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#25 腸内環境を酸性にすると病原性細菌は減るのか?

現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

前回は、腸内環境のpHを変化させることができるのか、というテーマで乳酸菌や酪酸菌、短鎖脂肪酸の生成についてお話してきました。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は、健康状態との関係が指摘されています。例えば、腸内環境について関心のある方は、"短鎖脂肪酸が腸内環境を酸性にし、病原性細菌を減らす"というフレーズを聞いたことがあるのでは無いでしょうか?

この点について、論文を根拠にお話していきます!
今回の内容は、TwitterでYuki様から頂いた質問を元に構成しております。ご質問ありがとうございます!腸内細菌相談室では、現在質問募集中です!

今回のお話はポッドキャストでもお楽しみ頂けます。

胃腸の守護者:Guardians of Gastrointestinal Tract

まずは、腸内には病原性細菌の定着を妨げる効果があることをお話します。これは"定着抵抗性"と呼ばれる性質であり、度々腸内細菌相談室のお話にも取り上げてきました。

例えば、プロバイオティクスとしてのヨーグルトや乳酸菌飲料に含まれる乳酸菌は本来腸内への定着が難しく、多くは通過菌として便中に排出されていくのです。また、胃酸や消化酵素も腸内へ乳酸菌が定着することを妨げており、基本的には経口摂取した細菌は腸内に定着しないと考えて良いでしょう。これは、病原性細菌に対しても同じことが言えます。

例えば、SchampbergerとDiez-Gonzalezの報告*では、大腸菌がバクテリオシンと呼ばれる抗菌ペプチドを酸性することでO157で有名な腸管出血性大腸菌のコロニー形成を阻害することが報告されています
(*: Schamberger GP, Diez-Gonzalez F. Selection of recently isolated colicinogenic Escherichia coli strains inhibitory to Escherichia coli O157:H7. J Food Prot. 2002;65:1381–1387.)

つまり、偶然の連続、腸内細菌叢のバランス異常などが起こらない限りは、病原性細菌は定着しにくいのです。

酸性だと病原性細菌が増える? Part1

この研究では、ゼブラフィッシュという魚類をモデル生物として、ビブリオ属菌と腸内炎症、腸内pHの関係を調査しています。
(参考文献は文末に記載)

ここではsox10と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子を欠損させます。sox10は神経細胞の成熟や分化に重要な因子として知られているため、sox10の欠損は腸管神経系(ENS: Enteric Nervous System)に異常をきたすことを意味します。

詳しく調査すると、微生物による炎症とは無関係に、変異型ゼブラフィッシュでは腸管通過性、腸管透過性、内腔pH調節のすべてに異常があることが示されています。また、変異型ゼブラフィッシュでは、腸の炎症と細菌性腸内生物障害を発症し、炎症性ビブリオ菌が増加することが明らかになりました。

さらに、pHに焦点を当てプロトンポンプ阻害剤であるオメプラゾールを投与すると、変異型ゼブラフィッシュの酸性に傾いた腸内pHが野生型レベルにまで改善されました。また、オメプラゾールはビブリオ属菌の繁殖を抑制し、腸管の炎症を改善しています。しかし、これではオメプラゾールがビブリオ属菌の繁殖を抑えたのか、あるいはオメプラゾールにより腸内pHが上昇することでビブリオ属菌の繁殖が抑えられたのか分かりません。

そこで、変異を加えていない野生型のゼブラフィッシュに対して炭酸脱水酵素阻害剤であるアセタゾラミドを投与すると、野生型の腸内pHが酸性に傾き、ビブリオの過剰発生と腸の炎症がともに増加したことが示されました。ここから、著者らはENSは腸内pHの調節をしており、腸内pHは微生物群集構造と腸の炎症の調節に重要な役割を担っていると結論づけています。

腸内のpHが酸性に傾くことで、むしろ病原性細菌が増える他の報告例もあります。

酸性だと病原性細菌が増える?!Part2

この研究では、モデル生物として線虫という生物が使われています。大きさは1 mm弱でミミズのような形をしている生物です。このモデル生物は、腸管をシンプルにしたような構造なので、今回の研究では使われています。
(論文引用元は文末に記載)

ここでは、タンパク質であるpbo-1に対して変異を加えた線虫を使用していきます。pbo-1はカルシウムに結合するタンパク質の一種で、Na+/H+交換輸送体の活性に関係しています。このタンパク質に変異を加えることで、腸内を常に酸性にした線虫を用意しました。

ここでの病原体は、腸球菌のEnterococcus faecalis、黄色ブドウ球菌のStaphylococcus aureus、緑膿菌のPseudomonas aeruginosaを使用しています。

結果として野生型の線虫では病原体への感染時に腸内pHが中性になるが、pbo-1変異体では中性になりにくいことが示されています。また、pbo-1変異体は病原体への感受性が高いことが示されました。この感受性は、炭酸水素塩処理、つまりアルカリ性にすることによって病原体感受性が回復しています。つまり、pHが1つの要因として病原体への感染を制御し、酸性であると病原体への感染を促すことを示唆しているのです。

pHと病原性細菌の問題の本質

では、どれくらいのpHに腸管内が保たれると、病原性細菌の異常な増殖を抑えられるのか。私個人の見解としては、考える病原性細菌に依存するということです。

どういうことかというと、病原性細菌も1つの生物であり、増殖に有利な至適pHと呼ばれる状態が存在するからです。つまり、酸性を好む細菌もいればアルカリ性を好む細菌がいて、さらにどの程度であればpHの変化に耐えうるかといった点も細菌によりけりです。これは全て、病原性細菌の有する遺伝子機能に依存します。

"短鎖脂肪酸が腸内環境を酸性にし、病原性細菌を減らす"

このフレーズは本当でしょうか?
短鎖脂肪酸が腸内環境を酸性にするかどうかは前回検討しました。
酸性になることが病原性細菌を減らすかについては、ケースバイケースであるというのが腸内細菌相談室としての2022年9月現在の答えです。

現在進行形で、腸内pHと病原性細菌の関係は研究されています。今後も新たな知見が続々と発表されていくと思いますので、こちらでも随時発信していきます!

現在、Twitter、Instagramにて、①腸内細菌、②腸内環境、③腸活に関する質問を募集しています!沢山の質問、待っています。Twitter、Instagram、Note、Spotifyのフォローもお待ちしております。

それでは、本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

ゼブラフィッシュに関する研究

Enteric nervous system modulation of luminal pH modifies the microbial environment to promote intestinal health, M. Kristina Hamilton et al., PLOS PATHOGENS, 2022.


線虫に関する研究

The C. elegans CHP1 homolog, pbo-1, functions in innate immunity by regulating the pH of the intestinal lumen, S. Benomar et al., PLOS PATHOGENS, 2020


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