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カナダの映画監督グザヴィエ・ドランが、すべてのはじまりだった。

グザヴィエ・ドランが映画監督としての仕事から身を引く。

と、聞いたのは7月8日のことだった。


引退発表につながる、スペイン雑誌の取材で彼の言葉として引用された
「アートは役に立たない。映画に打ち込むのは時間の無駄です」という言葉は、わずかばかりの悪意をもってソーシャルメディアで広がり、彼自身の映画業界からの撤退をさらに大きく知らしめることになった(それは翻訳のあやで、実際は本人が詳しく自分の言葉で真意を語っている)

グザヴィエ・ドラン。

わたしがフランス語を学ぶきっかけとなった人。彼がいなければいまのわたしはいない、というほどに人生の重要な局面で映画を通して立ち会った人。心を撃ち抜く映像を作る人。言葉にできない思いを、作品を通して表現する人。あらゆる過去や思い出を昇華して前を向かせてくれる人。

もう彼は今後映画制作をしない。新作を見ることも、きっとない。

ドランについて客観的な評価を用いて語ろうとすればいくらでも語れるだろう。「若くしてカンヌに選ばれた」とか「オリジナルな衣装や装飾のデザイン」「才能に満ちたイケメン」とかとか…。もちろん彼の表現力の豊かさに疑う余地などどこにもない。酷評しているメディアも見たことがない。
その一般的な評価は置いておいて、彼の作品は、じぶんの人生に結びついていた。同年代というたったそれだけで共通項を見つけるなんておこがましいかもしれない。でも、ほんとうにわたしの人生に彼の人生も並列してそばにあった、友のような気持ちでいる。なぜだかはわからないけれど。

カンヌ国際映画祭に出席してにぎやかな姿で手を振っていると思ったら、彼個人のインスタグラムではホテルに滞在して友達とのプライベートシーンでのストーリーを上げて嬉しそうに盛り上がっていたり、社会風刺するような動画をリポストしたり。このひとは「表と裏」の境目を交互に行き渡っていた、あるいはそうすることでバランスを保っていた。
キラキラした豪華絢爛な世界を表面的に乗りこなし、でももっと大事なことはじぶんの身近なところにあって。ファンも知らないじぶんの仲間が喜んだり楽しんだりするもののほうが重要で日常で、目を向けていくべきものなんだと考えていたのかもしれない。「Twitterには疲れたから辞める」って2018年の頃に言って、その後インスタグラムでは投稿はしていたけどなんとも一般的な宣伝はもう控えるようになっていたな。


でもドランがここまで頑張ってくれたおかげで。

わたしはひとつの人生を切り開くことができた。いつだって「フランス語を学んだ理由」を問われれば「カナダのケベックのグザヴィエ・ドランという映画監督がいてね…彼の作品が好きでインタビュー記事も動画も翻訳なしに分かるようになれたらいいんだよなって思って、フランスには興味はないけどフランス語に興味があって学び始めたんだよ」といつも定型文のように語っているじぶんの人生。2015年から語学学校に通い、フランスに住み始めて3年以上が経過して。

ファンとしてではなく、対等な立場として会いたいのは昔から今だって変わらない。ありがとうと直接言えたらどんなに幸せだろう。日本に来たら教えてね、ってしつこくコメントで送り続けようか、いやもっと自然に出会えると最高だな。

愛してやまない映画「わたしはロランス」(2014年)で登場する主人公ロランスが、トランスジェンダーであるということを理由に退職を迫られた時、会議で教員に向かって黒板(白板だったかもしれない)に書いた文字がある。

Ecce homo.(エッケ・ホモ) その人を見よ。

ラテン語で「見よ、この人だ」を意味するが、「この人を見よ」と訳されることも多い。磔刑を前に、鞭打たれ荊冠を被せられたイエス・キリストを侮辱し騒ぎ立てる群衆に向けて、ピラトが発した言葉であり、ウルガタ版ラテン語訳聖書の『ヨハネによる福音書』(19:5)を出典とする。

wikipedia

その人を見よ。どんな肩書きであろうと、どんな立場やジェンダーであっても、その人間をきちんと見つめてみろ、あらゆる他者の評価や評判はさておきお前はどう思うんだ、という宣戦布告をロランスにされた気がして。
もちろんそれは、ロランスの言葉を借りてドランの言葉でもあるようで。

これから自由に生きるドランの姿が、ますます眩しくなっていく。

そして彼に感化されるわたしも、もっともっと制限を取り払って自由に生きると宣言してしまいたくなるほどの新たなステップへ導いてくれる。引退発表は決してネガティブなものではない。とりあえずはお疲れさま。これからはお互い楽しんでやっていこう。いつかで会える日を楽しみにしながら。

Merci, Dolan. On se voit très bientôt…

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