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借りパク奇譚(3)
「お連れしました。亮潤様、お願いします!」
若い坊主がよくとおるはっきりした声でそういうと、亮潤はゆっくりと目を開けた。
目が開き切ると同時、グワっと放たれるすざましい眼力に参加者一同、気圧されて直立する。
眼力にここまでビビったのは生まれて初めてかもしれない。早くここを離れたい。そう思うには十分の眼力である。
「皆様、本日はようこそお越し下さいました。本日『懺悔の門』をとり仕切ります。亮潤と申します。長い時間となります。どうぞ、楽な姿勢でお座りください」
ゆっくりとした口調で話す亮潤、促され、おれたちはおもむろにその場に腰をおろすも、その眼力にびびってか、楽な姿勢ではなく皆自然と正座になった。
「" 懺悔の門 "をくぐるのに必要なのは正直さです。皆様、今日は何よりも正直であって下さい」
「はい」
示し合わせてないのに皆の返事がピッタリとそろう。
凄いな。おれは緊張の中で思った。これはある種の気? と呼ぶものなのだろうか。何か得体の知れない力によって多少強引にも、おれたちの心がグワっとまとめあげられている。そんな感覚があった。
「それでは早速ですが、これより『名与の儀』をとり行います。皆様には最終的に " 懺悔の門 " をくぐっていただくことになりますが、それには普段使っている名前とは別の名前が必要となります。今から私が皆様一人一人の前へ行き、その人に合った名前を見つけ、それを与えていきます。各人はしっかりとそれを受け止めた上で、受け入れてください。私が名前を宣言した後、それを受け入れる準備ができましたら、立ち上がり、私に一礼下さい」
「はい」
再び、皆の返事がそろう。
むむむ。どうやら「懺悔の門」とは思っていたよりはるかに大それた儀式なのかもしれない。おれはここへ来たことを後悔し始めていた。
亮潤はゆっくりと立ち上がり、とても静かな足取りでおれたちの方へ歩みよってくる。
皆の緊張が一気に高まる。
亮潤がまずやってきたのは────ラッキー! 山田の前である。
山田を凝視する亮潤。小さな声でブツブツ念仏のようなものを唱えたかと思うと次の瞬間、
「あなたは……そう!!『カンバルジャン』!」
なっ!? おれはおもわず吹き出しそうになる。
なぜ、なぜ叫んだ!? しかも " カンバルジャン " とな? ?
なんだろう、おれはなんかもっとこう、仏教風の名前を想像していたのだ。なのに" カンバルジャン " とは、西洋風ではないか。加えて名前を宣言する前の「そう!!」である。大声であれをやると、ふざけているように聞こえる。いやはや、さすが「借りパク寺」。坊さんも、相当ファンキーということか?
しかし、" カンバルジャン " とはウケる。よし、これから山田を呼ぶ時は" カンバルジャン " と呼んでやろう。おれは密かに決意する。
ところが渦中の山田、立ち上がって一礼のはずが、なぜか固まったまま動かない。
おいおい、もしかしてせっかく亮潤様がつけてくれた "カンバルジャン" が気に入らないとでも言うんじゃないだろな。 "カンバルジャン" 。良い名ではないか。言われてみれば、確かにお前は "カンバルジャン" という顔をしている。思えばすでに小学生の時からお前は "カンバルジャン" だった。
「門をくぐるために必要な名前です。どうか受け入れて下さい」
一向に動こうとしない山田に、ついには亮潤がたたみかける。
どうした山田? 何を迷うことがある。頑張れ、受け入れろ!
カンバルジャン 頑張れじゃん
カンバルジャン 頑張れじゃん
おれは心の中でライムを刻み応援する。
それからしばらく、ようやく山田が口をひらく。
「……すみません、足が痺れて立てません」
おいコラっ! この短時間でもう痺れたというのか。
「よろしい。ではそのままの姿勢で構いません。受け入れる準備ができていましたら、一礼下さい」
ゆるしをもらい、座ったまま頭を垂たれる『シビレルジャン』。
「慣れない姿勢は、心の足かせになります。皆様、無理に正座をしなくて結構です。どうぞお崩し下さい」
亮潤様の優しいお言葉が終わるか終わらないかのうちに、サッと正座を崩す『ちゃっかりジャン』。まったく困った男である。
無事山田に" カンバルジャン "を授け、次に亮潤が向かったのは───女性の前。同じく女性を凝視し、ブツブツと念仏を唱える。
「あなたは……そう!! クロエ!」
2度目となるとさすがに慣れる。やはり「そう!!」はお約束であるらしい。そして路線はやはり、西洋風ということか。なるほどOK、理解した。
クロエはすぐに立ちあがり、ゆっくりと丁寧にお辞儀をする。ふむ。所作まで美しい。山田のグダグタによって乱れた場の空気が、クロエによって一気に浄化されたように感じた。
次は────おれではなく、もう一人の男性の方だった。
「あなたは……そう!! ボンネ!」
「ありがとうございます!!」
亮潤に負けないくらいの大声でお礼を言って、深々とあたまを下げるボンネ。
なんともオーバー、出過ぎである。この返しを見るかぎり、おれたちはボンネのキャラを勘違いしていたのかもしれない。優秀なモブキャラ、もとい、おれたちを脅かす、体育会系の濃いキャラなのかもしれない。
さて、いよいよ最後はおれの番だ。一体どんな名前をいただけるのか。
亮潤がおれの前までやってきて、グワっおれを睨む。
むむむ……やはりこの坊様の眼力、並大抵ではない。自分の体が恐怖で強張っていくのを感じる。ヘビに睨まれたカエルはこんな気分なのだろうか。もういい! 早く名前をくれ。
「あなたは……そう!! たけし!」
なっ!?…………なぜ! なぜ!! おれだけジャパン名?
それにおれの本名は「たかし」だ。「たかし」あらため「たけし」だと。なんというニアミス。むむむ、この坊主、実はさっきからわざとやっているのではないか? 真面目な顔をしてふざけて、おれたちが吹き出すのを堪えるのを見て楽しんでいる。そんなたちの悪い……いや、この目……ふざけているとは思えない。しかし、「たけし」はさすがに……う——、どうにかならないものか。
「門をくぐるために必要な名前です。どうか受け入れて下さい」
しばらく沈黙していたのか、山田の時のように亮潤がおれにたたみかけてくる。
くそ。過酷だ。" アレキサンダー " でも " レオナルド" でも " ストラノビッチ " でも心の準備はできていた。しかし「たけし」とは……。
そこで再び亮潤と目が合う。なっ!……その目は、さっきまでとは比べものにならないほどに鋭く、険しくなっている。仁王か閻魔か、少なくともおれは、今までこれほど恐ろしい顔をみたことがない。やられる! おれの全細胞が危険を察知し、全身から一気に汗が吹き出す。次の瞬間、おれは素早く立ち上がり一礼し、不本意ながら「たけし」を受け入れていた。
(4)に続く
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