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海外生活|特別な日がなくなって宙ぶらりんな自分

今日は旧暦の元日です。
ベトナムでは、Tet(旧正月)を盛大に祝います。

この時期になると、メインストリートは正月飾りでギラギラに飾られ、撮影スポットの前では、お出かけ着の家族連れや、アオザイを来た女性たちが写真を撮っている光景をみます。

この時期にボーナスやお年玉がもらえるので、ショッピングセンターはセールで人がいっぱいです。

去年も今年も、コロナの影響でおこなわれませんでしたが、例年ならカウントダウンで花火が上がったり、あっちこっちから爆竹の音が聞こえてきたりしていました。

ベトナム人はTetの前後は休みをとって、田舎に帰ったり、旅行に行ったりしています。

そんなふうなお祭りムード、お祝いムードで、Tet前になるとベトナム人たちはそわそわです。

中国や韓国や台湾なんかも同じような雰囲気なんでしょうか。


日本では、旧暦はもうあまり気にされていませんね。
わたしが日本にいたころは、神戸の中華街で春節のイベントがあったり、東アジア圏からの買い物客が増えて、そんな時期かぁと感じるくらいでした。

なので、わたしはかれこれ6年以上ベトナムにいますが、いまだにTetだからと心が浮き立つこともなければ、ちょっと長いお休みがもらえてラッキーという感じです。

同僚や学生たちが、Tetを前に浮き足だって、仕事や勉強どころではなくなってるのを眺めながら、あくまで他人事なんですよね。


さて、反対に。
新暦の12月31日から、年をまたいだ1月1日になるとき、日本にではカウントダウンがあって、新年セールがあって、帰省ラッシュで大渋滞になったりします。

でも、ベトナムでは、大晦日も元日も、ふつうの土日のようなものです。曜日の巡りによっては、1月1日にも通常どおりに仕事をしていたりします。

日本の友達からはあけおめメッセージが届いたりしますし、このnoteでも新年の挨拶や抱負といったテーマがたくさんあがっていましたが、自分の生活はベトナムにあるので、(ついでに言うとホーチミンシティは暑くて12月・1月という季節感もない)何だか正月らしい雰囲気も感じられませんでした。

元日こそ、日本の家族や親戚とZoomをつないで、新年の挨拶だけはしましたが、それ以外に特別な正月らしいことは何もありませんでした。紅白歌合戦も、正月特番も、お節料理もない、ちょっといつもよりダラダラできる時間が長い、ただの休日。


もともと、正月に強い思い入れがあるわけでもないです。20代後半からは遠い親戚からの話題もそろそろ面倒くさくなってきていたところでした。

それでもベトナムに移って数年は、正月とか年越しというものに、もうちょっとそわそわしていたはずなんです。でも、何年も経ってそういう気持ちがそれまで以上に薄くなってきました。

かといって、Tetにその気持ちが移ったかというとそうでもないです。


こどものときから、繰り返しそう感じて、染みついた。それを迎えるのが楽しみになった。そんな特別な日は、自分を作る文化と言えます。
だから、何か特別な日を待ち遠しく感じる気持ちを失ったわたしは、自分の文化をひとつどこかに落としてきたかもしれません。

日本に戻れば、その気持ちは思い出すかもしれないけど。何年も暮らしたとしても、外国にいて特別な日ができることはないように思います。たとえば、欧米なんかの。クリスマスを大事にする文化圏に入ったとして、たぶん、その土地の人ほど自分はクリスマスにわくわくそわそわしないんだろうなと。


それは、「いい」とか「わるい」とかでもないし、
「悲しい」わけでもなく「だから何だ」とすら思うけど、

人と距離を保って、家に籠りがちな今の時代なので、
感じたまま書いておこうかなぁ、と思ったのでした。


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Chunco
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