ないものねだりは宝の地図
「ないものねだり」という言葉がある。
自分にないものを、ねだる。ないし、羨ましがる。
この言葉は、色んなところで使われる。
主に、「ないものねだりはやめなさい」という文脈で。
つまり、あまり良くないものとして扱われる。
本当にそうだろうか?
たしかに、「建設的ではない」と言う人もいる。
いま手に入らないものをねだっても羨んでも意味がない、と。
そこで、視点を変えてみる。
なぜ、それをねだる?
自分にないものなんて、他にも山のようにあるはず。
でも、ねだるのは、万物の中の一部だけ。
つまり、ねだっているものは、本当に自分が欲しいもの。
手持ちになくても、手に入らなくても、欲しいもの。
結局、それ自体を手に入れることは、叶わないかもしれない。
でも、自分が何をねだることが多いのか。
それを注意深く見ていると、自分が真に求めているものが分かってくる。
だから、自分の中で、ないものねだりが発動したら。
非建設的だとかき消してしまう前に、自分は何をねだったのか、なぜねだったのか、記憶や記録に残しておくのも、悪くないと思う。
それは宝の地図のように、やがて自分が本当に欲しいものを示してくれるだろうから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?