幕間 Pure White
「あ、次あそこね!」
「おい、まだ買うのか?今日は随分とらしくないじゃないか」
「心外ねー。あたしだってこういう日くらいは羽振り良く買い物するわよ!それにぃ〜今日はちょうど良い荷物持ち係もいるし、ね?」
あたしは右目で⋯軽くウインクを飛ばして、両手に紙袋をたくさん抱えた(まあ正確にはあたしが抱えさせたんだけど)梅林の反応を待たずに店内へと入っていった。
「いや⋯ね?じゃないが」
今あたしは、梅林に付き合ってもらって帝都で買い物巡りをしている。
普段は徹底的に節約してるあたしだけど、誕生日くらいは買いたいものを気兼ねなく買いたいってものよ。
2年前まではそれも満足にできなかったけど、帝都に上京して少しずつ女優業も様になってきて、収入も増えて今は結構余裕が持てるようになった。地元の兄弟に仕送りもできてるし、今の生活には割と満足してる。
「う〜ん。どっちにしようかなー」
と言いつつ、色や見た目などの微妙な違いで価格が数万円変わるとなると、すぐに天秤にかけてしまう貧乏症は相変わらず治ってなかったりする。
「ねえバイリン、どっちが良いと思う?」
遅れて入ってくる梅林の姿が見えたあたしは、商品棚に飾られた、隣り合わせに並んでいる黒と白のハンドバッグを指差した。
「好きな方を買えば良いじゃないか」
「だーかーらー!それが1人で決められないからバイリンに聞いてるんじゃない」
「ふむ⋯」
梅林は少し考えて、でもすぐに口を開いた。
「では白だな」
「理由は?」
「そっちの方がお前に似合うと思った。それだけでは駄目か?」
「⋯⋯ふ⋯ふーん、そう」
ベタベタな理由だけど、こうもサラッ言われると少し照れ臭いわね。
これが無自覚なんだから、困ったものだわ。
「じゃあ、コレにしようかな」
まあでも、梅林は良い踏ん切りをつけてくれたなとは思う。
値段はこっちの方が張るけど、デザイン的にはこっちの方が良いなと思ってたし。
「すいませーん!」
あたしは早速店員を呼び、白のバッグを購入する旨を伝えた。
程なくして、店員は店の奥から展示用していた物ではない、梱包された新品を持ってきた。
レジの前で財布を開いてから、ある事実に気づいた。
「げっ!?」
「どうした?」
「ええと、そのぉ⋯」
梅林は、あたしの表情と財布を持つ手を見てすぐに察し、呆れた表情でため息をついた。
「しろ、クレジットカードは持ってないのか?」
「⋯⋯も、持ってない」
あたしは今までクレジットカードを持った事がない。
カードは去年から作れるようになってたけど、財布の紐が緩くならないように、作るのをついつい先送りにしてたんだよね。なんていうか、今までに染みついた節約癖の弊害って感じ。
無計画に買い物をすることなんてほとんどないけど、やっぱりこういう時のためにも、カードを作るのを検討した方が良いのかもしれない。
「最初の方、妙に財布が分厚いと思ってたがそういうことか⋯仕方ない、俺が買ってやる」
「えぇっ?!さすがに悪いよ。コレ、するし」
うん十万うん百万とする超高級品じゃないけど、それでも買ってもらうにはちょっと気の引ける額ではある。
「気にするな。今日の主役はお前なんだから、他人の好意には甘んじておけ」
だけど梅林は全然気にも留めず、自身の財布からクレジットカードを取り出した。
「う、うん。そこまで言うなら⋯」
梅林は店員にカードを渡し、慣れた様子で会計を済ませる。
何よ、これが大人の余裕ってやつ?
悔しいけど、ちょっとカッコいいと思ってしまった。
「しろ⋯」
「え?」
梅林はあたしに目配せして、店員から紙袋を受け取るよう促した。
「済まないがそれだけはお前が持ってくれ。これ以上持ち物が横にかさばるのは、正直キツい」
買ってもらったことに加えて、あたしが今まで梅林に持たせてた物の量を考えると、流石にこればかりは断れない。
嬉しさと同時に上手くしてやられた感もあるけど、悪い気はしなかった。
「あぁ、うん」
店員から紙袋を受け取ると、あたしの両手にその重みが伝わる。なんとなくだけど、あたしはそれに本当の重さ以上の重みを感じたような気がした。
「カンパーイ!」
「乾杯」
あたしは梅林とグラスを軽く合わせ、ワインを酌み交わした。
初めての大人の味。
あたしはグラスに注がれた赤紫色の液体を、グッと口いっぱいに含んだ。
発酵したブドウの酸味とアルコールの匂いが鼻と口の中に広がる。
大人たちは皆優雅に飲んでるからもっと美味しいものかと思ってたけど、何かイメージと違った。
「ゔえぇ〜、美味しくなーい」
「ふふ、ブドウジュースとは全然違うからな。それに、そんな一気に飲むものでもないしな」
どうやら飲み方も間違ってたらしい。
あれから少し経って、あたしたちはイタリアンレストランに入った。
ドレスコードが要るような高級レストランではなく、お値段も手頃な、カジュアルな大衆レストランだ。
折角の誕生日。良いものを食べたいならばもっと高い所にと普通の人は思うかも知れないけど、あたしはそんなに高くない所の方が良かった。
ああいうかしこまった場所でお上品に食べるのは性に合わないし、息が詰まっちゃう。
味がある程度良ければ、空間の雰囲気の方があたしにとって大切なのだ。
「本当だったら他の北方連合花組も呼びたかったが、今日は残念だったな」
「そう?あたしは今日だいぶ満足してるけど」
高校生の4人は直近まで中間テストだったことに加えて、それぞれやることが詰まってるみたいだし、ふきも今日ちょうどお仕事が入ってる。
それぞれがそれぞれの理由で、今日のあたしの誕生日に予定が合わなかったのだ。
「⋯そうか。それならいいが」
「冷たいと思う?でもあたしはね、たまにはこういうのが良いし、必要だと思うの」
「だってあたしたちってさ、他の花組と違って女優をする約束込みで帝国華撃団になったわけじゃないし、全員が同じ地方ってわけでもないじゃない?だから当然、将来やりたい事も環境もバラバラなわけで、そもそも予定を合わせること自体が難しいのよ」
「あ、でも会いたくないわけじゃないよ?けど合わせようとして無理をするのは違うと思うの。挙げ句の果てに体調なんて崩されたら、それこそ本末転倒じゃない?」
「それはそうだな」
「それにね、長く付き合っていきたいと思うなら、義務感を駆り立てたり、合わせてて疲れちゃうような存在であってはならないと思うの。少なくともあたしはそう」
言いながら、あたしはスプーンの上でフォークをクルクルと回してパスタを口に運ぶ。
「しろ⋯お前が北方連合の年長者で本当に良かったよ」
「ぶっ!ケホッ、ケホッ⋯な、何よ急に。ビックリして思わず咳き込んじゃったじゃない」
あたしはテーブルに備えつけられた紙ナプキンで口元を拭って、気持ちと口の中を落ち着けるために水を飲んだ。
「はっはっは、いや済まない。本当にそう思ったんだ。改めてな」
「あれほど個性の強い連中がチームとしてまとまることができたのは、紛れもなくお前のお陰だ」
「バイリン、アンタ今日どうしたの?頭打った?それとも熱でもあるわけ?」
「いや、こういう気持ちを素直に言葉にするのは、他に人がいると中々言いにくくてな。さっきお前に言っておいてなんだが、今日は他の5人が来なくて丁度良かったよ」
言い終えて、梅林はワインを軽くひと口含んだ。
「ま、まあ⋯言われて悪い気はしないから、素直に受け取っておくわ」
なんか今日の梅林はやけに言葉がストレートだと思ってたけど、そういうことだったか。
でもそうと判っても、この調子で喋られ続けたらずっとむず痒くなりそうだったから、あたしは自分から話題を切り出して場の空気を変えることに決めた。
じゃないと多分、この後の食事も喉を通りそうになかった。
レストランを出てから、あたしたちは電車に乗って、それからあたしのアパートの最寄り駅で降りた。
「ここから家までどれくらいだ?」
「う〜ん、まあ15分くらいかな」
「そこそこあるな」
「しょうがないでしょ。上京する時のあたしにとって、立地よりも安さの方が大事だったのよ」
歩き始めてから10分くらい経って、あたしはふと思いついて、梅林の前に回った。
「ねぇねぇ!」
「今日であたしも20歳だしぃ⋯バイリン、この後あたしん家に着いたらさ⋯イイコト、してみない?」
そしてわざと少し前かがみになって、上目遣いで彼のことを見つめた。
コンッ!
「痛っ!」
あたしはすぐに、頭を拳で軽く小突かれてしまった。
「冗談でもあまり自分を安く売るな、しろ。そういうのは好きな男ができた時に言ってやれ」
「えー何その反応。つまんなーい」
「えーじゃない。馬鹿な事言ってないで行くぞ」
そう言ってバイリンは再び歩きだした。
「⋯アンタほどの男なんて、そうそう居ないっつーの」
梅林があたしの横を通り過ぎる瞬間、声としては小さいものだったけど、思ったことがつい口を突いて出てしまった。
だって、自分で思ってた以上に落胆しちゃったんだもん。
大石司令もそりゃ凄い人だけど、北方連合花組の司令は梅林。
梅林との出会いがなかったら、間違いなく今のあたしはなかった。だから凄く感謝してるし、その⋯それなりの感情があるわけで⋯⋯
それに、お金のために色々やってきたあたしだけど、ウリだけは一度もやったことないんだからね。
だから⋯
「ん?何か言ったか?」
ウッソ!?聞こえちゃった?
「いーえ、なにも!」
あたしは内心焦りつつも、表面上何事もなかったように取り繕った。
「そうか、なら行くぞ。今日は荷物を持ち過ぎてそろそろ肩がキツい。これ以上は敵わん」
ふぅ⋯あっぶなかったー
ったく、鋭いんだか鈍いんだか。
でもま、それが良いとこでもあるんだけどね。
「バイリンってばもやしだもんねー」
「誰がもやしだ。こう見えてそれなりに筋肉はあるぞ」
「ふふっ⋯ま、そーいうことにしといてあげる」