うつつの夢 第1話:床の間のお坊さん
あらすじ
リカが七歳の時、家の床の間にお坊さんの生首が現れました。その生首から目を離せなくなったリカに、お坊さんが何かを言いました。その言葉とは。これはリカ(作者)の実体験を物語にしております。
リカは物心ついた頃から幽霊や妖精、妖怪、神獣と出会います。一方的に何かを語られたり、時には会話をしたり、時には神隠しに遭っていたりと様々です。リカのうつつのような夢話、どうぞお聞きください。
これは、リカが七歳の時に住んでいた家での出来事です。
リカの家には十畳の和室に仏間があり、仏間の隣には三畳の広い床の間がありました。
床の間には、金箔の彫刻がなされた水牛の角、色鮮やかな古九谷の布袋様の立像、夫婦にあつらえた雉の剥製、断崖の上で口を開けて威嚇する豹の銅像など、所狭しにと骨董品が置いてありました。
リカは学校から帰るとすぐに、この十畳の和室で遊んでいました。家具が殆どない部屋だったので、近所の子供たちを誘って特撮ヒーローごっこやままごとをして、よく床の間にも足を踏み入れました。
お転婆な盛りです。リカは水牛の角の金箔を剥がしたり、布袋様の顔に落書きをしたり、雉の剥製を振り回したり。やりたい放題やっては祖父母に怒られるのですが、普段孫に甘い祖父母ですからリカは懲りることがありません。
そんなある日のことでした。
リカは普段、この床の間に頭を向けて昼寝をするのですが、その日は何故か寝付けませんでした。
と言うのも、その床の間の真ん中に、いつもは大きな花瓶……と言っても、今思えばそれは赤ん坊一人分の大きさをした練りガラスの花生けの壺でした……が黒塗りの御膳台の上に置いてあるのですが、どういうわけかその日はそこに花瓶は無く、代わりにお坊さん……正確にはお坊さんの首だけ……が目を閉じたまま置かれていました。
リカは横になったまま暫くそのお坊さんを見つめていましたが、さすがに逆さまに見るのは居心地が悪くなったのでむっくりと起きあがり、お坊さんと向き合うように胡座になりました。
するとお坊さんの目が半眼になり、リカを見つめながら話しかけるのです。
「リカ……お前を……やる。リカ、お前を……してやる。お前を……い……してやる」
同じ言葉を二、三回繰り返すと、大きく目を見開いたお坊さんの首は、くるくると回りながら高笑いをしました。その笑い声は当時テレビの番組でやっていた、黄金の骸骨の笑い声そっくりで、耳をつんざくほどの大きさでした。リカは我慢できなくなり、耳を押さえ体を丸め、目を閉じてじっとしていました。
気が付くと笑い声は聞こえなくなりました。先ほどまでお坊さんの首があった場所には、またいつものように練りガラスの花瓶が置いてあります。
東側の格子で仕切られた出窓からは陽の光が差し込んで、まるで何事もなかったかのように人の往来が良く見えました。誰一人、お坊さんの笑い声を聞いていなかったようです。リカがいるこの和室だけが異質な世界のようでした。
これは幼いリカがお昼寝中に見た夢だったのだと思います。しかし、お坊さんの顔はしっかり覚えています。そして、言われた言葉もはっきりと。「リカ、お前を呪い殺してやる」
そのお坊さんはいったい何者で、彼の言葉にどういう意味があったのでしょうか。床の間に入り、悪さを繰り返すリカへの戒めだったのでしょうか。リカはそれ以来、床の間に足を踏み込むことはなくなりました。
リカは呪われたという自覚もなく過ごしています。
ただ、その後もリカは、何度も何度もお坊さんのことを思い出してしまうのです。
なぜなら、リカが結婚した夫が、歳を追うごとにあのお坊さんそっくりになっていくからです。
あの出来事は本当に夢で終わるのでしょうか?真相はまだ分かりません。(終わり)
第2話はこちらです。
第3話はこちらです。
第4話はこちらです。
第5話はこちらです。
第6話はこちらです。
第7話はこちらです。
第8話はこちらです。