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「やさしさに応える生き方を」 お返しをしたくないと思った話
ウェディングパーティを手作りすることになった
今年の3月、私たち夫婦は入籍した。
7月には結婚式をする予定だった。
普段からお世話になっている友人たち、今は離れた場所に住んでいてなかなか会えない友人たち、みんなを誘って、披露宴のようなパーティをしたいと思っていた。
私は今年で34歳。
田舎の感覚としては、少し遅めの結婚になったので、結婚が決まるまでたくさんの友人が応援をしてくれて、そして、決まったときには心から祝福をしてくれた。
大好きな友人たちと集える場をつくりたい。
そう思っていたけれど、着々と感染が拡大してく新型コロナ。
外出自粛・営業自粛を政府が決め、「ステイホーム」が合言葉になった5月。
とりあえず、7月のパーティ開催は諦め、延期して様子をみることにした。
夏になり、自粛はあけたけど、人が集まるイベントを企画するのは、はばかられる空気が漂っている。
そんななか、友人たちが立ち上がった!
私たち夫婦と一緒に、手作りのウェディングパーティを企画してくれることになったのだ。
地元の建築会社のモデルハウス1棟を貸し切り、アットホームなパーティにする。
新型コロナ対策で、人数制限を設けた。
でも、誘いたい友人が人数制限に収まらなかったので、昼の部と夜の部を設けた(それでも、誘えなかった人がたくさんいた)。
私は、ずっと前からパーティでの入場の曲を決めていた。
シンガーソングライターの幹さんが歌う「ハレル夜」。
昔、地元の結婚式場のCMソングになっていて、素敵なメロディと歌詞、透き通る歌声が心に残っていた。
1年ほど前、ライブではじめて生歌を聴いたときには、感動感激した。
なにより幹さんが好きになった。
結婚披露宴のような大きい会場を借りるなら、幹さんにお仕事としてお願いしようと思っていた。
けれど、今回それは提案しなかった。少人数だし、なるべく低予算にして、みんなに負担のないようにしたいと思った。
友人に、入場のときは、その曲をCDで流して欲しいとお願いした。
披露宴のような、豪華な会場の雰囲気や、ケーキカットや友人代表の挨拶、キャンドルサービス、馴れ初めを紹介する映像…なんてものはないけれど、
ただただ、友人たちと集えることが楽しみだった。
パーティ当日!
残暑が残る9月のあたま。
ついに、その日がやってきた!
友人たちとの話し合いのなかで、新型コロナの心配から中止を検討する声も上がり、もっと少人数にしてオンライン配信はどうか、などの意見も出された。
新型コロナが騒がれるなか、場所と時間をリアルで共有することは、ますます困難で、貴重になっている。
このパーティのせいで大切な人たちに万が一の健康被害があったらどうしよう…
それでも、私は、人と直接会いたいと願った。
友人たちは、その私の気持ちに応えて決心してくれた。
そんなこんなで開催を決定するのが遅れてしまい、準備期間は3週間もなかったと思う。
実行委員をやってくれた友人たちは、話し合いと準備をするのに、忙しかったと思う。
私のメイクも、ネイルも、ヘアアレンジも、友人たちがやってくれた。
ウェディングドレスも、友人たちからのプレゼントで着ることができた。
↑ウッドデッキから入場する前の様子。
先に夫が、後から私と両親が入場する。
みんなが中で、待っている。
企画・運営してくれた友人たち、集まってくれた友人たちが、温かい拍手を送ってくれるなか
大好きな曲がかかっているその中で、ドレスを着て、父の腕を組み、ヴァージンロードを歩くことができた。
憧れていた、諦めていた、こんな瞬間をプレゼントしてくれて、本当にありがとう。
それだけで、感慨無量だった。
私たちから、皆さんへ、始まりの挨拶を…
ところが、「ここでお二人から挨拶をしてもらう予定ですが、その前にみんなで2階へ行きましょう」とスタッフの友人が言う。
そんなことは打ち合わせになかった。
サプライズの飾り付けでもしてあるのかな?
そんなことを思いながら、階段を上がる。
↓動画です。よかったら見てみてください^^
そこには、シンガーソングライターの幹さんが待っていた。
幹さんの歌が好きで、いつか結婚式でお願いしたいと漏らした私の言葉を、友人は聞き逃さなかった。
幹さんに連絡し、こっそりと準備をしてくれていた。
↓サプライズシーン、別角度から
「ハレル夜」のあと、家族の絆を歌った曲など、2曲も、歌ってくれた。
私たち2人に向けて歌ってくれた幹さんの歌声は、全身に沁みて、心が震えた。
感動って、実際に振動を感じるものなんだ、と思った。
計画してくれた友人、快く駆けつけてくれた幹さん、新型コロナの心配もあるなか、この場所と時間を共有してくれているみんなに、心から感謝が溢れた。
そして、幹さんの歌が終わると、1階に戻り
予定どおり、挨拶、乾杯、食事とスケジュールをすすめた。
食事は、感染リスクを抑えるため、お弁当形式にした。
↓オーガニック野菜と穀物たっぷりのヴィーガン弁当。
マルシェなどでお弁当を販売している友人にお願いして、作ってもらった。
ケーキとクッキーも、お菓子やさんをやっている友人にお願いした。
↓ハーブやスパイス、お花をたくさん使っているオーガニックスイーツ。
ドリンクも、友人が出張barをやってくれた。ノンアルカクテルも作ってくれる。
↓右側のテーブルの上に、たくさんのドリンク素材が並ぶ。
思い出を残したくて欲しかったWedding treeも、絵が上手な友人にお願いした。夫が、アフリカと縁が深い仕事をしているので、アフリカ仕様。
↑集まったみんなにスタンプとサインをもらう。
昼の部・夜の部、集まった人数はそれぞれ20人ほど。はじめましての人もいるので、ひとりひとり自己紹介をしてもらうことにした。
そうしたら、また予想外の展開が起こった。
簡単な自己紹介では終わらなかった。
ひとりひとりが友人代表の挨拶みたいに、私や夫との出会い、思い出、祝福、それぞれの想いを話してくれたのだ。
ひとりひとりから、思いがけない、特別な言葉のプレゼントを受け取った。
大好きで大切な人たちと、出会えて、関われて、今までの私の人生は、なんて幸せなんだろうと改めて思った。
やさしい心を尽くしてもらった
たくさんの人のやさしさが、集まってできたパーティだった。
パーティのすべてに、友人たちの心の温かさが詰め込まれていた。
父は、最後の挨拶でこう話した。
「結婚式場や披露宴会場でのパーティができなくて、可哀想に思っていた。でも、みなさんのおかげで、娘は最も幸せな花嫁にしてもらったと思う」
私もそう思う。
もともとやろうと思っていたパーティは、私たちで披露宴会場を抑えて、多くの見知らぬスタッフに働いてもらって、できるものだった。
もちろんそれも素敵だろうけれど、この日のような、友人たちのやさしさが詰まった手作り感はなかったかもしれない。
友人たちと集まれれば、それだけでいい!と思って企画したこのパーティは、想像できなかったほどの楽しく幸せな時間になっていた。
時間もゆっくり使うことができ、昼の部・夜の部が終わり、最後は焚き火と花火もした(借りたモデルハウスは田舎の山の中にある)。
幹さんは、夜の部でも歌ってくれ、最後までいてくれた。
お返しはしたくないと思った
後日、父が「あんなにしてもらって、お返しをしなくていいのか?」と言う。
スタッフをやってくれた友人たちに、菓子折りや商品券などを用意したらどうか、食事をご馳走したらどうか、ということらしい。
でも、このパーティのお返しとして、何かをすることに、私は納得しなかった。
言葉にできないほどの幸せをプレゼントしてもらった。友人たちの心づくしは、「スタッフ代」としてお金に換えられるものではないように思う。
菓子折りにしても、商品券にしても、食事を奢るにしても、お金に換算できる形にしたくなかったし、
お礼の気持ちだからと言って、少しでもお返しをしてしまうことで、「借りを返す」「恩を返す」というのは、施しを受けた側のエゴにすぎないように感じた。
人間には、返報性の原理という心理が働いている。
返報性の原理(法則)とは、人から何かしらの施しを受けたとき、「お返しをしなくては申し訳ない」というような気持ちになる心理作用のこと。
「借り」「恩」を受け取っている側は、お返しをすることで気持ちがラクになるのだ。
生まれてはじめて、「お返し」について、じっくり考えてみることになった。
いままで、何気なく、そして当たり前に、お返しをしてきた。
特に日本の文化は、それが礼儀であり、義理人情のようなものかもしれない。
子供のころから、友達に誕生日プレゼントをもらったら、友達の誕生日には私もプレゼントを用意する。
いつもお世話になっている人には、事あるごとに手土産などを持っていく。
「ご祝儀をいただいたら、半返し」とか、礼儀としてやるべきことは、ちゃんとやる。
どれも、相手のことが好きで、その関係性を大切に思っているからこそで、義務感だけでやっているわけではない。けれども、お礼やお返しが礼儀という感覚が、少なからずある。
今回は、友人たちの計り知れない心遣い、お金に換えられない気持ちに対して。
はじめて私は、「お返し」をしたくない!という気持ちになった。
返報性の原理に負けて、少しでも返してしまえば、気持ちはラクになるだろう。
でも、その本能をぐっとこらえて、恩を受け取ったまま、借りを返さないまま、人生にしっかりと、ずっしりと、この感謝を持っていたいと思った。
もちろん、これからの友人たちとの関係性のなかで、私が力になれるときには、心を尽くしたい。
でも、それは、今回のお返しなんかじゃない。
みんながやってくれたように、大切な人に、心を尽くしたいからやっただけのこと。
私は、そうありたいと思った。
恩も借りも返せない人生
よくよく考えたら、お返しなんてできない恩や借りばかりで、人生はできているのではないだろうか。
無条件の愛で育ててくれた、関わってくれた、家族と親戚たち。
大失敗しても、大失礼しても、笑って許して、関係を続けてくれる友人たち。
励まし、応援し、笑い合い、大切な人生の時間を私と共に過ごしてくれていること、たくさんのギフトを与えてもらっている。
お返しを当たり前のように思っていたけれど、本当は関係性のすべてが、お返しのできない贈り物だった。
そう気づくことができた。
私なりに、やさしさに応えたい
返すことはできないけれど、人のやさしさに応えることはできる。
私にできることは、2つあると思った。
ひとつは、記録すること。
人間は結局「いまここ」にしか生きられない。
どんなに素晴らしい思い出も、どんなに温かい感動も、過ぎ去れば少しずつ忘れて、色あせていってしまう。
こうしてnoteに記録しておくことで、見た人の「いまここ」に、そのときの思い出と私の感情・思考が存在することになる。
もちろん、読み返した私の「いまここ」にも。
ウェディングパーティのことは、過去に記事にしていた。
#やさしさにふれて のお題をみたとき、もう一度、この日のことを、そして、私がその後に感じたことを、言葉にして残したいと思った。
人からもらったやさしさを、言葉にして残すことが、私にできることだった。
いつか私たちに子供が生まれ、その子が育ったとき、
「私たちはね、大切な人たちから、こんなにも心を込めて結婚を祝福してもらったんだよ」
「相手が喜ぶことを考えて、行動できるやさしさって、とても素晴らしいことなんだよ」
そう話したいと思っている。
やさしさに応える、もうひとつは、精一杯この人生を幸せに生きること。
「あなたのおかげで、幸せです」
「おかげさま」と、やさしさをくれる人に、笑顔でそう伝えられる人でありたい。
私の人生に、やさしいあなたが存在してくれたこと、それが私の幸せの一部なのだと言えるように。
*
長くなってしまいました;
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