シスターフッドの墓場
「A子はさ、ほんと、顔がいいよね。」
どうせどっちもどっちの浮気者が並ぶうすっぺらなベッドの上で、そんなことを軽々しくのたまう彼の笑顔が、わたしは大嫌いだ。絶対的モノサシを我が手にしている優越感、でも嫌われるようなこと言ってないはずという計算が垣間見える狡猾さ、そんな計算を彼に強いる弱さから生まれた安堵感。そういった諸々が歯にべっとり纏わりついていて、端的に超キモい。
「A子がさ、全然かわいくない子と仲良くしてるのって男から見たらほんとよくわからないよ。」
わからないでしょうね。わからなくていい。
口では「『女同士ってドロドロしてそう。』なんて偏見だよ。」と強気に応酬できたとしても、あなたのようにモノサシを手にした男たちのお陰様で、わたしたちは分断され続けてきた。不完全な美しさを持って生まれたわたしたちは、男どもをかしづかせるワンダーウーマンにはなれない。
ようこそ。ここはシスターフッドの墓場。
「でもだからといってさー、顔のレベル感近いB子とも特別仲良いわけじゃないんだよね。」
下品な言葉で切り取って眺める世界は、いつだって不十分だ。完璧な「女の子」として踊り続ける彼女の視界にわたしなんかいるわけがない。あなたの彼女であるB子とあなたのセフレであるわたしは全然違う。彼女はみんなの期待を引き受ける子だ。わたしは誰の期待にも応えられない、ドンくさい陰の女。
「B子はみんなのアイドルだけどさ、A子は塩対応なんだよな〜(笑)」
わたしはあなたのアイドルでもアイデアでもないからね。この人はほんとうにモノサシを振るうのが好きみたいだ。だけど、わたしも彼女の天使のように舞う姿が、プロっぽくて強くて好き。きちんと真ん中で分けられてゆるくカーブする黒髪、清潔感のある白いレースのタイトスカート、細い首に巻かれた上品なスカーフ、高すぎる学歴とできすぎる仕事、そのわりに不自然に高い声、女を引き受けて生きる覚悟。そのすべてを視野の端に大切に配置して抱きしめる。あぁ。わたしもこんな気怠い自我を脱ぎ捨てて、彼女のようにきれいな透明になりたい。あらゆる需要と視線がそこを貫く、きれいで空っぽな箱になりたい。
「ただいまー。来ちゃったー。」
暗闇の中ですべての始まりを告げる音がした。彼の顔が最高に青ざめる。彼女のやわらかそうなふくらはぎとストッキングにくるまれた足指が、玄関の明かりに照らされて光る。
わたしには彼女のように世界を支配するだけの強度がない。技術がない。でも、主体的な性なんて幻想だし、性は体験するものだ。男も女も恋も愛も好きも嫌いも。わたしには常に責任があり、責任がない。自由があり、自由がない。
部屋の明かりが白々しく点灯して、彼女がはじめてわたしを見る。細い顎には似合わない、丸すぎる目。黒目がちな瞳が揺れた気がした。なにか言おうとしてるのかな。
そう。わたしたちはここからすべてが始まる。あなたを光の国へ、わたしを闇の国へ送った船はもう最終便。翌朝、わたしたちは墓から蘇って再び出会う。わたしたちは女である前にひとりで生まれてひとりで死ぬ。モノサシは時代に揉まれていつか朽ち果てる。
どうかその瞬間まであと少しお元気で。向こう岸で達者でいてね。