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魅惑のナポリタン@広島 日本育ちのテッパン洋食が好かれる理由は

 よく炒めたケチャップの甘酸っぱい香り、軟らかい太麺。昭和グルメのナポリタンスパゲティに、世代を超えて熱い視線が注がれている。中高年には懐かしい味だが、近年のレトロブームをけん引する令和の若者たちの心もぐっとつかんでいるようだ。イタリアンの本格パスタとは違う日本育ちの洋食。ふと食べたくなる、あの魅力は何なのか―。(林淳一郎)

食べるたびに懐かしくなる

 ジャッ、ジャッ。小気味よく麺を炒める音が店内に響く。福山市のJR福山駅近くにある鉄板居酒屋「ゴールデンケチャップ」。ランチタイムはナポリタン専門店になり、テーブルとカウンターの計18席はサラリーマンたちで埋まる。  

 来店した会社員男性(52)は「僕らの世代にとってスパゲティといえばナポリタンかミートソース。食べるたびに懐かしくなる」。店内には若い客も多い。月に1、2回訪れるという会社員女性(26)は「レトロ感と堅苦しくないのがいい。味も絶対おいしいですから」とほほ笑む。

  店は2017年にオープンした。店長の貝原直行さん(50)によると、店頭のナポリタンの食品サンプルを携帯電話で撮影する女子高生もいる。「どうやら『エモい』らしくて。世代を問わず、おいしく味わってほしい。それが僕らの喜びです」と貝原さんは話す。  

 中高年には懐かしく、若者たちの心もつかむナポリタン。どうして、こうも引きつけられるのだろう。  

 消費者心理に詳しい県立広島大の向居暁教授(認知心理学)は、中高年の懐かしさの背景に「快感情」があるという。子どもの頃に家庭や飲食店で食べておいしかったり、うれしかったり…。「いい記憶や経験が、切なさやほろ苦さも伴って、においや見た目で呼び起こされる。そんな力がナポリタンにはあるのではないでしょうか」  

若者は「新鮮」「エモい」

 一方、懐かしい記憶がない若者には「新鮮」に映るとみる。「エモい」「すてき」「映える」と交流サイト(SNS)などで広まり、レトロブームを引き起こしているようだ。その渦中にあるのが、奇抜な緑色のクリームソーダやカセットテープなどの昭和レトロ。ナポリタンも19年の民間調査では10~30代の半数以上が軒並み「好き」と答えている。  

ナポリタンはイタリア料理じゃない

 向居教授はナポリタン史に刻まれた「冬の時代」にも注目する。思いを同じくするのは、下関市出身で食べ歩き評論家の下関マグロさん(63)=東京。50年にわたって食べ歩き、著書「ぶらナポ」(19年刊)もあるナポリタン通だ。  ナポリタンの起源は諸説あるが、戦後間もない頃の横浜市が発祥とされる。米国の進駐軍の食事をきっかけに、飲食店をはじめ家庭にも広がったそうだ。ところが1990年前後のバブル期、イタリアの本格パスタが日本に上陸。ナポリタンに危機が訪れる。  

 カルボナーラやボロネーゼ、麺は歯応えのあるアルデンテ。「みんな気付いたんです。ナポリタンはイタリア料理じゃないと。一時はメニューから消えた店もありました」と下関さんは振り返る。それでも00年代以降、インターネットやSNSで有名店の情報が流れて人気が再燃。「今や東京ではブームから定着の段階にきている」という。  

 向居教授も「冬の時代という空白期があったからこそ、中高年はことのほか懐かしく感じるわけです。そもそもの味や香りの質の高さも、世代を超えて愛される要因かも」と捉える。ナポリタンは日本のソウルフード。そう言っていいのかもしれない。