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「お父さんは育児をしていますか」。モヤる乳幼児健診の質問

 「お父さんは、育児をしていますか」。広島市の乳幼児健診の質問に、西区の会社員女性(45)は「育児の担い手は母親だと決めつけているみたいで、モヤッとする」という。言われてみると、記者も母親の一人として、ちょっとモヤモヤする。編集局に寄せられた女性の声を基に取材すると、育児や家族の在り方をめぐる価値観の変化に追いついていない行政の姿が浮かんできた。(加納亜弥)

取材した記者が語ったボイシーもぜひ聞いてください⇩⇩⇩

広島市の1歳6カ月健診の質問票

「母親育児が前提」「手伝うはNGワード」…母親たちの反発

 広島市の乳幼児検診の質問票の「お父さんは、育児をしていますか」の問いでは、よくやっている▽時々やっている▽ほとんどしない▽何とも言えないのいずれかを選ぶ。
 このほか「お父さんの他に家事や子育てを手伝ってくれる方がいますか」との問いもある。声を寄せた女性は首をかしげる。「母親が育児して、質問票を書いて、健診に連れて行って。質問自体がその前提になっている。うちは夫が連れて行きましたが」

 ちょうど記者の長女にも、1歳6カ月健診の案内が来た。会場で出会った夫婦に率直な感想を尋ねた。ある母親(38)は「確かにモヤりました。質問が母親目線でしか書かれていないし。そもそも子育てを『手伝う』は主体性が感じられないので特にNGワード」と話す。夫(41)も「第1子で自分の思いも強い。いろいろ絡みたい」と同調する。
 ほかの健診会場も回ってみた。「言われてみれば」と大きくうなずく母親が多かったが、中には「全然気になりませんでした」と言う若い夫婦もいた。

役所は「母親育児」の前提を否定…なんだけど?

 調べてみると、この「お父さんは育児を…」の問いは、厚生労働省が父親の育児参加の状況をつかむため、市町村に聞くよう求めた全国共通の質問だと分かった。そこに各市町村が独自の質問を加え、質問票を作っているのだという。
 「育児は母親主体との前提に立っていませんか」との記者の問いに、厚労省の担当者は「育児に積極的に参加する父親の割合は増えている。意見があれば必要に応じて検討する」。広島市こども・家庭支援課は「決して母親前提ではない」と説明し、「質問票も、お子さんの状況が一番分かる人が書いてくれたらいい」と言葉を継いだ。

 それでも釈然としない。広島市の質問票には、「母親主体」と受け取れるところが他にもあるからだ。親の電話番号を書く欄も「母携帯」「父携帯」の順。この欄は各自治体が様式を決めるので何か意図があるはず…。ところが同課は「そこは意識していなかった」と言う。

 確かに健診会場では、母親が子どもを連れてくるケースがほとんどだった。同課は「声を踏まえ、いろんな状況の方が答えやすい形に改善したい」とする。
 家族の形は、ひとり親だったり、同性のパートナーが養子を迎え入れたりと多様化している。父親の意識も変わりつつある。そんな時代の変化に、対応する動きも出ている。

世界に誇る「母子手帳」 その名に見直しの動きも 

 妊娠から出産、育児を記録する「母子健康手帳」。岡山市は2002年、この名称を「親子手帳」に全国でもいち早く変えた。続々と名称変更に乗り出す自治体が増えている。

記者が持っている広島市の母子健康手帳。妊娠経過や子どもの成育まで、医師と親、保健師たちが同時に記録できるシステムは日本発祥という

 数年に1度の母子手帳の内容見直しを進めてきた厚労省も、昨夏から名称変更を含めた母子手帳の在り方について、専門家の委員会を設けて議論してきた。最終的には母子手帳の名を残す方針を決めたが、子育て支援団体や保健師、医師から「父親も記載できる欄を増やすべきだ」などの意見も寄せられたという。
 書類の言葉遣いににじむ配慮に、救われる親もいるはずだ。現実をいち早くすくい取り、対策を練るのが行政の使命。もっと時代の変化に敏感であってほしい。

「イクメン」の名付け親 渥美由喜さんに聞く

 子育ての担い手は、お母さんが主体であるという意識が根強いのはなぜか。「イクメン」という言葉を世に打ち出した民間コンサルタントの渥美由喜さん(54)に話を聞いた。

広島市の乳幼児健診の質問票を見て、率直にどう感じましたか。 

 こういう書類って行政のスタンスが表れますよね。民間はマジョリティー(多数派)だけを相手にしていても商売は成り立つ。これに対して公的機関は、マイノリティー(少数派)を無視したり、傷つけるようなことがあってはならない。その意味でこの質問票は、配慮が足りていないと言わざるを得ません。

「ひとり親も多い中、両親がそろったことを前提にしているのが気になる」という指摘も、健診会場では耳にしました。

 子育て家庭の形態は急速に多様化しています。子育ては母親主体を前提にしている文面はもちろんおかしいですし、シングル家庭が増えていることを考えれば、両親そろっていることを前提とするのもおかしい。
 子どもの健全な成長のためには、こうでなければならないという正解はありません。子育ての担い手が多様化しつつある時代の変化に応じて、質問票も変えていくべきです。母親が前提という誤解を招く書き方は即刻やめるべきです。

ただ、育児の担い手はお母さん主体という考え方は、残念ながら根強いと思います。

 赤ちゃんは母乳で育てるべきだという「母乳神話」、3歳までは母親が家庭で保育をした方がいいという「3歳児神話」がその代表です。男性の意識改革はもちろん重要です。でも、一部の女性にとっても意識改革は必要ではないかな。

女性としてドキッとしますが、どういうことでしょう。

 私が育児休業中に、公園で知り合ったあるお母さんに「赤ちゃんは父親といるより、母親といた方が幸せではないか」と言われたことがあります。道端で会った高齢女性に「乳飲み子を抱えて奥さんがいないのはお気の毒ね」なんて言われたこともあります。内心ちょっと、ムッとしました。
 でもそうした方々には「お茶っ葉の残りでお尻のかぶれがすぐに治る」など、子育てを通じて会得した「秘伝」があるのも事実です。そうした女性陣が持つ高い経験値と、育児を妻に任せて経験してこなかった古い男性陣の免罪符的な考え方が融合し、神話が根強く続いているように見えます。

父親の育児参加は確かに増えています。今や標準語となりつつある「イクメン」の名付け親は渥美さんですよね。

 まだ誰も言わなかった2006年頃から講演で言い始めたのは事実ですが、自分が思いつくくらいのダジャレだから、他の人が思いついても不思議じゃない。でも、想像を超えてイクメンがブームになり、もてはやされるようになった時は「ちょっと違う…」と冷めた目で見ていました。自分の子育てに取り組むのは男女関係なく当たり前ですから。それに多くの場合、妻の方が家事・育児を分担しています。シングル世帯も大変な境遇の中、頑張っておられます。
 イクメンが増えるのはいいことでしょう。ただ、繰り返しますが、自分の子どもの子育てをするのは普通のことです。自分の子どもの世話をきっかけに、広く子ども全般の環境や社会問題にまで関心が広がり、地域での役割を自ら担っていく男性が増えることを期待しています。そしていつかイクメンが死語となり、性差に関係なく誰もが当たり前に働き、当たり前に子育てをする日が来ることも。