 計3名

 孤児院から少し離れた場所にある小高い山の中腹。
 森が開けた先にある崖側に一人、双眼鏡を片手に梅林たちを眺める女性がいた。
「ここらの降鬼の集まりがやけに悪いと思ってたら⋯」
「時田梅林。まさかこんなところに居たとはね」
「今回は降鬼の回収が目的だから、それ以外吉良に報告する義務はないし、今は見逃してあげよう」
「ケホッ⋯ケホッ⋯果たして君はこの先、吉良を止める抑止力となり得る存在になってくれるのかな?」
「もしそうなれば、その時は私のことも⋯」
 その先を言いかけたところで、フルフェイスマスクと迷彩服に身を包んだ男が彼女に声を掛けた。
「シヅキ様」
 シヅキ。フルネームは鵲裳からすきシヅキ。
 全国にその名を轟かせる大帝國華撃団B.L.A.C.K.が誇る最上の12人。N12ノーブルトゥエルブに名を連ねる内の1人である。
「全部隊、降鬼の捕縛及び回収が完了しました」
「⋯ああ、わかった。じゃあ行こうか」
「了解しました」
 シヅキの指示を受け、男は小走りで山を下っていく。
 シヅキはその男の背中が小さくなるのを見届けてから、ゆっくりと下山を始めた。
「ふふ、期待しているよ。時田梅林と新たな華撃団」
 そう言ってシヅキは不敵な笑みを浮かべた。だがその表情は、どこか悲壮感にも似た寂しさを纏っていた。

第二章第一話へつづく。

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