クリ時旅人

人類がどう生き延びるかを考えるために、日本のキリスト教についてのノンフィクションと、そ…

クリ時旅人

人類がどう生き延びるかを考えるために、日本のキリスト教についてのノンフィクションと、その意味づけを主に書いています。クリスチャン新聞記者を15年やりました。ネット上に、20世紀の日本のキリスト教にまつわる出来事をきちんと残しておきたい。日本社会を我々も共に作った証しとして。

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  • クリスチャン新聞1994年7月3日号

    クリスチャン新聞1994年7月3日号

  • 私のキリスト教信仰体験ありのまま

    正直・率直に、自ら体験したり、考えたことを、客観的視点で書いてみたいと思います。 ネットにおいては思い立った時に記事を発表して、後で推敲もでき、そんな記事が、積み重なって、最終的に長いストーリーになっている、というやり方が可能です。そこで、次のようなかたちで進めたいと思います。 すなわち、「自分がいま書きたいこと」を書く。つまり、時系列の順では書きません。構成をあらかじめ考えておいて、それに沿って最初から書いていくことすらしません。 ある出来事について書いて後日、別記事で、その事柄が起こった原因を書いたり、あるいは、新たに発見したその出来事の「意味」を考察した文を書いたりということになります。 時系列としては、あっちに行ったりこっちに飛んだりということになります。 それで暫定番号を振って発表し、「これでほぼ全体像が書けた」と思った時に改めて、番号を振り直したいと思います。

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自己紹介♤日本のクリスチャンの現代史を残したい

私は、三浦三千春(みうら・みちはる)と申します。関西在住です。 日本ではマイノリティのクリスチャン(キリスト教徒。世界ではマジョリティ)の一員です。 人生の失敗もそれなりに経験した人間として、クリスチャンの角度からものごとの本質を見極めたい、それをプラグマティック(理念ではなく実用的に)にやりたいと願い、この「クリ時旅人」のNOTEを開設しました。 全くキリスト教色のない家庭に生まれました 母方が「クリスチャンの家系」だけれど、身近なキリスト教徒に躓いた若き日の母はクリ

    • 石破茂首相に願うこと

      クリスチャン新聞に以下の文を寄稿しました。10月13日号(6日全国に郵便発送)2面に載ります。 ネットではすでに掲載されています。 次の通り 石破茂氏の首相就任に願う 石破茂氏が首相となった。信仰深い母親に、熊本バンドの一員のひ孫として育てられ、生まれてからずっと通った同志社系の、日基教団・鳥取教会で高校時代洗礼を受けたクリスチャンが総理大臣に就任したこと、まずはおめでとうを申し上げたい。 私は2020年、当時一般メディアが、首相候補の名に石破氏の名を全く取り上げない

      • 石破さんは、基本的人権と国際協調主義を死守せよ

        <お断り この記事は多少、不正確な部分があります> 石破さんには基本的人権と国際協調主義だけは死守して欲しい。 スイスは国民皆兵で「永世中立」を維持しているくらいで、日本も現実的に「自衛」隊を保持していることは、私は理解できる。 自民が野党だった時、2012年、谷垣氏、石破氏らが取りまとめた改憲草案は、国際協調主義、基本的人権を定めた前文や諸条項は一切手を付けず大事にし、9条で、自衛隊の解釈改憲を重ねてきたことだけは解消を図ろうとしたのだと思う。 (それは、対米の日本

        • 「山本太郎のほうが正しい」の「訂正」

          24年4月4日に「山本太郎のほうが正しい」というNOTE記事を上げていましたが、後日、山本太郎さんが「新装版 神との対話3」の「解説」に、《自分はかつて。親の意志で洗礼を授けられ、“祈って”もいたカトリックのクリスチャンだったが、今は特定の宗教を信じていない》旨を、2002年5月付けで書いておられるのを読みましたので、その記事は引っ込めました。 しかし、カトリック教会、キリスト教と関わりを持たれた(また「大司教」の菊地功さんが、教皇来日のタイミングで記者会見において山本さん

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        自己紹介♤日本のクリスチャンの現代史を残したい

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          名が変わる、あるいは襲名のこと。ヨハネ

          落語家で、テレビなどでも人気者だった桂三枝が「文枝」を襲名することに対し、立川談志は反対していた、という記事をネットで見かけた。 「お前は『三枝』の落語をつくって三枝の名前を十分大きくしたじゃないか」「古いもの(古典落語)を新しいもの(創作落語)にするためにやってきたのに、古い名前(文枝)に戻るのはおかしいじゃないか」と談志は言い、三枝はその言っていることの意味がよく分かったという。 ここで私が反射的に想起したのは、文楽の義太夫で、この4月に、豊竹若太夫(第11代)の名を

          名が変わる、あるいは襲名のこと。ヨハネ

          なにわ男子「New Clessic」を絵解く

          ヘッダーに使ったのは、「なにわ男子」(STARTO所属)の最新楽曲「Alpha」(アルファ)の、「Official Music Video」から拝借したものだ(アルファがあればオメガがあるはずだろうと、クリ時旅人としては突っ込みたくなる😁)。 しかし、今回は「Alpha」ではなく、彼らが今年の3月29日金曜日(たまたまキリスト教の世界的な暦では「聖金曜日(イースター=キリスト復活祭=の日曜日の直前の金曜日)」にネット上でOfficial Music Videoがリリースされ

          なにわ男子「New Clessic」を絵解く

          クリスチャンは生きるうえで「こけない」わけではない😁 しかし再び起きれる力が、そこはかとないうちに、聖霊によってもらえるのが信仰の値打ち。兄弟姉妹に祈ってもらえるのも値打ち

          クリスチャンは生きるうえで「こけない」わけではない😁 しかし再び起きれる力が、そこはかとないうちに、聖霊によってもらえるのが信仰の値打ち。兄弟姉妹に祈ってもらえるのも値打ち

          「光る君へ」に思う“両面”

          光る君へ が、たいへん気になる。 「両方」の評がある。 1雅な貴族の文化 1000年前に「源氏物語」を生み出させた文化の高さ。知的営み、美意識の高さ。 しかしそこに、さわやかならざる醜い権力抗争の日常もあり、そんな苦難があってこそ「源氏物語」が書かれる契機もあり、その内実もあったことに思いを致す。 2名もなき庶民の境遇 一方、貴族ならざる庶民(という概念ですらないかも。そう、民草、ってことばはあったな。草だよ草WW)。 都にすら、路上に死体は放置され、犬がそれを食い

          「光る君へ」に思う“両面”

          人にとって一番大事なのはやさしさ(寛恕)だと思う。厳しくせざるを得ない局面でも根本に寛恕があってほしい

          人にとって一番大事なのはやさしさ(寛恕)だと思う。厳しくせざるを得ない局面でも根本に寛恕があってほしい

          私はクリスチャン新聞記者の目でいろんな人を見てきたが、一番英明なリーダーって、「絶対に間違いを犯さない」人ではなく、自分が間違いを犯す可能性のある人間だと重々分かっている人だと思う

          私はクリスチャン新聞記者の目でいろんな人を見てきたが、一番英明なリーダーって、「絶対に間違いを犯さない」人ではなく、自分が間違いを犯す可能性のある人間だと重々分かっている人だと思う

          Request to Evangelical Christians in U.S.America

          Mr.Ippei Mizuhara, interpreter for Mr.Shohei Otani. They moved their activities to the U.S. Major League with the belief and expectation that they could be active in the U.S. and spread their wings more globally. However, what awaited the

          Request to Evangelical Christians in U.S.America

          キリストへの信仰は、理屈っぽく論じるのではなく、もっと心で感じたい。熱く感じたい、そういうもの。 歴史の中に起こったこと、それを通して伝わってくる救い主の心を。

          キリストへの信仰は、理屈っぽく論じるのではなく、もっと心で感じたい。熱く感じたい、そういうもの。 歴史の中に起こったこと、それを通して伝わってくる救い主の心を。

          神の子となる特権って何? 受難週を覚え

          「しかし、この方を受け入れた人々、すなわちその名を信じた人々には、神の子となる特権をお与えになった」と、聖書の「ヨハネの福音書」1章12節に記されている。 (受難週を覚えて、中高科=若い人々=に向けクリ時旅人が語った内容です) 「この方」とは、私たちが主とお呼びするイエス様のこと。 むごたらしく十字架にかけられて殺されたお方だ。そんな人をなぜ主、などと・・・。 ▲YouTube映画「ジーザス」。受難、十字架の場面は1:24辺りから 「この方」は、正しいことを言い、弱い

          神の子となる特権って何? 受難週を覚え

          小坂忠とミクタムの音楽は日本の文化

          Chu Kosaka's Gospel is Japanese culture. ミクタムの楽曲たちは、日本の、またキリスト教会の生み出した世界に誇るべき文化だと思います。 1970年代、草創期のJ-POPの寵児だった小坂忠という人が、これからもっと人気者になろうという時期に、娘のいのちを助けてくれた神を信じ、この方が本当の世界の救い主だと分かり、ヒッピーみたいな出で立ちの自分に老牧師は、顔をじっと見つめながら、「君は音楽芸術家なんだね」と言ってくれた。 その時、忠さんは

          小坂忠とミクタムの音楽は日本の文化

          ポストモダンにおけるリーダーズシップ

          敢えて「リーダーズ」と書いた。 ポストモダンの取り柄は、「主観」の大事さを公認しているところだろう。 近代やそれ以前の組織のように、一人のリーダーに意思決定が集中する考え方にはそぐわない。 かといって、近代の生み出した「民主主義」にも限界が来ている。 自分の立場において主張することが、社会への責任性の担保というものだろう。 一つの教会においてさえ、異なる立場における各リーダが、良好なパートナーシップを築き、相互に良い意見は採用し、気付きの至っていなかった悪しき点は改良する

          ポストモダンにおけるリーダーズシップ

          94天職発見3 車掌さん

          940605クリスチャン新聞 クリ時旅人(三浦三千春)筆 キーワード 土井孝幸 姫路福音教会 鉄道福音同志会TFD 高見勝平 国鉄福音同志会 鉄道キリスト教青年会 国鉄を生きる 孝原勉 甲子園ミッション リバイバル・トレイン アーサー・ホーランド

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