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伝道ラジ番早朝移行に「待った」

80年代に入ってAM民放ラジオの、あるキリスト教番組がそれまで朝6時10分放送開始をキープしていたのが、局から、早朝5時10分への移行を通達された。そのことに対し番組支援母体たる神戸の地域諸教会から反応があり、局の社長宛に再考を強く求める嘆願をした。そんな、今日のキリスト教の状況から見ると珍しく感じられる動きの記事が1981年2月15日のクリスチャン新聞に掲載された。

時あたかもゴダイゴ出演キリスト教テレビ番組が視聴率稼げず、メディア業界に影響?

時あたかも、同81年1月18日号に、東京12チャンネルで放映した「クリスマス・スペシャル<一部>クリスマスと世界の孤児たち <二部>ゴダイゴ・イン・クリスマス・チャリティー・コンサート」についての記事(私のNOTEでは「視聴率全てではないが… 心に届く番組なのに」と題してその記事の件を書いた)が載った直後。
これは、超人気音楽グループ「ゴダイゴ」が生出演したのに、関東圏の福音派的諸教会を母体にしてクリスマスイブのゴールデンタイムに1時間半、地上波(当時は地上波しかない)東京12チャンネル(テレビ東京)で放映された番組が視聴率3%しかなかったという記事が載ったばかり。

ゴダイゴのチャリティーコンサートのライブ中継と共に「世界の孤児たちのために働く」若者たちの姿を伝えた東京12チャンネル制作の好番組であったのにである。(妄想的に言えば24時間テレビ「愛は地球を救う」(1978年開始)みたいなのに倣ったのかもしれない)
しかし多くの中高生から「自分も将来、国際協力の働きをしたい」「福祉の分野に進みたい」という反響があった。
けれども視聴率3%(これは東京12チャンネルのゴールデンタイム通年視聴率6%の半分しかない)……。

メディア業界に、「キリスト教(界)と組んで放送をしても当たらないという評価」につながるものが生じたかもしれないとふと思う。

そういう中で今回は、高聴取率を誇る、朝のキリスト教伝道番組が、より条件の悪い早朝の時間帯に追いやられそうになった時、神戸の教会・牧師はそれを阻止しようと奮闘した物語でもある。

朝6時から早朝5時への移行が通告された

局は神戸の「ラジオ関西」(558kHz)、番組は「ルーテル・アワー『心に光を』」である。

当時、正木茂牧師をレギュラーの「ラジオ牧師」に、その強力で独特なパーソナリティを押し出して分かりやすい伝道メッセージが語られ、約70万人の聴取者を得、月1300通の反響の便りを受け取っていた。放送聴取を機に求道し、洗礼にまで至った人は(1968年開始以来13年間で)60人以上いたのである。
早朝時間への変更で、聴取者数が「大幅に減る」(クリ新記事より)ことは目に見えている。

局が時間変更を求める理由は、深夜にDJ番組を構想し、「現時点」で深夜に展開している「旺文社大学受験講座」を朝6時帯に持って来たい。だからキリスト教番組さんはもっと早朝に行ってくださいというものだった。

「時間を変えないで」とハガキ作戦

番組を支える母体である、神戸の福音派系プロテスタント教界側では1月30日、「神戸宣教祈祷会」の「クリスマス準備会」という場で対応策を検討した。会議に参加した10数人の牧師らは、単に放送時間繰り上がりということ以上に、「教会に対する世俗化の挑戦」であると受け止めたという。そして、この状況に対して「何らかの方法で戦っていくことを決定した」。

この「世俗化」という言葉とその使い方が私にはよく分からない。

「現代用語の基礎知識」によると、社会に対する宗教の影響が後退し、個々人がそれぞれに信奉する私事的なものに限定されていくこと。「日本大百科全書」は、「宗教の個人化ないし私生活化を意味すると説く宗教学者が増えている」とする。
さらに、それが「教会に対する挑戦」であるとは何を意味しているのか、ちょっと考え込まされるフレーズではある。

それはさておき、興味深いのは、1月30日に集まった牧師さんたちが何を実行したかである。
まず、放送時間変更しないよう嘆願するキャンペーンへの参加を呼びかける「要請書」を神戸一帯の諸教会に送付した(あるいは、送付する段取りをつけた)。

そして「時間帯を変更しないでキャンペーン」が実行に移された。
そのキャンペーン方法は①聴取者の立場で、ラジオ関西の坂上豊社長宛のハガキを出して嘆願する②各教会で署名運動③正木茂牧師、小豆正夫牧師らがその署名を携えてラジオ関西に赴き、直接交渉するというもの。

なかなか具体的な戦術である。
1月30日の「クリスマス準備会」の翌々日、2月1日が日曜礼拝の日で、その際、神戸西部教会(日本イエス・キリスト教団。小豆正夫牧師)や鈴蘭台福音教会(単立、当時。水川武志牧師)など「かなりの教会では多数の信徒が福音放送による証しなどを書いた嘆願ハガキを投函した」と記されている。

これは、「嘆願書」を受け取って検討した結果というより(そういう時間の余裕はなさそうだ)、「クリスマス準備会」に出席していた牧師らが、出席していなかった牧師・教会宛の「要請書」の文面にまで練り上げて、投函までの段取りを付けた一方、2日後の日曜に早速、自分の牧会する教会の信徒に呼びかけてハガキを書き投函したということだろう。

スピード感のある対応に感心

非常にスピード感のある動きだと感心する。

その件が2月15日付けのクリスチャン新聞記事として掲載されるという手回しの良さである。日曜の日付で発行されるクリスチャン新聞2月15日号というのは、先週日曜の前日の土曜、つまり7日に印刷・発行されたものとなる。
「クリスマス準備会」での対策会議(1/30)→会議出席牧師の教会でのハガキ作戦実行(2/1)→クリスチャン新聞に記事掲載・印刷(2/7)というスピード感だ。おそらく、対策会議の中で「クリスチャン新聞にも知らせて記事にしてもらおう」ということになったのだろう。

そのハガキ作戦だが、多数の信徒が「福音放送による証し」などを書いたとクリスチャン新聞は伝える。その中には、「心に光を」を聞いたことをきっかけに求道し、クリスチャンになって幸いを得た人々もいるだろう。あるいは、信仰生活の中でそのラジオ番組を聴いて心の支えにしたり、また知人の助けとなるためキリストを伝えるよすがに、「この番組聴いてみて!」という具合に用いていることをハガキに書いたのだろう。

そのクリスチャン新聞記事を読んで、さらに嘆願キャンペーンに加わる人もいるという相乗効果もあったのではないだろうか。

メディアを使うセンスがある

こういうことをするにはスピード感が大切だ。そういうことが即座に起こせたことは、なかなか評価すべきだと思うし、また信徒らがラジオ伝道を「人ごと」とはせず、「我がこと」としてその大切さを訴え、「今」の時間帯に置いておいてくれるよう嘆願するは頼もしい出来事であった。
また、ラジオとか新聞というメディアの特性を活かした動きであった。

さて、その結果どうなったか(ラジオ関西はどう反応したのかなど)はこの記事には記されていない(現在ラジオ関西での「心に光を」は早朝5時5分の放送である)。
後日のクリスチャン新聞をチェックしてみる必要がある。
見つかったら、私のNOTE追加記事に記したい。

神戸ではそれから14年後の阪神淡路大震災の際、いち早く「超教派」の救援ボランティア基地が立ち上がり迅速な活動が進められることになった。
その際も、この迅速対応体質・体制が活かされたわけであった。またクリスチャン新聞にいち早くその「救援基地」のことが報じられたことも要因であった。

ちなみに、「ルーテルアワー」と冠するラジオ放送は80年代はじめ、全国で、いろんな形態、支えられ方によって10に及んだが、現在に至るまで存続しているのは、「ルーテルアワー『心に光を』」だけである。正木牧師単独体制から、複数牧師が交代で伝道メッセージを語る態勢になっても存続は保たれている。それは神戸ルーテル聖書学校内に録音スタジオを持ち、西日本福音ルーテル教会を中核として放送を支える地元神戸の諸教会の支持の賜物と言うべきだろう。

ラジオで番組を持つというようなきわめて公共性にまつわる営みは、キリスト教番組のようなものを排除する世俗化の流れの中、具体的な支持基盤があり、責任を負って手堅く事を進める人々あってのことであろう。

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クリ時旅人
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