中絶手術と飲む中絶薬について、広島の産婦人科医はこう考えています
世界では約70カ国が飲む中絶薬を承認しています。それなのに、日本はどうして外科手術「掻爬(そうは)法」が多用されるのでしょうか。新甲さなえ女性クリニック(広島市南区)の産婦人科医、新甲さなえ院長に聞きました。背景には日本社会の女性への意識が映し出されていると言います。(栾暁雨)
吸引法と経口薬が世界のスタンダード
―WHO(世界保健機関)が、心身の負担が重い掻爬法は時代遅れ、と勧告しているにも関わらず、日本では今も、掻爬法が行われているんですね。
医師の多くは、子宮内の内容物を先の太いピンセットのような器具でかき出す掻爬法という手術に習熟しています。「安全で確実」と考えている人もいますが、金属の器具が子宮を傷付ければ合併症のリスクもあります。
掻爬法の他にも、チューブ状の器具を子宮に入れて内容物を吸い出す「吸引法」という手術があります。WHOは、吸引法の方が安全性が高いと見解を出していますが、それでも掻爬法を選ぶケースはまだ少なくないんです。
むしろ今は、吸引法と経口薬が世界のスタンダードになっています。心身への負担は掻爬手術に比べて大幅に軽くなります。国内の治験でも、経口薬の安全性が確認されました。
ただ、自然流産と同じように子宮収縮による痛みと出血が生じます。経口薬を安全に使うためには、医師のフォローが欠かせません。リスクや起こりうる症状を丁寧に説明し、服用後の不安もケアすることが大切です。
今はまだ、経口薬を処方する側も使う側も不慣れなのは否めません。医療者も勉強の機会を増やし、各診療科で専門医の資格を取るのと同じように、処方の資格を設けるべきだと考えます。いずれ、日本産科婦人科学会や日本産婦人科医会がガイドラインを策定すると思います。
男性優位の日本社会
―日本では女性の性に関わる問題が、世界に比べて遅れている印象があります。
大きく遅れていますね。海外には当たり前にある経口薬という選択肢が国内にないのですから。女性向けの薬が後回しにされている例は他にもあります。ピルの承認には長い年月がかかりましたし、緊急避妊薬は今も薬局で販売されていません。逆に、男性向けはスピード感があります。男性の勃起不全を治療する「バイアグラ」はわずか半年で承認されました。
この問題は、日本社会が男性優位であることと無関係ではありません。避妊もコンドームが主流で、着けるか否かの決定権を男性が握っていますよね。海外では肌に貼る「避妊シール」や「避妊注射」など、女性主体の避妊法が充実しています。
性教育は自分を大切にすることにつながる
―新甲院長は、性教育の重要性についても訴えていますね。
性の問題について、日本人はタブー視する傾向があります。体のプライベートゾーンや正しい避妊といった大切な知識を、学校でも家でも教えてもらえません。性教育が不足した結果、知識がないまま大人になる人も少なくない。中絶手術をすると不妊になる、という間違った偏見も残っています。広島という地域が、性教育に前向きでなかったことも影響しているでしょう。
でも、知ることが自分の体を守り、自分を大切にすることにつながります。私は今、外部講師として広島市内の高校10校で授業をし、啓発活動に力を入れています。
これから大切なのは、女性の選択肢を増やすことです。緊急避妊薬や経口中絶薬にアクセスしやすくなれば、望まない妊娠・出産を大幅に避けることができます。中絶を選ぶ人の事情はさまざま。未婚の女性もいれば、既に子どもが複数いて「経済的に育てられない」という夫婦もいます。「産む・産まない」というどちらの選択でも安全な医療とケアを提供し、女性の性と生殖の自己決定権を尊重することが私たちの役割だと思っています。
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