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15 座敷童子になった幽霊

大学生の頃、私はカラオケバーでアルバイトをしていました。

そのお店では「幽霊が出る」と噂されていました。閉店後、一人で締め作業をしていると、壁をドンドンドンドンと端から端まで叩かれるのだそうです。残念ながら(あるいは幸いにも?)私は一人で締め作業をする機会がなかったのですが、社員やバイトリーダーは当たり前のように体験していました。

ただ、不思議なことに、お店の雰囲気はまったく嫌な感じがありませんでした。なので、その霊も悪いものではなく、スタッフを怖がらせて面白がっているイタズラ好きな存在なのだろうと思っていました。

ある日、入店時と会計時の人数が合わないという出来事が続きました。お店は死角になる場所がない造りなのですが、スタッフ全員が「確かにもう一人いた気がする」と感じたのです。それが誰だったのかは、どうしても思い出せませんでした。

その後も不可解な現象が続きます。お客さんがカラオケを歌っている最中に、突然音量が勝手に上がったり下がったりするようになりました。さすがに、霊のイタズラがエスカレートしてきているのではないかとスタッフたちも感じ始めました。

そして、ある日。

「あ!」

スタッフの一人が声を上げた瞬間、別のスタッフが転びました。その声を上げたスタッフは慌ててこう言ったのです。

「テーブルとテーブルの隙間から、足首を掴む手が見えたんだよ!絶対に転ぶと思ったの!」

さすがにここまで来るとイタズラも度が過ぎると皆で話しましたが、ちょうどその後すぐにお客さんが次々と来店し、店内は一気に賑わい始めました。あまりの忙しさに、その話は一旦忘れることになりました。

閉店後、スタッフ同士で「今日、めちゃくちゃ忙しかったね」と話していると、ふと例の「手」の話題になりました。その時、あるスタッフがこう言い出したのです。

「もしかして、この幽霊って、座敷童子なんじゃない?」

その言葉にハッとしました。日誌と売上記録を振り返ると、心霊現象が起きた日は必ず売上が通常の3倍ほどに達していたのです。それからは、何か現象が起きるたびにスタッフみんなが「今日は忙しくなるぞ」という合図のように感じるようになりました。

私は思うのです。あの幽霊は、ただ寂しくて、構ってほしかったのではないかと。でも、努力して私たちにとってプラスの存在になろうと頑張り続けた結果、「座敷童子」のような存在に変わったのではないかと。

そのお店は、ビルの建て替えに伴い、なくなってしまいました。あの子は今、どこにいるのでしょう。まだあの場所にいるのか、それとも新しい居場所を見つけたのか。ふと考えることがあります。

椿 ちゅん

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