【HRMエキスパートの視点】第6回経営戦略と人事戦略をつなぐ人材マネジメント史の重要性
CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。
【HRMエキスパートの視点】では、事業会社の人事部門における実務視点と、HRMコンサルタントの視点の両面の視点をお持ちの株式会社Trigger 代表取締役 安松 拓也氏から、「人的資本」や「人的資本経営」に関する業界の動向や見解をご紹介いただいています。
第6回のテーマは、「人材マネジメントの状況を継続的に把握するためのデータ集約」です。
第4回のテーマ「人事のデータ活用を阻む3つの壁」では、
・ここ数年で高まった「データドリブンな人材マネジメント」や「人的資本経営」の重要性
・その実現のために人事領域におけるデータ活用がますます必要となること
・にも関わらず、データに基づく人的資本のモニタリング、あるいはデータに基づく人事の意思決定を恒常的に行う状態に至るにはまだまだ道のりが長いという体感値
・その要因として人事部門における「集約」の壁、「継続」の壁、「活用」の壁の3つの壁
を挙げました。
そのうち「継続」の壁については、人材マネジメントに関する情報・データの集約・集計は、ほとんどがある特定の人事課題の抽出や施策の検討のために行われていて、人材マネジメントの状況を恒常的・継続的に把握することを主目的として行われることはまだまだ少ないのではないか?という所感を書かせていただきました。
今回は「人材マネジメントの状況を継続的に把握するためのデータ集約」というテーマを深掘りして、自社の人材マネジメントにおけるヒストリーの記録や共有の重要性について考えてみたいと思います。
「経営の課題」があり「人事の課題」がある
皆さんの会社では、過去の人事施策が、どのような経営課題のもとに実行されたのか?が経年の中でよくわからなくなってしまった・・ということはないでしょうか?
例えば、「この年から人員構成に変化が見られるが、何かを変えたのだろうか?」とか、「ある年代から人材育成投資が増加しているが、なぜそうしたのか?期待効果は得られているのか?」などといったケースです。
人事の施策や取り組みは、仮にちょっとした人事制度上の歪の解消であったとしても、決して人事処遇上の問題を解決するためのみに行われることはなく、(たとえそれが言語化されていなくても)めざす事業運営・組織運営に対する阻害事象があり、それを根本的に解決するために企画され、実行されます。「経営の課題」があり「人事の課題」があるというのは、戦略人事の基本公式です。
ですが、第4回の記事でも触れたように、
人事メンバーが多忙ゆえに、目の前に必要な情報集約に終始し、継続的に蓄積していくことを前提として情報集約することは稀であること
担当者の異動や退職によって業務継続が途絶えること
などの状況から、私がこれまで勤務した会社やご支援した会社でも「経営課題」と「人事課題」、「施策」と「結果」を振り返ることができない状況でした。
「何のために/何を期待成果として、いつ何をし、その結果、人事の各種KPIがどうなったのか?」のトラッキングは極めて難しいということが現状からわかります。
「社史」や「人材マネジメント史」から自組織の“癖”を読む
そんな中、ある会社の人事マネージャーの方が、会社の主要な歴史や業績、各フェーズでの中期経営計画のポイント、毎年の事業上の肝となる施策を時系列に並べ、それと同時に、社員数や人員構成、給与水準や人件費、生産性指標や勤務関連指標など、人材マネジメントに関わる各種KPI、そしてその年に実施した人事施策の課題認識・目的・結果の考察を書き添えた、自社の人材マネジメントに関するヒストリー表を作成されていました。
それを拝見したときに、その方の意欲とともに、資料の意義に大変感銘を受けたことを覚えています。なぜ意義が大きいと感じたか・・・それは、「組織はどれとして一様なものはなく、何をしたらどうなるか?のケミストリーは組織ごとに異なる」と思うからです。
組織のカルチャー・体質や慣性などは、理念や経営トップのスタイル、構成する人材の特性や関係性など、目に見えない多くの要素が複合的に織り成しているものだと思います。したがって、課題に対してはもちろん論理的に仮説を持って臨むものの、施策が結果に至るスループット※は、実際にはすべての組織ごとに異なり、そこで起こっていることは完全には解明できません。
組織にはその組織固有の“癖”のようなものがあるということです。
この“癖”に対する私たち人事の“読み”が、経営の課題を踏まえた人事施策・取り組みの成否に大きく関わってくると思うのですが、見えない要因が織り成し論理のみで解明不能の組織の“癖”は、歴史を紐解くことで推察しえる面が大きいのではないでしょうか。まさに「温故知新」です。
スモールスタートから、「人材マネジメント史編纂」を組織に組み込む
手順としては、まずは「継続」の壁を打破し、人材マネジメントの状況を継続的に把握するためのデータ集約を、人事組織内の恒常的な業務機能として組織の中に組み込み、担当を決め、取り組んでいく必要があります(既に言及したとおり、それとて決して容易なものではありませんが)。
そしてそのデータを素材として、定性的な人材マネジメントのヒストリー―「何のために/何を期待成果として、いつ何をし、その結果、人事の各種KPIがどうなったのか?」-についても記録し共有していくための取り組みを、まずは昨年度の取り組みの振り返りから、スモールスタートで始めてみてはいかがでしょうか。
経営陣や人事メンバーの自組織の“癖”“ケミストリー”に対する感度・感覚を高め、必ずや将来の御社の、「経営課題を踏まえた人事施策・取り組み」の確度を高めるために有用なものになるはずです。
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