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電子書籍と紙の書籍

最近私が読んでみておすすめしたいなと感じた小説
村井光さん著
『世界で一番透き通った物語』をご紹介します。

帯に「電子書籍化絶対不可能」
「紙の本でしか体験できない感動がある」と書かれていて
興味を惹かれたため手にとってみました。

大御所ミステリ作家の宮内彰吾が、癌の闘病を経て61歳で死去した。
女癖が悪かった宮内は、妻帯者でありながら多くの女性と交際しており、そのうちの一人とは子供までつくっていた。それが僕だ。
宮内の死後、彼の長男から僕に連絡が入る。
「親父は『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの小説を死ぬ間際に書いていたらしい。遺作として出版したいが、原稿が見つからない。なにか知らないか」
奇妙な成り行きから僕は、一度も会ったことがない父の遺稿を探すことになる。知り合いの文芸編集者・霧子さんの力も借りて、業界関係者や父の愛人たちに調べを入れていくうちに、僕は父の複雑な人物像を知っていく。
やがて父の遺稿を狙う別の何者かの妨害も始まり、ついに僕は『世界でいちばん透きとおった物語』に隠された衝撃の真実にたどり着く――。

Amazonより あらすじ

今回はミステリー作品なので
ネタバレなしでいきたいと思いますが
ラストで「どうして紙の本でなくてはいけなかったのか」
ということがわかったときは
「あーそう来たか!と思わず唸ってしまいました。

非常に人に勧めたくなる作品なのですが
「とにかく読んでみて」としか言いようがないもののため
興味の惹かれた方はぜひ読んでみてください。

ここから先は物語の筋とは関係なく
電子書籍と紙の書籍について感じていることについて
書いていきたいと思います。

電子書籍が世に出始めた頃
「端末なんて読みにくいから私は使わないだろうな」
と思っていました。

けれども、扱われる作品数が増えたことや
特に漫画作品を読むようになったことで
いつのまにか電子書籍で読む機会が増え
最近ではほとんど電子書籍で読んでいます。

ダウンロード文化が広まったということも大きいかなと思います。
私が学生の頃は電子書籍もないですし
今では大きな書店さんは
インターネットから本の取り扱いを検索できるシステムがありますが
そういうものもありませんでした。

そのため「この本が読みたいな」と思い立ったら
書店に足を運んで探すしかありませんでした。
見つからないと、行けそうな範囲の書店まで
ひたすら自転車を飛ばして行きます。
散々探し回ってあげく見つからなかった時のガッカリ感が
半端なかったなぁということを覚えています。

「読みたいな」と思ったら
明日でもあさってでもなく
「とにかく今、読みたいんだ!」というわがままな気分なのですが
音楽もそうかなと思っています。

「今、この気分のだからこそこの曲を聴きたいんだ!」ということが
昔はそれを実現することはできなかったのですが
今はそれが可能になっているため
すぐに手に入るという便利さを知ってしまうと
なかなか後戻りできないなと感じます。

ただその影響を受けて
地方では書店がどんどん減ってきています。
最近も私がよく通っていたところが閉店してしまいました。
「残念だな…」と言いつつ
電子書籍を使っている私はその衰退の片棒を担いでいるので
全く言う資格はないのですが。

生成AIもそうですが
このような時代の変化というのは
なかなか止めることはできないなと思います。
ハリウッドでシナリオライターなどを保護するため
生成AIの排斥運動などが起こっていたりしますが
これは時間稼ぎでしかないようにも思えます。

そのため今回ご紹介している本のように
「紙だからこそ」というのを追求しているというのは
非常に面白い試みだなと感じます。

電子書籍にすると「情報」という側面だけが切り取られますが
紙にすることでモノとしての価値を持つようになると思います。
そしてモノというのは空間を占めるものです。

断捨離のやましたひでこさんも
「空間の中に物があると
 必ずそれが無意識に人に働きかけるのだ」
というふうにおっしゃっています。

本も同じで
その本が持っているメッセージや著者の思いというのが
空間にそこはかとなく漂うものだというふうにおっしゃっていました。

特に図書館に行くとそれを感じるなと思います。
物理的にずらっとたくさんの本が並んでいる
ということで非常に圧倒されます。
そういう時私は
「一生かかっても読みきれないな」と感じて
寂しさと同時に清々しさも感じます。

書店と図書館に漂う雰囲気の違いについて
これは個人的な感覚なんですけれども
書店の本というのは
こちらの気を引こうとするなというふうに感じます。
これは書店員さんたちが
非常に工夫を凝らしていらっしゃるからだと思います。
図書館に入るとなんとなく静かで落ち着いた気持ちになるのは
図書館の本というのは
まどろんでいる感じがするなと思うからです。

背表紙をつまんで引っ張り出すと
ハッと目を覚ますという感じで
出入りの少ない本というのは
完全に寝ちゃってるなっていう風に感じます。

本棚の間を歩いてると
独特の香ばしい香りがするようにも思います。
古い紙とインクの匂いだと思うんですけれども
どことなくウッディな香りで
積極的にクンクン匂いを嗅ぎに行ったりはしませんが
個人的に非常にいい匂いだなと感じています。
一部の人にはウケる
アロマテラピーなんじゃないかなと思います。
紙はパルプ…元は木からできているので
時間が経つと木に戻ろうとしてるんじゃないかなとも思います。

もう一つ、モノとして本があるという良さが現れるのは
小さいお子さんに対してじゃないかなとも思います。

小さい子供というのは何でも口に入れようとしますが
これは自分が持つ五感すべてを総動員して
世界を理解しようとしているからと聞いたことがあります。

私の実家に、子供の頃読んでいた絵本がまだとってありますが
お気に入りの絵本というのは当然ボロボロになっており
必ずと言っていいほどかじった跡がついています。

母は「この話が好きすぎて食べようとしていたんだ」と話していましたが
子供の発育段階の当然の反応でもあると言えます。

ただ電子書籍ですとタブレットで
かじられてしまうと非常に困りますので
「ダメダメ」と取り上げるしかなくなってしまいます。

それから各地の図書館でお泊りイベントというものがあるのですが
それもモノとしての本があるからこそできることかなと感じています。

このお泊りイベントですが
お泊まりするのは子供本人ではなくて
その子が大事にしているぬいぐるみです。
小さい子は結構な確率でぬいぐるみの友達がいるものかなと思います。

夕方にぬいぐるみたちが図書館に集まってきて
夜お泊りをするという風な設定になっています。
ぬいぐるみたちは本を読んだり
みんなで集まって遊んだりしているのですが
その様子が写真に収められて後日その子に送られてきます。

ぬいぐるみはその子の分身でもあるので
ぬいぐるみを通して
その子が疑似体験をすることができるという効果があるそうです。

ぬいぐるみが帰ってくるとき
「そのぬいぐるみが読んでいた本です」
ということで数冊貸し出しをされるそうです。

この本はその子の読書履歴から
その子が興味を持ちそうでかつ
まだ手に取ったことがないジャンルから選定される
というふうに聞いています。

大人から
「この本読んでみたら?」というように薦めて反応が薄かったとしても
「ぬいぐるみのお友達が読んでいたんだよ」というふうに進めると
結構読んでくれるのだそうです。

イベントの内容を聞いた時は
なんて可愛いイベントなんだろうと感動しました。

紙だからこそモノだからこそという魅力があると思いますし
紙の本がこの世から消えてしまうというのは
なんだか寂しくもあるなと思います。

電子書籍の良さと
紙の本の良さというのが
共存していってほしいなと思います。

カバー写真:CapucineによるPixabayからの画像


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