コント『京王特急』
※この物語はフィクションであり、実際の京王電鉄および人物とは一切関係ありません。
「父ちゃん父ちゃん京王の特急は早いんでしょ」
「そうらしいな」
「へへっ相模原線内ではね、さいこうじそくが160きろめーとるなんだよ、すごいでしょ」
「へーよく知ってるね」
「あなたもっと褒めてあげなさいよ」
「えへんあのね京王20000系はブレーキを強くして山道を走れるようにしてあるんだよ」
「あーはいはい」
「カッコいいかな」
「そうだね」
「まだかな」
「信号待ちだろ、もう少し待ちなさい」
「20000系はカッコいいよね」
「うん」
「お父さんよりカッコいいと思うわ」
「えぇ……」
「わーん」
「お父さん泣いちゃった」
『お待たせいたしました、3番線に特急あおさぎ3号山中湖行きが参ります、黄色い線の内側にお下がりください』ケペペぺぺペペ!ケペペぺぺペペ!ケペペペペペペ!
(※京王線では電車が来る時にケペペペペ!という音が鳴ります。本当です。)
ぷぁん
ぎぎぎーーーーーーーーーーーーー
「絶対カッコいいよね」
「そうだな」
「たっくんよかったわね」
タンタン……ダッガンドドン……
「父ちゃんの嘘つき!ただの通勤電車だ!」
「いや嘘はついーー」
「さっき『絶対カッコいい』って言ったもん!嘘つき!」
「ごめんね、でもほら『あおさぎ』ってヘッドマークを付けてるぞ」
「こんなの特急じゃないやい!やーーーーだーーーーーー!」
「ごめんね」
「ぼくこんな電車に乗りたくない!」
「これから温泉に行くんだぞ。パパが有休をとるために、課長や同僚にどれだけ根回しして取引先に頭を下げたかお前わかっとんのか!」
「知らなーい」
「知らなーい」
「この若造が」
「だってぼく若いもん」
「私も」
プシュー……トントントン……キィーーーーーーガコン『しんじゅく~しんじゅく終点です』
「あ、ドアが2つなんだね。ほらすごいじゃないか」
「全然すごくないやい」
「……」
「父ちゃんのばか!」
「ごめんね」
「父ちゃんの嘘つき!ペテン師!」
「すまない」
「父ちゃんのせんみつ!公約を達成しないで『善処したい』と繰り返す無能政治家!」
「たっくんそんな言葉をどこで知ったの?」
「もう帰る帰る帰る!」
「ねぇ道志温泉に泊まるんだから、もう予約してあるからさ」
「やーーーーだーーーーーーやだやだやだ」
「ねえお母さんからも何か言ってよ」
「そうね、たっくんの言う通りだね」
「ええ……」
「私のことをどれだけ大切にしているの?」
「……ごめん、でも一番は君なんだ」
「ならなんでこんなおんぼろ電車に乗せようとするわけ?」
「……でもこれしか走ってないし……」
『特急あおさぎ号山中湖行き、まもなく発車です、お近くの扉よりご乗車ください』
「なんであなたは京王線にロマンスカーを走らせられないの?」
「ええとそれは……今度お客様センターに電話するから……」
「言い訳ばかりの男は最低」
ピルルルルルルルルルルルルルルル『駆け込み乗車はおやめください』
「さよなら」
「待って」
父は飛び乗ろうとした。が、
『扉閉まります』プシュー(扉の閉まる音)
むくれる母と平謝りの父。扉のガラス窓を隔てた距離にもかかわらず、想いはこれほどまでに届きにくいものなのか。
ごっプォォォォォォ……ダンダンゴン……ジャンガッコン
あおさぎ号はゆっくりと動いていく。父はホームの端を走って追いつこうとするが、京王新宿駅名物の変な位置にある柱に激突してしまう。父は柱に向かって崩れ落ちる。
母一人を乗せた電車のテールランプは次第に小さくなっていく。
「『こうして、レールのきしむ音とともに父の愛は終わったのだった。』よし、いい撮れ高だ」
「たっくん、盗撮はやめようか。それとそんな言葉をどこで知ったの?」
解説
京王相模原線は橋本から先、津久井湖を経て相模中野まで伸ばす計画があり、実際に国から許可を取っていました。そこから先は構想段階にとどまりましたが、山中湖まで延伸する夢も抱いていた、といわれています。ただ、事業に着手した相模中野までの区間は、地価の上昇や用地買収の難しさにより途中であきらめてしまいました。というわけでこの物語は、メインバンクが京王の熱意に押されるとか、陸軍の多摩火薬工場近くに隠されたM資金の一部をトンネル工事中に見つけてしまうとか、なんだかんだで京王が金をがっぽり手に入れた世界線の話です。
でどんな電車が走っている設定なのかというと、こういう感じですね。
京王では、相模中野駅まで開通した際に20000系電車を導入しました。ドアは2か所、特別車2両を挟んだ6両編成ですが、隣の小田急のロマンスカーには見劣りします……
20000系は新宿~山中湖間の特急列車として走っています。お客様からは「古い」「うるさい」「これで指定席料金を取るのか」「小田急ロマンスカーを見習え」「座っていると腰が痛くなる」とお褒めの言葉を頂戴しています。最高時速160 kmというのは試運転で出した記録で、普段はそんなに飛ばしません。信号待ちはざら、複々線区間の始まる桜上水まではトロトロ走ることもあり、およそ特急らしくない走りです。
電車がおんぼろなために、引き裂かれた愛があるんです。