年相応に不機嫌な、戦う女の子へ
いつも不機嫌で、お母さんとお父さんを困らせてばかりのあなたへ。今日はめずらしくお手紙を書かせてもらいました。この手紙はお母さんやお父さんに決して見せないでください。誰にも見せずに一人でこっそり読んで、なにか思うところがあったらお返事をくれると嬉しいと思っています。
あなたはここのところ、少し混乱していますよね。急に勉強しなきゃと焦って参考書を買い込んだり、かと思ったら一秒も勉強したくなくなったり、家族の誰とも話したくなくなってふさぎこんだり、かと思えばお母さんに学校の友だちの話を聞いてもらえないことに腹が立ったり。そういうあなたの態度に家族も混乱しています。
しかし、あなたはそのことにさらにいらだつことでしょう。なぜなら、あなたはとても賢いからです。状況をとても冷静に分析しているのだと思います。今のあなたは経済的に自立することができておらず、親から見捨てられてしまえば、明日のごはんにも困る状態にいます。圧倒的に「弱い」存在ですよね。でも、お母さんやお父さんはあなたの言動一つ一つに右往左往し、時には激昂します。
先日、お母さんはあなたにこう言いましたね。
「あなたがこの家を不幸にするのよ。」
賢いあなたは、そんなことはありえない、とわかっています。「弱い」あなたがこの家族全体の幸福や行く末を絶対的に決定づけるなんてありえない、と。なのにもかかわらず、お母さんはなにか気に入らないことがあると、あなたに責任を押しつけてこう言います。その理不尽さをあなたはなんとなく感じとって、怒っている。正当な怒りだと思います。怒りは、大事なことに気がつくきっかけになる大切な感情です。是非、大事にとっておいてくださいね。
お母さんの世界は、今ちょっと大変なときにあります。これは、お母さんに同情しろ、という意味ではありません。同情しなくてもいいけれど、理解しておくことは、あなたがこのつらいときを過ごすときのいいヒントになると思うので、一応説明しておきたいのです。
お母さんは、結婚して仕事を辞めました。お父さんの転勤があれば、友だちのまったくいない土地についてまわりました。そこで生まれたのが、あなたです。お母さんには気軽に会うことのできる友だちはいません。仕事もしていません。お父さんは昼間家におらず、夜遅くになってようやくお母さんのいる家に帰ってきます。あなたが、お母さんの世界のほぼすべてになってしまいました。
お母さんにとって、あなたが成功することはお母さんが成功すること、あなたが失敗することはお母さんが失敗することと同じになりました。あなたが優秀な成績を残せば、お母さんの人生にも満点がつけられます。あなたが零点を取ってくれば、お母さんの人生も零点です。
賢いあなたは、これがいかに理不尽な解釈かわかっています。あなたの人生はお母さんの人生と同じではありません。別々の人格を持った、別々の人間です。それにあなたの成功は、お母さんやお父さんが用意してくれた恵まれた生活のおかげだけではありません。その恵まれた舞台の上で、あなたががんばったから得られた成功です。机と本を用意されても、あなたが勉強しなければ、あなたの成績が上がることはありえませんでした。お母さんとお父さんがどんなにお金を出して用具をそろえてくれても、あなたが一生懸命筋トレをして練習に励まなければ、部活でレギュラーになることはできません。あなたの成功は、当然あなた自身があなた自身の力で勝ち取ったものです。
しかし、あなたは両親から経済的に自立していない、という弱みがあり、そこにつけこまれている、と感じています。だから、勉強して本を読んで、早く働きたいと思っています。
とはいえ、さらに賢いあなたはすでにうっすらと嫌な予感がしています。それは、たくさん働いてたくさん稼いでも、もしかして幸せになれないんじゃないかな?という予感です。
あなたは、お父さんがきらいです。稼いできてくれるけど、「誰のおかげで食えてると思ってるんだ!」と威張ってばかりで、少し機嫌が悪いと怒鳴り散らして、家事も一切手をつけない怠けものだと思っています。だから、お父さんみたいにはなりたくありません。でも、そういうお父さんについて陰では悪口を言いながら、表立ってお父さんに反抗できないお母さんのことも不甲斐ないと思っています。お父さんに文句を言いながら、結局全部家事もやって召使いみたいに振る舞うお母さんなんてダサい。けれど、賢いあなたは気がついているでしょう。子どもを生むときに女性が仕事を辞めなければいけない社会では、お母さんはお父さんに経済的に頼らなければいけないので、お母さんがどんなに優秀でも、この状況を変えることはとっても難しいのです。
だから、あなたは不機嫌です。どんなにがんばっても、明るい未来が思い描けなくてイライラしています。お母さんのようにもお父さんのようにもなりたくないけど、じゃあどんな大人になればいいのかわからなくて、混乱しています。
その答えは、大人になったわたしも実はわかりません。でも、がっかりしないでください。あなたより少し長く生きた分、ちょっとした知恵は持っているのです。
あなたはお母さんにお母さんの人生とあなたの人生をいっしょくたにされて怒っていましたね。その怒りはとっても大切です。つまり、あなたはそこから一人ひとりの人間が別々の人生を歩むことを尊重しなければいけないことを学びました。だから、あなたはこれから先、いろんな人のいろんな人生を大切にすることができます。これは、とってもすごいことです。あなたはそんなの当然だと思うかもしれないけど、これって大人でもなかなかできる人が少ないんです。
どうして難しいかというと、あなたのお母さんとお父さんは結構忙しくしていましたよね。そして、職場と家の往復や家の中のことで毎日が終わってしまいます。友だちも少なかったですよね。そういう中で、新しい価値観とか違う人のことを想像するって難しいんです。新しいことを理解するのって頭を使います。忙しくて疲れていると、頭がどんどん固くなってぼーっとして回らなくなってしまいます。大人になればなるほど新しいことや自分とは違うことを理解して、大切にすることって難しくなります。
だから、あなたが「ここじゃないどこか」「世界はこんな風にできていないはずだ」と思って、たくさん本を読んで、いろんな人の人生を覗き見しているのは、完全に正しいことです。いろんな人の人生を読んで、理解して、こっちもあっちも素敵だなと思えることは、あなたの人生をお母さんやお父さんのものとは違うものにするでしょう。
ちなみに、あなたがお母さんやお父さんとは違う人生を歩みだしたときに、彼らは「あなたがいるからこんなにがんばったのに、見捨てるのか。」というかもれませんが、無視しましょう。たしかにご両親はあなたを経済的に助けて、彼らなりに考えて最善を尽くしてきました。でも、正義感のつよいあなたから見て、どんなに苦しい状況にあってもそれは人としてやってはいけないのではないかと思うことも彼らはあなたにしてしまいました。そういうことは、あなたが大人になって、つよくなればなるほど、許せなくなってきます。あなたのような人は、大人になってどんなに忙しく疲れていても、ひどいことははしない、というか、できないからです。
あなたはまだ成長途中で少し弱いところがあるから、誰か王子様が人生を変えてくれないかな、と想像して、自己嫌悪になることもあるでしょう。お母さんやお父さんと同じように振る舞うことのある自分に気がついて、落ち込むこともあるでしょう。でも、それで大丈夫です。そういう嫌な気持ちも、あなたを変える原動力になります。嫌だ、と思った瞬間からあなたは別の道を模索するためにたくさん考えるでしょう。
今のうちにたくさん本を読んでください。チャンスがあったら外の世界に触れて、いろんな人を話してください。不機嫌上等。怒りや嫌悪感を信じて、いっぱい考えて、新しい道を切り開いてください。