ファインダー越しに愛をささやく(オリジナル脚本)
梗概
安藤礼司は幼い頃から不器用で、優秀な父や兄にコンプレックスを持つアラサー。大学時代に始めたカメラのコンクールで、撮影したモデルが有名になったことをきっかけに、カメラマンを目指し家族と疎遠になる。
それから10年。初の大仕事がモデルを怒らせ没に。上司のダメ出しに傷心中、メイクの友永にモデルハントを頼まれ街へ出かける。
安藤は街中で撮影中、男に追われている少女に出くわし一緒に逃走する羽目に。
詩絵瑠と名乗る少女は、幼い頃に死に別れた父のお墓に、昨年亡くなった母の形見の指輪を納めたいと台湾から家出してきた。しかしお墓が何処にあるか曖昧。更に実は従兄だった追っ手に捕まると即引き戻されるため、安藤に今日だけ寺探しを手伝ってほしいと言う。難色を示す安藤だが、モデル撮影を条件に協力する。
詩絵瑠の断片的な記憶によると、寺は「ホン」と発音が入る寺だという。二人は記憶に合致する寺を探すが見つからない。
一方、安藤に再三実家の母から電話が来る。余命少ない父が安藤に家族写真の撮影を頼みたいと言うが、話決裂のまま電話を切る。詩絵瑠は安藤が母の電話をなぜ拒否するのか、理由を知ると父親との和解を勧める。だが、意地を張る安藤に彼女の提案は届かない。
突然、詩絵瑠の従兄が現れ追いつめられるが、車で帰宅途中の友永に遭遇し無事回避。友永に事情を話し「ホン」がつく寺を知っているか尋ねると、彼は「品」と書いて「ほん」と読む寺があると教えた。
果たして父の墓があったが、詩絵瑠の目的は親族の許可が下りず叶わない。
「生きているうちなら願いは叶えられ、喜びを分かち合えたのに」と悲しむ詩絵瑠。
安藤との別れ際、約束のモデル撮影をする。ファインダー越しの詩絵瑠と心が通じ合った安藤は、カメラマンとしての意義を知り、家族と向き合う決意をする。
登場人物
安藤礼司(18・28) 新人カメラマン
詩絵瑠/慈恩(18) 父の墓を探す少女
羽柴健吾(40) カメラマン。安藤の師匠
友永翼(27) メイクアップアーティスト
冠宇(22) 詩絵瑠の従兄
柏宇(24) 詩絵瑠の従兄
日野和樹(35) 実夕のマネージャー
朝倉実夕(23) モデル
沢口果歩(24) モデル
坊守(58) 品龍寺の坊守
魯美華(30・40) 詩絵瑠の母・女優
詩絵瑠(7) 幼少期
大手町公園の少年(12)
大手町公園の父親(36)
本願寺の門徒(60)
車の持ち主(55)
カフェの店員(30)
安藤力也(60) 写真 安藤の父。元野球選手
その他 エキストラ
脚本(400字・約65ページ)
〇寺町 歩道
雲一つない夏の昼下がり。
セミたちの鳴き声と車の走行音。
歩道を歩く親子の姿。
美華(30)、黒いフォーマルワンピース姿に黒い日傘で日差しから顔
を隠し、白い菊の花束を肘で抱えて歩く。
歩道の内側で美華と手を繋ぐ黒いフリルワンピース姿の詩絵瑠(7)。
寺町の歩道を南から北に歩く。
立ち並ぶ寺の門扉、垣根越しに境内にある本堂、お墓、親鸞聖人の立
像が見える。
詩絵瑠、その風景を無表情で眺める。
× × × ×
詩絵瑠、美華を見上げる。
詩絵瑠「ママ、どこにいくの?」
日差しが眩しく美華の顔は見えない。
美華「ホン(声がセミの鳴き声と車の走行音で書き消え、口の動きだけ)……」
〇台湾台北市大安区露天音楽台 森林公園
T 半年後
作業着姿の美華、宅配の荷物を背負って道を歩く。
安藤(18)、Tシャツにデニムパンツとスニーカーで、ショルダーバ
ッグを下げ、一眼レフカメラを持ちながら周囲を見回す。
美華、荷物を下ろしてベンチに座る。目前2メートル以内の安藤を見
る。
安藤、カメラとプラカードを見せながら通行中の女性に声をかける。
安藤「あの、エクスキューズミー」
安藤、『我是一名攝影師。我可以給你拍張照片嗎?』と書いてあるプ
ラカードを立ち止まった女性に見せる。
安藤、お辞儀をしながらプラカードを何度も振る。
女性、首を横に振って早歩きで去る。
安藤「あ、ちょっと待って……」
美華「自信なさそうなお願いの仕方じゃ、女の子は嫌がるよ」
安藤、美華に向く。
安藤「日本語……」
美華「半年前まで日本に住んでた。生活できなくなって帰ってきたけど」
安藤「あ、そうなんですか」
美華「学生さん? 旅行で来たの?」
安藤「あ、はい。大学のクラブ活動の旅行です。写真のコンクール用にモデ
ルさんを探してて……あ、モデルやってくれますか? って……仕事中です
よね」
美華「なってもいいよ」
安藤「え、いいんですか?」
美華「うん。お金くれたら。日本円で10万。ある?」
安藤「あ、はい」
安藤、ショルダーバッグから財布を出し、お金を渡す。
美華「ありがとう。じゃ、着替えて戻って来るから、3時にここで待って
て」
安藤「え、あ、はい……あの」
美華「大丈夫。ちゃんと来るから」
美華、お金をポケットに入れて荷物を背負って去る。
× × × ×
安藤、ベンチに座って腕時計を見る。午後3時15分を指している。
安藤「……」
安藤、左右を見渡し、ため息を吐く。
美華(声)「遅れてごめん」
安藤、立ち上り声がした方を見て美華と向き合う。
ワンピース姿の美華、安藤に微笑む。
〇広島市中区八丁堀 映画館八丁座 店舗前
T 10年後
映画館八丁座のあるデパートの角地。
交差点前の映画館入り口の掲示板に、絶賛上映中の貼り紙がされた
『人魚に恋して』『戦国女王』『歪な贄』『孤独の傷跡』主演:
魯美華とクレジットされるポスターが掲げられている。
交差点を行きかう歩行者。
〇同 テナントビル 全景
〇同 テナントビル 内 テナントドア
ドアプレート「羽柴撮影スタジオ」
〇羽柴撮影スタジオ 内
ホリゾント幕やレフ板、ストロボアンブレラなどが並ぶスタジオ。
羽柴(40)、黒のスウェット上下に紐靴姿で機材の準備をする。
羽柴「トモ、今日のメイクトーン、ローズ系だったよな」
友永(27)、黒のカジュアルスーツに革靴姿で、メイク用のデスクの
傍に座っている実夕(23)にメイクをしている。
友永「ローズピンク系です。衣装は白ベース」
羽柴「了解」
ビジネススーツの日野(35)がスタジオの端で予定表を片手にスマホ
で通話中。
友永「実夕ちゃん、気になるところがあれば修正するわよ」
実夕「友永さんのメイクは完璧だから無いですよぉ」
日野「では、案件よろしくお願いします。すみません、メイクチェックしま
す」
通話を終えて日野が実夕の顔を見る。
日野「もうちょっと睫毛長くした方が実夕らしいですね……」
スタジオのドアが開く音。
安藤(28)、Tシャツとデニムパンツ、ボディバッグとスニーカー姿
でスタジオに入る。
安藤「先生! なんで没なんすか!」
安藤、デスクに実夕の写真をぶちまける。
友永「ちょっと安藤、顔怖いよ」
安藤「今回、俺、初の大仕事なんすよ!」
羽柴「知ってるよ。俺が手配したんだから」
安藤「じゃあ何で先生がやり変えるんすよ。俺は完璧モデルを撮影したの
に!」
羽柴「朝倉実夕だ」
安藤「は?」
友永「あんたが撮影したモデルよ。知らないの?」
友永、実夕の写真を取って見せながら、実物の実夕を庇うように体を
寄せる。
安藤「そのくらい知ってるよ!」
実夕「私が撮り直しを希望したんです。安藤さんが撮った写真、私らしくな
いから」
安藤「はあ? あんたらしく綺麗に撮ってるだろ」
実夕「私はお人形じゃありません!」
日野「まあまあ安藤さーん、今回はご容赦ください。また次の機会もありま
すし……」
安藤「俺にとっては次が有るか無いかです」
友永「安藤、やめなって」
4人がもめる中、羽柴のひときわ大きい声がする。
羽柴「世の中スマホカメラで一般人が気軽に映える時代、被写体を綺麗に撮
るだけなら自撮り加工で十分だ」
安藤「……」
羽柴「そんな時代に俺たちカメラマンが撮影する意義は何だ? ファインダ
ーは何のために有る?」
安藤「それは……ピント合わせや構図を決めるため……」
友永「んー、それだと、学校の授業並みの答えだよねぇ」
安藤「……」
羽柴「お前、弟子入りした時『モデルの人生を変えたことがある』って自慢
してたよな。人生変えているどころか、お前の人生がまるっきり変わって
ないだろ。口先だけの奴はクビだ」
安藤「そんな! 最低10年は頑張れって言ったの、先生じゃないっす
か!」
友永「安藤、落ち着いて」
羽柴「もうとっくにその10年だ。クビを撤回したいなら、技術ばかりに頼
ってないで俺をうならせるポートレートを撮って来い」
友永「そうね。安藤? 顔の素材集めて来てくれる? メイクの研究に使う
から」
友永、近くにあったカメラを取り上げ、安藤に押し付け出入り口に追
いやる。
安藤「おい、友永。まだ話終わってな……」
友永「頭を冷やしなさいよ。じゃ、よろしく」
安藤の目前でドアが閉まる。
〇八丁堀交差点 中国銀行前
エンジン音と走行音が響く交差点。
雑踏と話声よりも大きくアナウンスが流れる広告モニター。
コンビニ前のポスター、プロ野球セ・リーグカープのユニホームを着
た安藤の父が、宣伝お菓子を持っている姿。
コピーライトは『美味しさ、ストライーク!』
安藤、ポスターを眺める。
安藤「ダセェ」
安藤Ⅿ「世の中の人間を『持てる者』と『持たざる者』に分けるなら、俺は
断然後者だ」
安藤、交差点の角でカメラを構える。
ファインダー越し、会話する二人組の女子学生。
ファインダー越し、スマホを片手に急ぎ足のサラリーマン。
安藤M「親父は元野球選手。兄貴は国家公務員上級職。なのに俺は落ちこぼ
れ」
ファインダー越し、子供を抱えて歩く若夫婦。
ファインダー越し、手を繋ぎゆっくり歩く老夫婦。
ファインダー越し、映画館八丁座入り口の魯美華の映画ポスター。
安藤M「撮影したモデルは映画監督に選ばれ殿上人になり、俺は彼女のデビ
ューの彩にならないと、名前ごと埋められた」
〇同 八丁座前
詩絵瑠(18)、ロイドメガネをかけ、ショルダーバッグを肩に下げ、
左中指に指輪、短パンにTシャツ、スニーカーで掲示板の前に佇む。安藤M「ただ、認められたかっただけなのに、あんなことに巻き込まれるな
んて」
安藤、カメラを構えてファインダー越しに詩絵瑠の後ろ姿を捉える。
柏宇(24)と冠宇(22)、色違いのアロハシャツにジーンズ姿で詩絵瑠
の両側に立ちはだかり、詩絵瑠の二の腕を掴む。
安藤「何だ?」
× × × ×
歩行者信号が青に変わる。
〇同 デパート 映画館入り口前
通行人が遠巻きに様子を見ている。
安藤「あ、ちょっとすみません」
安藤、詩絵瑠たちの前に進む。
冠宇、ショルダーバッグのベルトを引っ張る。
詩絵瑠、バッグを両手で抱えるように引っ張る。
柏宇、詩絵瑠の背後から両腕を掴む。
安藤「……」
安藤、3人の半径1メートル以内でカメラを構えてシャッターを切
る。
柏宇「(台湾語)おい、お前、何撮ってる」
柏宇、詩絵瑠から手を離し、安藤を止める。
詩絵瑠、安藤を見てバッグを手離す。
冠宇、反動で倒れる。
詩絵瑠、安藤のカメラをひったくり走り出す。
安藤「うわ! ま、待て!」
安藤、左手に掛けたカメラのストラップに引っ張られ走り出す。
〇新天地 アリスガーデン
安藤「おい、ちょっと、カメラ!」
詩絵瑠と安藤、建物の角を右に曲がり、建物に囲まれた広場アリスガ
ーデンを突っ切る。
冠宇「待て!」
柏宇「止まれ!」
冠宇と柏宇、遅れてアリスガーデンを突っ切る。
安藤「勘弁してくれ……わっ」
アリスガーデンを抜けた先の車道で、詩絵瑠の左側から車が迫る。
安藤、詩絵瑠を追い越し、ストラップを引っ張る。
安藤と詩絵瑠の後ろを車が通り過ぎる。
〇三川町 カフェ店舗前 歩道
カフェの窓側に面した、人通りが少ない歩道。
柏宇と冠宇、息を切らしながら辺りを見回す。
柏宇「……」
柏宇、スマホを取り出し電話をかける。
冠宇の持つ詩絵瑠のショルダーバッグから着信音。
冠宇と柏宇、ショルダーバッグを見る。
柏宇「……(舌打ち)」
柏宇、電話を切る。
冠宇、祖母に電話をする。
通話口の着信音の後、女性の声がする。
冠宇「(台湾語)もしもし、祖母ちゃん?ごめん、捕まえられなかった……」
電話の相手から悲鳴のような怒鳴り声。
冠宇と柏宇、スマホから耳を離して顔を顰めながら歩き去る。
〇同 カフェ店内 テーブル席
窓際席、入り口と差し向う席にメニュー表で顔を隠して外を窺う安
藤。
入り口に背を向ける席に体を沈めて隠れる詩絵瑠。
カフェ店内の客席、ほぼ女性客。
安藤「(メニュー表を下ろして溜息)余裕で10年分走ったぞ。」
制服姿のカフェの店員(30)、安藤たちの席に来る。
店員「ご注文お決まりですか?」
安藤「あ、ブレンド……」
詩絵瑠、座り直す。
詩絵瑠「奶茶! あ、ミルクティ」
安藤、目の前の詩絵瑠を睨む。
店員「少々お待ちください」
店員、立ち去る。
安藤「おい、あんた……」
詩絵瑠「あんたじゃないです。詩絵瑠です」
安藤「あ、すみません……じゃねえよ! よくも俺のカメラひったくった
な」
詩絵瑠「あなたが勝手に私の写真を撮るからです」
安藤「だからって……」
詩絵瑠、安藤の前に右掌を出す。
安藤「……なんだよ」
詩絵瑠「カメラ。私の写真、消します」
安藤「……くそ」
安藤、手首からストラップを外し、カメラを詩絵瑠に渡す。
安藤「勝手に写真撮ったのは悪かったよ。おい、消すのはあんたのだけだか
らな。他の写真は消すなよ」
詩絵瑠「わかってます」
詩絵瑠、カメラのモニターを見て自分が写るデータを削除する。
実夕の写真が表示される。
詩絵瑠「……この人、綺麗ですね」
安藤「良いだろ?」
詩絵瑠「だけど、この人らしくない」
安藤「……」
安藤、カメラを取り返す。
詩絵瑠「哎喲(あいよう)、どうしました」
安藤、カメラを握りしめながらモニターの実夕を見る。
安藤のスマホの振動音。
安藤、カメラをテーブルに置いて、ボディバッグからスマホを探り出
す。
画面に「母」とだけ表記。
安藤「(舌打ち)もしもし。……元気だよ。そんなこと訊くために電話したのか
よ。……え? (小声で)親父が?」
店員、カップを乗せたトレーを持って来る。
店員「お待たせしました」
安藤、店員を見て姿勢を正す。
店員、トレーから安藤の前にコーヒー、詩絵瑠の前にミルクティを置
く。
詩絵瑠「(店員を見て)多謝」
安藤「そんなこと……俺じゃどうしようも出来ねえから兄貴に言えよ」
店員、お辞儀して立ち去る。
安藤、通話を切ってスマホを仕舞う。
安藤と詩絵瑠、同時にカップを持つ。
詩絵瑠「あ!」
安藤「何だよ!」
詩絵瑠「私のバッグ! さっき無くしました。ここのお支払いお願いしま
す」
安藤「図々しいな!」
詩絵瑠、カップに口をつける。
詩絵瑠「あ!」
安藤「今度は何だよ!」
詩絵瑠「メガネが曇りました」
詩絵瑠、カップを置いてメガネを外す。
安藤、詩絵瑠の整った顔を凝視。
安藤「……」
安藤、自顔を叩いてコーヒーを見る。
詩絵瑠、ミルクティを一口飲む。
詩絵瑠「 (一息つく)従兄たちから逃げられたの、あなたのお陰です。良かっ
たです」
安藤「従兄たち? あいつら、親戚なのか?」
詩絵瑠「はい。私が日本に来たの、お祖母ちゃんが怒りました。お祖母ち
ゃんが命令して従兄たち追いかけてきました」
安藤「あんた、日本人じゃねえのか?」
詩絵瑠「父が日本で母が台湾です。子供の時父が無くなって、今日お墓参り
に来ました」
安藤「親父さんの……」
詩絵瑠「父と母、家族の反対でも結婚した仲良しです。だけど父が事故で亡
くなりました。母と私は台湾に帰りました」
安藤、コーヒーを啜る。
詩絵瑠「父のお墓、すこし覚えてます。まずはお寺を探します」
安藤「……」
安藤、首を傾げて眉を寄せ、詩絵瑠を見直し、素早くコーヒーカップ
を置く。
安藤「それじゃ。良い旅を」
安藤、立ち上がりながらカメラを掴む。
詩絵瑠、すかさず安藤の手を掴む。
詩絵瑠「一緒にお寺探してください」
安藤「断る!」
安藤の大声とで周囲の客が2人を注目。
安藤、客を見回す。
詩絵瑠「私、道解りません。今日だけです」
安藤、詩絵瑠の手を解こうとする。
詩絵瑠、安藤の手を離さない。
詩絵瑠「『ホン』がつくお寺です」
安藤「それだけじゃわかんねえだろ。市内だとも限らないし」
詩絵瑠「母と路面電車乗りました。だからぜったい市内です。この近くで
す。きっとあります」
安藤「じゃあ、片っ端から寺を検索しろ。路面電車の範囲なら可能性は寺町
だ」
詩絵瑠「ナイスアイディア!でもスマホ、さっきのバッグの中です」
安藤「従兄に連絡してバッグを返してもらえばいいだろ」
詩絵瑠「捕まります。お祖母ちゃん、父が嫌いです。お寺に行けなくなりま
す」
安藤「俺には関係ねえ……」
詩絵瑠「去年、事故で母も亡くなりました」
詩絵瑠、涙を流す。
詩絵瑠「母の形見の指輪、父のお墓に入れたいです。夫婦仲良くしてあげた
いです」
安藤、詩絵瑠の右手中指の指輪を見る。
詩絵瑠、項垂れる。
店内の客と店員、安藤と詩絵瑠を横目で見る。泣いている客もいる。
数名の客、安藤を見ながら口元を隠して話をする。
安藤「……」
安藤、席に座り込む。
〇袋町電停
路面電車が電停を通り過ぎる。
〇路面電車 内
相生橋を通過中の路面電車の車窓から水上バスが見える。
安藤と詩絵瑠、乗客席に座る。
窓の外を興味深く見る詩絵瑠。
詩絵瑠「一〇年前と景色変わりました。大きな噴水、どこだったかな」
安藤、スマホで通話している。
安藤「ああ、はい。すみません。あ、いえ、結構です……はい、失礼しま
す」
安藤、通話を終えて項垂れる。
詩絵瑠「どうしました?」
安藤「『本』がつく寺に電話してんだよ。まさか墓にまで個人情報があるとは思わなかったけど」
詩絵瑠「私、お寺少し覚えていると言いました。任せてください」
詩絵瑠、ファイティングポーズをとる。
安藤「そんなの当てになるかよ。無理だろ」
詩絵瑠「諦めるの早いですね。人生、損してますよ?」
安藤「あんたのせいで既に丸損だよ!」
詩絵瑠「あんたじゃないです。詩絵瑠です。父がくれた日本名です」
安藤「はいはい」
安藤、腕と脚を組んで不貞腐れる。
安藤「それより、約束は守ってくれよ」
詩絵瑠「何の約束ですか?」
安藤「さっき、手伝う代わりに頼んだろ」
詩絵瑠「あー、メイクさんに頼まれた写真ですね。マネージャー通してくだ
さい」
安藤「(苦虫を食い潰したように)何様のつもりだよ!」
安藤のスマホの振動音。
安藤、スマホの画面を見て顔を歪める。
着信を拒否する。
詩絵瑠「出ないですか?」
安藤「いま電車ん中だぞ、乗客に迷惑だろ」
詩絵瑠「でもさっき電話してましたよ? 行動がブレてますね」
安藤、舌打ちしてそっぽを向く。
路面電車停留所のアナウンスが流れる。
安藤「おい、次、降りるぞ」
安藤、立ち上がる。
詩絵瑠、安藤の手を引っ張り座らせる。
安藤「わ! 危ねえだろ……」
詩絵瑠「電車は走ってます。立ち上がると危ないです!」
詩絵瑠、安藤を睨む。
安藤「……」
安藤、姿勢を正して座る。
〇寺町 停留所
停留所に路面電車が停まっている。
路面電車が3名の乗客を降ろして発車。
〇寺町 本願寺広島別院 門前
T 浄土真宗本願寺派本願寺広島別院
安藤と詩絵瑠、重厚感ある門前に立つ。
門から駐車場、その奥に本堂が見える。
詩絵瑠「ここが、父のお寺ですか?」
安藤「それは俺の質問だ。見覚え有るか?」
詩絵瑠、周囲をゆっくり見回して改めて寺を見る。
詩絵瑠「んー? 見覚え有るけど、父のお寺、こんなに大きくないです」
安藤「そうか? まあ一応、墓を探そう」
〇同 境内 駐車場
安藤と詩絵瑠、駐車場から寺務所にかけて見回す。
詩絵瑠「お墓、無いですね。私の記憶では、沢山お墓が有りました」
花束を持った本願寺の門徒(60)、安藤たちの前を会釈しながら通
る。
安藤「あの、すみません」
本願寺の門徒「はいはい(振り向く)なんでしょ?」
安藤「知り合いの墓参りをしたいんすけど、墓所は何処に有りますか?」
本願寺の門徒「ありゃあ? ここには納骨堂か、あとはそこの共同墓地だけ
なんじゃけど」
詩絵瑠「納骨堂?」
詩絵瑠、安藤を見て首を横に振る。
安藤「じゃあ、ここ以外で名前に『本』がつく寺は有りますか?」
本願寺の門徒「ホンがつく寺? どんな字の?」
安藤「いや、どんな字って、絵本とか本名とかの『本』ですよ」
本願寺の門徒「ああ、本願寺の『本』かね。うーん、本がつくところね
え……ちょっとわからんわ。ごめんねぇ」
本願寺の門徒、お辞儀をして納骨堂へ向かう。
詩絵瑠「他を探します」
安藤「そうだな。(スマホのマップを見ながら)他の町にも『本』がつく寺が
ある」
安藤、門の方を向く。
安藤「ヤバイ!」
安藤、詩絵瑠と駐車場の車に身を隠す。
詩絵瑠「哎喲(あいよう)! どうしました?」
安藤、しゃがんで口の前で人差し指を立てる。
安藤「門の所にあんたの従兄がいる」
詩絵瑠「え? (車の陰から顔を出す)冠宇だ」
冠宇、寺門の前で左右を見て、寺の前を掃除している坊守(58)に声
をかける。
冠宇と坊守、何か話すが坊守が首を振る。
安藤「恐らく寺町を探せば、あんたが見つかると思ったんだろ」
詩絵瑠「ここから出るの困りました。どっか行ってほしいです」
車の持ち主「あのぉ」
安藤と詩絵瑠、振り向く。
車の持ち主(55)、腰を低くして二人を見る。
車の持ち主「その車、動かしたいんじゃけど」
安藤と詩絵瑠、一瞬顔を向き合わせてから車の持ち主に向き直る。
安藤と詩絵瑠「お願いがあります」
〇小町 本照寺 門前 外
T 単立顕本法華宗 本照寺
車が門前に停まり、安藤と詩絵瑠下車。
詩絵瑠「ありがとうございます」
詩絵瑠、門を見上げる。
詩絵瑠「ああ、ここも違いますよ」
安藤「そうか? 一応、路面電車圏内だけど」
詩絵瑠「(門を見上げて)だから、門が無いお寺だったです」
安藤「でも本が付く寺だから、念のため名前を確認しろよ」
詩絵瑠「……」
〇同 境内 墓所
境内右手の墓所前に立つ詩絵瑠。
先に奥側の墓を見て回る安藤。
詩絵瑠「お墓の形が全然違います」
安藤「せっかく来たんだから、そっちの墓の名前を見ろよ」
詩絵瑠「……」
詩絵瑠、首を傾げ安藤と反対側の棹石を見始める。
安藤のスマホの振動音がする。
安藤、画面を確認してすぐ着信拒否。
安藤「……」
墓参り用の花と桶を持つ檀家たちが二人の様子を遠巻きに見る。
安藤、檀家たちの視線に気づき、急いで詩絵瑠に近づく。
安藤「こっちは無かった。そっちは?」
詩絵瑠「無いで……す!? え、ちょっと」
安藤、詩絵瑠の右手を引っ張り走る。
〇大手町 市役所前 歩道
安藤と詩絵瑠、歩道を走る。
市役所前の交差点で立ち止まる。
詩絵瑠「(息を整える)どうしましたか?」
安藤「檀家に不審がられた。警察呼ばれたら困るだろ。それに、あっちに(指
を差して)本逕寺ってのが有るから行こう」
安藤、スマホを見ながら西へ向かって速足で歩く。
詩絵瑠、ため息をついて後を追う。
〇大手町 本逕寺前 歩道
T 法華宗本門流 本逕寺
〇同 境内 墓所
唖然顔で腕組する詩絵瑠。
タワシとバケツを持ち、カメラを首から下げてマスクをした安藤。詩絵瑠「何ですか? それ」
安藤「不審がられねえように墓の清掃員に見せかける」
安藤、墓に向かって歩き出す。
詩絵瑠「その恰好、逆に不振者です……」
安藤「え? なんか言ったか?」
詩絵瑠「(ため息)何でもないです」
安藤、墓の前に跪き墓石を洗う。
詩絵瑠、安藤と距離を置きながら棹石を見て回る。
〇大手町第二公園 園内 ベンチ
安藤、ベンチに体を投げ出す。
安藤「あー疲れた!」
詩絵瑠「結局全部洗いましたね」
詩絵瑠、安藤の隣の別のベンチに座る。
広場で父親と少年がキャッチボールをしている。
安藤「とんだボランティアだ。(スマホをスワイプ)ええと、次の寺は……あ」
母親からの電話の振動音。
安藤、拒否して地図を見る。
詩絵瑠「電話、ずっとかかってきますね」
安藤「母親からだし、話はもう聞いたから」
詩絵瑠「お母さんはまだ話したいですよ」
安藤「親の話なんて、どうせ面倒臭い頼み事だ。それより、とっとと次行く
ぞ」
詩絵瑠「あなた、とても自分勝手ですね」
安藤「は? あんたに言われたくねえよ」
詩絵瑠「私はお寺探しのお願いしました。だけど、あなた追いかけるの大変
です」
安藤「あんた道もはっきり覚えていないんだろ? だから俺が『本』が付く
寺を探してるんじゃないか」
詩絵瑠「はっきり覚えていないです。だけど、違うのちゃんと言います。あ
なた私の話を聴いてください。カメラマンなのに、人のこと見てないです
ね」
詩絵瑠、ため息を吐いて腕を組む。
安藤「失礼だな。俺がカメラマンっていう証拠に、今から綺麗に撮ってやる
よ。ほら」
安藤、カメラを詩絵瑠に構える。
ファインダー越し。詩絵瑠、腕組をして憮然とした表情。
安藤「おい、ちょっとは可愛い顔しろよ。少しぐらい笑えよ」
詩絵瑠「じゃあ、私と夫婦になりますか?」
安藤「は? いや、ええ? まさか俺に惚れたとか!?」
詩絵瑠「無いです」
安藤「あ、そう……」
詩絵瑠「カメラマンの人柄が悪いと笑うの無理です。カメラマンとモデル、
撮影中は恋人や夫婦のように相手を尊重して心が通い合うの重要です」
安藤「通い合う?」
詩絵瑠「話を聴かないあなたに私は不満です。私は人形じゃない。私を尊重
してください」
安藤「……」
× × × ×
フラッシュ
実夕「私は人形じゃない」
× × × ×
安藤、カメラを下げて俯く。
詩絵瑠「……言い過ぎました。私、時間がなくて焦ってます」
詩絵瑠、腕組を解き、安藤越しに広場で親子がキャッチボールをする
様子を眺める。
安藤のスマホの振動音がする。
安藤、カメラを両手に持ったまま不動。
詩絵瑠「出たら良いですよ」
暫くして振動音が消える。
詩絵瑠「ご家族が嫌いですか?」
安藤、ベンチに座り、詩絵瑠に倣い息子にボール投げる父親を見つめ
る。
安藤「俺の親父、元野球選手なんだ」
少年、父親の投げたボールをキャッチ。
少年「いくよー」
少年、ボールを投げる。
父親、ボールをキャッチ。
父親「ナイスピッチング」
安藤「周囲に親父のファンが多くてさ。息子ってだけで兄貴も俺も期待され
て、ガキの頃から勉強もスポーツも挑戦させられた」
父親「よし、いくぞ」
父親、ボールを投げる。
安藤(声)「けど俺だけ、何やっても出来ねえの」
少年「わあ! だめだぁ」
少年、ボールを取り損ねて転倒。
父親「ドンマイドンマイ。お前なら出来る」
父親、ミットを右手拳で叩きながら励ます。
少年、立ち上がり、遠くに転がったボールを取りに走る。
安藤(声)「親父は俺に期待しなくなった」
詩絵瑠、親子を見つめながら安藤の話に耳を傾ける。
安藤「何とか入学した大学の部活でカメラを始めてさ。コンクールに出す写
真の被写体探してて、途方に暮れてたらモデルをしてくれるって女性がい
て撮影した」
親子は再びキャッチボールを続ける。
安藤「残念ながら俺は落選。だけどモデルになった女性は、それがきっかけ
で映画監督と出会って女優デビューしたんだぜ」
詩絵瑠「(安藤に振り向いて)え?」
親子、キャッチボールをさらに続けている。
安藤「俺はカメラで人の人生を変える才能があると思った。それで家族の反
対を押し切って大学辞めてこの道に入ったんだ」
再びスマホの振動音がする。
安藤「あれから10年続けてきて」
安藤、着信を拒否する。
安藤「やっと親父や兄貴を見返せると思って頑張った単独の仕事も、モデル
が作品を気に入らないって没」
安藤、ベンチでのけぞり空を向く。
安藤「あんたの言う通り、誰にもカメラマンとして評価されてねえよ。師匠からも辞めろって言われたけど、もうアラサーだし、転職する勇気もねえ」
父親、キャッチボール休憩中。水分を取りながら少年の頭をなでる。
父親、笑顔で少年を見る。
安藤(声)「親父、余命半年なんだ」
詩絵瑠「え……?」
安藤「電話で母親が言って来た。親父が家族写真を撮って欲しいってさ。ず
っと音信不通だったのに、いまさら何頼んで来てんだってなるだろ」
安藤、鼻で笑う。
父親に抱きしめられて笑う少年。
詩絵瑠「お父さんは、あなたが大学辞めたことを怒りました。きっと今はカ
メラを続けるから、あなたを応援したいですよ。だから撮影をお願いしま
した」
安藤「そんなの、あんたに言われなくても解かってるよ! 解ってるけど、
不戦勝のお情け食らったみたいで悔しいだろ」
詩絵瑠「勝った負けた、結果じゃないです。仕事を10年続けてきたことが
あなたの力です。それは、あなたが頑張った凄い事ですよ」
安藤、空を向いたまま、頬を膨らませたり、歯を食いしばったり、涙
が出そうになるのを耐える。
× × × ×
親子、いなくなる。
冠宇「慈恩!」
冠宇、息を切らせながら詩絵瑠の座るベンチの前に立つ。
詩絵瑠「冠宇!?」
安藤「マジか。追跡能力高すぎだろ」
詩絵瑠、逃げ出す。
安藤「あ、おい!」
安藤、ベンチから立ちあがり詩絵瑠を追う。
柏宇、公園の出入り口で詩絵瑠の逃げ道を阻む。
詩絵瑠「(台湾語)どいてよ! 柏宇!」
柏宇「(台湾語)やだよ、祖母ちゃんに怒られるから」
柏宇、唇を尖らせ手を広げて制止する。
安藤「うおおおおお! どけぇ!」
安藤、カメラを振り回して柏宇を牽制する。
柏宇「(台湾語)うわ! こいつ誰」
柏宇、驚いて後ずさる。
安藤、更に柏宇と冠宇に向かってカメラを振り回す。
安藤「お前らあっち行け!」
冠宇、突進してくる安藤を避けて安藤の足を引っかける。
安藤「わ、たっ!」
安藤、カメラを庇いながら転倒。
冠宇、詩絵瑠に手を差し伸べる。
冠宇「(台湾語)慈恩、一緒に帰ろう」
冠宇と柏宇、挟むように安藤と詩絵瑠にじり寄る。
詩絵瑠、起き上がりかけた安藤に飛び込み、安藤の右腕にしがみつく。
安藤、詩絵瑠の勢いに再び転倒する。
安藤「いてて……!」
詩絵瑠「(台湾語)いやだ! パパのお墓に行きたい。パパとママを会わせ
たいの!」
安藤、痛みを堪えながら詩絵瑠を見る。
安藤「あー、もう! ヘルプミー日本語!」
安藤、詩絵瑠の腕を引きはがす。
詩絵瑠、期待を裏切られた表情で安藤を見上げる。
安藤、急いで冠宇と柏宇に土下座する。
安藤「頼む! この子の願いを叶えてくれ」
冠宇と柏宇、顔を見合わせる。
安藤、顔を上げて冠宇と柏宇を見る。
安藤「俺は家族愛って解んねえけど、あんたらホントはこの子が可愛いんだ
ろ!? 無理やり連れ帰りたくねえんだろ? バアさんが何者だか知らね
えけど、親子の対面させてやってくれ!」
安藤、土がつくほど深く頭を下げる。
詩絵瑠、安藤に倣う。
詩絵瑠「お願いします!」
柏宇「慈恩……」
柏宇、頭を掻く。
冠宇、しゃがみ込み詩絵瑠の前にショルダーバッグを置く。
詩絵瑠「(顔を上げ)冠宇?」
冠宇「(台湾語)落とし物、返したかっただけだから」
柏宇「(台湾語)痛い、目にゴミが入った」
冠宇「(台湾語)おや? ちょっと見せて」
冠宇と柏宇、詩絵瑠に背を向ける。
詩絵瑠「冠宇、柏宇……」
車のクラクション。
安藤、顔を上げ、車道を見る。
友永「おーい。何してんの?」
友永、運転席の窓から手を振る。
安藤「友永。(詩絵瑠を見て)こっちだ!」
詩絵瑠、冠宇と柏宇を見る。
冠宇と柏宇、手をひらひらさせる。
詩絵瑠「冠宇、柏宇、謝謝!」
安藤と詩絵瑠、友永の車へ走る。
〇大手町第二公園 前
安藤「友永! ドアロック空けろ!」
友永「え? ああ(ロック解除音)」
安藤、後部座席のドアを開ける。
詩絵瑠を車に乗せ、安藤も飛び込む。
安藤「走れ! 早く!」
友永「もう、何なのよ、その命令口調」
詩絵瑠「大丈夫。もう、来ないですから」
安藤「え?」
友永「二人ともシートベルトしてね(車を発進させる)」
× × × ×
冠宇と柏宇、発進した車を見送る。
〇友永の車 車中
運転する友永。
安藤と詩絵瑠、後部座席に並ぶ。
友永「大丈夫なの? 撮影行ったっきり帰って来ないんだもの。心配したわ
よ」
安藤「お前が追い出したからだろ」
友永「実夕ちゃんに喧嘩腰だったからでしょ」
安藤「……」
友永「ところでその子、誰?」
安藤「理由有って、彼女の手伝いをしてる」
友永「手伝いね。さっきの男たちは? あんた、土下座してたけどヤバくな
い?」
安藤「あいつらは彼女の従兄だ」
詩絵瑠「心配ないです」
友永「大丈夫なら良いけど。あんたは態度と裏腹にお人好しで、すぐ厄介事
に巻き込まれるから心配よ」
詩絵瑠「(安藤を見て)愛されてますね」
詩絵瑠、グッドポーズをとる。
安藤「言ってるだけだ。いつもはバカにされてる」
友永「まあ、出来の悪い子ほど可愛い? みたいなやつよね」
安藤「俺の方が年上だぞ!」
友永「一歳だけね。精神年齢はこっちが上」
詩絵瑠「わかります。彼、子供みたいです」
友永「でしょぉ」
安藤「うるせーよ! 意気投合すんな!」
詩絵瑠と友永、大笑い。
友永、ミラー越しに詩絵瑠を見る。
友永「ねえ、あなた、どこかで会ってない?」
詩絵瑠「え? いえ、お会いした記憶は……」 安藤「一〇年前この辺に住んでたらしい。その時に会ってんじゃねえか?」
友永「んー、もっと最近のような……」
安藤「ところでお前、ずっとこの辺に住んでるよな」
友永「そうよ。もうちょっと南だけど」
安藤「彼女、寺を探してる。名前に『本』がつく寺を知ってるか?」
友永「『ホン』? ……どんな字書くの?」
安藤「どんな字って……あれ? さっき本願寺で同じこと聞かれたな。本は
だろ」
友永「そうとも限らないよ。私の祖父さんが江田島出身なんだけど、菩提寺
の名前が品物の品に覚える寺と書いてホンカクジって読むんだよね」
安藤「え? 品?」
× × × ×
フラッシュー
冠宇が坊守と話をしていた背後の寺の看板。「品龍寺」の文字。
× × × ×
安藤と詩絵瑠顔を見合わす。
安藤と詩絵瑠「ホンリュウジ!」
〇品龍寺 全景
〇同 玄関前 車道
友永の車が停まる。
友永、運転席から下車し、後部座席のドアを開ける。
詩絵瑠と安藤、下車する。
看板に品龍寺。その下にローマ字でHONRYUJIと表記。
安藤「燈台下暗しだったな」
安藤、一度本願寺別院を振り返り、品龍寺を見上げる。
詩絵瑠「でも、建物が違います」
友永「確かこのお寺、改築したはずよ」
詩絵瑠、暫く外観を見つめる。
そして左の墓所を見て入って行く。
安藤「友永、ありがとう」
友永「珍しい。あんたがお礼言うなんて」
安藤、友永に向かってエアパンチをしてから詩絵瑠の後を追う。
〇同 墓所
詩絵瑠の目前、所狭しと並ぶ墓が広がる。
詩絵瑠、迷うことなく父の墓石へ進む。
× × × ×
フラッシュ
七歳の詩絵瑠、父の墓前。
墓石の納骨室に家紋、花台に家名が彫られている。
棹石に南無阿弥陀仏と彫られている。
× × × ×
詩絵瑠、手を合わせてから棹石の横を覗き込む。
棹石横に父の名と享年が彫られている。
詩絵瑠「……パパ」
詩絵瑠の瞳から涙が流れる。
〇同 本堂一階 住職宅玄関 内
玄関の三和土に安藤と詩絵瑠が立つ。
安藤、腕を組み左右に行き来する。
詩絵瑠、母の指輪を掌に置き見つめる。
壁掛け時計の秒針音が鳴り響く。
玄関横の奥扉が少し開き、奥の部屋で電話をかけている坊守の姿が見
える。
× × × ×
坊守「お待たせしました」
安藤、足を止めて息を飲む。
詩絵瑠、祈る手で指輪を握る。
坊守「残念ですが、納骨室は開けられません」
詩絵瑠、眉を顰め、指輪を握りしめる。
坊守「お父様のご親族に事情はお話ししましたが、許可をいただけませんで
した」
安藤「そんな……彼女、娘なんですよ!」
安藤、坊守の前まで迫る。
坊守「お嬢様のお気持ちはお察しします」
坊守、詩絵瑠に頭を下げる。
坊守「お父様はお浄土にいらっしゃいます。お母様も今はご一緒にいらっし
ゃることでしょう。どうぞ、お参りなさってお帰りください」
安藤と詩絵瑠、黙って坊守を見つめる。
〇同 墓所 詩絵瑠の父の墓 夕方
墓前で手を合わせる詩絵瑠。
安藤、詩絵瑠の横に立つ。
線香の煙が棹石の南無阿弥陀仏の文字にかかりながら上る。
詩絵瑠「母は、いつか父のお墓参り行くと言ってました。母の願い、生きて
いる時に叶えられなかったこと、私は後悔します」
詩絵瑠、立ち上がる。
詩絵瑠「母が生きていたら、願いを叶えて一緒に喜びます。だけど亡くなっ
たら喜んでいるか、笑っているかは想像でしかない」
詩絵瑠、安藤と見つめ合う。
詩絵瑠「あなたのお父さん、生きてます。願い叶えられます。後悔しないで
ください」
安藤「……」
安藤、左手に持つカメラを強く握る。
〇紙屋町 オープンカフェ 夜
詩絵瑠、ベーカリーカフェのオープンテーブル席で通話中。
安藤、テイクアウトカップとサンドイッチを置いたトレーを持って詩
絵瑠の席に来る。
安藤「お腹すいたろ」
テーブルにトレーを置く。
詩絵瑠「ありがとうございます」
詩絵瑠、ラインストーンでデコレーションしたスマホを持ちながら手
を合わせる。
安藤「従兄たちとは連絡取れたのか?」
詩絵瑠「はい、十時にホテルで待ち合わせます」
詩絵瑠、軽食の袋を開ける。
安藤、テーブルを挟んで向かいに座る。
安藤「従兄たち、バアさんに相当怒られただろうな。気の毒に」
詩絵瑠「大丈夫だと思います」
〇ゲームセンター 内 夜
クレーンゲームのアームが移動する。
クレーンゲームを操作する冠宇。
詩絵瑠M「実は二人とも日本のユーホーキャッチャーがしたかったです。だ
から私を追っかけてきました」
柏宇「(台湾語)いけいけ!そこだ!」
冠宇「(台湾語)おっしゃぁ!」
冠羽と柏宇、景品を持ってガッツポーズ。
周囲で女性客が冠宇と柏宇を取り囲み拍手喝采。
〇紙屋町 オープンカフェ 夜
安藤「はあ? なんだよその理由」
詩絵瑠「台湾、ユーホーキャッチャー、たくさんあります。日本とシステム
違います。日本のは楽しいと言ってました」
安藤と詩絵瑠、テイクアウトカップを持ってカフェラテを飲む。
安藤のスマホの振動音。
詩絵瑠、スマホを見た後安藤を見る。
安藤、詩絵瑠を見つめながら電話に出る。
安藤「もしもし。ったく、何度もかけて来んなよ。こっちは仕事あるんだか
ら……」
安藤、俯き電話に対応する。
安藤「……ああ、うん……明日俺から電話するから。じゃあな」
安藤、通話を終え、口を曲げて詩絵瑠を見る。
詩絵瑠、笑顔で安藤を見る。
安藤「なんだよ」
詩絵瑠、右手の指で安藤の肩を押す。
詩絵瑠「やればできますね」
安藤「やめろって」
詩絵瑠、何度も指で安藤の肩を押す。
安藤、詩絵瑠のちょっかいを手で払う。
〇平和大通り 祈りの泉 夜
祈りの泉がライトアップされ、高く噴水が上がる。
詩絵瑠「わあ。すごく綺麗」
詩絵瑠、興奮気味に走り噴水に近づく。
詩絵瑠「ここ、父と母が結婚の誓いをした噴水です。母から聞きました」
安藤「へえ」
安藤、詩絵瑠の隣に並ぶ。
安藤「指輪、残念だったな」
詩絵瑠「いえ、お墓参りは出来ましたから」
ライトアップで浮き上がる二人のシルエットが、詩絵瑠の両親のシル
エットへと徐々に変わる。
× × × ×
フラッシュ
詩絵瑠の父と母のシルエットが向かい合い、指輪の交換をする。
× × × ×
安藤と詩絵瑠のシルエットに戻る。
安藤の左手小指に詩絵瑠の母の指輪が嵌まっている。
安藤「え?」
詩絵瑠「持っていてください」
安藤「いや、なんで……?」
詩絵瑠「あなたがこれからもカメラマンを続けるように、お守りです」
安藤「(指輪を外そうとする)抜けねえ! おい、なんでこれがお守りになるんだよ」
詩絵瑠「あなたにあげたくなったから」
安藤「いや、余計意味が分かんねえ」
詩絵瑠「約束の写真、撮っていいですよ」
安藤「はあ? いきなりだな。さっきまでマネージャーに訊けとかごねてた
くせに」
安藤、顔を上げて詩絵瑠を見る。
詩絵瑠「お寺探すのを手伝ったご褒美」
安藤「ご褒美ぃ? また上から目線かよ」
詩絵瑠「おや? 写真、いりませんか?」
安藤「はいはい、撮らせていただきますよ」
詩絵瑠「人の人生を変えるカメラマンなら、私の人生も変わりますね」
安藤、左手のストラップを緩め、カメラのスイッチを入れる。
安藤「……今思えば、俺の方が人生を変えられたんだろうな。魯美華に」
詩絵瑠「え? 今、なんて?」
安藤「魯美華。俺がカメラマンになるきっかけをくれた、初めてのモデルだ
よ。あ、美華の事務所から、彼女の名前を口止めされてるから秘密だ
ぞ!」
詩絵瑠、涙が溢れている。
安藤「おい!? 詩絵瑠! どうした? 何かあったか?」
詩絵瑠、首を横に振る。
詩絵瑠「名前……憶えていてくれた……」
安藤「名前? ああ、詩絵瑠だろ。あれだけ主張されたらイヤでも覚える
よ」
詩絵瑠「……ああ、はい(微笑む)そうですね。ありがとうございます」
〇同 祈りの泉
安藤、カメラを構えてファインダー越しに詩絵瑠を捉える。
詩絵瑠、微笑をたたえてポージング。
安藤、詩絵瑠の表情に目を細める。
噴水を背景に、安藤の左手と詩絵瑠の右手が伸びて、掌が合わさり絡
み合う。
シャッター音とともに、ファインダーの中で噴水のライトアップが詩
絵瑠を白く包み込む。
〇羽柴撮影スタジオ 内 朝
スタジオの東の窓から朝日が差し込む。
デスクの上に有るパソコンのプリンター、詩絵瑠の写真をプリントし
ている。
安藤、一人でスタジオを掃除する。
〇同 撮影スタジオ 内 朝
安藤、黙々と機材を撮影準備をする。
× × × ×
ホリゾントを下ろし、露出具合を整える。
プリンターのプリント終了音が鳴る。
友永、メイク道具バッグを肩から下げ、テイクアウトカップを持って
ドアを開ける。
羽柴、テイクアウトカップを持ち入室。
羽柴「安藤? ……早いな」
安藤「お早うございます」
安藤、両手を腰に沿わせて最敬礼のお辞儀をする。
羽柴「あ、ああ、お早う」
友永「どうしたの、急に丁寧ね」
安藤「まあ、なんとなく、ケジメ?」
安藤、再び機材の用意を始める。
羽柴、ぽかんと友永を見る。
友永、羽柴に訳知り顔で頷く。
モデルの果歩(24)と日野が入室。
日野「お疲れ様です」
果歩「お早うございます。沢口果歩です」
メイク道具のバッグをデスクに置き、化粧筆を広げる。
安藤「お疲れ様です。日野さん、昨日は大変失礼しました」
安藤、最敬礼でお辞儀する。
日野「ああ、こちらこそ。少し大人気なかったです。実夕も反省しています
から」
日野、頭を掻きながら御辞儀する。
安藤「果歩さん、今日は宜しくお願いします衣装替えは奥の部屋でどうぞ」
安藤、スタジオ内の奥の更衣室ドアを開けて案内する。
果歩「ありがとうございます」
果歩、お辞儀をして更衣室に入る。
日野、そのドアの前で待機。
羽柴、プリンタートレーの写真を手に取る。
羽柴「へえ。」
安藤「あ、それは……」
安藤、慌てて羽柴の元へ。
羽柴「いい写真だな。モデルと信頼関係ができているし、お前の愛情も感じ
る」
安藤「え、あ……ありがとうございます」
友永「あら、昨日の子? どれどれ……(写真を見る)え、やだ、うそ! どう
いうこと? うわあ、私としたことが、昨日気付かなかった! この子、
詩絵瑠じゃない」
羽柴「詩絵瑠?」
日野「え? 詩絵瑠って、あの詩絵瑠ですか!?」
更衣室前の日野が話に食いついて走って来る。
写真を手にして見る日野。
日野「うわ! ホンモノだ!」
安藤「え? どういうことですか?」
友永「三年前のアジアンコレクション! ティーンズモデルで準優勝したモ
デルよ。私、審査員だったの!」
安藤「ティーンズモデル?」
日野「日本では無名でしたけど、台湾では人気がジワって、優勝モデルより
活躍してたんですよ! 順調にいけば世界進出も夢じゃないはずだったの
に」
羽柴「何があったんだ?」
日野「去年、母親の魯美華が亡くなったんですよ。詩絵瑠は人生の目標を失
ったからと、現在無期限で休養中なんです」
安藤「魯……美華?」
友永「そうよ。今、市内の映画館で追悼特集されてる女優さん」
羽柴「ああ、あの『戦国女王』で戦慄デビューの。俺、観たわ。まだ若かっ
たのになぁ」
日野「魯美華は日本の無名カメラマンが投稿した写真がバズって女優デビュ
ーしたんですよ。夫が亡くなって生活に困っていたから、そのカメラマン
に感謝していたそうです」
羽柴「日野さん、さすが、映画もお詳しいですな」
日野「いやいや、メジャー処ばかりです」
安藤「……」
安藤、左小指の指輪を見る。
× × × ×
フラッシュ
噴水前、詩絵瑠の笑顔。
詩絵瑠(声)「これからもカメラマンを続けるように、お守りです」
× × × ×
日野「それにしても、詩絵瑠はプライベートでの撮影を許されてないはずで
す。この写真は激レアですよ。眼福、眼福」
友永「復帰が危ぶまれていたけど、この写真の感じなら大丈夫そうね」
日野「そうとなれば、復帰後のエージェント契約をしなくちゃ。安藤さん繫
がりで所属事務所にオファーして……」
安藤「(我に返り)あ、俺、詩絵瑠に名乗ってません」
日野「ええ!? マジですかー!」
友永「じゃあ、私が台湾の審査員関係者を通して日野さんをご紹介します
ね」
日野「ああ、はい! お願いします!」
友永と日野、興奮気味に話す。
果歩、服を仕替えて出て来る。
果歩「準備できました。お願いします」
安藤「あ、はい!」
安藤、我に返り、笑顔で果歩を見る。
日野、話を中断して果歩の元へ行く。
友永、メイク道具をデスクに広げる。
友永「果歩ちゃん、今日も綺麗ねえ」
果歩「友永さんにそう言われると嬉しい」
羽柴「よーし、それじゃ、始めるか」
羽柴、大きく音をたてて手を叩く。
全員「よろしくお願いします!」
果歩、メイクを直してスタンバイ。
安藤、ポラロイドカメラを持つ。
安藤「じゃあ、果歩さん、カメラテストしますよ。はい、ああ、いいです
ね」
生き生きした表情の安藤。
〇同 全景 夕方
安藤、スタジオから出て伸びをする。
歩道を右に歩き出す。
〇京橋川 柳橋 夕方
安藤、橋の途中で立ち止まり、スマホを取り出し電話をかける。
安藤「もしもし、母さん? 俺。……オレオレじゃねえよ。……うん。うんう
ん。いやあのさ、いや、ご近所の話は今しなくていいから。うん、……だ
から、休暇貰ったんで今からそっち帰るから、話は……」
通話口から大騒ぎの声。
安藤、耳を離す。
再び耳を当てて話し出す。
安藤「いや親父に代わんなくていいから……」
通話口が静かになる。
安藤「あ、……おう。……なんだよ、案外元気じゃねえか。……うるせえ。……
心配したんだぞ……一応」
安藤、話が続かないことに困惑して、俯き加減で立ち止まる。
安藤「……あ……と……」
安藤、ふと小指の指輪を見てから胸を張る。
安藤「家族写真! 撮ってやるよ。今なら、親父の願い叶えてやれるから」
安藤、通話を切り暫く俯き沈黙。
通行人、安藤の横を通る。
安藤、手を一回叩く。
安藤「よっしゃあ! 人生変えるぞ!」
安藤、ガッツポーズ。
通行人、驚いて安藤を二度見する。
安藤、通行人の視線に気付かず歩き出す。
〇コラージュ
安藤が撮影した写真が次々と映し出される。
× × × ×
写真、社交ダンスポーズの老夫婦。
× × × ×
写真、子供を抱えた夫婦。
× × × ×
写真、グッドポーズのビジネスマン。
× × × ×
写真、ハートマークを作る女子高生。
× × × ×
写真、羽柴のメイクをする友永。
× × × ×
写真、ペアリングを見せるカップル。
× × × ×
写真、花束を持つ車いすの安藤の父と白衣の医師と看護師。
× × × ×
写真、ランウェイを歩く詩絵瑠。
× × × ×
写真、アニメのコスプレでポーズをとる柏宇と冠宇。
× × × ×
写真、ジャケットとジーンズ姿の安藤とスーツ姿の父
とスーツ姿の兄、ワンピースで椅子に座った母。
× × × ×
写真、映画祭受賞トロフィを持つ笑顔の詩絵瑠。
× × × ×
写真、詩絵瑠の写真集を持つ、小指にリングをした安藤の左手。
× × × ×
写真集のタイトル
「ファインダー越しに愛をささやく」
カメラマン名、安藤礼司。
(終わり)