能登半島地震から半年経った今、ゴスペル「I Need You to Survive」を深掘り
能登半島地震から約半年が経過しました。改めて、被災された方々の心身の回復及び環境の復旧、そして亡くなられた方々の安らかな眠りをお祈りします。
日本中が心を痛めた震災のように、ゴスペルの本場アメリカでも、国民が悲しんだ事件がありました。今から20年以上前に起こった9.11、同時多発テロです。今回紹介するゴスペル「I Need You to Survive」は、9.11への想いが込められた曲です。歌詞に込められたメッセージを読み解きながら、今生きている幸せ、色んな人と支え合っていることへの感謝を改めて感じることができればと思います。
英語歌詞の抜粋
I need you, you need me
We're all a part of God's body
Stand with me, agree with me
We're all a part of God's body
It is His will that every need be supplied
You are important to me, I need you to survive
I pray for you
You pray for me
I love you
I need you to survive
I won't harm you with word from my mouth
I love you
I need you to survive
歌詞の和訳
私にはあなたが必要 あなたには私が必要
私たちは神様のからだの一部
共に立ち上ろう 心を一つにしよう
私たちは神様のからだの一部
全ての必要は神様が備えてくださる
あなたは私にとって大切な存在
私が生きるためにはあなたが必要
私はあなたのために祈る
あなたは私のために祈る
私はあなたを愛している
私が生きるためにはあなたが必要
私の語る言葉で、あなたを傷つけることはしない
私はあなたを愛している
私が生きるためにはあなたが必要
歌詞全体から伝わる「あなたに生きてほしい」という想い
私が生きるために必要な、大切な大切な「あなた」に「生き残ってほしい、これからも共に生きていきたい」という強いメッセージが伝わってきます。
なお、ここでの「あなた(you)」は、人を指します。ゴスペルはキリスト教の音楽なので、通常「あなた(You)」というと「神様(キリスト)」を指します。そして代名詞で神様を指すとき、YouにしろHeにしろ、文頭でなくても頭を大文字にします。しかし歌詞のyouは文頭でないときに頭が小文字なので、神様ではなく人を指します。
9.11で多くの方が亡くなられたり、重傷を負われたりしました。当たり前だった日常が失われる中で、今まで気づかなかった「あなた」の大切さ、尊さに気づかされる。そしてそんな「あなた」に生きてほしい。能登半島地震にも通ずる、切実な想いが歌詞に込められています。
「We're all a part of God's body」とは「オンリーワン」であり「ワンチーム」
「オンリーワン」と聞くと「世界に一つだけの花」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。今からお話しする内容は、その歌詞に近いところがあるかもしれません。
さて、この歌詞の中で、理解が難しいフレーズがあると思います。「We're all a part of God's body(私たちは神様のからだの一部)」です。この言葉は、聖書に基づいています。なおこの曲に限らず、ゴスペルの歌詞と聖書は密接な関係にあります。それでは、聖書と照らし合わせて、このフレーズを深掘りしていきましょう。(ちょっと長いですが、ご容赦ください。)
【聖書より引用(コリント人への手紙第一 12:14~20)】
実際、からだはただ一つの部分からではなく、多くの部分から成っています。
たとえ足が「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。
たとえ耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。
もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。
しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。
もし全体がただ一つの部分だとしたら、からだはどこにあるのでしょうか。
しかし実際、部分は多くあり、からだは一つなのです。
以上の聖書の言葉は、賜物(たまもの。神様がひとりひとりに贈ってくださった、才能のプレゼント)」の文脈の中で語られています。賜物を与えてくださる神様がからだで、それぞれ異なった賜物を受け取った人が手や耳といったからだの器官に例えられています。どんな賜物を贈られたかに優劣はありません。足も手も耳も目も、どの器官もからだにとって必要であるように。芸術や雄弁といった人の注目を浴びる賜物も、掃除や節約といった直接は見えないけど重要な賜物も、それぞれが神様から贈られた特別なオンリーワンなのです。
そして、たくさんのオンリーワンによって一つのからだになる。それぞれは違うけれども(むしろ、違うからこそ)、ワンチームなのです。だから「Stand with me」「Agree with me」と、個人ではなく一緒に困難を乗り越えようとしています。
以上を踏まえて「We're all a part of God's body(私たちは神様のからだの一部)」という歌詞を見てみましょう。私たちは神様のからだの一部ということは、私もあなたも、神様にとって、そしてお互いにとって、かけがえのないオンリーワンであり、ワンチームなのです。そのことを9.11を通じて、日本人である私は震災を通じて改めて思い知らされました。だからこそ、かけがえのないあなたには生きてほしい。共に乗り越えよう。そんな思いが、この歌詞には込められていると思います。
愛がなければ、オンリーワンでも意味がない
先ほど紹介した聖書の言葉には続きがあり、愛について語っています。なおここでの「私」はパウロであり、「あなた自身」に置き換えてもよいかもしれません。
聖書より引用(コリント人への手紙第一13:1)
たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、うるさいシンバルと同じです。
「異言や御使いの異言」は賜物のひとつです。音色の素敵などらやシンバルを持っていても、適当に鳴らしたら楽曲全体を台無しにしてしまいますよね。私たちのオンリーワンである賜物も、愛をもって用いなけれれば意味がなくなってしまうのです。
この楽曲の作者Hezekiah Walkerは、9.11で心を痛めたアメリカに向けて、ゴスペルと言う賜物を愛をもって発信しました。私たちは能登半島地震に対してどのように賜物を用いられるでしょうか。考えさせられると共に、行動しようと思います。
平穏な時こそ、身近な人に愛をもって接する
最後に…
能登半島地震から半年、東日本大震災からは13年以上経過しました。ほかにも熊本地震や西日本豪雨など様々な災害がありましたが、時が経つにつれてどんどん記憶が薄れていってしまいます。
でも、今平穏な日常を送っている人でも、明日どうなるかはわからない。テロや震災のように、身近な人が一瞬にして奪われてしまうかもしれない。だから、日常を送れている時こそ、身近にいる人たちに愛をもって接しよう。このように、I Need You to Surviveのメッセージを今の自分に適用しようと思います。
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