フリーランス必見!試作品の無断利用は違法?著作権トラブルを防ぐための法的対策
以下では、フリーランスによる創作業務をめぐる著作権の論点を、解説いたします。題材としては「フリーランスのデザイナーが、企画提案の一環で制作した試作品(モックアップ)を発注企業が無断で活用し続けている」という事例を設定し、そこから生じる著作権上の問題点や実務上の注意点を中心に取り上げます。なお、本稿はあくまで一般的な法的見解の紹介を目的とするものであり、個別具体的な紛争への直接適用に当たっては、専門家の助言を要することをあらかじめご了承ください。
第1 事例の概要
フリーランスのデザイナーAは、ある企業B(以下「発注企業B」という)から新規プロジェクトのデザイン企画を委託され、試作品としてウェブサイトのトップページやロゴ等のモックアップをいくつか制作しました。両者は企画段階での大まかな口頭合意をもとに作業を進め、書面による正式な契約書は取り交わしていませんでした。
やがて、発注企業Bはプロジェクト予算の都合を理由に「正式採用は見送る」と一方的に連絡を入れ、当初提示した報酬も支払わないまま、フリーランスAとのやり取りを打ち切りました。しかし、その後発注企業Bが運営する別事業のウェブサイトや販促物などで、フリーランスAが試作段階で制作したデザインの一部が無断使用されていることが判明しました。Aが抗議したものの、B側は「正式契約に至らなかった試作品であり、採用せずに少し参考にしただけ」と回答し、誠実に対応しない状態が続いている――これが本件の基本的な構図です。
第2 著作物該当性と帰属
1 試作品(モックアップ)も著作物になり得る
著作権法における「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」を指し(著作権法2条1項1号)、一定の創作性が認められる限り、完成品か試作品かを問わず著作物として保護されるのが原則です。本件では、ウェブサイトデザインのモックアップやロゴ案が具体的な画像・レイアウト等の表現に落とし込まれている以上、十分に著作物該当性が肯定されると考えられます。
よくある誤解として、「サンプル(試作品)だから著作権は発生しない」という主張が聞かれますが、著作権法は無方式主義を採用しており、作品の完成度や採用の有無に関わらず、創作的表現であれば自動的に著作権が発生します。本件でも、企画提案段階の試作品であっても、特段の事情がない限り著作権はフリーランスAに原始的に帰属するはずです。
2 職務著作の適用可能性
企業が制作に深く関与している場合に問題となるのが「職務著作」の制度です(著作権法15条)。しかし、職務著作が成立するためには、①著作物が法人等の発意に基づき、②その法人等の従業者が職務上作成し、③契約等に別段の定めがないこと、などの要件を満たす必要があります。フリーランスAは発注企業Bとの雇用関係にあるわけではなく、独立した事業者として業務を請け負っただけと推測されますので、通常は職務著作には該当しません。
したがって、本件では著作物の原始的な帰属先はフリーランスAとなり、企業Bが勝手に著作権者として振る舞うことは法的に根拠を欠くと考えられます。
第3 契約と著作権の譲渡・利用許諾
1 契約の不成立と報酬問題
事例では、発注企業Bが予算の都合等を理由に「正式契約には至らなかった」と主張しています。しかし、仮に正式契約を締結していなくても、Aが試作品を制作するにあたって何らかの対価を得る合意が認められる場合には、企業Bには報酬支払義務が発生する可能性があります。すなわち「作業を依頼し、実際に成果物が提出された」以上、少なくとも準委任契約または請負契約的な関係が事実上成立していたと評価される余地があるわけです。
ただし、両者間の口頭合意やメール等のやり取りがあいまいであると、契約成立自体が争いとなる可能性も否めません。実務上は、作業開始前の段階で基本合意書や契約書を取り交わしておくことが、こうした紛争を未然に防ぐために極めて重要といえます。
2 著作権の譲渡・利用許諾の有無
本件で企業Bが「参考にしただけ」と主張しても、デザインやレイアウトなどの表現が顕著に流用されている場合には、著作物の複製や翻案に当たる可能性があります。仮に契約上、Aが著作権をBに譲渡していた、または一定範囲の利用許諾を与えていたのであれば、Bによる利用が当然に認められます。しかし、本件ではそのような明示的な合意はなかったという状況です。
著作権の譲渡や利用許諾は、契約書や覚書などで文書化されていることが望ましく、口頭やメールのみのやり取りでは後日トラブルが顕在化しやすいのが現実です。本件のように明確な条文規定や文書化がない場合、原則的にAが著作権を保持していると解されますので、Bが無断で利用を継続しているならば著作権侵害の可能性が高くなります。
第4 著作権侵害と権利行使
1 著作権侵害の成立要件
著作権法上、権利者の許諾なく著作物を複製したり、公衆送信(ウェブ公開含む)したり、翻案したりする行為は、著作権侵害に当たる可能性があります。本件でBがAのデザインやレイアウトをほぼそのまま流用し、別事業のウェブサイトや販促物に用いているとすれば、複製権侵害や翻案権侵害、公衆送信権侵害等が問題となり得るでしょう。
Bの主張としては、「採用されなかった案を一部参考にしただけで、完全な流用ではない」という反論も考えられます。しかし、具体的な表現部分が実質的に同一または類似性が高いと認められる場合には、参考にとどまらず著作権の侵害が認定される可能性は否定できません。
2 権利行使の手続
フリーランスAが著作権侵害を主張する場合、差止請求(著作権法112条)や損害賠償請求(民法709条、著作権法114条以下)など、複数の法的手段が考えられます。具体的には以下のとおりです。
差止請求
Bによるウェブサイト公開や販促物配布の即時停止、当該デザイン物の廃棄等を求めるものです。侵害状態が続くほど、Aの被る損害が拡大する可能性がありますので、適切な手続を経て迅速な差止を図ることが重要になります。損害賠償請求
Bの侵害行為によってAが被った損害を賠償するよう請求することができます。著作権法114条3項では、著作権者の通常受けるべき使用料相当額を損害額として推定する規定も存在し、著作物の無断利用に対しては利用料相当額の支払を請求する実務が一般的です。
さらに、Bの行為が悪質とみなされる場合は、信用毀損や営業妨害といった別の不法行為の要素が加わる余地もあります。
第5 実務上の注意点
1 契約書等の明文化
本件のように、業務開始前に契約書を交わさないまま企画提案や試作制作を進めると、後日に報酬・著作権帰属・利用範囲など、根幹にかかわる論点で争いが生じやすくなります。したがって、フリーランスと企業との取引では以下のような内容を極力明確化しておくべきです。
契約形態(請負か準委任か)
報酬額・支払時期・支払条件
著作権の帰属(譲渡の有無)
利用許諾の範囲・目的物(ウェブサイト、印刷物等)
企画提案のみで不採用となった場合の扱い
解約・解除条件
特に近年では、メールやチャットでやりとりを行った結果、契約書を作らずに仕事が開始されるケースが増加しています。しかし、あらかじめ簡易な契約書や覚書でもよいので、制作物の取り扱いを定めておくことで、紛争を回避しやすくなります。
2 証拠保全と書面化の徹底
著作権侵害を主張する際には、いつ・どのように作成された作品かを示す証拠が重要です。デザインの作成プロセスを含むデータ(作成日付のわかるファイルやバージョン管理システムの履歴、やり取りのメール等)を確実に保管しておくことが実務上有益です。また、発注企業とのコミュニケーションをできるだけ書面化(メールやチャットログのバックアップ、議事録の作成)しておくことで、後日の立証を容易にします。
3 早期の専門家相談
交渉において相手方が著作権侵害を否定して折り合いがつかない場合、フリーランスAの立場であれば、早期に弁護士をはじめとする専門家に相談し、法的措置を検討することが望ましいといえます。差止の必要性や損害賠償額の算定、立証方法の選択など、実務的に難易度が高い問題が多いからです。
第6 まとめ
フリーランスの増加に伴い、著作権をめぐるトラブルは今後一層増加すると考えられます。とりわけ、契約関係が不明瞭なまま試作品や提案用デザインを制作し、結果としてその無断利用が行われるという事例は少なくありません。本稿で取り上げた事例は、フリーランスAが試作品を作成したにもかかわらず、正式契約や報酬支払いがなされないばかりか、企業Bが同作品を無断で継続利用しているという悪質なケースです。
著作権法の観点からは、試作品であっても創作性があれば著作物として保護されるほか、職務著作に該当しない限り、その著作権は原則として制作者本人(フリーランス)に帰属します。契約で著作権を譲渡したり利用許諾を与えたりしていない以上、企業Bの無断利用は著作権侵害となる可能性が高いでしょう。Aは差止請求や損害賠償請求を通じて権利を行使できる立場にありますが、いざ法的手続を踏むとなれば、契約書や制作データ等の立証資料が大きくものを言います。
したがって、実務上はフリーランスとクライアントの双方が契約書面の作成に尽力し、著作物の帰属や利用範囲、報酬・支払条件などを明文化することが、紛争予防とリスク管理の第一歩となります。また、万一争いが生じた場合には、早期段階で専門家へ相談し、適切な交渉戦略を立てることが求められます。フリーランスによるクリエイティブ制作がさらに拡大する社会的潮流の中で、こうした法的対応の重要性はますます高まっていくことでしょう。