きみは友だち
その奇妙なおじさんがウチにやってきたのは、3・4年前のことだった。そのおじさんは、最初、家主のいわゆる"大人の関係()"みたいなうっすい間柄にもかかわらず、堂々と我が家にあがりこんできたのだった。
そのおじさんは当然みたいな顔をして、僕の寝床にも侵入してきた。おじさんと目があった。僕はいつものようにどんなに都合のいい表情でも読み取れるように、虚無の顔を準備した。
すると、このおじさんは今までこの家を訪れたどの人間の男よりも図々しいことをしはじめた。おじさんはむんずと僕のおなかをつかんで自分の方に引き寄せた。おじさんは、僕に、魂を宿したがるのだ。
「名前なんて言うの?」
家主はちょっと困った顔をしている。
「いや…特につけてないけど…」
僕はベトナム生まれのアメリカ育ち、ディズニーランドで人気者のテディ・ベアだ。東京ディズニーシー5周年を記念して日本でデザインされ世界に輸出された僕を、なぜか家主はアメリカ留学の思い出としてカルフォルニアのディズニーランドで購入した。家主はわりかし雑な性格なのだ。僕のことも、まぁ置いときゃ女の子の部屋らしくなるっしょ、くらいの惰性で飾っていた。
「そっかー。じゃぁ、クマね!」
おじさんはさらに投げやりな名前を僕につけた。それから僕は愛くるしい見た目とは裏腹に、ふてぶてしくて、生意気で、不良で、口の悪い、tedよりはちょっとお上品、みたいなキャラクターを生きることになった。僕の役割は、朝の苦手な家主を起こし、授業に行かせ、単位を落としそうになれば勉強しろとせっつき、疲れていそうならちょっと休めばと上から目線で励ます、そんなところになった。
「クマー…起きたくないよー。」
気がつけば家主はよく僕に話しかけるようになった。仲間も増えた。上野のUFOキャッチーでつかまえてきたピカチュウ。仙台の水族館から持ち帰られたゴマフアザラシ。旅行先で大喧嘩した二人の仲直りの標としてやってきた鴨川シーワールドのシロイルカ。近所の小さなスーパー置き去りにされていたところを酔っ払いのテンションで連れてこられた丸々と太ったイルカ。
一匹一匹にちょっとした役割があって、時には恋仲にさせられたり言い争いさせられたりしながら、彼ら二人を楽しませた。気がついたら二人は毎週一緒にいて、おじさんはまだウチに来る。
「そこはさ、付き合ってんの?」
と僕が聞く。
「うっさいわ。おまえに関係ないわ。」
とおじさんが答える。家主はケタケタ笑っている。
そんなことを言うわりに家を空けることの多いおじさんは、ちょっとしたことで傷つきやすくて、衝動性が強くて、どうしようもない家主をなんとか僕たちに見守って、宥めてほしがる。ただのぬいぐるみにしては荷の重いミッションを、中がただの綿のぬいぐるみだからこそ僕に任せる。僕たちは家主よりちょっと大人で、適当で、穏やかで、いつもそこにいることが大事なのだ。
へんなおじさんは、こんな奇妙な方法で、肝心なときに家主のそばにいられない罪悪感を解消したがる。この奇妙な技は一体どこで覚えたんだろうね?噂によると、彼はぬいぐるみ好きの女の子が結構タイプで、歴代の元カノのウチもぬいぐるみがたーくさんいたんだってさ。なんか人間の闇を感じるなぁ。まぁそんなことすら気にかけない、大雑把な家主だからいいんだけどさ。
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