幕間 EX STAGE むつはバースデー
太正101年7月14日。
今日はワタシの誕生日だ。
偉大なる天才であるこのむつは様がこの世に降臨したことを祝う、1年の中で最も尊き日だ。
お気に入りのカップ焼きそばに、ジュースとお菓子とゲームとを準備して、今日という一日を思いっきり満喫してやるのだ。
やりたい⋯やりたいのだが⋯⋯やはり外出は苦手だ。
毎度玄関のカギを開けるところまでは順調に行くのだが、いざ扉の前に立つと気が重くなって、結局は部屋の中で右往左往ばかりして出られないまま終わることも往々にしてある。
広い空間というのは、昔からどうも苦手だ。
どこに居ても自分の居場所がないような感覚になる。
常に心がソワソワして休まるタイミングがない。
だから長時間外出していると、ワタシはそれだけで気分が悪くなってしまう。
帝国華撃団として戦っていた時は周りに皆が居たし、そもそも生き死にが懸かっている時にそんな事を考える余裕などなかったから気にならなかったが、こうしてまた1人の生活に戻ると、その傾向はあまり改善していなかったのだと、嫌でも自覚させられてしまう。
外に出るのは憂鬱だ。だが、買い物に行かねば今日の祭りを始めることができん。
「はぁ⋯さて、どうしたものか⋯」
そう悩んで部屋の中でため息をついているところに、突如、ワタシの背後から聞き覚えのある声がした。
「むつは、いる?」
振り返るとそこにいたのは⋯
「なんだつつじ、キミか⋯」
つつじは大好物の焼きまんじゅうを頬張りながらワタシの部屋に入ってきた⋯何?入ってきただと!?
「ん?おいキミ!何故ワタシの家に入れた!?」
「鍵、開いてたよ」
「な、なんだと!?」
⋯⋯ああ、そうか。そうだ思い出した。
「買い物に行こうとしてカギを開けたきり、そのままだったか⋯かけ直すのをすっかり忘れていたな」
「⋯っ!というかまずは呼び鈴を鳴らしたm⋯」
「ほほぅ⋯ここがむつは氏の部屋でありますか!」
「THE・パソコンオタクみたいな部屋を想像してたけど、案外かわいい部屋じゃない」
「むっちゃん、お邪魔しまぁ〜す」
「お邪魔ついでにお米の差し入れ持ってきたっすよ〜」
つつじの後に続いて、他の北方連合花組もワタシの部屋に入ってくる。
「コラ!ワタシの部屋にズカズカと入ってくるなぁ!」
と、言ったところで素直に出て行く連中ではないか。
言い終わると同時にそう結論を出したワタシは、次に繰り出す言葉の内容を追求から質問に切り替えた。
「それよりもキミたち。揃いも揃ってワタシの家まで来て、なんの用だね?」
そうワタシに言われた5人は一瞬顔を見合わせた。
「なんの用と言われましても⋯」
「それはねぇ〜」
「むつはの誕生日⋯」
「だからに決まってるでしょ?」
「そっすそっす!」
と、さも当然かのように言った。
「⋯え?」
他人との関わりを避け、自室に篭りがちだったワタシにとって、誕生日はせいぜい好きなことを好きなだけやれる日に過ぎず、まともに祝ってくれるのはせいぜい家族ぐらいなものだった。
他の人は当たり前にやっていることなのかもしれないが、少なくともワタシにとっては今が初めてだった。
だから思わず、言葉に詰まってしまった。
「そ、そうか。そのためにわざわざ来てくれたのだな」
「あ、ありがとう⋯」
こういう時は人の目を見て話すべきなのだろうが、なんだか少し照れくさくなって、皆から目線を逸らしながら答えてしまった。
でも、その照れくささも胸の奥がじんわりと温かくなるような感じがして、どこか心地良かった。
「ちなみにこの後、バイリン殿とも合流予定なのでありますよ!」
「バイリンも来るのか!?」
「今、晩ご飯のお店を探して予約を取ってくれてるところっすよ」
「そもそも、今回の言い出しっぺはバイリンよ」
『むつはのことだ。大方、自室に篭ってジャンクフードとゲーム三昧の一日にするつもりだろう』
『だがそれではあまりにも勿体ない。折角の誕生日だ。やるなら盛大にやらねばな。引っ張り出して来い!』
「ってね。ほんっと人使い荒いんだから、アイツ」
そう言いつつも、しろは満更でもない様子だった。それはきっと⋯いや、間違いなくワタシも今そんな顔をしているのだろう。
「てことで、出かける用意ができてるなら行くわよ」
正直な話、嬉しさでちょっと泣きそうになっていたのだが、それを表に出すのはワタシらしくない。
だからワタシは、精一杯の強がりで応える。
「やれやれ⋯今日は特濃Wソース焼きそば超特盛りを食べながらミンキャス三昧するつもりだったのだが⋯」
「仕方がない。キミたちがそこまで言うのなら⋯行ってやらないこともないぞ!」
「はいはい。そういうことにしといてあげるね」
「んふふ。むっちゃん嬉しそうだね〜」
「むつはの音⋯いつもより高くて速い」
「だあぁ〜!そこの2人!ワタシの心を読むな!折角格好をつけたというのに⋯口に出されては台無しではないか!!」
あおとつつじには、それぞれがそれぞれの方法で他人の心の動きを読む能力がある。
「ぐうぅ〜、は、恥ずかしい⋯」
だがそれをこういう場で使われてはたまらない。
うぅ⋯まるでワタシが馬鹿みたいではないか!
「何事も素直が一番っすよ、むつは」
「ではではレッツゴー!であります!ババッ!」
そして、ワタシはみんなと一緒に玄関へ歩き出した。
「むつは。今日は誕生日なんだから、予算とか考えなくて良いわよ。何でも頼みなさい!」
ボソッ(まあ、全部バイリンの奢りだからね⋯)
「言ったな?ならばワタシは一切遠慮しないぞ」
「お腹空いてきた⋯みんな、もっと早く」
「アンタさっき焼きまんじゅう食ってたでしょうが!」
「ばいちゃんに会うのも楽しみだね〜」
「ご飯ものが美味しいお店を予約してくれてたら嬉しいっすね〜」
目の前で繰り広げられる他愛もない会話。
その言葉のひとつひとつから、ワタシは懐かしさと安心感を覚えた。
たった1年前までそれが日常だったというのにだ。
「全く⋯相変わらず賑やかだな、キミたちは⋯ふふ」
先程まで、あれほど外に出ることを思い悩んでいたというのに、今はすっかりなくなっている。
そうかワタシは⋯
皆との再会を、これほどまでに切望していたのか。
帝国華撃団はその旅の中で多くの人々を救った。でもそれはミライを奪われていた人たちだけの話じゃない。
間違いなく、ワタシ自身も救われていたんだ。
皆と出会って、
色々な経験して、
学んで、
そして、そこから感じたこと⋯
その積み重ねが今のワタシを形作っているのだ。
だから帝国華撃団の起こした革命は、ワタシの人生にとっても正しく“革命”だったんだ。
「つつじ。お腹を空かせてるところ悪いが、最初はゲームセンターに寄らせて貰うぞ。最近出たプライズで欲しいものがあるんだ」
「そ、そんな⋯!」
「くくく⋯今日の主役はワタシだ。諦めたまえ」
玄関を出る足どりがこんなに軽いのは初めてだ。
見慣れたはずの街並みも、きっと今日は新鮮に見えるに違いない。人ごみの中に在っても、今のワタシは自分の居場所を見失ったりなどしない。
どこに居ても、皆と居る“帝国華撃団”がワタシの居場所なのだから。