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別れ時
元恋人の私物を捨てる然るべきタイミングとはいつなのだろうか。
どうでもよさげな白Tシャツとダルダルの短パン。別れてからは益々どうでもよさげな顔でこちらを見つめてくる。わざわざ返すほどでもないが、他人のモノなのですぐに捨てるのも気がひける。
白Tシャツにはゆるい文字で「レモンサワー」と印刷されている。これを可愛いだか一周回ってお洒落だと思ってるそのセンスも鼻につくんだよ、と八つ当たりしてみても、それは元恋人に対する感情であって、Tシャツはなにも悪くない。Tシャツの方だって「僕こんなんで大丈夫なんですかね…。」という後ろめたい気持ちで生まれてきたのかもしれないのだ。
とはいえ、元カレが置いていったのはTシャツだからわたしが着たり、その後我が家を訪れた友人たちにしれっとパジャマとして貸すことができる。問題はわたしが元カレの家に置いてきたスキンケア・化粧品の類だ。元恋人が使うわけにもいかないだろうし、余計な火種になるだろうから、きっとすぐに捨てられている。これらは肌につけるモノなので、普段から使っている愛着のあるアイテムを置いていくことが多い。なんだか惜しい気持ちになる。
ある日、現在の交際相手がわたしの家で盛大にワインをこぼした。慌てて床と絨毯を拭こうとするが、雑巾が見当たらない。押入れの中をひっくり返してあぁでもない、こうでもないとやるわたしの背中越しに、彼が目ざとく例のTシャツを見つける。
「これは?」
わたしは上記の事情を手早く説明する。
「なるほど。」
彼はなんの躊躇いもなく「レモンサワー」のTシャツを赤ワインの水たまりに漬け込む。見る見る真っ赤に染まる「レモンサワー」。
今どきはGUCCIだってカタカナで「グッチ」と書かれたTシャツを売るんだよ。なんでいきなりそんなことするの。咄嗟に彼を非難する。
「だから?」
ぐちゃっと彼の手の中で丸められる「レモンサワー」。赤ワインをたっぷり吸った重みでストン!と潔くゴミ箱に吸い込まれていく「レモンサワー」。別れ時を選べなかった「レモンサワー」。
これはわたしの片想いだろうか。