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お金ではない方法で支払うとは

以前あるフリーマーケットに遊びに行った時に
初めてギフトエコノミーというものを経験しました。

そのフリーマーケットは
自然農の野菜や、環境に配慮した天然素材の雑貨を扱ったお店や
不要品のシェアなどのお店が数多く出店していました。

私はそこで「米粉たこ焼き」というお店を見つけ
美味しそうだったので買おうと思って店先に近づいて
ちょっと困ってしまいました。
なぜなら値札がなかったからです。

そこでお店の人に
「すいません、 おいくらなんですか?」と聞くと
「値段はご自身で決めてください。
 お金で払っていただいてもいいですし
 お金じゃない形で表してもらってもいいです」
というふうに答えられました。

ちょっと言ってる意味がわからず
「お金じゃない形ってどういうことですか?」と聞くと
「次回のフリーマーケットの時にお店手伝いに来ますね」
と約束してくれた人がいたり
大雪が降った日に雪かきをしに来てくれた人がいたり
あるいは店先で歌ってくれた人もいた、とのことでした。

その説明を聞いてもちょっと意味がわからず
非常に戸惑った顔をしていると
お店の方は
「お金というものについて考えるきっかけの一つにしてもらいたくて
こういうことをやってるんですよ」
と話をされました。

本当にどうしたらよいのか困ってしまい
「一旦、出直します」と言って
少し離れたところからお店の様子を見ていました。
すると、慣れた様子で来て
「今回はお金で払うねー」と言って
500円を入れていく人がいました。

「なんだ、お金でいいんじゃん…」と思ったのですが
せっかくだし何か提供できるものはないだろうかと考えていました。

ただ手伝うにしても、その後用事があったので
「私の時給ってどれくらいなんだろう?
 何時間働いたらたこ焼き代になるのかな」と考えてもわからなかったり
私が提供できるものは手っ取り早く労働力と考えてるんだな
ということに気づいたりしました。

また次回払うとか、何か別の機会に手伝うのは
ちょっと面倒くさいなとも思いました。
というのも、この人の住んでいるところを聞いて訪ねて行って
「いついつ米粉たこ焼き食べたものなんですが…」と言って
何かさせてもらうのか…と考えると
何か買う時に相手との関係性を築かなくちゃいけないなんて
面倒くさいと感じるためです。

また店先で歌った人がいるということについても
価値がある歌声と、価値がない歌声があるという考えを
自分が持っているということにも気づきました。

例えばMisiaさんが店先で歌ってくださるのと
ジャイアンが店先で歌うのとでは
明らかに価値が違うじゃないかというふうに考えたりしました。

またお金で払うにしても
出した額が相手から見て「安いな」と思われたら嫌だけれども
かといって払いすぎてしまうのも
何だか損したような気がして嫌だなと思い
無意識に自分の中で決めている相場というのと
相手にどう思われるんだろうかっていう気持ちの
攻めぎ合いもありました。

また、例えばお腹を空かせた食べ盛りの高校生が
10人くらいで大挙して来て
「今、10円しかないんです」と言って
お店のもの全部食べ尽くしていったらどうするんだろう…
そうなってしまうと労力にあった対価が得られない可能性もあり
「この運営の仕方は大丈夫なんだろうか」と思ったりしました。

そうやっていろいろ考えているうちに
だんだん面倒くさくなってきてしまって
「そうまでして私、このたこ焼き食べたいのかな?」
と思ったりしました。

散々考えた結果
結局「500円で」と払ってたこ焼きをもらいました。
なんだか何かに負けたような気持ちになり
どういう形かわからないけれど
なんだか素敵な払い方をしたかったなというふうにも考えました。
たこ焼きはとても美味しかったです。

この経験からお金とか値段がついてるというのは
すごく便利なことなのだなということを感じました。

その直後にショッピングモールに行ったのですが
当たり前のようにすべてのものに値段がついていて
商品とかサービスが欲しくて
それが値段と合っていると思えば買えばいいし
高いなと思えば買わないというように
非常にシンプルだなと感じました。

「いちいち考えなくていいってなんて楽なんだろう!」
とつくづく思いました。

お金というものを介在することで
相手のことを知らなくても取引ができるというメリットがあると思います。
相手が何に価値を置いて、何に価値を置かないのか
何を喜んで、何をいらないと感じているのか…
相手のことを全く知らなくても
その瞬間だけのやり取りで済むということになります。

値引き交渉というものもあり
一定のラインを引いてあることで
それよりも損をするのか得をするのかという攻防線がありますが
全く何もないところからやり取りするとなると
かなり難しいなと感じました。

またお金というものを使うことで
タイムラグがない取引ができるなと思います。
相手との信頼関係がなくても取引できるとも言えます。

先ほどお腹を空かせた高校生たちの例を出しましたが
その瞬間は10円しか払ってくれなかったとしても
次のイベントで人手が足りないときに
「この間のお礼に」ということで
テントを建てたり手伝ってくれたら
すごく助かるんじゃないかなと思います。

いつか返してくれると信じて
その瞬間を食べさせてあげるということをしたとしたら
どんな形でいつ返ってくるのかっていうのを
コントロールできないということになります。

このようにお金は時間とか空間を超えて
安心してやり取りができるというメリットがあるなと感じました。

ギフトエコノミーというのは
ものと貨幣を交換する資本主義の経済から外れ
見返りを求めずとにかく与えることを優先する経済のことを指すそうです。

他の人のために自分が何ができるかを考え
助けを必要としている人に役立つ行動をする。
助けられた人はその経験に心を動かされ
直接恩を返さなくても
誰か他の人に恩返しをしようと思うようになる。

https://ideasforgood.jp/glossary/gift-economy/

どうして今回この話をしようかなと思ったかといいますと
今度ある講演会に聴講に行くのですが
チラシに「ギフトエコノミーでお支払いしてください」
と書かれていたためです。
「出たな…ギフトエコノミー」と少し迷ったのですが
今回は「便利なツールですから」と自信を持って
お金で払おうと思っています。

ただいつかはお金じゃない
何か別の形にも変換できるような自分になりたいなと思います。
けれども、それが一体何なのかというのが全く思い浮かばず
「お金って難しいな」と感じた出来事でした。

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