PS1黄金の河 PS2大いなる船出 1

#PS2 でアーディタが愛しそうにナンディニを語る時に出てくるのは常に出会った頃の瑞々しい姿。結婚する気満々だった矢先にいきなり訳も分からずその彼女がいなくなったのはアーディタにとって第一のトラウマ。彼自身がそこで自分は一度死んだと言っている。彼の心の大部分はそこに留まったまま血を流し続けている。

アーディタは本来とても純粋で純心な人。ナンディニと結婚するためなら皇太子の身分もチョーラも捨ててどこか遠方でひっそり暮らしてもいいと本気で思っていたのだろう。でもそれは彼が王家の暮らししか知らないから言えたことかもしれない。アーディタは貧乏な暮らしも人に蔑まれる身分も知らずに育っているから。 ナンディニはその両方を知っている。 それでも自然の中で「森は私のもの」と言えるような状況ならアーディタと一対一の時には対等に語り合えていたのだと思う。 でもクンダヴァイが兄の恋人のことを聞きつけ戯れに宮殿に招いて有り余る宝石でナンディニを飾った時、圧倒的な彼我の差を思い知ったのだろう。 例えクンダヴァイにそのつもりはなくとも、その場のナンディニは彼女達のなぐさみものであり、体のいいお人形だった。あろうことかその場に現れたアーディタまでもがその意地悪に加担する。 「クンダヴァイ、それはどこの姫だ?」 とは、アーディタにとっては気の利いた冗談のつもりであったもナンディニにとっては屈辱以外の何物でもなかったはず。何故なら彼は自分が「姫」などではないことを百も承知なのだから。 この時にナンディニが「贅沢」を求めるタネが植え付けられたのだと思う。 それは実際に絹や金銀宝石で身を飾ることも含め、自分を小馬鹿にしたクンダヴァイと同じ立場、或いはそれよりも上になって彼女を見返したいという密かな願いではなかったか。 「王妃の座」というのはそのためにこそ欲しいと願ったものではなかったのだろうか? 出征したアーディタの帰りを彼女が黙って待ち続けたのも「王妃の座」につくためだったし、それはもう目前に迫っていたのに。 だがアーディタが彼女を結婚相手として紹介した時、王家の人々はそれを許さなかった。 この時アーディタ、ナンディニ、クンダヴァイ、皇太后がいるのはパラヤライ。父王がどこにいるのかは不明だが、彼も顔も見ずに反対したらしいので首都タンジャイの宮殿にいたのかも。何故「顔も見ずに」と言えるのかというと、後年立太子の式典にパルヴェート候夫人として出席した際に初めてナンディニの顔を見た風だからです。 とにかくその後程なくしてナンディニが追放された時、アーディタがそれをクンダヴァイのせいだと思い込んだのも無理はないこと。実際は父王が命じているのだが。 ナンディニの方は「この場で死ぬかさもなければ」で出て行く方を選んだという感じだが、王家の軍人がそれを伝えに来たなら皇太子との結婚が望まれていないというのはハッキリ理解できたはず。 それをその後拾ってくれたパーンディヤ王の侍女(ヴァースキだっけか)に「あなたを誘惑して捨てたのはアーディタ」とことあるごとに吹き込まれ、すっかりそう信じ込んでしまったのだと思う。 アーディタはたぶんそのこと、ナンディニが追放を自分のせいだと思い込んでるのは気づいてもいなかったんじゃないか。 或いは気づいていたとしても、結果的にナンディニが追放されたのは自分のせいに違いないとして、説明も弁解もするつもりはなかった可能性もある。それが当時の「男らしさ」だから。 でも私はアーディタが一言「あの追放は自分の意志ではなかった」とナンディニに言ってあげていたら、多少は違ったんじゃないかなと思って悲しいのよね。少なくともナンディニが抱えていた心の重荷は少しだけ軽くなるはずだから。 しかしその「誤解」はそこに存在することさえ知られぬまま二人は再び相まみえることとなる。 ここで二人で逃げよう的な提案をしたのに対しナンディニが断り、その理由が「宮殿に住みたい。贅沢したい」だったために絶望の淵に追いやられるアーディタ。何しろ純粋な彼の心に住んでいるナンディニは質素だが自然の中で輝きを放つ初恋当時のままの姿なので。現在の彼女の豪奢な姿を見ても決してアップデートされないのがアーディタの恋心なんである。言っちゃ何だか、決して成就されない恋なのだ。 それでも現在のナンディニを受け入れようとアーディタは努力している。「せめて許せないか?」との提案は、皇太子としてできるギリギリ謝罪に近いものだった。 カダンブル城に招かれた時点でアーディタはもう死を決意していたと思う。それでも皇太子として、今後生きるためにはどうしても必要なナンディニからの赦しを得ようとしたのだ。 皇太子という身分も国も捨て、ナンディニと二人で生きていく提案もちゃんとした。 でもどちらも拒まれ、自分が愛した初々しい少女はもはや存在しない事も明白になり、アーディタ残されたものは死しかなくなった。 それこそが彼がずっと望んでいたもの。 ナンディニの手にかかって絶命すること。 彼は自分の心に巣くう願いを、その暗い喜びを知っていたから頑として彼女が暮らす首都タンジャイに戻ることを拒否していたのだろう。 その代わりに北方に遠征して次々に諸国を征服し敵将の首を刎ねて本当の望みの代わりとしていた。そのさなかに妹の結婚相手にぴったりな勇猛かつ愛くるしいデーヴァンを見つけ、しばらくぶりに笑顔が戻ったのかもしれない。自分の使者として難しい任務を与えたのは彼が王家にふさわしいかどうかのテストも兼ねてたのかも。 デーヴァンは任務を果たし、クンダヴァイの心を掴んでアルンモリも生還させた。これでもうアーディタに思い残すことはなくなった。 王子王女の再会のシーンで分かる事は、クンダヴァイは兄の心を知っているし、アーディタは彼女が自分の心を読んでいることを知っている。クンダヴァイが「カダンブル城に行かないで」と言う時、兄上は絶対従わないことがわかってるし、アーディタが「そうする」という時妹が自分の嘘を見抜いていることを知っている。二人ともその先に何が待ち構えているのか分かっているのだ。 アーディタが自分の死に場所にカダンブル城を選んだのは、そうすることで自分達の政敵を一掃することができるからだ。 皇太子が殺されれば、その城の持ち主はお家断絶、招いた者も同様、下手人は串刺し、そこに居合わせただけでも暗殺を防げなかったかどで何らかの罪に問われる可能性がある。次期の王位をマドゥランダカ王子にと企んでいる貴族達の勢力は確実に弱まる。 アーディタはそう考えた。どうせなら自分の死を最大限に利用しようと。だからデーヴァンについてくるなといい、来たら「どうなっても知らんぞ」と忠告したのだ。 そして望み通りにナンディニの手が握る短剣で自分の心臓を突き刺した。 最後の瞬間に浮かんだアーディタの笑みはとても穏やかでやすらぎに満ちたものだった。苦しみに満ちた生を終わりにできる喜び。ナンディニを苦しめた代償を自分の命で払うことができて彼は満足だったろう。 アーディタの恋は一途だが一方的なものだった。 彼はナンディニ本人ではなく、その面影ばかりを恋慕っていたのだから。それは現代の私達が「推し」を追うのと大差ない。そこには愛はあっても生活がない。 ナンディニがどのぐらいアーディタを好きだったのかは分からない。 皇太子に見初められたという事実だけで少女なら胸がいっぱいになって、それを恋と思うだろう。 追放され、アーディタに捨てられたのだと言われ、恩人を目の前で殺されても、少女の頃の甘い思い出が胸をよぎることはあったかもしれない。 カダンブル城でアーディタは自分が殺すと宣言してさえもなおためらったのは、殺人への忌避感だったのか彼への思慕が残っていたせいなのか……。 でもアーディタと言葉を交わす内に彼の想いが現実の自分に向いてないことには気づいたのだと思う。自分の望みを叶えてやると言いつつ、結局彼本人の念願を果たす道具にされたという事実にも。 それだからナンディニは自分が身につけていた贅沢品の数々を返し、パルヴェート候の愛に感謝しながら河へと身を沈めたのだ。観念でしか愛を語らないアーディタと違って物質で自分を満たしてくれたのがパルヴェート候だったから。彼女の求めるものが分かっていて、それを充分に与えてくれるのも愛の発露の一つだと漸く理解できたのだ。 それで彼女が抱える心の「飢え」が満たされ、幸福を感じることができていたのだと。 悲恋のヒロインとしてはナンディニのモノローグが珍しかったのでどういう事かずっと考えていて、こういう結論に至りました。 「物欲満たすのが愛」ってわけじゃなくて、ナンディニの心を慰撫するためには「贅沢」が必要だったということです。 まあまだまだ分からないことだらけなんですけどね。

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