雇用慣行賠償責任保険とは?
はじめに
雇用慣行賠償責任保険は、従業員から不当解雇やパワハラ、セクハラなどを理由に、損害賠償を請求されたときに生じる損害を補償する保険です。
業種にかかわらず、雇用に関するトラブルは、企業経営において避けがたい問題です。
ここでは、雇用慣行賠償責任保険の補償内容や選び方などをわかりやすく解説します。
1.雇用慣行賠償責任保険とは
雇用慣行賠償責任保険とは、ハラスメントや不当解雇などで、労働者から損害賠償責任を負ったときの費用や、紛争の解決に要した費用を補償する保険です。
そもそも雇用慣行とは、法令等で定められているわけではないものの、労働者の働き方や賃金の設定方法など、雇用分野に根付いている慣習のことを指します。
雇用慣行賠償責任保険に加入すると、会社や役職員、従業員などが、以下のような「不当行為」によって損害賠償を負ったきに、所定の保険金が支払われます。
ハラスメント:セクハラやパワハラなど、従業員の就業環境を害する行為
不当解雇:法律を守らず事業主の都合で一方的に従業員を解雇すること
差別的行為:年齢や性別などを理由に労働条件を差別すること
人格権の侵害:誹謗・中傷・名誉毀損など
不当な評価:昇進や異動の拒否による降格・妊娠による希望しない配置転換
1-1 雇用慣行賠償責任保険の重要性
結論からいえば、企業にとって雇用慣行賠償責任保険の必要性は高いといえます。
雇用トラブルの被害者が声をあげやすくなったことで、企業は不当行為に対する責任を追及されやすくなったためです。
終身雇用が崩壊したともいわれる現代の日本では、新卒入社会社に定年まで勤める人は減ってきています。
非正規雇用者の割合も増加傾向にあるため、企業には、正社員や派遣社員・契約社員、パートなどさまざまな雇用形態で働く人が在籍しています。
ハラスメントや不当解雇などを意図的にする方は少ないでしょう。
しかし、発言や行動に対する捉え方は人それぞれ。違った価値観をもつ人々が、さまざまな雇用形態で働く昨今の労働環境では、無意識の行動や発言が損害賠償問題に発展することがあるのです。
こうした背景から、労働関係の民事通常訴訟事件の新受件数は、1989年(平成元年)に640件であったのが、2019年(令和元年)には3,615件まで増加しています。
※出典:図3-1 労働関係訴訟、労働審判│独立行政法人 労働政策研究・研修機構
図3-1 労働関係民事通常訴訟事件と労働審判事件(新受件数 地方裁判
資料出所:最高裁判所事務総局行政局「労働関係民事・行政事件の概況」(法曹会『法曹時報』)
注1:2019年は速報値。
注2:労働審判制度は、個別労働紛争について、裁判所において労働審判委員会が審理し、適宜調停を試み、調停がまとまらなければ、事案の実情に応じた解決をするための判断(労働審判)を行う制度。
2006年4月に始まったもので、同年の労働審判事件数は4月から12月までのもの。
また労働者が会社側の不当行為を追及する手段は、民事裁判だけではありません。例えば、2006年(平成18年)に始まった「労働審判制度」は、平均約2か月半の審理期間で労働紛争の解決が見込めるため、労働者は会社に責任を追及しやすくなりました。
労働審判の新受件数もまた、制度がはじまった2006年(平成18年)の877件から、2019年(令和元年)には3,665件まで増加しています。
※出典:図3-1 労働関係訴訟、労働審判│独立行政法人 労働政策研究・研修機構
1-2 雇用慣行賠償責任保険の補償内容
雇用慣行賠償責任保険は損害保険であるため、契約するときに定めた保険金額を上限に、実際の損害額が支払われます。
保険金の支払対象となる費用は、保険会社によって異なりますが、おおむね次のとおりです。
損害賠償金
弁護士への相談費用、交渉等に要する費用、着手金、報奨金
和解金・示談金 など
不当行為で訴えられた場合の損害賠償額は、数十万円のケースもあれば数千万円にのぼるケースもあります。
もし損害賠償金の支払いを命じられた場合、会社経営に大きな打撃を与えかねません。
また労働紛争の解決には、弁護士をはじめとした専門家の協力が不可欠であるため、相談料や着手金などが発生するでしょう。
雇用慣行賠償責任保険に加入していれば、こうした損害賠償金や弁護士へ支払う費用などを保険金でカバーできます。
ただし保険会社によっては、保険金の支払時に一定の自己負担額が差し引かれる場合があります。
「一連の相談につき100万円まで」のような限度額が設定されることもあるため、加入する前に契約内容を入念に確認することが大切です。